記憶を追ってくる女
語り部というのは得難い才能だと思う。
彼らが話し始めると、それまで見てきた世界が別のものになる。
例えば、俺などが同じように話しても、語り部のように人々を怖がらせたり楽しませたりはできないだろう。俺より五歳上の従姉妹にも語り部の資格があった。
従姉妹は手を変え品を変え様々な話をしてくれた。
俺にとってそれは非日常的な娯楽だった。今はもうそれを聞けなくなってしまったけれど。
従姉妹のようには上手くはできないが、
これから話すのは彼女から聞いた中でもっとも印象に残っているうちのひとつ。
中学三年の初夏、従姉妹は力無く抜け殻同然になっていた。
普段は俺が催促せずとも、心霊スポットや怪しげな場所に連れて行ってくれるのだが、
その頃は頼んでも気のない返事をするだけだった。
俺が新しく仕入れて来た話も、おざなりに聞き流すばかり。
顔色は悪く、目の下には隈ができていた。
ある日理由を訊ねた俺に、従姉妹はこんな話をしてくれた。春頃から、従姉妹は頻繁にある夢を見るようになった。
それは夢というより記憶で、幼い頃の従姉妹が、
その当時よく通っていた公園の砂場でひとり遊ぶ光景を見るのだった。
やがて何度も夢を見るうちにひとりではないことに気づいた。
砂場から目線を上げると、そこに女が立っている。
淡いピンクの服を着た、黒いロングヘアの女が従姉妹を見つめ立っていた。
女に気づいた次の夜、夢は舞台を変えた。
少し大きくなった、小学校に入ったばかりの授業参観の光景。
後ろに沢山並んだ親たちの中に自分の母親もいるはずだった。
教師にあてられ正解した従姉妹は誇らしさを胸に後ろを振り返った。
だがそこにいたのは母親ではなく、公園で従姉妹を見つめていた女だった。次の夢は小学校高学年の頃の運動会だった。
従姉妹はクラス対抗リレーに出場していた。
スタートと位置に立ち、走ってくるクラスメートを待った。
もうすぐやってくる。腰を落として身構え、後方を見た。走ってきたのは公園にいた女だった。
両手足を滅茶苦茶に振りながら凄いスピードで近づいてくる。従姉妹は恐怖を感じ慌てて逃げ出した。
一瞬女の顔が見えた。真っ白な肌に、どぎつい赤の口紅を塗りたくりニタニタ笑っていた。
翌日の夜、従姉妹は寝る前から予感を抱いていた。
今日も夢であの女に会うのではないか。それは殆ど確信に近かった。
そして、その通りになった。夢の中で従姉妹は中学生になっていた。
記憶にある通り、吹奏楽部の練習に参加していた。
顧問のピアノに合わせて、トロンボーンを構えた。深く息を吸い込んだまま、従姉妹は凍り付いた。
ピアノの前に座っていたのはあの女だった。
狂ったように鍵盤を叩き、顔だけは従姉妹を凝視していた。女の顔ははっきり見て取れた。
異様に白い肌、細い目、高い鼻筋、真っ赤な口紅が塗られた唇を大きく広げニタニタ笑っていた。
そこから覗くのは八重歯で、口紅だろうか赤く染まっている。
不揃いな黒いロングヘアが女の動きに合わせ激しく揺れた。
汗だくで目覚め、従姉妹はあることに気づいた。私は夢の中で成長過程を辿っている。
始めは幼い頃、次は小学生、今は中学生だった。
もしかして、女は私の記憶を追ってきているのではないか。その仮説は正しかった。眠るごとに夢の従姉妹は成長し、女は必ずどこかに現れた。
あるときは見上げた階段の上から、あるときは電車の向かいの席で、あるときは教室の隣りの席から。
従姉妹はここに至ってもうひとつの法則に気がついた。女との距離がどんどん縮まっている。
いまではもう女の三白眼も、歯と歯の間で糸を引く唾液もはっきりと見えるようになった。従姉妹はなるべく眠らないように、コーヒーを何杯も飲み徹夜した。
しかしすぐ限界がくる。女は、昼に見る一瞬の白昼夢にも現れた。
そしてとうとう現実に追いついた。
そこまで話すと、従姉妹はうなだれるように俯き黙った。黒い髪がぱさりと顔を覆い隠す。
すっかり聞き入っていた俺は、早く続きを知りたくて急かした。
催促する俺を上目遣いで見て、従姉妹はゆっくりと笑った。「だから現実に追いついたって言ったでしょう」
そう言ってにやりとした従姉妹の口元は、八重歯が生えていた。いつから従姉妹が八重歯だったのか、俺には自信がなかった。
記憶を追ってくる女
死んだ奥さんが使っていた箪笥
かなりほんのり。高校時代の英語教師に聞いた話。
判りやすい授業と淡々としたユーモアが売りで、
生徒と余り馴れ合う事はないけれど、中々人気のある先生でした。昔奥さんが死んだ時、
(話の枕がこれだったので、そんな事実初耳だった我々は、その時点で相当びびり気味だったのですが)
