(名言で振り返る)聖路加国際病院・日野原重明先生105歳の人生

orihoan
2017年7月18日(火)聖路加国際病院名誉院長・日野原重明先生が105歳の人生に幕をおろしました。その1世紀を超える人生には様々な出会いや、あの地下鉄サリン事件の聖路加病院の開放など偉大なる功績をのこされました。故人の冥福を心からお祈りいたします。

日野原重明さん死去 105歳 聖路加国際病院名誉院長

「生涯現役」として著作や講演など幅広く活動してきた聖路加国際病院名誉院長の日野原重明(ひのはら・しげあき)さんが、18日午前6時33分、呼吸不全で死去した。105歳だった。


https://matome.naver.jp/odai/2150039076039325201/2150039182739533303

エトヨシ@etoyoshikun

日野原重明先生の晩年の首の傾きを見ると、元祖PERFECT HUMANだったのだなと思ってます。

ちたみか@maybe1261

日野原さん、今知った。。

Smilé@真夏DF 8/6 B-280@quintesence0102

「生涯現役」日野原重明先生

医療の場にお世話になる事がとても多かっただけに、自分は無知ながら、医師としても、人としても、本当に素晴らしい方と尊敬しておりました

一度はお会いしたいと勝手に思ってましたが…
後悔する前に行動すれば良かった

謹んで心よりご冥福をお祈り申し上げます

夢路@yumemaze

日野原重明さんの朝日新聞のコラム、毎回楽しみにしていた。
体調芳しくないとは伺っていたが……御冥福をお祈りします。

あすかす@askykskow

日野原重明さん亡くなったのか、、、

夜・お別れの会は関係者で行い、告別式は病院葬としてキリスト教式により、今月29日午後1時から東京都の青山葬儀所で行われる。司式は聖路加国際大学聖ルカ礼拝堂チャプレン団が執り行い、説教は同チャプレンのケビン・シーバー司祭の予定。
日野原重明さん召天 牧師の子として生まれ、母の命を救った医師との出会いで医学の道へ : 社会 : クリスチャントゥデイ

7月に亡くなった医師・日野原重明さん(享年105)、100歳を過ぎても現役の医師を続け高齢者が活躍できる社会のあり方などに提言を続けてきた。実は、日野原さんは晩年、自らや周囲に対して「死をどう生きるか」という問いを発し続けてきた。
“死”をどう生きたか 日野原重明 ラストメッセージ – NHK クローズアップ現代+

“死に向かう人生を、最期のときにどう結実させるか”という意味だと語っていたという。
“死”をどう生きたか 日野原重明 ラストメッセージ – NHK クローズアップ現代+

日本の最高齢記録は117歳(女性)

大川みさを(Misao Okawa)
年齢:  117歳
国:    日本
認定日時:2015年3月5日

木村次郎右衛門(Jiroemon Kimura)
年齢:    115歳179日
国: 日本
認定日時:   2012年10月15日
ギネス世界記録、現存する最高齢(男女)の記録について | Guinness World Records

フランス人で120歳を超えて生きた女性もいます(120歳は還暦×2で「大還暦」というそうです!!

プロフィール

日野原重明(ひのはら しげあき/1911年10月4日-/男性)は、山口県出身の医師、聖路加国際病院理事長。患者参加の医療や医療改革に向けての提言、終末医療の普及や「成人病」に代わる「生活習慣病」という言葉を提言するなど、医学・看護教育の刷新に尽力したことで知られる人物であり、2001年12月に出版した『生きかた上手』が120万部以上のベストセラーを記録し、広く世間に知られるようになる。1993年に勲二等瑞宝章、2005年に文化勲章を受章。日本ユニセフ協会の大使にも任命されている。
日野原重明の名言 | 地球の名言

100歳をすぎても現役の医師を続け、高齢者が活躍できる社会の在り方などについて提言を続けた文化勲章受章者の日野原重明さんが18日朝、呼吸不全のため亡くなりました。
100歳すぎても現役医師 日野原重明さん死去 | NHKニュース

