<閲覧注意>本当にあった怖い話「帰省」「先祖様が体験した話」「厠」

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<閲覧注意>本当にあった怖い話「帰省」「先祖様が体験した話」「厠」についてまとめました。

帰省

少し書き込みをしにくい雰囲気ですが、こういった場で書き込みをすることで、
何か自分中にある心の痞えが少しでもなくなる気がするので、
板汚しとは思いますが、去年の夏に約十年ぶりに実家へ帰省したときのことを書きます。
長くなると思いますので、少し読んでみて興味のわかない方は、どうぞ飛ばしてください。

私は現在二十八歳で、二十歳までに霊体験をしなければ、
その先そういったことを経験することはないなんて言われていますが、
今まで霊を見たりなにか霊的な体験をしたりということはありませんでした。
そして、これからお話することも、霊とは無縁のことなのかもしれません。
ただ、私の人生の中でもっとも怖い、何か得体の知れない恐れを感じた出来事で、
いまなお、ときおり私の心を悩ますきっかけとなっているのです。

私の実家は新潟にあり、代々農家を営んできた旧家です。
本家を継ぐのは必ず長男なのですが、私の父は三男にもかかわらず本家を継ぎました。
なぜそのようになったかというと、父の兄が二人とも、痴れものというのでしょうか、
知恵遅れだったのです。
長男は、言葉はまともに話すことができるのですが、
頭のほうが子供のまま一向に成長せず、成すこともキチガイじみたことばかりだったようです。
次男にいたっては、頭だけでなく身体も弱く幼いうちに病気で亡くなったとききました。
そのとき、私の曽祖父にあたる人は幼くして死んだ孫に向けて
「この子は良い子だ、ほんとうに親孝行な子だ」と言ったそうです。
そういったわけで、父が本家を継ぐことになりました。
私も一人っ子なので、いずれ本家を継がなければいけないのではないかと思っていたのですが、
不思議と父はそういったことをまったく私に対して言いません。

早くに亡くなった祖父は、名と家を守るために私に本家を継がせるよう言っていたようですが、
祖父の死後、家云々の話は誰も言わなくなりました。
それどころか、父は私を家から離したがっているようにも思えるのです。
私は中学卒業を期に東京の高校へと入学させられました。
寮に入って高校に通い、そのまま大学も東京の学校に入りました。
その間一度も実家には帰りませんでした。
なにかあると必ず両親が東京にきて、用を済ませたのです。
大学卒業後、私はそれほど名の知れていない電気製品のメーカに就職しました。
それからも、盆にも正月にも帰省することなくあっという間に五年の月日が経ちました。
私が実家に帰ろうかと、電話で告げると、そのたびに父が、
「いや、帰ってこなくて良い、おまえは自分のことをしっかりやっておけば良い」と言うのです。
変に思いながらも、私自身東京での生活が忙しく、
父の言葉に甘えて十年近く実家に帰らぬままになっていました。

それがなぜ、突然去年の夏帰省することになったかというと、
二年ほど付き合っていた彼女が、そろそろちゃんと両親に会って、
挨拶をしておきたいと言ったのです。
私のほうはすでに彼女の両親に会って、
真剣にお嬢さんと付き合いをさせてもらっていると、挨拶を済ませていました。
彼女との結婚も考えていた私は、この際良い機会だし、
いろいろ具体的な話が進む前に両親に紹介しておくのが筋だと思い、
彼女をつれて実家に帰ることを決めました。
電話で父にその旨を告げると、
明らかに戸惑いを感じる口調ながらも分かったと言ってくれました。
会社が盆休みに入るとすぐに、私は彼女と共に実家へ向かいまし

電車に乗っている間、彼女は私にいろいろなことを尋ねてきました。
実家がどんなところにあるのか、私の家族についてなど、
私は彼女の質問に答えていくうちに、ずっと昔に忘れていた、
実家で暮らしていた記憶がぼんやりとながら蘇ってくるのを感じました。
そしてそれは電車の揺れと呼応するように私の中で揺らいでいるようで、何かあまり心地の良い感覚ではありませんでした。

私が実家に住んでいたときの思い出で、ひとつこんなことがあります。
今はもう亡くなっているのですが、
父の兄で長男の、つまり私にとって伯父にあたる人のことです。
伯父さんは成人する前から分家にやられ、
あまり本家のほうには顔を出さなかったのですが、
ある日なにか機嫌の良さそうな様子でふらりと本家にやってきました。

挨拶も適当に、伯父さんはまっすぐ私の部屋にきて、
将棋をやろうと小脇に抱えていた将棋盤を広げました。
断る雰囲気でもなく、良いよ、と言って将棋をはじめました。
すると、当時私は小学校の高学年でしたが、
あっさりと伯父さんに勝ってしまったのです。
それで終わればよかったのですが、小学生の私は何を思ったのか、
おそらく幼かった所為でしょう、あまりに伯父さんが弱かったので、
伯父さんのことを馬鹿にして笑ってしまったのです。
具体的に何を言ったのかは覚えていません。
みるみる目の前の伯父さんの顔色が変わっていき、
ウーと唸りながらすっと立ち上がったかと思うと、
どこかへと走りだして行ってしまいました。

