<閲覧注意>本当にあった怖い話「鼠の天麩羅」「朽縄(くちなー)様」「かえるのうた」

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<閲覧注意>本当にあった怖い話「鼠の天麩羅」「朽縄(くちなー)様」「かえるのうた」についてまとめました。

鼠の天麩羅

知人の劇団員が、地元の猟師さんの笑い話を元にまとめて、劇を作ったことがある。
長くなりますが、よろしければ暇つぶしにどうぞ。

元号がいくつか前の時代のお話。
木樵と炭焼きと猟師を兼業で生活している老人と、その弟子の少年が、二人で細々と暮らしていた。
ほんの童子の頃から手伝いを続けていた少年も、もう一人前と認められるようになり、老人は、猟の獲物の肉と皮、山菜や茸を麓の集落に売りに出る間、少年は一人で小屋で留守を守るようにと言われた。
初めて、一人前の男と認められたようで、少年は、多少の不安はあったものの、喜び勇んで引き受けた。

老人を見送った少年は、日頃の習慣に従って、山道具の手入れをし、薪を拾い、怠りなく日常の仕事を片付けていった。とはいえ、いつもの老人の厳しい眼が無いことは、まだ幼さの残る少年の心を浮き立たせるには十分で、人様の迷惑にならない範囲での自由を満喫していた。
いつもの決まった仕事を終えた後は、近くの小川で釣りに興じ、小屋に戻っては老人の書物を紐解いてみたり。そして、その中で、一つの話が眼を引いた。
「稲荷神社と鼠の天麩羅」についてだった。

…かつて、農耕・穀物の神であった稲荷は、仏教との融合で、豊川稲荷などのダキニ天の考え方なども交わり、狐の姿でも知られるようになっていた…
…稲荷神社になぜ油揚げを供えるのか。豆腐の油揚げは代用品であり、本来は狐にとって最高の好物である、鼠の天麩羅である…
…だがそれでは処分にも困るため、精進料理など模して、豆腐を揚げた。揚げてあるのですぐには腐らず、お供え終えた後は皆でわけて食べられるため、これが広まった。これを甘辛く味付けをし、飯を詰めた物が稲荷寿司である…

…豆腐の油揚げももちろんだが、本家本元の鼠の天麩羅、できたてのまだ熱いものなどは、狐には命がけでも口にしたいもので、ありとあらゆる手を使ってでも食べに来る。
昔話では、そこで相手に山菜や大物の川魚を捕ってこさせるという笑い話もある…
…そんなわけで、古来、狐を捕まえる罠には、鼠の天麩羅を餌にするのが定石である…

そう言えば、師である老人も、同じような内容を、よく言っていた。美女に化けたり厳つい異人に化けたり、あるいは術にかけて眠らせたりとして、気がつくと、鼠天麩羅は一つ残らず奪われてしまっているとのこと。
少年は、悪戯心を抑えきれなくなって、起ち上がった。

日が落ちる頃、小屋のすぐ近くの小川のほとりで、鍋にごま油を熱していた。

物心ついた頃から山で生活している少年にとって、山鼠を捕まえてくることはさほど難しいものではなく、まるまると太ったものを五、六匹選んで、後は逃がしてやり、手早く〆めて、粉を付け、たぎった油に浮かべ始めた。ぱちぱちと油の弾ける音とともに、ほどなく、新しい肉の熱せられる、意外なほど香ばしい匂いが立ちこめてきた。
もし狐が来なかったら、薬食いということで、自分で食べてしまおうかと、少年は、くすねてきたどぶろくの徳利と傍らに、一人で笑っていた。
反対側には、魔物除けに、刃を紙のように研ぎ澄ました山鉈を起き、さらには煙管と煙草も容易をしておいた。鼠の天麩羅が色よく揚がる頃には、たっぷりと唾を眉に付けて毛を寝かせて、「ござんなれ」と待ち構えていた。

待つほどもなく、焚き火の届かない闇の奧に、二つ並んだ緑色の灯が、ちろちろと
またたきはじめた。少年は気づかぬふりで、香ばしい肉の匂いをふりまく、揚げたての鼠の天麩羅を木皿に盛ると、小皿にツユを注ぎ、徳利を引き寄せ、今にも箸を付けるような姿を見せてやった。
「キーッ、キーッ」枯葉色の毛並みを波打たせ、闇の向こうから狐はしきりに歯をむいてなにやら怪しいそぶりを見せている。しっかりと眉を濡らした少年は、狐のあやしのわざにかかったそぶりで、ぽかんとしてみると、闇の奧から、狐が数匹、嬉しげに駆け寄ってきて、
木皿の鼠の天麩羅に口を伸ばし…

「こらあっ!」笑いを押し殺した少年の、雷のような不意の一喝に、鉄砲に打たれたように飛び上がって、森の奧に逃げ込んでしまった。

少年はひとしきり腹を抱えて笑った後、なおも焚き火のちかくに鼠の天麩羅を置いて、残酷な匂いを立て続けていた。また、ちろり、ちろりと闇の奧に、緑色の灯火が瞬く。
しきりと首を傾げているようだが、また、「キーッ、キーッ」と、歯をむいて、前にも増して思念を凝らしたあやしいそぶりを見せ始めた。笑っていた少年は、焚き火のぬくもりが、一時ごとに、布団にくるまっているような眠気をもたらしていることに気づいて、さては狐共、眉唾のまじないを破るような熱意で、こちらをばかそうとしているなと思い当たり、山鉈の鞘を払って、眠気を振り払うように目の前を薙いでみせた。
「やまのひとやのつれづれに あげてみたるはやまねずみ
ばかすあやかししるまいか わがなりわいはりょうしにて」
詩吟気取りの戯れ句を、わざわざ声高に聞かせてやりながら、白刃を焚き火にきらめかせると、また、狐はぽんと森の奧に逃げ込んでしまった。