彼はよく不思議な幻を見たそうです。
それは、もう使う人のない奥さん用の箪笥の引き出しが開き、
そこから奥さんが頭半分を出して、ベッドに寝ている先生を見ているというものでした。
彼は「ああ、家族の死で私は精神的に不安定になっているのだな」と病院へ行き、
精神科などに相談し薬などを出してもらい、なるべく疲れないよう、ストレスをためない様にしてみましたが、
奥さんは相変わらず夜になると箪笥の引き出しに姿を現し、微妙なポージングで彼を見ていたそうです。
精神的なものでないのなら、現実に起こっている事だと判断した先生。
ある時その箪笥の引き出しに体を入れ、
全身でがたがた揺すりながら、長い時間をかけて引き出しを閉めてしまったそうです。そこで長い事待っていると、「あら」とかなんとか、奥さんの声がしたそうです。
思えばリアクションを用意していた訳ではない先生。
(「冷静なつもりが矢張動揺していたんですね」とか言ってました)
困っていると、奥さんが「あなたは太っているから、ここじゃ無理よ」等と言い、
先生もそうだなあと思い、またがたがたやって出たそうです。
因にその箪笥はまだ先生のうちにあり、
疲れた時などに、奥さんが登場しているのが寝入りばな見えるとの事でした。『いい話』ではなく『ほんのり』にしたのは、この話の締めとして、
「私は大丈夫だったけれど、気弱な人だったら、
引き出しに入ったまま死んでもいい、と思ってしまうかもしれない居心地の良さでした」
と淡々と語っていました……。
更に、まだ箪笥をお持ちという事が自分的にほんのり。
暗部
オカルトじみてはいないんだけど、バイトで経験した自分とは縁遠い人たちの話をひとつ。。。
オレは知人の紹介で裁判所がらみのバイトをしていたんだけど、
この仕事って言うのが、団地に住んでいて何らかの理由で立ち退きを宣告された部屋の荷物を片付け、
きれいに掃除をして明け渡すというもの。仕事の流れとしては、
①裁判所の強制執行員が令状みたいなものを差し出して強制執行を告げ、住人を追い出す。
(すでに立ち退いて空家になっている場合も多い)
②同行している鍵師が新しい鍵に交換する。
(ピンポンを押しても反応がない場合は、裁判所の執行官立会いの下に鍵師が道具を使って鍵を開ける)
③執行官の号令のあと、トラックで待機していた我々が、ダンボールをもって
一斉に部屋内へ入り、家具からごみまで全て運び出す。東京地検特捜部の家宅捜索とか良くテレビに映るけど、はたから見るとあれに近いかもしれない。
で、そんな訳ありの人たちを相手にした仕事なのでいろんな衝撃事実を目にしてきたんだ。
ほとんどの場合、家賃の支払いが何ヶ月も滞ってて退去命令がでるケースが多いんだけど、
中には団地住人の苦情なんかで退去命令が出ることもある。
今回は、そんなケースで退去させられた一風変わった住人の話をいくつかしたいと思う。
①鳩男
執行官のゴーサインが出た後我々は勢いよく階段を駆け上がり玄関のドアを開けた。
その瞬間、数羽の鳩が襲い掛かってきた。「うわっ」とびっくりしたのもつかの間、
さらに恐ろしい光景が・・・
部屋に入ると部屋内には50羽はいると思われる大量の鳩。さらに床一面は鳩の糞で真っ白。
もちろん、悪臭もそこらへんの臭さの比ではない。
床の鳩の糞はすでに10cmほど積もっており、乾いて化石化している。
次の部屋に入ろうにも、糞で底上げされた床が引っかかって、引き戸も開かない。
仕方がないので引き戸を取り外し、やっとの思いで居間にたどり着くと、
そこにはさらに驚くべき光景が・・・
居間の中心に蚊帳が立てられており、蚊帳の中には布団が一枚、その横には
トイレ代わりと思われるバケツがひとつ。
そう、ここの住人はこの蚊帳の中だけで生活し、周りは鳩だらけ、という生活を送っていたのだ。
何がしたくてこのような生活を送っていたのかは理解できないし、当の本人も見たことがないため、
私には何とも言えない。我々は愚痴をこぼしつつ延々とスコップで鳩の糞をすくい続けるだけだった・・・
②暴力団関係者
意外と知られていないが、団地にはそっち系の人が多く住んでいるらしい。
公団の場合、暴力団と分かれば入居はできないのだが、
下っ端の組員ともなると金もないので、何らかの手を使って家賃の安い公団に住むらしい。
で、隠された銃を発見したこと数回。日本刀の類はもう驚きもしない。
けど、そんな私でも腰を抜かしたものがある。
やくざ社会ではおなじみの「小指」・・・
冷蔵庫を空けると、「ごはんですよ」の瓶のようなものにホルマリン(アルコール?)