伯父さんの尋常ではない様子に怖くなった私は両親がいる部屋まで行き、
様子を伺っていました。どうやら伯父さんは納屋のほうに行ったようで、
がたがたと物音がした後、庭先から玄関のほうへと伯父さんが駆け抜けていくのがわかりました。
恐る恐る玄関のほうを見ると、伯父さんは農耕機用のガソリンが入った一斗缶を
家の前のアスファルトの道路の上にばら撒いているのです。
そこへ火を放って、興奮してなにか叫んでいると、
私の父が駆けつけて「おまえなにやってるんだ」
そう言いながらボコボコに伯父さんを殴りつけていました。
それ以来、少なくとも私が実家にいる間、伯父さんが本家へやってくることはなくなりました。

電車の中でそういった昔の記憶を思い出しながら、
彼女と話しているうちに実家のある駅に着きました。
開発から取り残されたようで、まったく昔と変わりない風景が広がっています。
駅から一歩一歩実家に近づいていくと共に、
私の中で何か懐かしさ以外の感情が生まれるのがわかりました。
口の中が乾いて、鼓動も早くなっていくのです。
身体が拒否反応を示しているかのようで、
私は漠然とした恐怖をこの時点で感じました。
しかし、久しぶりの実家で緊張しているだけだと自分に言い聞かせ、
彼女の手を引いて足を速めました。
このとき彼女の手もなぜか汗でびっしょりと濡れていました。
家の門を前にして、
それまでの漠然とした恐怖がまったくのリアルなものへと変わりました。

空気がおかしいのです。家を包む空気が澱んでいるようで、
自分がかつてこのようなところに暮らしていたのかと思うほどでした。
迎えに出てくれた父の顔も暗くどんよりとしたもので、
私の心にあった父のイメージとかけ離れていました。
家の中に入っても、澱んだような空気は変わらず、
むしろより強くなっているようです。
古井戸の底の空気というのはこういったものなのかもしれません。
彼女を両親に紹介したのですが、なんだかお互い口数も少なく、
ほんとうに形だけのやり取りのように済まされました。
私以上に、彼女のほうが何かを強く感じているようで、
いつもの明るい彼女とは別人のようでした。
しきりにこめかみを押さえたり、周囲を気にしたり、落ち着きの無い様子で、
私が話しかけても俯いたまま聞き取れないような小さな声で何事かつぶやくだけなのです。

私自身、家の中の何か異様でただならぬ空気を感じていたので、
彼女に対してもう少し明るく振舞ってくれなど言えませんでした。
ただ、これ以上気まずい雰囲気にならなければと思っていました。
夕食のときも、お互い積もる話があるはずなのに、
誰の口からも言葉が出ることなく、
食べ物を咀嚼する音だけが静かな部屋に響いていました。
食後、私の母が彼女にお風呂を勧めたのですが、
彼女は体調が優れないのでと断り、私が入ろうとしたときも、
一人で部屋に残るのが心細いのか、早く戻ってきてと言いました。
その様子があまりに真剣なので、私も不安になり、
いやな予感もしたので風呂に入るのをやめて、
そのまま母が敷いてくれた蒲団につき、早々と寝ることにしました。

電車に長時間乗っていた疲れもあってか、
彼女は明かりを消すとすぐに寝ついたようで、
安らかな寝息が私の傍らから聞こえはじめました。
普段から寝つきの悪い私はいつもと違う枕と蒲団の中で、
さまざまな事柄が頭の中でちらついてなかなか眠れませんでした。
この家全体に満ちている澱んだ空気、断片的に思い出される記憶、
私は落ち着き無く寝返りを繰り返し、いろいろなことを考えていました。
家の前にガソリンをばら撒いて火を放った伯父さん、
あれから一度も姿をみせず、何年後かに亡くなったと聞かされたが実感が無かった、葬式も無く、ただ死んだときかされた。
幼いうちに死んだもう一人の伯父さんはちゃんとお葬式をしてもらえたのだろうか、
そんなことを考えているうちに、
私はこの家に漂う澱んだ空気を吸うことさえ厭な気がしてきました。

家の外、庭先で鳴く虫の声に混じって聞こえる木々のあいだを縫う風の音は、
何か人の呻き声のようにも聞こえます。
その音にじっと耳を傾けると、
それが外からではなく家の中から聞こえるようにさえ感じました。
不安感と共に、私は蒲団のなかで身体から滲む汗に不快感を抱きながらいつのまにか眠りに落ちていました。
夢を見ました。恐ろしい夢でした。夢の中には私がいました。
幼いころの私です。その私の首を父が絞めているのです。
その後ろには祖父もいました。
私は恐怖を感じましたが、不思議と苦しくはありませんでした。

翌朝目覚めると、隣で真っ青な顔した彼女が蒲団をきちんとたたんで、帰り支度をしていました。
寝汗を吸い込んだTシャツを脱ぎながら、私は彼女にどうしたのとか尋ねました。
彼女はただ、帰る、とだけ言いました。
昨日きたばかりなのに……と言葉を濁していると、
あなたが残るなら、それは仕方がないわ、でもわたしは一人でも帰る、
そう青ざめた顔のまま言いました。
はっきり言って私もそれ以上実家にいたいとは思っていませんでした。
しかし、両親になんと言えばいいのか分からないです。
なんと説明すれば良いのか、そんなことを考えていると、 昨夜の夢が脳裏にちらつきました。幼い私の首を絞める父。
とにかく私も蒲団をたたみ、着替えを済ませてから、居間に向かいました。