またひとしきり笑った少年は、酒で少し口を湿らすと、上機嫌で鉈を鞘に収め、膝に横たえた。相変わらず、焚き火の側で暖められた鼠の天麩羅は、少年の空きっ腹にも答えるようなよい香りを放っている。もう狐も来るまい、と、少年は箸をとって、一番上の天麩羅をつまみ上げた。

「キーッ、キーッ!」闇の奧で、切羽詰まったような獣のうなり声。そして、ちろちろと瞬く緑の火は、五、六対にまで増えていた。なんと根気の良いこと、と半ば感心しつつ、少年は箸を引っ込めて、もう一度念入りに眉を唾で濡らした。
と、二、三度の瞬きの間に、少年は、目の前が白く霞むのに気がついた。
なんと、十歩先も見えないような深い霧が、焚き火の回りを包み始めていたのだ、
「火の側で、霧が出るなんぞ…」流石に呆れかえった少年だが、師の煙草入れを取り上げて、刻み煙草を煙管に詰めると、焚き火の火を移した。

「キッ…」狼狽したような獣の声に、にやにや笑いを浮かべると、身体を斜に構えて、音を立てて煙草をのみ、ぷかりと煙を夜空へ吹き上げて見せた。
目の前に垂らされていた布が取り去られたように、深い霧はぱっと消え去り、四匹ほどの狐が、唖然としてこちらを見つめていた。
「んんっ?」少年は、芝居げたっぷりに音を立てて煙管を打つと、大げさな動作で山鉈の柄を掴んで見せた。
狐たちは鳴きもせず、いっさんに森の奧に逃げていってしまった。

少年は、腹が空っぽになるほど夜空に向かって笑うと、ふと、狐たちの必死さがおかしくなってきた。山の恵みで生かしてもらっている我が身と、師が繰り返し教えていたこともある。こちらの楽しみに付き合ってもらった代金に、半分ほどは渡してやってもいいだろう、と思った。

と、その時。しゅく、しゅく、しゅくと、哀しげな泣き声が木々の合間から聞こえてきて、そこから、すっかりしょげかえった風情の狐が一匹、べそをかきながらやってきた。
まさか正面から姿を現すとは思っていなかった少年は意表を突かれて、それでも用心をとかずに見つめていると、狐は、べそをかいたまま、人の言葉で泣き続けた。
「いままで、あなたさまを化かして、かすめ取ろうとしてしまって、申し訳ありませんでした。
あなたさまのこしらえられた、その若鼠の天麩羅は、わたしたち狐にとっては、
一生一度のご馳走なのです。魚や、木の実、茸でも、わたくしどもでもってこられる
ものであったら、なんでも差し上げますから、どうか一匹だけでもお裾分けを」

渡してやるつもりのところに、しんから困り果てているようすの狐に、流石に少年は酷いことをした気になって、全て渡してやろうかとも思ったが、自分自身も昼間からの働きで腹も酷く空いているし、あと一度だけ困らせてやろうと思った。それが無理だと降参したら、酒も付けて渡してやろう。少し考えたが、一番の無理難題を思いついた。
「よしわかった。それじゃあ、俺は、独り身で夜が寂しい。若い娘を所望だ」
狐は、何も言わずに俯くと、焚き火の光の輪から去って言ってしまった。

もしかして、あまりの難題に、すっかり落ち込んでしまって、もう来ないだろうか?
それとも、一生一度のご馳走を匂いだけ嗅がせて渡さなかったことで、山の狐ぐるりを敵に回してしまったのだろうか?

流石に戯れ事も過ぎたかと、心配になってきた少年が首を傾げていると、かすかな音が森の奧から届いてきた。
しゃん しゃん
しゃん しゃん
銀の鈴の震える音と共に、ぱらぱらと小雨が一瞬行き過ぎる。思わず天麩羅をかばおうとした少年は、焚き火の側に、白い姿がたたずんでいるのに気がついた。
白の筒袖に白袴、背中までの鴉の濡れ羽色の黒髪に、抜けるような色白の、見たこともないような美しい娘だった。
娘は、もとより細い眼を線にして微笑む。』
『お待たせいたしました。さきほどの狐です。まだ子を産んでいないので、若いつもりなのですが』
少年は、跳ねるように起ち上がったまま、あまりのことに動けなくなってしまう。
娘は、細い指で、自分の袴の帯をするすると解き始めた。若者は、必死に声を励ました
「ま、また化かすつもりだろう!」袴が落ちて、娘はもう一度微笑んだ。

『あなたさまは、ちゃんと眉を濡らしていらっしゃいます』指が、若者の眉を撫でる
「朝、眼が醒めたら、肥溜めにでもつかっているわけか?」震える声に、娘は首を傾げる
『あなたさまは、鉈も、煙草も、まだお持ちでいらっしゃいます』
筒袖が細い肩から滑り落ち、桜を貼り付けた真っ白な瓜のような乳房が震えた。
風に押されたように踏鞴を踏む少年を、娘が柔らかく覆い被さった。

「俺は、取り殺されて、しまうのか?」
泣きそうになった少年に、金色に眼を光らせた娘が、艶やかに苦笑する。
「一生一度のご馳走をくださるかたに、そんな無体はいたしません。ただ…」
少年の着物をほどいていく手は、一対ではなかった。

「あのように焦らされたのですから、少しだけ、嬲られるのはお覚悟ください」
少年の回りには、同じように、筒袖、白袴姿の娘達が、微笑みながら「待って」いる。
一番年かさの娘が、まだ暖かい鼠の天麩羅の木皿を捧げ持って、深々と一礼していた。

数日後、師の老人が戻ったとき、小屋のなかも、申しつけていた仕事も、いっそうきちんと片付いていたものの、弟子の少年が、魂を抜かれたように虚ろな顔をしているのを見て、さては山の神様に魅入られたかと不安になり、井戸端に呼び寄せて、冷水を何倍も頭からかけると、剥いだ着物の下に、いくつもの歯形や爪痕が赤く青く残っているのに気づいて、硬い拳骨を降らせたのだった。
深くは追求しなかったが、なんとなく、事情はそれで察したようだった。