が満たされていて、その中に沈んでいる小指が・・・瓶には丁寧にマジックで日付が書いてある。
驚くことに、そんな瓶が5個もあった。
さすがにその日は業務中止。執行官が警察を呼んで我々は解散となった。
ミスを犯した後輩の指を集めるのが趣味だったのだろうか・・・
そもそも立ち退きを喰らった本人は今何処に・・・(逃亡中?刑務所?あの世?)
③宗教関係者
立ち退きを喰らった人たちの半分以上は、何かしらの宗教団体に入信している。
この仕事で部屋の荷物を片付けていると、たいてい宗教の本が出てくる。
国内でも巨大な某新興宗教団体がほとんどだ。
金がないから幸せを掴みたくて入信したのか?それとも、入信したために有り金を失ってしまったのか?
いずれにせよ、公団の家賃数万円が払えないほど金銭的に困っている人が宗教団体に入信している。
という事実だけは目の当たりにした。
④・・・
この仕事をやっていて、やはりこれ以上の衝撃は無いと言えるのが、そう「自殺」
私は5回ほど遭遇したことがあるが、住人が死んでいた場合は執行官がその時点で強制執行中止を告げるため、
直接死体を見たことは無い。ただ、数週間後に死体が片付けられた部屋をきれいにするのは我々の仕事だ。
そんなケースの場合、事前にその旨を告げられ、苦手な人は事前に仕事を辞退する。
まず、玄関のドアを開けると、花瓶に花が置いてある。
一度、畳が赤茶けてシミになっていることがあったが、そのシミの輪郭が人の顔に見えて仕方が無いこともあった。
どんないきさつでなぜ死を選んだのかは、私には分からない。
我々はただただ部屋のものをダンボールにつめ、ほうきで部屋を掃くだけだった。
この仕事は、同じ団地に何度も訪れることが結構ある。
最も切なかったのが、その自殺のあった約一年後同じ部屋でまた自殺者が出たことだった。
さすがにこのときは、仲間一同無口になった。。。
偶然といえば偶然だが、何かあるのかもしれない。
この事実を知ってか知らずか、2度目の自殺があった数ヵ月後、すでに新しい住人が住んでいるようだった。
ここではあえて言わないが、2chのローカル心霊スポットスレでも、ここの団地はたまに名前が挙がる。
半年後、私は就職のため、このバイトをやめたが、3度目、4度目の自殺者が出ていないことをただただ祈るのみ。団地にお住まいの皆さん。隣近所に怪しい人はいませんか?
急に見かけなくなった人はいませんか?
団地は魑魅魍魎の世界ですよ。お気をつけて・・・長文読んでくれてどうもありがとうございました。
暗部 – 死ぬほど洒落にならない怖い話
かんひも
『かんひも』について。
僕の母の実家は、長野の山奥。信州新町ってとこから、奥に入ってったとこなんです。
僕がまだ小学校3、4年だったかな?その夏休みに、母の実家へ遊びに行ったんですよ。
そこは山と田んぼと畑しかなく、民家も数軒。
交通も、村営のバスが、朝と夕方の2回しか通らないようなとこです。
そんな何もないとこ、例年だったら行かないんですが、
その年に限って仲のいい友達が家族旅行でいなくて、両親について行きました。行ってはみたものの・・・案の定、何もありません。
「デパートやお店に連れて行って」とねだっても、
一番近いスーパー(しょぼい・・)でも車で1時間近くかかるため、
父は「せっかくのんびりしに来たんだから」と、連れて行ってくれません。
唯一救いだったのは、隣の家に、僕と同じ年くらいの男の子が遊びにきていたことでした。
あの年頃は不思議とすぐに仲良くなれるもので、僕とK(仮にKくんとします)は一緒に遊ぶようになりました。
遊ぶといってもそんな田舎でやることは、冒険ごっこと近所の探検くらいしかありません。1週間の予定で行って、確か3日目の夕方くらいだったと思います。午後3時を過ぎて、日が落ち始めるころ。
夏とはいえ、西に山を背負っていることもあるのでしょうか。田舎の日暮れっていうのは早いもんです。
僕とKは、今まで入ったことのない山に入っていってみました。
始めは人の通るような道を登っていたのですが、気がつくと獣道のような細い道に入っていました。
「あれ、なんだろ?」
Kが指差す方を見ると、石碑?が建っていました。
里で見る道祖神ののような感じで、50センチくらいだったでしょうか。
だいぶ風雨にさらされた感じで、苔むしていました。僕とKは良く見ようと、手や落ちていた枝で、苔や泥を取り除いてみました。
やはり道祖神のような感じでしたが、何か感じが違いました。
普通の道祖神って、男女2人が仲良く寄り添って彫ってあるものですよね?