大きなテーブルの上座に腰掛けた父は新聞を広げていました。
再び悪夢が脳裏を掠めます。わずかな時間に私はいろいろと考えてから、
口を開いて、彼女の体調があまり優れないし、今日、もう帰ろうと思うんだ、そう言いました。
言ってから何かおかしなことを言っているなと思いました。
体調が悪いのにまた電車に乗って長いあいだ移動するなんて。
しかし、父は深く一度ため息をついてから、
そうか、そうしなさい、あのお嬢さんをつれて東京に戻りなさい、そう言ったのです。なにか呆然となりました。
自分のわからない事柄が自分の知らないところで勝手に起こって進んでいる、
そして自分はその周りでわずかな何かを感じているに過ぎない、そんな気持ちです。
居間を後にして、部屋に戻ると彼女はもう帰り支度をすべて終えて、
今にも部屋から出ようとしているところでした。

私は彼女に少しだけ待ってくれと言い、自分も急いで帰り支度をして、彼女といっしょに両親のもとへ行きました。
父も母も元気でとだけ言い、それ以上何も言いませんでした。
私は何かを言わなければ、何か訊いておかなければいけないことがある、
そう思いましたが、それが何かわからない、そんな状態でした。
彼女の一刻も早くこの家から離れたいというのが、
その様子から見て取れたので、私はお決まりの別れ言葉を残し、家を出ました。
家から出ただけで、あの澱んだ空気から開放された感があり、
私はずいぶんと気が楽になりました。
しかし、彼女は駅に着き電車に乗るまで、何一つしゃべりませんでした。
一度も振り返ることなく足早に歩いて、少しでも家から遠くに、そんな感じです。

電車に乗ってから、私は彼女の様子が落ち着くのを見計らって、
大丈夫、どうかしたのか、尋ねました。
彼女はしばらくのあいだ下を向いて、なにやら考え込むようなしぐさを見せ、
それから話し始めました。
「ごめんなさいね、本当に悪いことをしたと思ってるわ、
せっかく久しぶりの帰省なのにね、
それにわたしから挨拶しておきたいなんて言っておいて、
ほんとうにごめんなさい、ちゃんと説明してほしいって思ってるでしょ、
でもね、できないと思うの、
わたしがあの家にいるあいだに感じたことや経験したことを、
わたしからあなたに伝えることが、わたしにはできないの、ごめんなさい」
彼女はそう言って、溢れ出しそうになる涙を手の甲でおさえました。

私も泣き出しそうでした。
何か分からない、彼女がなにを言っているのかよくわからない、
でも、私自身あの家にいるあいだに、確かに澱んだ何かを感じたのを覚えています。
だから、私には彼女を責めることはできませんでした。
涙をおさえながら彼女はもう一度「ごめんね」と言い、
私の名をその後に付け加えました。
そのときです。私は、あることに気がつきました。
どうして、今まで一度もそのことを疑問に思わなかったのでしょう、
信じられないくらいです、いまま何度となく、
いろいろな場でペンを手にとり書いたこともあり、
自分の声で言葉に出したこともあるのに、
なぜ一度も疑問に思わなかったのでしょうか、
私は一人っ子であるにもかかわらず、
なぜ「勇二」という名前なのだろう。

もちろんそれだけで、何かが変わるわけではないでしょう。
しかし、私はよみがえって来たさまざまな記憶と、
あの家で感じた空気、そして彼女の怯えたような様子、
そして何より、私があの夜に見た悪夢、
幼い私が首を絞められていると思っていましたが、
よく思いだしてみると、微妙に幼いころの私と違うような気がするのです。

あれから一年近く経ちました。
彼女とは、東京に戻ってから、時と共に疎遠になってしまいました。
どちらからというわけでもないのです。
お互い、何か避けるように、自然と会わなくなってしまったのです。

私は彼女を愛していましたが、
自分が、もう決して幸せというものに近づくことができないような気がしています、
それで彼女と面と向かうことができません。
今でもたまに、電話がかかってくることがありますが、
彼女はあれからも、あの家でのことを話してはくれませんし、
私からも何もいえません。
話はこれで終わりです。よくわからないと思われるかもしれませんが、
私は自分の思っていることすべてを書くことができませんでした、
怖いのです、彼女があの家であったことを話すことができないように、
私も、自分の家、自分の生について思っていることすべてを語ることはできません。

最後まで読んでくださった方にはこの場でお礼を申し上げておきます。
帰省

先祖様が体験した話

先日、ちょっとした切欠でオカ板に来て以来、皆さんの話を楽しみながら拝見しています。
ここで、私自身の体験じゃないのですが、長い付き合いのある山先輩(と言っても、かなりの年齢。仮に、義一さんとします)から聞いた話をします。

この話は、義一さんの祖父が、さらに自身の祖父(義一さんから数えれば、5代前の人)から聞いた話を、
日記に書いて記録していたもので、義一さんが祖父の遺品を整理していた時に、見つけたのだそうです。
そして今回の話は、その5代前のご先祖様(仮に義雄さん、とします)です。

だいぶ長くなりますので、読み飛ばして頂いても構いません。

場所は東北某県、時代は明治初期。山深い村落で起きた話です。
当時の人々は皆そうでしたが、特に義雄さんは健脚で知られ、普通の人が一里歩くだけの時間があれば、三里は歩く、という人でした。
それでいて、肝も据わっている。そんな彼ですので、隣村への用事とかには、非常に重宝がられていたそうです。

そんなある日、彼は県境を越えた遠くにある大きな街へ、用事で出掛ける事になりました。
朝、暗いうちから家を出て、義雄さんは山道をドンドン進んでいきました。
山道…と言っても当時の事ですから、山の中に獣道のような細い道があるだけ、といった状態です。
山道は片方が山で、もう片方が急斜面となっており、底には川が流れています。
踏み外したら谷底へ真っ逆さまです。が、度胸のある義雄さんは恐れる事なく、進み続けます。