それからも、少年は、炭焼きと猟と木樵の毎日を過ごしたが、師の眼を盗んでは、鼠の天麩羅をことあるごとに作っていたというお話。
どっとはらい。
鼠の天麩羅

朽縄(くちなー)様

田舎に住む祖父は、左手小指の第一関節の骨がありません。
つまむとグニャリと潰れて、どの角度にも自由に曲がります。
小さい頃はそれが不思議で、「キャー!じいちゃんすごい!なんで?なんで?」と、無邪気にはしゃいでいました。
祖父はニコニコしながら、「ありゃー!可愛い孫に、じいちゃん骨抜きじゃー」などと冗談めかしてごまかしていましたが、
私が小学校に上がるくらいのときに、その本当の理由を教えてくれました。
以下、祖父(正夫)の語り口です。

この村の山の上に古い神社があるだろう。
あれは、いわゆる御霊神社というやつなんだ。
御霊神社とは、謀反の疑いなどをかけられ殺された、実在の人物が祀られているもので、
(太宰府天満宮などもそれにあたる)
『御霊信仰』のもとは『怨霊信仰』とも言われている。
つまり、その人物が祟り神にならないように鎮めるための神社だな。

この村で祀られている神様の名前は、○○(忘れましたが、何とか磨呂?みたいな長い名前)と言うが、
わしら年寄りの間では、『朽縄(くちなー)様』と呼ばれている。
朽縄様は、蛇や女の姿に化けて村に下りてくることもあるという。
そのためこの村では、蛇は神様の化身として畏れられ、決して殺してはいけないとされていた。
また、朽縄様は骨を司る神様として崇められており、
妊婦や小さな子連れで参拝すると、子が丈夫な体に育つと言われていた。

しかし困ったことに、朽縄様は大層荒々しい性格をしている。
昔、村でも悪評高い放蕩息子が、自分に素っ気ない態度をした娘の家に嫌がらせをした。
それが何とも質の悪い嫌がらせで、蛇を生きたまま枝に串刺しにし、娘の家の畑に並べて刺したらしい。
娘の家族は顔を真っ青にし、「なんと…罰当たりなことを…」と震えながら、
血の海で息を引き取った蛇の亡骸を、庭に手厚く葬った。
数日後、男に罰が下った。

全身の骨という骨がギシギシ痛みだし、三日三晩、寝床で悶絶した。
「痛い、痛い!骨が焼ける!」と訳の分からない言葉を叫び苦しむ男を、両親は必死に看病した。
男の体は、なるほど確かに全身の骨が溶けたかのようにぐにゃぐにゃに変形し、
頭も腕も自力で持ち上げられない状態だった。
医者も「こんな奇病は見たことがない。本当に祟りかもしれません」と頭を抱える中、4日目になって男が忽然と姿を消した。
一人で起き上がることなんて到底不可能な状態のため、両親は不思議に思いながらも近くの野山を探した。
件の娘の家の畑でソレを見つけた。息子の形をした奇妙な物体。
ぐにゃぐにゃと手足をあり得ない方向に曲げ、遠くから見ると踊っているようにも見える。
ひたすら、ぐにゃぐにゃ蠢いている息子のようなモノに、恐る恐る両親は近づいた。
息子の顔は、目鼻などのパーツが全く重力に逆らえず、しわしわになって垂れ下がっていた。

垂れた目や口のせいか、その表情は哀しげな、泣いているようなものだったという。
そしてその姿を見た両親も、ついに頭がおかしくなってしまった。
(有名な『くねくね』と似ていますが、同一かは分かりません。
ちなみに、祖父の田舎では、この現象を『蛇化(じゃんげ・俗語ではカカシ)』と言って、朽縄様の祟りとして畏れられ、
やはり見てはいけないものと教わってきたそうです)

…とまぁ、それくらい恐ろしい神様なのだが、なんとじいちゃんはその朽縄様に会ったことがあるんだ。
それは、わしが今のお前と同じくらいの歳のことだ。
その日、わしは友人の寛治と昼間2人で山に入り、蛇の脱け殻を探していた。
この地方ではたいそう縁起の良いものとして喜ばれ、大人に渡すと、たまに食べ物をくれることもあったからな。
脱け殻を探すのに夢中で、わしらは気づかぬ内に例の神社の鳥居のところまで来てしまった。

普段から『子供だけでは絶対に近寄ってはならん』と、きつく言われていたところなのに。
正「寛治ー、もう鳥居のとこまで来てしもーたぞ。これ以上はまずかろう」
寛「そうじゃのー。ぼちぼち引き返さねばのー」
そんな会話をしていた矢先のことだ。前から女が近づいてきた。
女は村の女が着ているような野良着ではなく、白っぽい浴衣のような着物を着ていた。
わしは、言い付けを破ったので怒られるのではと思って、寛治に耳打ちした。
正「やばいぞ。素直に謝るか?それとも逃げてしまうか?」
寛「…??お前、何を言うとんじゃ?誰ぞ来とるんか?」
寛治はキョロキョロしたり、目を細めて遠くを見据えるようにしているが、どうやらその女はわしにしか見えんかったらしい。
とうとう女の顔が判別できるくらいの距離に近づいてきた。

…おかしい。
そこで明らかに異形のモノだと分かった。
まず何よりおかしかったのが、女の目だ。蛇の目だった。
小さな目が左右に離れて配置され、あの爬虫類独特の、ナイフの刺し傷のような縦に細く閉じた瞳孔をしていた。
鼻は細く、口も小さい。全体的にほっそりした姿態をしている。
わしは蛇に睨まれた蛙のように、その場で固まってしまった。
寛「おい、どうしたんじゃ?はよ帰ろうな」
寛治の声が何だかえらく遠くに感じる。
女はその蛇の目をパチパチさせると、急に細長い手足を…あり得ない方向に曲げだした。
まるで糸の切れた操り人形のように、はたまたゴム人形のように、ぐにゃぐにゃと、でたらめに関節を曲げるのだ。
更に最も不気味だったのは、女が首を横に傾けたかと思うと、
そのままどんどん曲げ続けて、ついには胸の前で頭をまるっきり逆さまにしたことだ。