地下鉄サリン事件で大英断をし、多くの命を救った院長でもあります。

英司@hj_age

日野原さん、東京大空襲も、よど号ハイジャックも、地下鉄サリン事件も当事者として経験してたんだよね…。本当に歴史の生き証人のような人だわ。生涯現役でいたいもの

平成7年3月20日、東京は無差別テロに襲われた。地下鉄に毒ガスサリンをばら撒かれたのである。人類史上経験のないテロに、学生、OL,地下鉄職員も巻き込まれ、5000人がうめいていた。
多くの患者が運ばれたのは東京築地の聖路加国際病院、院長は日野原重明。目が見えない、襲いくる謎の痙攣。どんな薬を使えばいいのか。未曾有の毒ガステロに挑んだ、医師たちのドキュメントである。
地下鉄サリン 救急医療チーム最後の決断

院長の日野原が言った。「今日の外来は中止、患者はすべて受け入れる」と。館内に一斉放送が流され、緊急招集し精神科医も産婦人科医も救命センターに呼んだ。病院中の空きベッド、車椅子が集められた。続々と重症患者が到着、急いで救命センターに運んだ。続いて意識はあるが目の痛みや吐き気のある患者が、タクシーやバスでやってきた。日野原は言った。「軽症患者は礼拝堂に運べ」。看護婦が礼拝堂に走り、壁の配管に人工呼吸器を取り付けた。点滴台と毛布を運び込むと、礼拝堂が広い病室に変わった。
地下鉄サリン 救急医療チーム最後の決断

敬虔なクリスチャンだった日野原先生。

日野原さんは1911年、メソジスト教会の牧師、日野原善輔の次男(6人きょうだい)として山口市で生まれた。7歳の時、父親の赴任先である日本メソジスト神戸中央教会(現・日本基督教団神戸栄光教会)で洗礼を受ける。母親(満子)も日本メソジスト山口教会の信徒で、少年時代、母親の命をある医師が救ってくれたことから医学の道を志すようになり、37年、京都帝国大学医学部を卒業した。その後、いくつかの病院勤務を経て、41年、聖路加国際病院で内科医として働き始め、やがて同病院の院長や理事長、国際内科学会や国際健診学会の会長などを歴任した。
日野原重明さん召天 牧師の子として生まれ、母の命を救った医師との出会いで医学の道へ : 社会 : クリスチャントゥデイ

主な著書に「生きてるだけで100点満点 99歳のぼくから君たちへ」「働く。 社会で羽ばたくあなたへ」「旅での人と自然との出会い」「いのちの絆 ストレスに負けない日野原流生き方」「道は必ずどこかに続く」「いのちのバトン 97歳のぼくから君たちへ」「人生を輝かせる10のお話」「95歳からの勇気ある生き方」「人生、これからが本番 私の履歴書」「私が人生の旅で学んだこと」「生きることの質」「いのちの器 人生を自分らしく生きる」「日野原先生からナースに贈る35のメッセージ 」など多数。
日野原重明の名言 | 地球の名言

日野原先生の名言

人間にとって最も大切なのは、
命の長さだと思っている人は多い。

しかし、私が出会った人を振り返ってみて、
その人の命が素晴らしい命だと
思える人においては、

ごく少数の例外はあるにせよ、
命の長さはあまり問題ではない。
日野原重明の名言 | 地球の名言

人間の夢見る幸福というのは、
往々にして、貧乏するとか、
仕事に失敗するとか
あるいは病気にかかるということによって、
一瞬にして不幸に変わってしまうような、
儚いものである。