さて、暫く歩いていくと、遠くに赤いモノがチラチラと見えるのに気付きました。
「なんだ、あれは?」と思いつつ、歩を進める義雄さん。やがて、その赤いものの正体が次第に分かってきました。
どうやら、着物が木の枝に引っかかり、風にユラユラ揺れているようです。
こんな山奥、それも木の枝になんであんな着物が引っかかってんだ?と思いつつ義雄さんは近付いていきました。

やがて着物が引っかかってる木の前まで来た義雄さんは、着物をよく見ました。
着物に全然詳しくない彼ですら、こんな田舎では滅多に見られない程の高級品であることは一目瞭然でした。

と、義雄さんは突然声を掛けられました。

「ねえ、あんた」
その声に義雄さんは我に返って振り向くと、これまた山奥には似つかわしくない美人が立っています。
「ねえ、あんた。着物を取って」
彼は女性に言われるがまま、着物を取ってあげました。
義雄さんは着物を渡しつつ、彼女を観察しました。艶のある長い黒髪、雪のような白い肌、そして美しい顔立ち。年の頃は、16~18ぐらいに見えたそうです。

「あんた、A街(義雄さんが行く予定の街)まで行くんでしょう?」
見惚れて口も利けない義雄さんを見越してか、彼女は自分からペラペラと話してきます。
「私も、A街へ行くの」「一緒に行きましょう」義雄さんは彼女の美しさに見惚れて、ただ黙って頷くばかりです。

やがて、義雄さんは女性を連れて歩き出しました。
歩き出してからは義雄さんにも余裕が出てきて『上手く口説けないもんか』ぐらいまで考えていました。
しかし、それと共に何となく…具体的に何が、という訳ではないのですが、違和感を感じるようになりました。

女性は、健脚で知られる義雄さんの後を、息も乱さず付いて来ます。
まあ、それもおかしいが、それだけじゃない。何かがおかしい。でも、何が変なんだろう…?
そんな事を考えつつ、義雄さんは後ろをチラリと振り返ります。
女性はやはり疲れた様子も無く、笑顔すら浮かべて付いてきています。
『まぁ美人だし、細かい事は気にしてもしょうがねぇ』と思ってると、女性が突然、話しかけてきました。

「あんた、A街のBって所、知ってる?」
「B?知らねぇなぁ…」
「私ねぇ、Bのねぇ…」
女性は、A街のBという場所に住む、□□という人物の話を始めました。
まあ、早い話が、彼女は□□家主人の妾(愛人)だというのです。

「そんな人が、何でこんな所に1人で居るんだね?」と言いながら振り向いた義雄さんはビックリしました。
彼女はいつからそうしていたのか、義雄さんの背中に自分の身体をベッタリくっつくけて、彼のの耳元で囁くように話しかけていたのです。

そして、ここに至って義雄さんは、ずっと抱いていた違和感にようやく、気付きました。
『コイツ、俺と出会ってからずっと後ろを歩いてるのに、どうして足音がしないんだ?
さっきからずっと、俺が1人で歩いてるみたいじゃねえか…この女、変だぞ…』

不安に駆られた義雄さんは、何とか女性から身体を離そうとします。ですが、何故か身体が動かない…。

焦る義雄さんの耳元に口を近づけたままの彼女は、今までとは打って変わった低く、唸るような声で、言葉を発しました。
「あんたも私を捨てるんだろう?ねぇ?捨てるんだろう?」

「一体何の話だ、捨てるって何だ…俺は何も知らん、お前、一体誰なんだ、離してくれ!」
義雄さんは、必死に言葉を搾り出します。ですが、そこから先は言葉が続きませんでした。

気付けば、彼女の目玉は外へ飛び出し、頭はザックリと割れ、更に顔は何かで何度も殴られたかのように、滅茶苦茶に潰れていたのです。
あの綺麗な顔の面影はどこにもありません。彼女は既に腐乱死体、と言っても良い風貌になっていました。

「うわあっ!」
義雄さんは腰も抜かさんばかりに驚き、途端に身体が自由になりました。そして気付けば、細い山道を必死に逃げていました。
「ヒヒヒ、ヒヒヒヒッ!」後ろからは、女性のものと思われる、狂ったような笑い声が響いてきます。それと共に、何かが腐ったような強烈な臭いもしてきました。

「だ、誰かッ!助けてくれ!」
義雄さんは助けを求めますが、ここは山の中。人など居ません。
「ヒヒッ、ヒヒヒヒッ!」後ろの声は、徐々に近づいてきます。それと共に臭いも強烈になり…義雄さんは、気を失いました。

気付いた時、義雄さんは急斜面の途中にある木に引っかかっていました。下の川まで落ちたら、助からなかったでしょう。
義雄さんは何とか山道まで這い上がり、傷だらけの身体を引き摺りつつ山道を歩きました。

そうして歩いている間も、山の茂みや谷底から小さく「ヒヒヒッ」と笑う声が聞こえたり、強烈な臭いがしました。
ですが、義雄さんは『聞いちゃいけない、見ちゃいけない』と念じつつA街の用事先まで辿り付き、そこで再び気を失いました。

次に気付いた時、彼は手当てをされ、寝かされていました。
義雄さんは用事先の人達に傷の手当てをしてくれた御礼と、山で起きた話をしました。
手当てをしてくれた人は、なんだそれは?みたいな顔をしていたそうなのですが、義雄さんがあまりに必死な顔をして訴えるので、
一番長生きしている爺さんなら、何か知っているかも…と言って、お年寄りを呼んでくれました。