完全に人体の理を無視した体勢だ。
わしは悲鳴こそあげなかったものの、全身の血の気がスーッと消えて震えが止まらなかった。
女はわしのその反応を確認するかのようにニタニタ笑って、
その逆さまの顔でわしを覗き込み(手足がぐにゃぐにゃに曲がって、ちょうど顔の高さが合っていた)、
「お前、見えてるだろ?」と聞いてきた。
わしは馬鹿だったから、思いっきり首を振って「見えてない!!」と涙声で叫んだ。
すると女はますます愉快そうに目を細めて、
「なーんだ、見えてるじゃないか。生意気なガキだな」と言ってきた。
わしはもう足がガクガク震えて、涙でぐちゃぐちゃで、隣で寛治が何か喋ってるがそれも耳に届かないような状態で、
「ごめんなさい…。ごめんなさい…」と目をつぶって謝った。
すると、女はわしの目と鼻の先でガクガクと全身を震わせて、元の人の佇まいに戻り、ニターっ

「お前、今夜迎えに行くから待っとれ」と、わしの左手を撫でながら言ってきたのだ。
そしてゆらーっと踵を返すと、鳥居の方に戻って行ってしまった。
わしは大ベソかきながら急いで寛治と山を下り、畑で作業している家族にこのことを話した。
父と母は、わしの話を聞くそばからみるみる顔が青くなっていき、すぐに神社の神主様が家に呼ばれた。

神主さんに先刻見たものを詳しく話したところ、やはりたちまち険しい顔になって、
「左手を貸してごらん」と、怒るような口調で言われた。
例の女に撫でられた左手を神主さんに渡すと、五指を1本ずつつまんだり引っ張ったりして、丹念に調べられた。
「…小指の先を持ってかれとる」
神主さんは険しい表情を崩さず、そう言って手を離した。
えっ?と思って、自分でも触ってみると、確かに小指の第一関節から上がぐにゃりと柔らかい。
言われるまで気づかなかった。

「坊やが見たのは、間違いなく朽縄様ですね。
ここ十数年、その姿を見たという人間はいなかったもんで、油断しておりました。
どうやらこの子は…朽縄様に気に入られたみたいです」
『気に入られる』という言い回しに、幼いながらも違和感を感じたが、その思いを父が代弁してくれた。
「気に入られたって、どういうことですか?!
朽縄様の怒りに触れたら、カカシ(←先述のくねくね?)にされるんじゃないんですか?!」
神主は静かに、しかしよく通る声で答える。
「いや、今回は体の一部を持ってかれとりますから…。カカシにはされんでしょうが…いや、しかしやはり厄介ですな。
朽縄様は、小指の骨を抜いて、この子に目印を残したんでしょう。恐らく、今夜にでも迎えに来るつもりで…」
神主さんの声を父のしゃがれた声が遮る。
「迎えに来るって…息子はどうなるんです?」
神主さんがためらいながら続ける。

「要は…朽縄様の一部になるということです。簡単に言うと…食われてしまうんですよ。
自分の姿を見られる者には、相応の力があるし、また波長も合う。
その力を取り込んで、より一層強力になるおつもりでしょう」
わしは、あの蛇の目をした女に、自分が頭からバリバリ食われることを想像した。
それだけで恐ろしくなって声をあげて泣いた。
「いや、しかし気を落とすのはまだ早いですよ。
私が朽縄様と直接お話してみますから。
…ですから、ご主人たちは今から言うことをよく聞いて下さい」
それからわしは、ずっと母親の膝につっぷして泣いていた。
神主さんはわしの左手小指に、何か麻紐と小さなお札のようなものをグルグル巻いて帰っていった。

夕方になり、続々とわしの家に大勢の人が集まった。
大勢の人と言っても、専ら、わしと同年代の子供たちと、その親がほとんどだ。もちろん寛治も来た。
そして父と母の手で、その子供たちの左手小指に、わしと同じような麻紐とお札が巻き付けられた。
神主さん曰く、「朽縄様の目をごまかすため」だそうだ。
麻紐を巻き付けると、両親はその子らの親に何か話しながら頭を下げて、家に帰していた。
後になって、「何の話をしていたの?」と聞くと、
「あんたがすぐ見つからないように、協力をお願いしたのよ。
今晩、みんなの家を朽縄様が訪ねるそうだけど…ほとんどの人には、それが見えないみたい」
と母が答えてくれた。
「みんな食べられちゃうの?!」と、わしがまたベソかいて聞くと、
「ううん。小指の骨がある子供は大丈夫だって。
でも麻紐をしておくと、骨があるのか無いのか、分からなくなるそうよ。

だから、あれを明日の朝まで絶対に外さないようお願いしたの。
もしも正夫をわざと隠していることがバレたら…朽縄様が怒ってしまうんだって」
母は安心させるために、包み隠さず言ってくれたのだろうが、わしは余計に不安になった。
誰かが紐を外したら、そいつ、カカシになるんかな?わしの紐、間違って外れんやろか…?とな。

そして夜が訪れた。
朽縄様はいつどこに、どんな姿で現れるのか見当もつかないと言う。
わしは少しの物音で緊張の糸が張ったり弛んだりしていた。
夕飯もあまり食べられんかった。
飯の後、父親と一緒に風呂に入った。
―――風呂の戸を開けた瞬間…心臓が一瞬で凍りついた。
…風呂釜の中に女がいた。
こちらに後ろを向けて湯に浸かり、長い髪が湯船にユラユラと、海草のように漂っている。
昼間見た白い浴衣を着たまま入っている。