でもその石碑は、4人の人物が立ったまま絡み合い、顔は苦悶の表情?そんな感じでした。
ぼくとKは薄気味悪くなり、「行こう!」と立ち上がりました。
あたりも大分薄暗く、僕は早く帰りたくなっていました。
「なんかある!」
僕がKの手を引いて歩き出そうとすると、Kが石碑の足下に何かあるのを見つけました。
古びた4センチ四方くらいの木の箱が、半分地中に埋まって、斜め半分が出ていました。
「なんだろう?」
僕は嫌な感じがしたのですが、Kはかまわずに木の箱を掘り出してしまいました。取り出した木の箱はこれまた古く、あちこち腐ってボロボロになっていました。
表面には、何か布?のようなものを巻いた跡があり、墨か何かで文字が書いてありました。
当然、読めはしませんでしたが、何かお経のような難しい漢字がいっぱい書いてありました。
「なんか入ってる!」
Kは箱の壊れた部分から、何かが覗いているのを見つけると、引っ張り出してみました。
なんて言うんですかね。ビロードっていうんでしょうか?
黒くて艶々とした縄紐みたいなので結われた、腕輪のようなものでした。
直径10センチくらいだったかな?輪になっていて、5ヶ所が石のような物で留められていました。
石のような物はまん丸で、そこにもわけのわからん漢字が彫り付けてありました。
それは、とても土の中に埋まっていたとは思えないほど艶々と光っていて、
気味悪いながらも、とても綺麗に見えました。「これ、俺が先に見つけたから俺んの!」
Kはそう言うと、その腕輪をなんと腕にはめようとしました。
「やめなよ!」
僕はとてもいやな感じがして、半泣きになりながら止めたのですが、Kは止めようとはしませんでした。
「ケーーーーー!!!」
Kが腕輪をはめた瞬間に、奇妙な鳥?サル?の妙な鳴き声がし、山の中にこだましました。
気が付くとあたりは真っ暗で、僕とKは気味悪くなり、慌てて飛んで帰りました。
家の近くまで来ると、僕とKは手を振ってそれぞれの家に入っていきました。
もうその時には、気味の悪い腕輪のことなど忘れていてのですが・・・。電話が鳴ったのは、夜も遅くでした。
10時を過ぎても、まだだらだらと起きていて、母に「早く寝なさい!」と叱られていると、
「ジリリリーーン!」
けたたましく、昔ながらの黒電話が鳴り響きました。
「誰や、こんな夜更けに・・・」
爺ちゃんがぶつぶつ言いながら電話に出ました。
電話の相手は、どうやらKの父ちゃんのようでした。
はたから見てても、晩酌で赤く染まった爺ちゃんの顔が、サアっと青ざめていくのがわかりました。
電話を切ったあと、爺ちゃんがえらい勢いで、寝転がっている僕のところに飛んできました。
僕を無理やりひき起こすと、
「A(僕の名)!!おま、今日、どこぞいきおった!!裏、行きおったんか!?山、登りよったんか?!」
爺ちゃんの剣幕にびっくりしながらも、僕は今日あったことを話しました。騒ぎを聞きつけて、台所や風呂から飛んできた母とばあちゃんも、話しを聞くと真っ青になっていました。
婆「あああ、まさか」
爺「・・・かもしれん」
母「迷信じゃなかったの・・・?」僕は何がなんだかわからず、ただ呆然としていました。
父もよくわけのわからない様子でしたが、爺、婆ちゃん、母の様子に、聞くに聞けないようでした。
とりあえず、僕と爺ちゃん、婆ちゃんで、隣のKの家に行くことになりました。
爺ちゃんは、出かける前にどこかに電話していました。
何かあってはと、父も行こうとしましたが、母と一緒に留守番となりました。Kの家に入ると、今までかいだことのない嫌なにおいがしました。
埃っぽいような、すっぱいような。
今思うと、あれが死臭というやつなんでしょうか?
「おい!K!!しっかりしろ!」
奥の今からは、Kの父の怒鳴り声が聞こえていました。
爺ちゃんは断りもせずに、ずかずかとKの家に入っていきました。
婆ちゃんと僕も続きました。
居間に入ると、さらにあの匂いが強くなりました。
そこにKが横たわっていました。
そしてその脇で、Kの父ちゃん、母ちゃん、婆ちゃんが、(Kの家は爺ちゃんがすでに亡くなって、婆ちゃんだけです)
必死に何かをしていました。
Kは意識があるのかないのか、目は開けていましたが焦点が定まらず、口は半開きで、
泡で白っぽいよだれをだらだらと垂らしていました。
よくよく見るとみんなは、Kの右腕から何かを外そうとしているようでした。
それはまぎれもなく、あの腕輪でした。
が、さっき見たときとは様子が違っていました。
綺麗な紐はほどけて、よく見ると、ほどけた1本1本がKの腕に刺さっているようでした。
Kの手は、腕輪から先が黒くなっていました。
その黒いのは見ていると動いているようで、まるで腕輪から刺さった糸が、Kの手の中で動いているようでした。
「かんひもじゃ!」
爺ちゃんは大きな声で叫ぶと、何を思ったかKの家の台所に走っていきました。
僕は、Kの手から目が離せません。
まるで、皮膚の下で無数の虫が這いまわっているようでした。すぐに爺ちゃんが戻ってきました。
なんと、手には柳葉包丁を持っていました。
「何するんですか!?」
止めようとするKの父ちゃん母ちゃんを振り払って、爺ちゃんはKの婆ちゃんに叫びました。
「腕はもうダメじゃ!まだ頭まではいっちょらん!!」
Kの婆ちゃんは泣きながら頷きました。
爺ちゃんは少し躊躇した後、包丁をKの腕につきたてました!