やがて部屋に入ってきたお年寄りに、山で起きた話をしたところ、お年寄りも最初は思い出せないようでしたが、
△△の□□、という地名と苗字を言ったところ「ああ。居た、居た。□□なら知ってる」と言います。

そして更に「こんな幽霊だったんですけど…」と幽霊の特徴を話したところ、お年寄りは突然「あいつ、本当に殺してたのか!」と言って、青くなったそうです。
お年寄りは暫く青くなって話も出来ない感じでしたが、やがて義雄さんに以下のような内容の事を語ってくれました。話は、お年寄りが若者の頃まで遡ります。

まず、□□という家は、A街に存在していた。存在していた…というのは、既に□□の家は絶えているからだ。
そして例の女性だが、義雄さんの言う特徴を聞く限り□□の当主が囲っていた、○○という妾だ。

妾の○○は、関東だかどこだか、とにかく遠くから来た人らしい。まあ恐らく、遊び好きの□□家当主が、
アレコレ頑張って連れて来たんだろう。そして、その妾は大層な美人で、どことなく洗練された言葉遣いや仕草で有名だった。

お年寄りは何度か○○自身と話したことがあるらしい。彼女からは、とても良い香りがした。肌は雪のように白く髪は黒々とし、優しくて綺麗な人だ、と思った。
そして、□□当主から貰ったらしい高級そうな赤い着物がお気に入りだったらしく、よく着ているのを見た。

だが、○○は□□家本妻△△と険悪な仲だった。お互いがいがみ合ってるのは、誰の目から見ても明らかだった。
いがみ合う理由は色々だったらしいが、主な理由は□□当主絡みだったらしい。

まあこんな感じで険悪な仲の2人だったのだが、ある日を境に○○が居なくなった。
何の前触れもなく、本当に突然居なくなった。

□□の当主は誰かに聞かれる度に「○○は△△と喧嘩した後、どこかへ逃げた」とか言ってたらしい。
だが、あれだけ惚れ込んでいた○○が逃げたというのに、□□当主は一向に探す気配もなく、落ち込んでいるだけ。
それに反して本妻△△は、以前とはガラリと変わって、かなり明るくなった。

△△の豹変ぶりを見た近所の人がある時、冗談半分で△△に「今はいいが、後で○○が戻ってきたらどうするね?」と聞いた。
すると△△は「いいや、あいつは絶対戻ってこないね」と自信たっぷりに言う。
そこで再び相手の人が「なんでそんなにハッキリ戻らない、と言えるんだね、まさかあんた、○○が憎いあまりに殺したんじゃないだろうねぇ?」と聞いた。

勿論、聞いた人は冗談で聞いたのだ。
だが、△△は事も無げに「ああ、殺したよ。あの生意気な小娘、頭カチ割って顔を叩き潰してやった」と、言ってのけた。
その場に居合わせた人々は一瞬固まった。
が、誰も殺しの現場を見た訳じゃないし、△△は、あまりにも堂々として喋ってるし、その場の皆は「またまた冗談を」と笑って聞き流した。

それから暫くは何事も無く平穏だったのだが、ある時期からたった数年だかで、□□当主も本妻の△△も、
更にはその息子達も立て続けに死んでしまい、□□の一家は完全に絶えた。

□□家があっと言う間に全滅したのを見た人達の中には「ひょっとして△△の奴、本当に○○を殺したんじゃないか、その祟りなんじゃないのか」と言う人も居たらしい。
だが、それも根拠の無い噂である。あっという間に忘れ去られてしまった……。
でも、数十年経った今、義雄さんの口から幽霊の特徴(歳の頃16~18で赤い着物、白い肌)を聞いた上、
その後の変化(頭が割れてて、顔が滅茶苦茶に潰されていた)を聞いて、お年寄りの口から「本当に…」という台詞が出てきたのです。

まあ、この後がちょっと大変でした。
義雄さんから話を聞いたお年寄りは「見たのは山道の、大体どの辺だったのか。案内してくれ。供養する」と言ってきたんですが、
義雄さんは行くのは絶対嫌だったので、大体の場所を教えてあげたそうです。

ところで義雄さんには、疑問が残りました。
と言うのも、その山道は何度か通ったことはあるけれど、この幽霊に遭ったのは初めてだったのです。
何故今回出てきたのか?しかも自分は、□□家とは何の繋がりも無いのに…と不思議に思ったのですが、結局この疑問の答えは出なかったみたいです。

やがてA街で用事を済ませたものの、例の出来事があるのと傷のせいで村に帰るに帰れない義雄さんの為に、
用事先の人が義雄さんを村まで連れ帰ってくれることになりました。但し、今度は別の道を使って帰ったそうです。

さて、村に帰った義雄さんですが、やはり日頃健脚として知られ、山には慣れている彼が気を失うほどの怪我をして帰ってきたのを、皆が不審がりました。
が、義雄さんは誰に聞かれても「足を滑らせ、道を踏み外した」と言って通しました。
喋ると、祟られるとでも思ったのでしょうか。

ですが、それから何をやっても失敗ばかりしたそうです。
そして時折、畑仕事をしている時や家の中に居る時、あの「腐ったような臭い」が漂ってきたり、屋根裏や家の外から、
時には耳元で「ヒヒヒッ」と笑い声が聞こえてくるようになりました。

家の中に居ようが外に居ようが、畑仕事してようが寝てようが、義雄さんは笑い声や臭いに悩まされ続けました。
当然、義雄さん以外の人達は声も聞こえなければ臭いだってしません。妾の幽霊は、何故か義雄さんに付き纏い続けました。