間違いない。朽縄様が目の前にいる。
わしはとっさに風呂の戸を閉め、ガタガタ震えだした。
父はすぐに察してくれた。
「逃げたらバレてしまうぞ。
…絶対に目を合わすなよ。見えてることを悟られるな。
父ちゃんが守ってやるから、普通にしとけ」
小声で耳打ちし、父親に抱き抱えられて風呂に入った。
再び風呂の戸を開けたとき、わしの顔の真正面、文字通り目と鼻の先に女の顔が来ていた。湯船から上がっていたのだ。
ずぶ濡れの女の、爬虫類のような小さな目がわしの顔をジッと見据える。
間近で女の声が耳に響く。
「お前、見えてるだろ?」
昼間と違い、女の顔は笑っていない。既に何軒か巡ってイライラしていたのだろう。
わしは聞こえないふりをして父に目を向ける。
普段あまり笑わない父がニッコリ笑顔を作り、
「おいおい、小便したくなったからって、裸で出ていく奴があるか。出すならここで出したらええぞ」
と、必要以上に大きな声で喋りかけてくれた。

わしも泣きそうな顔のまま笑顔を無理矢理作り、コクコクと父ちゃんに頷いた。
汚い話だが…本当に父の腕の中で失禁していた。
それから、わしは極力普段通りに体を洗ったり、湯船に浸かったりしたが、
その間も女は「おい、見えてるだろ?本当は見えてるんだろ?」と執拗に、わしの顔にその不気味な顔を近づけてきた。
最後に、女はわしの左手をゆっくり撫でて、(ここでまた漏らした)
不満そうに「チッ…」と舌打ちして消えた。
わしは汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったが、幸いにも風呂場だったため、全て流れてごまかせたようだ。
女が消えてからも、わしはガタガタ震えており、その日は始終、父と母に交代で抱いてもらった。

翌朝、協力してくれた村人たちと全員で山を上り、神社を訪れた。
朽縄様の姿を見たという者は、結局わし以外にはおらんかった。
神主さんは疲れはてた様子だったが、
笑顔で「もう大丈夫です。朽縄様の、坊やへの執着は失せました。小指の紐とお札を外しても構いません」と言ってくれた。
これまでも何十年かおきに同様の事件が起こっており、この方法で切り抜けてきたという。
しかし、中には目眩ましの子供が紐を外してしまったり、当人が見えていることを見抜かれて、神隠しに遭う者もいたらしい。
ちなみに、朽縄様に食われるときは、大蛇の姿で丸のみにされるらしい。
(神社には、その様子が描かれた絵巻物も残っている)
村人たちから歓声が上がり、寛治は泣きながら「よかったー!よかったなー!」と喜んでくれた。
(しかし、子供だけで神社に近づいたことで、わしらは後日げんこつを食らった)

「あれから五十年…わしの左手小指は、成長してからもずっとぐにゃぐにゃのままだ。
朽縄様の姿も、それから見ることはなかった。
大人になってから病院で検査したが、医者は首を捻るばかりで…まぁ生活に支障はほとんどないから良いけどな」
そう言って、祖父は幼い私に、
「だから絶対に、あの神社に子供だけで近づいたらいかんぞ」と、怖い顔を作って言い聞かせてくれました。
あのとき小指に巻かれた麻紐とお札は、御守り袋に入れて今も大切に保管しているそうです。

祖父は今も元気に村(今は郡)の老人会などに出かけては、新しく入った女性会員さんに、
「ありゃー。わし、あんたに骨抜きにされてしもたわー!」と、小指を披露しているそうです。
祖父曰く、鉄板ネタだそうです。
朽縄(くちなー)様

かえるのうた

ある年末でのことです。
会社の先輩からこんな誘いを受けました。
「年末年始は実家に帰るんだけど、よかったらうちで一緒に年越ししない?おもしろい行事があるのよ。一回見せてあげたいな~と思っててさ。」
その人は年齢も私より上でしたがとても気さくに接してくれる方で、入社した頃から何かと可愛がってくれていました。
仕事でもプライベートでも面倒見が良く、いろいろと連れていってもらったりしていたのですが、遠出の誘いはこれが初めてでした。
せっかくの帰省、ましてや年末年始にお邪魔するなんて悪いなという気持ちもありましたが、気にしないでおいでよ~と言われ、
私自身は実家に帰る予定もなかったので誘いを受けることにしました。
詳しく話を聞いてみると、12月の29~31日に先輩の町では行事があるようで、年越しがてらそれを見においでという事でした。
会社は29日で終わり、休みに入るのは30日からです。
行事について尋ねてみると
「私の町で毎年やってるんだけどね~町の人達の中から一人が選ばれて、その人のために行う行事なの。0時をまわってからやるから正確には30~元旦までの三日間になるわね。」

「深夜に?そんな時間に何をするんですか?」

「それは見てからのお楽しみ。今年は私のお母さんが選ばれて、もう私もお父さんも大喜びでさ。」

「そうなんですか。よくわからないですけど、そんな時に私がいたらやっぱりお邪魔じゃないですか?」

「いいのいいの、うちの家族は気にしないから。のんびりしたとこだし気軽においでよ。まぁ休みは30日からだから初日のは見れないけどさ。」

具体的な内容はわからなかったものの、何だか興味をそそる話でした。
私がその行事について気になってきたのを察すると
「もし最初から見たいなら、29日仕事終わりにそのまま行くって事でもいいよ。あたしとしても最初から見せてあげたいしね。
年一回しかないうえに、今年はやっとうちのお母さんが選ばれたからさ。」と言われました。

出来たらそうしたいとこでしたが、あまり甘えるのも悪いと思い結局30日に向かうことになりました。
先輩は少し残念そうでしたが了解してくれ、30日から1日まで私は先輩の実家で過ごすことになりました。

当日、朝9時頃から先輩の車で目的地へ向かいました。
先輩の実家がある町は、私達の住んでいるところから車で3時間ほどかかります。
道中はのんびりと会話しながら、どんな行事なんだろうとわくわくしていました。
しばらくして景色が変わってきた頃、先輩がこんな事を言いました。

「昨日、雨降ったよね。」

言葉のとおり、前日の29日は深夜まで雨が降っていました。
流れを切っての発言というわけでもなかったですし、何でもない話題なんですが、どこかに違和感があるような…そんな感じがしました。