病のなかにも心の幸福を得るためには、
どうしたらよいかということを、
考えなくてはならない。
日野原重明の名言 | 地球の名言

生きがいとは、
自分を徹底的に
大事にすることから始まる。
日野原重明の名言 | 地球の名言

私たちの身体は土でできており、
身体は早晩、土に還る。

私たちは、この土の器の中に、
はかりしれない宝を入れることが出来る。

私たちの寿命は、
土の身体に何を容れるかを
模索することで費やされる。

器は器のためにあるのではなく、
中に何ものかを容れるためにあるからである。
日野原重明の名言 | 地球の名言

鳥は飛び方を
変えることは出来ない。

動物は這い方、走り方を
変えることは出来ない。

しかし、人間は
生き方を変えることが出来る。
日野原重明の名言 | 地球の名言

何事も、今ある規則のとおりに
やっていたのでは進歩はない。

規則を破るようなことをやらないと、
現状はなかなか変わらない。

規則を破ったとしても、
皆が応援するような破り方をすればよい。

そうすれば、
新しい良い規則がずっと早く出来る。
日野原重明の名言 | 地球の名言

これまでの教育は、
出来あがったデータを
記憶させる教育であった。

困難な問題にぶつかったときに、
問題解決が出来るような
能力を与えられていない。

本当に学ぶべきなのは、
問題とどう取り組むか、
どういう戦略を立てるべきかということである。

学校を出てからも
自分で出来るような頭の仕組みを作る。

そして、その仕組みに従って生活をし、
行動することが必要なのである。
日野原重明の名言 | 地球の名言

自分のためにでなく、
人のために生きようとするとき、
その人は、もはや孤独ではない。
日野原重明の名言 | 地球の名言

なんと言っても、
人が人に与える最高のものは、
心である。

他者のための「思い」と
「行動」に費やした時間、
人とともにどれだけの時間を
分けあったかによって、
真の人間としての証がなされる。
日野原重明の名言 | 地球の名言

自分の命がなくなるということは、
自分の命を他の人の命の中に
残していくことである。

自分に与えられた命を、
より大きな命の中に
溶け込ませるために生きていくことこそ

私たちが生きる究極の目的であり、
永遠の命につながることだと思う。
日野原重明の名言 | 地球の名言

二十世紀の日本人は、
自分の中にないものを先進諸国から
とりいれようとして忙しく働きすぎた。

そして、古来の日本人の内にあったよきもの、
奉仕する心、人情、
よき伝統を忘れてしまった。
日野原重明の名言 | 地球の名言

私たちに与えられた恵みを数えてみれば、
どんな逆境にあったとしても、
受けているものの方が、
与えるものよりも多いことに気付く。

受けた恵みを、どこかで返そうと
考えたいものである。
日野原重明の名言 | 地球の名言

自分以外のことに
自分の時間を提供するためには、
周りの人間から孤立して、
自分だけの世界に
閉じこもっていてはいけない。

人々とともに生きる世界に自分を置き、
周囲がいま何を必要としているのか、
自分には何ができるのかを絶えず考えながら、
毎日の生活を送る必要がある。
日野原重明の名言 | 地球の名言

多くの人々は自分の財産や名声や
地位を得るために全力投球している。

それなのに、財産やお金よりも大切な、
自分の命のために
全力投球している人は少ない。

なぜ、その大切な命のために、
時間と財産を提供しないのか、
そうして安全に確保された命を
思いきり有効に使おうとしないのか。

自分の命を
自分で格調高く保つための勉強を、
めいめいがもっとしなければならない。
日野原重明の名言 | 地球の名言

老人のケアは苦労も多い。
しかし、いつの日にかあなたも、
あなたが老人にしたようなやり方で、
ケアされる日が必ず来るのである。
日野原重明の名言 | 地球の名言

日野原先生ありがとうございました。先生の教えを忘れません。アーメン

※プロテスタントでは死去することを「召天」といい、神によって天に召されると考える。カトリックでは「帰天」、天に帰るという。ちなみに、「昇天」はキリストのみに使われる言葉で、十字架の死の後、復活したイエスは「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり」(使徒信条)。
日野原重明さん召天 牧師の子として生まれ、母の命を救った医師との出会いで医学の道へ : 社会 : クリスチャントゥデイ

mococho@mococho3

最も尊敬している日野原さん、105年の生涯を現役でいらしたこと、多くの方の心を動かし、命を助けて下さり本当にありがとうございました。訃報を知って悲しくなりました。これからも尊敬し続けさせていただきます。

くどう園@kudousaho104

日野原重明先生が亡くなった  105歳
勿論お逢いしたことはないが寂しい気持ちだ、、

日野原先生 さようなら、、

https://matome.naver.jp/odai/2150039076039325201
2018年09月20日