そんな事が続いた後、義雄さんは逃げるように別の大きな街へ行き、お祓いだの何だのをして貰い、やっと臭いや声が聞こえる事は無くなったようです。
そして、そのまま街へ居付き、頑張って働いて結婚して子孫を残し、代を重ねて義一さんが生まれた訳です。

義雄さんが妾の幽霊と遭ったと思われる山道は現在、廃道化が著しく、残ってるかどうかも怪しいらしいです。
山や山中の廃道巡りが好きな私は、「行ってみたいから、山道の場所を教えてくれませんか?」と言いましたが、
義一さんは「とんでもない事だ。そういうのは、触れるべきじゃない、そっとしとくもんだ」と言って、絶対に教えてくれませんでした。

この、あまりに長い話を、義一さんは何度かに分けて私に話してくれました。
そして最後に「今の時代も、ちょっとお金を稼ぐと、すぐに妾を囲う人は居る。でも、奥さんや子供を泣かせるだけで、何もならない」と言っておりました。
私の話は、以上です。
先祖様が体験した話

母屋とは切り離され、敷地の北東の角、つまり鬼門にあたるところにその厠は建っていた。
今でこそ、田舎でも簡易水洗のおかげで明るく、清潔なトイレに変身したが、
ほんの数十年前までは、薄暗く、不潔な汲取り式の便所が大半だった。
Kさん宅の厠も、壁はところどころ地肌が見えるほど痛み、苔むした屋根瓦の何枚かは今にも落ちそうだった。
申し訳程度の小さな窓しかない古い厠は昼間でも薄暗く、鼻をつく匂いが澱のように淀んでいる。
日が暮れると、天井からぶら下がる、わずか10Wほどの明るさしかない裸
電球が、弱々しく陰気な光で厠の内部をぼんやりと照らしているのだ。

どうして日本の便所は、こうも陰気くさいのだろう。
不浄のものとして、人間が住む母屋とは一線を画しているのは理解できぬこ
ともないが、これほどまでに物の怪の巣窟のごとき暗さ、無気味さを与えることはないと思うのだが…。
今回の不思議は、数十年前のO県の片田舎、典型的な農家で起こった。

O県は瀬戸内に面した温暖の地で、天変地異も少なく、米や野菜作りはもち
ろん、果樹栽培も盛んで農業県として穏やかに発展してきた。

Kさん一家は、この地で先祖代々お百姓として田畑を耕してきた。
来る日も来る日も、農家の暮らしは変化がない。
お爺ちゃんお婆ちゃんをはじめ、嫁いできた嫁や、家にいる手のあいた者は朝早くから畑に出かけて行く。
若い者は野良仕事より街に働きに出ることが多く、子供たちは学校へ通って
いるので、家は日が暮れるまではもぬけの殻になる。
一番早く家に帰ってくるのは小学校の子供だが、下校してもだれも家にいな
いことを幸いに、ランドセルを投げ込んだあとは近所の悪ガキたちと真っ暗
になるまで鬼ごっこやチャンバラで遊ぶのが常だった。

その日も、いつもと同じように、Kさん宅の小学生Yちゃんは日が傾いても
近所の友達たちと原っぱを歓声をあげながら駆けまわっていた。
「…い、痛ててっ!」夢中で駆けていたYちゃんは、お腹を押さえて立ち止まった。
どうしたのだろう?お昼に食べた弁当にあたったのかもしれない。
お腹を片手で押さえながら、無理をしてしばらくは走り回っていたのだが、
どうにも我慢できないほどシクシクと痛みが広がっていった。
下腹部を断続的に襲う痛みのため、下半身はだるくなり、走ることもできなくなってしまった。
そして、腹の痛みとともに激しく便意も催してきた。

Yちゃんは「オレ、ちょっと腹が痛いから厠へ行ってくるわ」と友達に言い、
上半身を折るように腹をさすりながら家へと急いだ。

Yちゃんは誰もいない家に駆け込み、ズック靴を脱ぎ散らかして一目散に座
敷を抜け、縁側のつっかけを履いて庭の隅にある厠へ飛びこんだ。
腹の痛みは頂点に達し、同時に便意も我慢の限界にきていた。
小柄なYちゃんは、厠の和式の方で両足を思いきり広げて踏んばっていた。

当時の便所は汲取り式で、便所の床の真ん中に縦長の穴があいていて、1~
2メートルばかり下に汚物を溜めておくようになっている。
昼でもうす暗く、鼻がひん曲がるような匂いが充満している厠。
なによりも恐いのはその長方形の穴の下で、そこには真っ暗な闇が果てしな
く広がっていて、子供にとってはポッカリと開いた地獄の入り口のような無気味さがあった。
そんな厠にまつわる怪談は数限りなくあって、厠へ行くたびに思い出したく
ない恐い話を、なぜか完璧に思い出してしまうのである。
しゃがんでいると、「青い紙やろか…赤い紙やろか…?」という、か細い女

の声が尻の下の闇から聞こえてくる…というのもそのひとつだ。
それは黙っていると、しつこく何べんも聞いてくるという。
あまりの恐ろしさに、つい「あぁぁぁ、青い、紙を…」とか言ってしまうと、

真っ暗な闇の中からニューッと青白く痩せた腕が伸びてきて、しゃがんでい
るお尻を冷たい手でなでるというのだ。
子供たちの間で流布しているなんの根拠もない怪談話なのだが、小さな子は
親の言うことよりもしっかりと信じていて、夜の厠などは絶対に行かないと
駄々をこね、オネショをしてしまう子が多かった。

Yちゃんはうす暗い厠で用を足しながら、額には腹痛の脂汗と薄気味悪さの
冷や汗を交互にかきながら、思い出してしまった怪談の拷問に必死に耐えていた。
足元にポッカリとあいた闇の中からは、「青い紙…」という声が今にも聞こえてきそうな気配である。
ブルブルと体が震えるのは、腹の痛さだけではないようだ。

ぼんやりと照らす裸電球にからんだ蜘蛛の糸が、女の長い髪のように見える。
毒々しい色の蛾が、その灯りに誘われてパタパタと舞っている。
そんな恐ろしさに押しつぶされそうになりながらも、Yちゃんはなんとか用を足すことができた。
心細さに泣きそうになりながらズボンをあげ、またいでいた恐怖の穴から急いで足を戻そうとした。

その瞬間!