「降りましたね。今日は止んでてよかったですよね。行事は雨が降っててもだいじょぶなんですか?」

「一応は平気。昨夜は予定どおり行われたよ。実はさぁ、あたし昨日から帰ってたからもう大変だったのよ。
会社からそのまま実家向かって夜中にそれやって終わったらまたこっち戻ってきてあんた迎えに行って…。今すっごい眠い。」

そう言って大欠伸する先輩には、先ほど感じた妙な違和感はありませんでした。
そうしてまた何でもない会話をしながら進んでいき、やがて目的地に到着します。
ちょうど12時になるぐらいの時間だったと思います。
車を降り、先輩の実家の方へ目をやった瞬間、ぎょっとしました。
先輩の実家は古いお屋敷みたいな広々とした家だったんですが、家の前の庭に水溜まりがありました。
鯉を飼ってる池のような大きさのです。
自然に出来るものでもそれぐらい大きくなるのかもしれませんが、そこにあったのはどう見ても不自然なものに思えました。

泥水をはった風呂場のような、そんな感じだったのです。
これは一体…と戸惑っていると、「これも行事に関係してるのよ~とりあえず落ちないように気を付けてね。結構深いから。」と言われ、
不思議に思いながらもひとまず家の中へ案内してもらいました。
中へ入ると、奥から女の人が駆け寄ってきました。
「遅かったね。あっ、この子がお客さん?」
先輩はそうだよと答えながら私の方を向き、その女の人が母の姉だと教えてくれました。
私が挨拶を済ませると、昼食が出来てるからと奥の方に案内され、お昼をごちそうになりました。
食後には居間にいた先輩の父とも挨拶を交わし、先輩が昔使っていた2階の部屋に案内されました。
部屋に入って一息つき、ふと窓から外を眺めるとある事に気付きました。
隣近所の家が何軒か見えるのですが、庭に大きな穴のある家がいくつかありました。
水溜まりではなく、ぽっかりと大きな穴があいているのです。
気になって先輩に聞くと

「あぁ、あれは選ばれるのを待ってるお宅って事なの。穴がない家は一度家族の誰かが選ばれたか、今は必要ありませんって事ね。
選ばれた家はさっき見たとおり、穴に水を入れて大きな水溜まりになるの。選ばれた人は大変なのよね~お母さんも今準備中だからうちにいないのよ。」
という事でした。
今思えば、この時から何だかおかしな空気が漂っていたような気がします。
先輩の説明を聞いても、何が行われるのか全く分からない。
当初はお祭り気分で楽しめるような行事だとばかり思っていたのが、何か異様なもののように感じ始めていました。
とはいえ、そんな失礼な事を言うわけにもいかず、私の考えすぎであることを願うばかりでした。

その日は行事が始まる時間までのんびりしてようという事で、前日ほとんど寝てなかった先輩は寝てしまい、私は先輩の叔母さんと話したりして過ごしました。
夜になって夕飯やお風呂を済ませ、あとは行事が始まるのをじっと待つだけとなりました。
この間、先輩のお母さんの姿は一度も見ていません。

11時を過ぎた頃、事態が動きだしました。
四人でたわいもない話をしていたところ、電話がなり叔母さんが出ました。
10分ほど話して電話を切り、先輩と先輩の父には「そろそろ用意だから行っておいで」と
私には「〇〇ちゃんはここにいよっか。私も一緒にいるから。」と言いました。
何も分からなかった私は「はい」と答えるしかなかったです。
すると、先輩がムッとしたような表情で叔母さんに近付いていきました。
そしてなぜか険悪なムードになり、突然二人の言い合いが始まりました。
「叔母さん、昨日も家に残ってたよね。なんで?」

「何年も前からさんざん言い続けてるでしょう?私は認めてない。どうしてもやるならあんた達だけでやりなさい…って。」

「やっとお母さんが選ばれたのにまだそんな事言うわけ?叔母さんだってしてもらったくせに。今日だってお母さんはずっと準備してるのに。」

「私はあんた達とは違うの。いいから早く行きなさい。」

私は状況が飲み込めずにおろおろするしかなく、昼間の不安がますます募っていきました。
しばらく二人の言い合いは続いていたのですが、先輩が時計を見て時間を気にしたのか口を閉じ、言い合いは終わりました。
黙ってみていた先輩の父は途中で先に出ていってしまい、苛立った様子の先輩はばたばたと出かける支度をし、玄関へ向かいました。
「昨日より気合い入るわ~これから何があるか、しっかり見ててよ!」
私にそう言うと先輩は出ていきました。
先輩の姿が見えなくなったその瞬間、いきなり叔母さんが玄関の鍵を急いで閉め、私の手を掴んで居間へ戻りました。
そして私の顔を見つめ、神妙な面持ちで話し始めました。
「〇〇ちゃん、今から私が話す事をよく聞いて。もう0時をまわったわね。この後1時になったら、ある事が始まるわ。このままだと、あなたは犠牲者になる。」
思わぬ言葉でした。
「えっ?…おっしゃってる意味が分かりません。どういう事なんですか?」

「詳しくは後で話すから!とにかく、今は解決するための話をするわ。こうなってしまった以上、あなたはその行事を見なければいけないの。
1時になったら2階に行って、部屋の窓から外を見なさい。何があっても、最後まで見なきゃダメよ。ただし、声をかけたりしてはダメ。ただ見て、聞くだけでいいの。」

「聞く?聞くって何をですか?一体何なんですか?」

「歌よ。あの子達が歌う歌を聞くの。必ず最後まで聞かなきゃダメよ。耳を塞いだりしないで最後まで。いいわね?」

もう何が何だか分からず、泣き出したい気持ちで一杯でした。
何かとんでもない事に巻き込まれてしまったのでは、どうしたらいいのか、と頭がぐるぐるしていました。
叔母さんは私の頭をそっと撫でながら、「大丈夫」と言ってくれましたが、何を信じていいのか分かりませんでした。
しかし、その間にもどんどん時間は迫ってくる。
結局、叔母さんに言われたとおりにするしかありませんでした。
時間が過ぎていくにつれ、私の心臓は破裂しそうな程バクバクしていました。
どうしよう…どうしよう…
そうこうしている内に1時が近付き、叔母さんに2階へ行くように促されました。

