【誰も信じられない】原因は「基本的信頼感」の欠如?人を信じられない痛み

kapipanda
誰も信じられない…。誰にも本心を打ち明けられない…。誰といても気が休まらない…。人を信じられない痛みを抱えた人へ。自分を見つめなおすためのヒント、まとめました。

誰も心から信じられない...

■誰も心から信じられない
■いつも人間不信
■人に傷つけられるのが怖い
■誰といても安心できない
■自分をさらけ出せず表面的な付き合いしかできない
■人に何かを期待しても無駄だとあきらめている

このような気持ちを抱くことがありますか?
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

常に他人への根深い不信感を抱き、決してそれを拭い去れない。

自尊心のなさ、傷つきやすさ、孤独、空虚感、「良い子」を演じること、自分の限界を超えて頑張ってしまうこと…こうした性質はすべて元をたどれば、「基本的信頼感」の欠如に行きつきます。

「基本的信頼感」とは果たして何なのでしょうか。
それがなければ、人生にどのような影響が及ぶのでしょうか。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

「基本的信頼感」て、一体どんなもの?

だれも心から信じられない、という他人への根深い不信の根底には、「基本的信頼感」の欠如が関係しています。

自分は大丈夫だという安心感は、自分の力に対する自信からだけではなく、困ったときはきっと誰かが助けてくれるという周囲に対する信頼感からもきている。

「基本的信頼感」は、周囲が味方になってくれる、と信じることのできる感覚です。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

「基本的信頼感」が欠如すると、他者を無意識に遠ざけてしまう。

身の回りの他人は、自分を傷つける存在であり、決して油断できない。信用したり、期待してはいけない。そうした感覚を無意識のうちに抱いています。

”他人は自分を助けてくれる存在というよりも、自分を傷つけ、貶めたり、自分が機嫌をうかがい支えなければいけない存在に思えていたのでは、自分をさらけ出し、弱みをみせて助けを求めることは難しい。”
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

安心できる居場所なんてない。どこに行っても孤独との闘い。

「基本的信頼感」のない人にとって、この世はどこもかしこも安全な場所などどこにもない、恐怖に満ちた場所であり、常に危険と隣り合わせの外国人またさすらい人として生きているのです。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

『自分が人の輪に加わっても誰も得はしないようだし、人と関わることをやめようかな』となってしまい人を信用する心は失われていきます。
人間不信に陥ったときの症状と克服方法 - 人が信じられない原因 | For your LIFE

人が怖い。常に緊張している。

人と接する度に怯えてビクビクしてしまう。
恐怖感が異常に強くなる。
人間不信に陥ったときの症状と克服方法 - 人が信じられない原因 | For your LIFE

「基本的信頼感」がないということは、そもそも他の人は自分を助けてくれる「味方」であると考えられないということを意味しています。「味方」でなければすなわち「敵」です。

周りの人たちは、いつなんどき自分に危害をもたらすかわからない怖い存在である、そう考えるからこそ誰も信じられないのです。

この世界は基本的に危険なところであり、周りの人たちから自分の身を守らなければいけない、という認識が根底にあるので、決して自分をさらけ出さず、常に緊張しています。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

空虚感に襲われる。

「他人に心を凍らせてしまっている」
人を信じられず、虚無感が消えない。生きている実感がない

心に穴が空いてしまったような虚しい気持ちになる。
何も予定がない休日に、ひとりの部屋で一人で過ごしているときなどに、ふと「自分はひとりぼっちだ」と実感する。
空虚感を感じる原因とその解消法とは?

自分は望まれていない存在なのだ、この世界に居場所はないのだ、という漠然とした感覚は、居心地の悪さや不安を生じさせ、充実した人生や意義ある生活の喜びが感じられなくなってしまいます。

いつも居心地の悪さを感じ、自分に対しても違和感を覚えることになる。何とも言えない空虚感に慢性的に苦しめられる。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

自己表現が苦手。

人に心を開くということがなくなるため、必然的に無表情になることが多くなります。
『人がいる前で不用意に笑顔を見せて隙を作ってはいけない』という警戒心も影響しているでしょう。
人間不信に陥ったときの症状と克服方法 - 人が信じられない原因 | For your LIFE

相手に受け入れられるようにするため、自分の感情を抑えて「良い子」として振る舞ったり、人を信頼できないあまり表面上のやりとりしかせず、心を打ち明けないよう警戒していたりします。

そうして感情を内側に溜め込んでしまうと、不適切な怒りとして爆発させてしまったり、あるいは、感情を切り離して人格が解離してしまったりします。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

人に優しくされても、疑ってしまう。

たとえば周りからの温かい言葉をもらい
その言葉を受取ろうとする時に
心の中でこんなことが起きてしまいます。

「なんて優しく素敵な方なんでしょう!」
「ありがとう、おかげで助かりました」

なんて言われても、

「心の中ではそんな事思っているはずがない…」
「どうせ、近寄って来ても人は離れていくもの…」

と疑ってしまい信じられないのです。
人を信じられない…どうしても疑ってしまうのはなぜ?【前編】 | 仙台 東北 心理セラピスト 菅原美奈 〜生きる力と喜びを取戻そう〜