長い間しゃがんでいたため、両足はジンジンと痺れて自由がきかなくなっていることを忘れていた。
自分の足なのに自分の足でない感覚。
痛がゆいような痺れが足の踏んばりを奪い、あろうことかポッカリとあいた
地獄の穴の縁に片足を引っ掛けてしまった。
あっ!という間もなくYちゃんはバランス崩し、その穴にペタリと座り直すような格好でふたたび尻から着地した。

尻を落としたところが床ならドシンと倒れるだけだが、あいにく尻は地獄の穴の真上だった。
「うわっ!」と大あわてで何かにしがみつこうとするが、子供にとっては大きすぎる穴である。
体のあちこちをこすりながら、ストンと吸いこまれるようにブラックホールに落ちていった。

グチュッ!という水気の多い、嫌な音を立てて、Yちゃんは穴の底に軟着陸
した。
突然、真っ暗な空間に放りこまれたショックで茫然としていたのもつかの間、
すぐに強烈な匂いの中で、汚物まみれという最悪の状態に気がついた。

「うっわー!!!」先ほどよりも数十倍大きな叫び声をあげたが、声はむな
しく無限とも思える暗闇に呑み込まれてしまうだけだった。

落ちた穴は頭上に長方形のかたちをつくっているが、下半身がズボッと埋まっているので手が届かない。
それはYちゃんにとって、厠の怪談なんか比べものにならないほど現実的な恐怖だった。

しかも、さらに恐ろしいことが起こっていた。
ズズッ、ズズッ…と、徐々に体が汚物の中に沈んでいってるのだ。
手の甲には、何やら蛆のようなものが這っているような気配さえする。
「だ、だれかー!お父さーん、お母さーん!!」
もしかして、このまま誰にも気づかれず、ここに埋もれて死んでしまうのだろうか…。
絶望的になりながらも、Yちゃんは落ちてきた長方形のかたちに向かって、
大声でベソをかきながら助けを呼ぶしかなかった。

西の空を茜に染めあげ、遠くの山の彼方に大きなオレンジ色が没した。
田んぼの稲をおじぎさせながら渡ってきた風が、野良仕事をした顔に心地よくそよぐ。
汚れた手ぬぐいで顔を拭き、Kさん一家の長老であるお爺ちゃんはみんなに声をかけた。

「おーい、もう今日はよかろう。早よう上がって家に帰ろう」
畑ではお爺ちゃんが一番えらい。
野良仕事のリーダーとして、すべてを仕切っているのだ。
その一声を待ちわびていたかのように、みんなは腰を伸ばし、思いきり背伸
びをしたり、ずっと曲げていた腰をトントンと叩いたりして帰り仕度をはじめた。

うねうねとした畦道をお爺ちゃんを先頭に、みんなは一列になって歩く。
遠くに防風林に囲まれた我が家が見えてくる。
小学生のYちゃんを除いて全員が野良仕事に出ているので、家は黒いシルエットとなって夕闇に溶けこもうとしていた。
隣の家では夕餉の仕度なのか、かまどの煙がゆらゆらと立ち昇り、温かそうな白熱灯の光が窓から漏れている。
だんだんKさん一家が家に近づくにつれて、奇妙な音が風に乗って途切れ途切れに聞こえてきた。
それは、ヒィー…ヒィーン、ヒィー…という、甲高い笛のような音だった。
「ん?なんだ、あの妙な音は…」
先頭を歩いているお爺ちゃんは、音の正体を見透かすように家の暗闇に目を細めた。

遠目に、小さな人影らしきものが目に入った。
厠のそばに、どうやら人がいるようだ。

しかもヒィー、ヒィーン…という奇妙な音は、その人物がたてる悲しげな泣き声だということが分かった。
「もしかして、あれは…」お爺ちゃんは担いでいた鋤を投げ捨て、泣き声の主の方へと走りだした。
あとの家族もそれにつられ、殿様のあとを追う家来のようにお爺ちゃんについて一列のまま走った。

それが孫のYちゃんであるということは、近づくにつれて明らかになった。
「おーい、どうしたぁー!」家族は口々に叫びながら、その異常な泣き声に引き寄せられていった。
そこにはなんと、泣きじゃくるYちゃんが無惨な姿をさらしていた。
下半身は汚物にまみれてグチャグチャになっているし、顔や髪の毛にまで汚れは飛び散っている。
なによりも全員がうっ!声をつまらせたのは、信じられないような糞便の匂いである。

Yちゃんはお爺ちゃんの姿を見て安心したのか、さらに大きな泣き声をあげ、
お爺ちゃんに抱きつこうとしてヨロヨロと近寄ってきた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待てぃ!!」孫を溺愛するお爺ちゃんではあるが、さすがにその突撃を手で制し、まずは井戸の方に連れて行った。