一緒に来てくれませんかとお願いしましたが、「私はここにいるから、歌が終わったらすぐに降りてらっしゃい。くれぐれもさっき言ったことをちゃんと守るようにね。」
が答えでした。
さぁ…と背中を押され、逃げ出したい気持ちで2階へ上がり、昼間にいた部屋へ入りました。
でも、窓の外を見ようとする事が出来ず、ただうずくまって震えていました。
もうやだ
怖い
それだけでした。
5分…10分…
どれくらいそうしてうずくまっていたかは覚えていません。
とても長い長い時間に思えました。
ふと、何かが聞こえてきている事に気付きました。
話し声?叫び声?
何かが聞こえる。
私は無意識に窓に近づき、外を見ました。

窓の外、あの水溜まりの周りにいつのまにか大勢の人が集まっていました。
子供も大人も、男も女も。
十代ぐらいの子や五~六歳ぐらいの子、熟年の方や高齢者の方…20人ぐらい、もっといたかもしれません。
その全員が、さっきまでずっと雨にでも打たれていたかのように、服も体もずぶ濡れでした。
ピクリとも動かず、全員が水溜まりを見つめています。
そして、何かを話している…?
怖さで固まったままその光景を見ていると、次第にはっきりと何かが聞こえてくるようになりました。
不気味に響くその声にすぐにでも耳を塞いでしまいたかったですが、叔母さんの言葉を信じ、必死で耐えていました。
やがて、それが何なのかがわかりました。
歌です。
叔母さんの言っていたとおり、確かに歌を歌っているように聞こえました。
何人もの声が入り交じり、気味の悪いメロディーで、ノイズのように頭に響いてくるのです。
何と言っているのか、聞こえたままの歌詞はこうでした。

かえれぬこはどこか
かえれぬこはいけのなか

かえれぬこはだれか
かえれぬこは〇〇〇
(誰かの名前?)

かえるのこはどこか
かえるのこはいけのそと

かえるのこはだれか
かえるのこは〇〇〇
(こっちは私の名前に聞こえた)

かえれぬこはどうしてる
かえれぬこはないている

かえるのこはどうしてる
かえるのこはないている

この歌詞が二度繰り返されました。
全員がずぶ濡れで水溜まりを見つめたままで歌っていました。
誰も大きな声を出しているような感じには見えず、私のいる部屋ともそれなりに距離があるはずなのに、その歌ははっきりと聞こえていました。
本当に例えようのない恐怖でした。
二度繰り返される間、ただがたがたと震えながらその光景を見つめ、その歌を聞き続けていました。

二度目の歌が終わった途端、静寂に包まれると同時に一人が顔を上げ、私の方を見ました。
それは満面の笑みを浮かべた先輩でした。
さっきまではあまりの恐怖で気付きませんでしたが、よく見ると先輩の父もそこにいました。
ただ一人、私を見上げ微笑んでいる先輩に、私は何の反応も示せませんでした。
しばらくそのままでいると、突然そっぽを向き、どこかへ歩いていってしまいました。
すると、周りの人達も一斉に動きだし、ぞろぞろと先輩の後へ続いていきました。
終わったんだ…

私はガクンとその場に座り込み、茫然としていました。
早く叔母さんのとこに戻りたい、でも体が動かない。
頭がぼーっとなり、意識を失いそうにフラフラとしていたところで、叔母さんが2階に上がってきてくれたのです。
「終わったね。怖かったでしょう。よく耐えたね。もう大丈夫よ。もう大丈夫。」
そう言いながら叔母さんに抱き締められ、私はせきをきったように泣きだしてしまいました。
何を思えばいいのか、本当に分かりませんでした。

少しして落ち着いた私は、叔母さんに抱えられながら居間に戻りました。
時間はもう2時を過ぎていました。
時間を確認すると
「〇〇ちゃん、ホッとしている時間はないの。あの子やあの子のお父さんは今日はもうここには戻ってこないけど、さっきのはもう一度行われるわ。」

「…えっ…?」

「今度は3時に。歌の内容もさっきとは少し違うものになるの。ここでぐずぐずしていると、またあの子達が水溜まりに集まってくるわ。
そうしたらもう取り返しがつかなくなる。」

「そんな、どうしたらいいんですか?私はどうしたら」

「落ち着いて。今から私の家に行くわ。この町を出て少し行ったとこにあるから。でも、あなたが持ってきたものとかは諦めてちょうだい。
持ち帰るとかえって危険だからね。詳しい話はそれからにしましょう。さぁ、すぐ行くわよ。」

言われるままに私と叔母さんは家を飛び出し、そこから少し離れた空き地にとめられていた叔母さんの車に乗り込み、その町を後にしました。
どこを走っても同じ景色に見え、迷路から抜け出そうとしているような気分でした。
1時間ぐらい走るとようやく叔母さんの家に着きました。
中に入り、ある部屋に案内されたのですが、その部屋の中を見て再び恐怖が全身に広がりました。
卓袱台しかないその部屋の壁一面、天井にまでお札がびっしりと貼られていたのです。
異常としか思えませんでした。
もしかして、私は騙されているのでは…
叔母さんも何かとんでもない事に加担している一人?
そんな考えが頭をよぎりました。
次々と意味の分からない状況が続き、自分以外の者に対して不信感が募っていたのかも知れません。
そんな私の心を見透かすように、叔母さんは言いました。

「いろいろと思うことはあるでしょうし、恐怖もあるでしょうけど、この部屋でなきゃ話は出来ないのよ。ごめんね。我慢してね。」
叔母さんは私をゆっくりと卓袱台の前に座らせ、自分は真向いに座りました。
そして、話してくれました。
ここからは叔母さんの話を中心に書きます。ほぼ、そのままです。
「何から話せばいいのかしらね…〇〇ちゃんはそもそもあの子から何て聞いて、どうしてあの町へ来たの?」