悲鳴を上げたのはKの両親だけで、Kはなんの反応も示しませんでした。
あの光景を僕は忘れられません。
Kの腕からは、血が一滴も出ませんでした。
代わりに、無数の髪の毛がぞわぞわと、傷口から外にこぼれ出てきました。
もう、手の中の黒いのも動いていませんでした。しばらくすると、近くの寺(といってもかなり遠い)から、坊様が駆けつけて来ました。
爺ちゃんが電話したのは、この寺のようでした。
坊様はKを寝室に移すと、一晩中読経をあげていました。
僕もKの前に読経を上げてもらい、その日は家に帰って、眠れない夜を過ごしました。
次の日、Kは顔も見せずに、朝早くから両親と一緒に帰って行きました。
地元の大きな病院に行くとのことでした。
爺ちゃんが言うには、腕はもうだめだということでした。
「頭まで行かずに良かった」と何度も言っていました。
僕は『かんひも』について爺ちゃんに聞いてみましたが、教えてはくれませんでした。
ただ、『髪被喪』と書いて『かんひも』と読むこと、
あの道祖神は『阿苦(あく)』という名前だということだけは、婆ちゃんから教えてもらいました。古くから伝わる、まじないのようなものなんでしょうか?
それ以来、爺ちゃんたちに会っても、聞くに聞けずにいます。
誰か、似たような物をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけるとありがたいです。
あれが頭までいっていたらどうなるのか・・・?以上が、僕が『かんひも』について知っているすべてです。
失礼しました。
こんばんは。
前スレの『かんひも』のものです。
大勢のみなさんにお気に召していただいて、ありがとうございます。
でも、みなさん『かんひも』についてはご存知ないようですね。
僕も、書き込んでから改めて気になり、この土日で母の実家まで行って、自分なりに調べてみました。
残念ながら、爺ちゃんはすでに亡くなっているので、文献と、婆ちゃんの話からの推測の域をでませんが・・・
この年になって、久しぶりに辞書を片手に頑張ってしまいました。結論から言うと、『かんひも』はまじない系のようです。
それも、あまり良くない系統の。
昔、まだ村が集落だけで生活していて、他との関わりがあまりない頃です。
僕はあまり歴史とかに明るくないので、何時代とかはわかりませんでした。
その頃は、集落内での婚姻が主だったようで、やはり「血が濃くなる」ということがあったようです。
良く聞くように、「血が濃くなる」と、障害を持った子供が生まれて来ることが多くありました。
今のように科学や医学が発達していない時代。
そのような子たちは『凶子(まがご)』と呼ばれて、忌まれていたようです。
そして、凶子を産んだ女性も、『凶女(まがつめ)』と呼ばれていました。
しかし、やはり昔のことで、凶子が生まれても、生まれてすぐには分からずに、
ある程度成長してから、凶子と分かる例が多かったようです。
そういう子たちは、その奇行から、やはりキツネ憑きなど、禍々しいものと考えられていました。
そして、その親子共々、集落内に災いを呼ぶとして殺されたそうです。
しかも、その殺され方が、凶女にわが子をその手で殺させ、さらにその凶女もとてもひどい方法で殺す、
という嫌な内容でした・・・
あまり詳しいことは分かりませんでしたが、
伝わっていないということは、余程ひどい内容だったのではないでしょうか?