Yちゃんを素っ裸にして、頭から足先までザァザァーとなんべんも水を汲んでは汚物を洗い落とす。

幾分、匂いは残ってはいるものの、数え切れないほど水をかけられたYちゃ
んが盛大なクシャミを立て続けにしたのを潮に、やっと家の中に入れてもらった。

今度は恐さではなく、寒さのために震えているYちゃんに温かいものを飲ま
せ、毛布を頭からすっぽりと被せて落ちつくのを待った。
汚物まみれになっていたのは、厠か肥え溜めに落ちたのに違いないのだが、
どうしてそんな事になったのか、お爺ちゃんを筆頭に家族全員、まだ少し鼻
をつまみながら、Yちゃんが口を開くのを今か今かと待っていた。

広い座敷で、意味は違うが家族全員が息をつめて真ん中のYちゃんを注視し
ている様子は、なんだかスターの記者会見のようでもあった。
悲劇の主人公Yちゃんも少し勘違いして、何かヒーローになったかのような高揚した気分になっていた。

お爺ちゃんは、やさしく尋ねはじめた。
「…で、おまえは、一体どうしたんや?」
まわりを囲んだ家族の視線が、Yちゃんの口元に釘づけになった。
まるで、舞台の俳優が長い独白をはじめるときのように、Yちゃんはたっぷ
りと間をとってから、小さな声で話しはじめた。

そして、それは驚くべき話だった。

その奇妙で、なんとも不思議な話は次のとおりである。
Yちゃんは遊んでいたときに腹痛に襲われ、急いで走って帰り、厠へ飛びこんだという顛末から話しはじめた。
用を足したあと、足が痺れてけつまづいた拍子に、運悪く穴からストンと落ちてしまったことも…。
しかし、ここで、どうしてもみんなが理解できないことがあった。
下半身がズブズブと沈んでいき、とうてい落ちた穴には手が届かないのに、
どうして家族が帰ってきたとき、厠の外で泣いていたかということである。
お爺ちゃんをはじめ、みんなは訳の分からない、辻褄の合わない話に困惑していた。

Yちゃんは、ここぞとばかりにさらに息をひそめ、話のクライマックスをポ
ツリポツリとしゃべりはじめた。
小学校低学年にして、なんという演技力だろうか…。
「もう、だめかなと思った…。手は届かないし、もがけばもがくほど足元が
グジュグジュと地割れみたいに柔らかくなって、体が沈んでいくんだから」
「そうは言うけど、おまえは厠の外にいたんだよ…」
お爺ちゃんは、不思議そうな顔をしながらいきなり核心に触れた。
家族は全員、ズリッと畳の上の膝を進めた。

「うん、僕も、もう出られないと思った…。
ひょっとして、このまま少しづつ沈んでいって、頭まで沈んで、厠で死ぬのかなぁと思った。
そんなの絶対に嫌だと思って必死で叫んでいたんだ。
…するとね、その時ね、真っ暗な穴の中がフワーッと明るくなったんだ」

Yちゃんは家族の顔をひとりづつ順番に観察しながら、反応を確かめるようにしゃべっている。
「それでね、何かなと思ったんだ。太陽が射しこんだのか、誰かが帰ってき
て懐中電灯で照らしてくれたのかなと思ったんだけど…。
そうじゃなかったんだ…」

「それ、何だったの!」と母親が言葉をはさむのを「しっ!!」と、お爺ち
ゃんはきつく制した。

「僕の背中の方からボンヤリと光っているようなので、そっと振り返ってみ
たんだ。そしたらね…、信じないと思うけど、ホントなんだ…。

白い…白い着物を着た人がいたんだよ。
その白い着物がボーッと光ってたんだ。
その人の顔も、体全体が中からボーッと光ってたんだ…」

「それでね、その白い着物の人が僕にスゥーッと近づいてきてね、手を伸ばしたんだよ。
そうしたらね、僕の体がね、だれも触ってないのにフワーと
上へ浮かんでいったんだ…、ほんとに浮いたんだ。
それで、落ちた穴からスポッと抜けて、厠の床に降ろしてくれたんだよ」
一気に話し終えたYちゃんは、息を切らしたかのようにハアハアと口で呼吸をしていた。
お爺ちゃんも、お母ちゃんも…家族のだれもが、不思議なYちゃんの話に言葉を返せないでいた。
厠の床に降ろされたときには、もう白く光る着物の人は消えていたという。

Yちゃんは、すぐに恐ろしい厠から逃げ出し、外でみんなが帰ってくるのを
泣きながら待っていたというのだ。
子供の作り話にしては、話の細部がはっきりとしていたし、矛盾もない。
まあ、話自体があり得ないようなことなのだが…。

お爺ちゃんは、やがて破顔し慈悲に満ちた笑顔を見せながら、Yちゃんの頭をなでながら言った。
「…そうかぁ、よかったなぁ、助けてもろぉて。
おまえを助けてくれたんはなぁ、守護霊様といってな、おまえをずぅーっ
と守ってくれている人なんじゃ」
「ええか、忘れるなよ。おまえにはいつも守ってくれるご先祖様がついていてるんじゃ…」

お爺ちゃんの妙に説得力のある話に、その場にいた者はみんな、そして当の
Yちゃんも素直に納得し、何度も何度もうなづくのだった。

事の真相は、だれにも分からない。
幼い子供の言うことは、やはり大人には信じがたいことであった。
しかし、何かが起こって、Yちゃんが助かったことだけは確かなのである。

終わりです..長過ぎましたね。

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2019年04月06日