常に見えない敵と闘っており、身体が休まらない。

無意識に人との関わりの中で他人を信じないことで
自分をこれ以上傷ついたりしないように身を守っている状態。
人を信じられない…どうしても疑ってしまうのはなぜ?【後編】 | 仙台 東北 心理セラピスト 菅原美奈 〜生きる力と喜びを取戻そう〜

いつも警戒している人は、当然のことながら、つねに身体全体が過緊張状態にあり、リラックスできないでしょう。自分では気づかないうちに、無意識のうちに全身が固く張り詰めているかもしれません。

常に見えない敵と戦い続けているかのような過緊張状態にあります。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

でも本当は、心の奥に理想像を思い描いている。

「基本的信頼感」を持たない人たちは、他者に対して極端な見方をしがちです。

一方では、他の人はだれも信頼できないという根深い不信感を抱いていますが、心の底では、自分の必要を満たしてくれる理想像にあこがれを抱いています。

この二つは密接に関連していて、理想の他者を求める強い気持ちが根底にあるからこそ、それにそぐわない周囲の人の何気ない言動に傷つき、やっぱり他人は信頼できない、という思いが深まってしまいます。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

本当は、”誰かを信じたい…”と心の中で叫んでいる。

自分の中に、人を信じたがってる自分がいること。
その気持ちが、本当は人を信じない気持ちよりも強いこと。
だけど、裏切られることを恐れてしまう……。

辛いのは人間不信じゃなくて……、
こんなにも誰かを信じたいと望んでいるのに、
それができないことだよね。
人間不信はダメかい? – この気持ちを救うもの(遠井ひび) – カクヨム

頭では人と心から安心して、信じ信じられる信頼関係を気づいていきたいと思うのですが、心の中はいつも空虚で孤独感でいっぱい。
人を信じられない…どうしても疑ってしまうのはなぜ?【前編】 | 仙台 東北 心理セラピスト 菅原美奈 〜生きる力と喜びを取戻そう〜

今すぐに信じられなくてもいい。少し疲れた時は、張り詰めた気持ちを少しだけ緩めてみてもいいのかもしれない…。

今すぐに信じられなくてもいい。

どうしても信じられない時、人を信じるのが怖い時は、信じられなくてもいいと思うのです。

少なくとも、今は。信じられなくてもいい。

無理に人を信じようとしたら、自分に嘘をついていることになります。
人を信じられない。人を信じるためにはどうしたらいい? | おかしな幸福論

人を100%信じることはできないでしょうし、すべての人を信じることはできません。
信じることにあまりこだわらないほうがいいでしょう。
「人を信じられない」と考えすぎないことです。

そう思うことがあっても、「(人を100%は)信じられなくていい」と考え、少し力を抜いてラクにつきあうことができたら、と思います。
人を信じられない/人を信じられなくてもいい − 幸せになる考え方

人を信じることに苦しむからこそ、当たり前に安心感を得てこなかったからこそ、人に届くものがある。

ジョン・レノンは、どうしても自分に自信を持てず、いつ周りに見捨てられてしまかわからないという恐れを抱いていたようです。その恐れから彼は死に物ぐるいで頑張りつづけ、結果として大成功を手にしました。

そもそも、この世界に安心して満足している人たちには、必死に頑張りつづけ、産みの苦しみを味わってまで何かを創造するような強い動機づけがないのです。

しかし当たり前の安心感を得てこなかった人たちは、自分の手て安心できる場所を創りだそうとし、クリエイティブな才能を伸ばします。

そのようにして創られたアートの数々は、言葉にならない繊細な感情の糸で紡がれているので、他の人の心を揺さぶる力に満ちています。

もちろん、アーティストとして成功できるかどうかは人それぞれですが、言葉に出来ない感情をアートとして表現することは、心のつかえを解きほぐし、癒やしと安心できる場所をもたらしてくれることがあるのです。
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち | いつも空が見えるから

この先どんなことがあっても、自分を信じる心だけは失わないで。

人を信じるより、疑う気持ちの方が強いのは確か。

それが自分の心を守ることになるなら、

君が人間不信でも構わないと思う。

それでも、本当は、心の底から信じられる人を

昔から飽きずに探そうとしている……。

信じるってどういうことか、

心底知りたいと願ってる。

たとえ人間不信であっても、

君自身を信じる気持ちは忘れないで。

自分の本当の気持ちだけは、見失わないで。
人間不信はダメかい? – この気持ちを救うもの(遠井ひび) – カクヨム

きっと「人を信じる」ことって、「自分を信じる」ということだから。

人を信じるとは、

「その相手を信じる」ということよりも、

「その相手を信じようとした自分を信じてみる」ということ。
人を信じられない。人を信じるためにはどうしたらいい? | おかしな幸福論

https://matome.naver.jp/odai/2153930815318409801
2019年03月12日