しかし、凶女は殺された後も、集落に災いを及ぼすと考えられました。
そこで、例の『かんひも』の登場です。
『かんひも』は前にも書いたように、『髪被喪』と書きます。
つまり、『髪』のまじないで、『喪(良くないこと・災い)』を『被』せる、という事です。
どうやら、凶女の髪の束を使い、凶子の骨で作った珠で留め、特殊なまじないにしたようです。
そしてそれを、隣村(といっても当時はかなり離れていて、交流はあまり無かったようですが)の地に埋めて、
災いを他村に被せようとしたのです。
腕輪の形状をしていたものの、もともとはそういった呪詛的な意味の方が大きかったようです。
また、今回の物は腕輪でしたが、首輪などいろいろな形状があるようです。
しかし、呪いには必ず呪い返しが付き物です。
仕掛けられた『かんひも』に気がつくと、掘り返して、こちらの村に仕掛け返したそうです。
それを防ぐために生まれたのが、道祖神『阿苦』です。村人は埋められた『かんひも』に気づくと、その上に『阿苦』を置いて封じました。
『阿苦』は本来『架苦』と呼ばれており、石碑に刻まれた人物に『苦』を『架』すことにより、
村に再び災いが舞い戻ってくるのを、防ごうと考えたのではないでしょうか。そして、その隣村への道が、ちょうど裏山から続いていたそうです。
時の流れの中で『かんひも』は穢れを失って、風化していったようですが、
例の『かんひも』は、まだ効力の残っていたものなのでしょうか?僕の調べた範囲で分かったのはこのくらいです。
また、詳しい方などいましたら、ご教授願います。
最後に。
婆ちゃんに、気になっていたものの聞けなかった、Kのその後を聞きました。
Kは、あれから地元の大きな病院に連れて行かれました。
坊様の力か、そのころにはすでに髪は1本も残ってなく、
刃物の切り口と、中身がスカスカの腕の皮だけになっていたそうです。
なんとか一命は取り留めたものの、Kは一生寝たきりとなってしまっていました。
医者の話では、脳に細かい「髪の細さほどの無数の穴」が開いていたと・・・。みなさんも『かんひも』を見つけても、決して腕にはめたりなさいませんよう。
かんひも : 怖い話らぼ −怪談・都市伝説まとめ−
カン、カン(+後日談)
幼い頃に体験した、とても恐ろしい出来事について話します。
その当時私は小学生で、妹、姉、母親と一緒に、
どこにでもあるような小さいアパートに住んでいました。
夜になったら、いつも畳の部屋で、家族揃って枕を並べて寝ていました。ある夜、母親が体調を崩し、母に頼まれて私が消灯をすることになったのです。
洗面所と居間の電気を消し、テレビ等も消して、それから畳の部屋に行き、
母に家中の電気を全て消した事を伝えてから、自分も布団に潜りました。
横では既に妹が寝ています。
普段よりずっと早い就寝だったので、
その時私はなかなか眠れず、しばらくの間ぼーっと天井を眺めていました。
すると突然。静まり返った部屋で、「カン、カン」という変な音が響いだのです。
私は布団からガバッと起き、暗い部屋を見回しました。しかし、そこには何もない。カン、カン
少しして、さっきと同じ音がまた聞こえました。どうやら居間の方から鳴ったようです。
隣にいた姉が、「今の聞こえた?」と訊いてきました。空耳などではなかったようです。
もう一度部屋の中を見渡してみましたが、妹と母が寝ているだけで、部屋には何もありません。おかしい・・・確かに金属のような音で、それもかなり近くで聞こえた。
姉もさっきの音が気になったらしく、「居間を見てみる」と言いました。
私も姉と一緒に寝室から出て、真っ暗な居間の中に入りました。
そしてキッチンの近くから、そっと居間を見ました。
そこで私達は見てしまったのです。
居間の中央にあるテーブル。いつも私達が食事を取ったり団欒したりするところ。
そのテーブルの上に、人が座っているのです。こちらに背を向けているので、顔までは判りません。
でも、腰の辺りまで伸びている長い髪の毛、ほっそりとした体格、
身につけている白い浴衣のような着物から、女であるということは判りました。私はぞっとして姉の方を見ました。姉は私の視線には少しも気付かず、その女に見入っていました。
その女は真っ暗な居間の中で、背筋をまっすぐに伸ばしたまま、
テーブルの上で正座をしているようで、ぴくりとも動きません。
私は恐ろしさのあまり、足をガクガク震わせていました。
声を出してはいけない、もし出せば恐ろしい事になる。
その女はこちらには全く振り向く気配もなく、ただ正座をしながら、
私達にその白い背中を向けているだけだった。私はとうとう耐え切れず、「わぁーーーーーっ!!」と大声で何か叫びながら寝室に飛び込んだ。
母を叩き起こし、「居間に人がいる!」と泣き喚いた。
「どうしたの、こんな夜中に」そういう母を引っ張って、居間に連れていった。居間の明りを付けると、姉がテーブルの側に立っていた。
さっきの女はどこにも居ません。テーブルの上も、きちんと片付けられていて何もありません。
しかし、そこにいた姉の目は虚ろでした。今でもはっきりと、その時の姉の表情を覚えています。
私と違って、彼女は何かに怯えている様子は微塵もなく、テーブルの上だけをじっと見ていたのです。
母が姉に何があったのか尋ねてみたところ、「あそこに女の人がいた」とだけ言いました。
母は不思議そうな顔をしてテーブルを見ていましたが、「早く寝なさい」と言って、3人で寝室に戻りました。私は布団の中で考えました。アレを見て叫び、寝室に行って母を起こして、居間に連れてきたちょっとの間、
姉は居間でずっとアレを見ていたんだろうか?