「毎年おもしろい行事があるから、見に来ないかって誘われたんです。町の中から一人が選ばれて、その人のために行われるものだって聞きました。それで今年はお母さんが選ばれた…って。」

「期間は三日間で、今日は二日目っていうのは聞いた?初日から来れないかって誘われなかった?」

「聞きました。初日から見せてあげたいからそうしようかっていう話もあったんですけど、私が断ったんです。あまりお世話になるのも悪いと思ったので…」

「そっか。あの子があなたに言ったことは全部そのままね。あれは毎年選ばれた人のために行われるもので、今年はあの子の母親が選ばれた。
一日目から見せたいと言ったのは、特別な意味があったから。」

「どういう事ですか?」

「〇〇ちゃん、今日一度でもあの子の母親の姿見た?見てないわよね?それどころか、どこで何をしてるのかもあの子は具体的に話さなかったでしょう?
当たり前なのよ。あの子の母親、つまり私の妹だけど、死んでるんだから。何年も前にね。」

「…えっ?…」

「あの子が学生の頃だったから、もうずいぶん前よ。だから、あなたが話を聞いた時も最初からあの子の母親はいなかったって事。」

「そんな、だって…それじゃ選ばれたっていうのは何なんですか?さっきの事は何なんですか?」

「あれは死人を生き返らせるためのもの。選ばれたというのは、生き返るチャンスを得たという事なの。
毎年、死んだ人間の中から一人がそのチャンスを得られる。ただし、それを家族が望んでいなければダメ。
望む場合は庭とかに大きな穴を掘って、その意志を示すの。」

「選ばれた場合、知らない間に穴に水が溜まっていって、大きな水溜まりが出来るの。これは1月2日から12月1までの間、
時間をかけて起こるわ。それによって選ばれた者の家族は29~31日(30~1日)の三日間、さっきのあれを行う。
そして1月2日から水がなくなり、また時間をかけて別の人が選ばれるのよ。」

「さっき、歌を聞いたわよね?最後まで聞いたわよね?どんな内容だったか言ってみてくれる?」

前述の歌詞を叔母さんに伝えました。
叔母さんの話ではこうなるそうです。

かえれぬ子はどこか
かえれぬ子は池の中

かえれぬ子はだれか
かえれぬ子は〇〇〇
(選ばれた死人の名前)

かえるの子はどこか
かえるの子は池の外

かえるの子はだれか
かえるの子は〇〇〇
(犠牲にする者の名前)

かえれぬ子はどうしてる
かえれぬ子は泣いている

かえるの子はどうしてる
かえるの子は鳴いている

「選ばれた死人を生き返らせるには、犠牲とする誰かに三日間歌を聞かせなきゃいけない。あの子が初日から見せたいと言ったのはそのためよ。
歌は1時から2時、3時から4時の間でそれぞれ内容が変わり、各2回ずつ歌われる。三日間で6つの内容の歌が計12回歌われるというわけ。
さっきあなたが聞いたのは3つ目の歌ね。」

「6つ目12回目の最後の歌を聞かせた後、その人をあの水溜まりに突き落とすの。はい上がってくるのはその人ではなく、選ばれた死人。
犠牲になった者は二度と帰ってこないわ。そうやって、生きていた誰かの代わりに死んだ誰かが戻ってくるのよ。」

「といっても、今の人達は弔いのつもりで形だけ行う事がほとんど。ここ何年かで本当に生き返らせようとしたのは今回だけ。
というより、あの子だけといった方が正しいかもね。あの子は母親に固執してる。何年経っても断ち切れないでいるの。」

「母親が選ばれたと分かった時から、あなたの話が出てたわ。どうしてあなたにしたのかは分からないけど、
あの子はあなたを犠牲にして母親を生き返らせるつもりだった。本来なら、二日目に来たという時点でこれは成立しないはずだったのよ。
三日間のどれが欠けてもダメだからね。でも、雨が降ったのがいけなかったわね。」

「歌も含め、これらの事はかえるのうたって呼ばれてるわ。元は昔から祀られている何かに関係するものなの。
死人を生き返らせるなんてぐらいだから、霊とかそんな次元じゃないのかもね。その何かは雨を好むって伝えられてる。
三日間のうち、一日でも雨が降っている中でかえるのうたを行うと…」
(ここだけはぐらかしてました。)

「とにかく昨日雨が降った事で、あなたが一日目にいなかったというのは意味を成さなくなったの。
本当なら、事が済んだ三日目に現われるはずのあの子の母親が、昨日の時点であの水溜まりにいたからね。
あなたが最初に見た時も、さっきの歌の時も、水溜まりからじっとあなたを見つめていたのよ。お母さんが準備してるっていうのは、そういう意味だったの。」

「たぶん、これからもあの子は諦めないわね。またいつか選ばれるのを待ち続ける。だから、あの家の水溜まりの穴が無くなる事はないでしょうね。」

ここでかえるのうたの話は終わりました。
話を聞いた事である疑問が浮かびましたが、聞けませんでした。
もしそうだったら…正気でいられないかもしれない。
そう思ったからです。

この夜は叔母さんの家に泊めてもらい、朝になって私の家まで送ってもらいました。
別れる際、叔母さんに言われました。
「明日から新年だけど、その一年間は雨に濡れないようにしなさい。雨の日は外出自体控えたほうがいいわ。
生活は大変になるでしょうけど、必ず守ってね。その一年を過ぎれば、もう大丈夫だから。
もし、どうしても何か心配な事があったら、私のところにおいで。怖い思いさせて本当にごめんね。元気でね。」

休みが明けた後、しばらく先輩は会社に出てきませんでした。
「お母さんが亡くなった」と連絡してきたそうです。
私はその年に会社を辞めました。

叔母さんに忠告されたとおり、雨の日には一切外に出なかったので、続けられなかったんです。
突然雨が降るかもわからないので、その一年間は実家で引きこもりでした。
なお、私が辞めるのと入れ違いで先輩は復帰なされて、今もその会社に勤めています。
とても会う気にはなれませんでした。

今、私は普通に暮らしてます。
かえるのうた

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2019年04月05日