姉の様子は普通じゃなかった。何か恐ろしいものを見たのでは?そう思っていました。そして次の日、姉に尋ねてみたのです。
「お姉ちゃん、昨日のことなんだけど・・・」
そう訊いても、姉は何も答えません。下を向いて、沈黙するばかり。私はしつこく質問しました。
すると姉は、小さな声でぼそっとつぶやきました。
「あんたが大きな声を出したから・・・」
それ以来、姉は私に対して冷たくなりました。
話し掛ければいつも明るく反応してくれていたのに、無視される事が多くなりました。
そして、あの時の事を再び口にすることはありませんでした。
あの時、私の発した大声で、あの女はたぶん、姉の方を振り向いたのです。
姉は女と目が合ってしまったんだ。きっと、想像出来ない程恐ろしいものを見てしまったのだ。
そう確信していましたが、時が経つにつれて、次第にそのことも忘れていきました。中学校に上がって受験生になった私は、毎日決まって自分の部屋で勉強するようになりました。
姉は県外の高校に進学し、寮で生活して、家に帰ってくることは滅多にありませんでした。ある夜、遅くまで机に向かっていると、扉の方からノックとは違う、何かの音が聞こえました。
カン、カン
かなり微かな音です。金属っぽい音。
それが何なのか思い出した私は、全身にどっと冷や汗が吹き出ました。
これはアレだ。小さい頃に母が風邪をひいて、私が代わって消灯をした時の・・・
カン、カン
また鳴りました。扉の向こうから、さっきと全く同じ金属音。
私はいよいよ怖くなり、妹の部屋の壁を叩いて、「ちょっと、起きて!」と叫びました。
しかし、妹はもう寝てしまっているのか、何の反応もありません。母は最近ずっと早寝している。
とすれば、家の中でこの音に気付いているのは私だけ・・・。
独りだけ取り残されたような気分になりました。
そしてもう1度あの音が。カン、カン
私はついに、その音がどこで鳴っているのか分かってしまいました。
そっと部屋の扉を開けました。真っ暗な短い廊下の、向こう側にある居間。
そこは、カーテンから漏れる青白い外の光で、ぼんやりと照らし出されていた。キッチンの側から居間を覗くと、テーブルの上にあの女がいた。
幼い頃、姉と共に見た記憶が急速に蘇ってきました。
あの時と同じ姿で、女は白い着物を着て、すらっとした背筋をピンと立て、
テーブルの上できちんと正座し、その後姿だけを私に見せていました。カン、カン
今度は、はっきりとその女から聞こえました。
その時、私は声を出してしまいました。
何と言ったかは覚えていませんが、またも声を出してしまったのです。
すると、女は私を振り返りました。
女の顔と向き合った瞬間、私はもう気がおかしくなりそうでした。
その女の両目には、ちょうど目の中にぴったり収まる大きさの、鉄釘が刺さっていた。
よく見ると、両手には鈍器のようなものが握られている。
そして口だけで笑いながらこう言った。
「あなたも・・・あなた達家族もお終いね。ふふふ」次の日、気がつくと、私は自分の部屋のベッドで寝ていました。
私は少しして、昨日何があったのか思い出し、
母に、居間で寝ていた私を部屋まで運んでくれたのか、と聞いてみましたが、何のことだと言うのです。
妹に聞いても同じで、「どーせ寝ぼけてたんでしょーが」とけらけら笑われた。
しかも、私が部屋の壁を叩いた時には、妹は既に熟睡してたとのことでした。
そんなはずない。
私は確かに居間でアレを見て、そこで意識を失ったはずです。
誰かが居間で倒れてる私を見つけて、ベッドに運んだとしか考えられない。
でも改めて思い出そうとしても、頭がモヤモヤしていました。
ただ、最後のあのおぞましい表情と、ニヤリと笑った口から出た言葉ははっきり覚えていた。
私と、家族がお終いだと。異変はその日のうちに起こりました。
私が夕方頃、学校から帰ってきて、玄関のドアを開けた時です。
いつもなら居間には母がいて、キッチンで夕食を作っているはずであるのに、居間の方は真っ暗でした。
電気が消えています。
「お母さん、どこにいるのー?」
私は玄関からそう言いましたが、家の中はしんと静まりかえって、まるで人の気配がしません。
カギは開いているのに・・・掛け忘れて買い物にでも行ったのだろうか。
のんきな母なので、たまにこういう事もあるのです。やれやれと思いながら、靴を脱いで家に上がろうとしたその瞬間、
カン、カン
居間の方で何かの音がしました。
私は全身の血という血が、一気に凍りついたような気がしました。
数年前と、そして昨日と全く同じあの音。
ダメだ。これ以上ここに居てはいけない。恐怖への本能が理性をかき消しました。
ドアを乱暴に開け、無我夢中でアパートの階段を駆け下りました。
一体、何があったのだろうか?お母さんは何処にいるの?妹は?
家族の事を考えて、さっきの音を何とかして忘れようとしました。
これ以上アレの事を考えていると、気が狂ってしまいそうだったのです。すっかり暗くなった路地を走りに走った挙句、私は近くのスーパーに来ていました。
「お母さん、きっと買い物してるよね」と一人で呟き、切れた息を取り戻しながら中に入りました。
時間帯が時間帯なので、店の中に人はあまりいなかった。
私と同じくらいの中学生らしき人もいれば、夕食の材料を調達しに来たと見える、主婦っぽい人もいた。
その至って通常の光景を見て、少しだけ気分が落ち着いてきたので、私は先ほど家で起こった事を考えました。真っ暗な居間、開いていたカギ、そしてあの金属音。
家の中には誰もいなかったはず。アレ以外は。
私が玄関先で母を呼んだ時の、あの家の異様な静けさ。
あの状態で人なんかいるはずがない・・・
でも、もし居たら?私は玄関までしか入っていないので、ちゃんと中を見ていない。
ただ電気が消えていただけ。
もしかすると母は、どこかの部屋で寝ていて、私の声に気付かなかっただけかもしれない。
何とかして確かめたい。そう思い、私は家に電話を掛けてみることにしたのです。スーパーの脇にある公衆電話。
お金を入れて、震える指で慎重に番号を押していきました。
受話器を持つ手の震えが止まりません。
1回、2回、3回・・・・コール音が頭の奥まで響いてきます。
「ガチャ」
誰かが電話を取りました。私は息を呑んだ。耐え難い瞬間。
「もしもし、どなたですか」
その声は母だった。その穏やかな声を聞いて、私は少しほっとしました・・・
「もしもし、お母さん?」
「あら、どうしたの。今日は随分と遅いじゃない。何かあったの?」
私の手は再び震え始めました。手だけじゃない。
足もガクガク震え出して、立っているのがやっとだった。あまりにもおかしいです。いくら冷静さを失っていた私でも、この異常には気付きました。
「なんで・・・お母さ・・・」
「え?なんでって何が・・・ちょっと、大丈夫?本当にどうしたの?」
お母さんが今、こうやって電話に出れるはずはない。私の家には、居間にしか電話がないのです。
さっき居間にいたのはお母さんではなく、あのバケモノだったのに。
なのにどうして、この人は平然と電話に出ているのだろう。
それに、今日は随分と遅いじゃないと、まるで最初から今までずっと家にいたかのような言い方。
私は、電話の向こうで何気なく私と話をしている人物が、得体の知れないもののようにしか思えなかった。そして、乾ききった口から、何とかしぼって出した声がこれだった。
「あなたは、誰なの?」
「え?誰って・・・」
少しの間を置いて、返事が聞こえた。
「あなたのお母さんよ。ふふふ」
あれから8年近くもの月日が経ちました。
またも恐ろしい出来事がありましたので、皆様にお伝えします。
拙い文章であることに加え、前回の話を読んでいない方には
少々伝わりにくいかもしれませんが、ご了承下さい。現在、私の実家のアパートには母と妹が住んでおり、
2つ上の姉は実家からだいぶ離れた場所で就職し、私は隣県の大学に通いつつ一人暮らしをしています。
父は単身赴任で、8年前と変わらず全国を転々としています。去年の冬、久しぶりに実家から連絡があり、母から「家に戻ってきなさい」と声を掛けられました。
私はとにかく家に帰るのが嫌で、せっかくの休日をあのおぞましい場所で過ごしてたまるものかと思い、
母の誘いを毎年頑なに断っていました。
しかし、今年は滅多に戻ることのない姉と父が帰ってくることもあり、母の怒声にも押され、
卒論を間近に控えつつも、しぶしぶ帰省することにしました。
恐ろしい目にあった家に再び戻ることにも、抵抗は十分にあったんですが、
実はそれよりも怖いことがありました。母には申し訳ないことなのですが、母と対面するのが何よりも怖かったのです。
かつて母と電話越しで会話をした時、母が明らかにおかしな様子だったのを、今でも覚えています。
母の声なのに、母じゃないモノと会話をしていたあの瞬間。今でも忘れられません。…とはいえ、全ては過去のこと。
アレを見た後でも、私の身の周りでは特におかしな事はなく、
幸運なことに、家族の中で病気をしたりケガしたりする人もいませんでした。
姉も妹も元気そうにしてるし、母も父も、ここ8年で変わったことはないようです。
もはやあの「家族がお終い」という呪いの言葉だけではなく、
白い着物姿の女を見たことさえも夢だったのではないか、と思い始めていたところでした。
耳にこびりついているあのイヤな音だって、いつかきっと忘れるに違いありません。
絶対に大丈夫!!と自分に強く言い聞かせ、私は実家に向かいました。
帰省を避けていた本当の理由を母に悟られないよう、
せめて実家にいる間は明るく振舞おうと心に決めていました。家に帰った私はほっとしました。
父も母も、妹も姉も元気そうで、久しぶりに帰省した私を見て、
卒業は大丈夫なのか、彼氏はできたのか、などと、お約束のお節介を焼くのでした。
あれほど気にしていた母も変わった様子はなく、ホテルの清掃業のパートで日々忙しいとの事でした。
しかし姉に話しかけることだけは気まずく、躊躇われました。
その理由は、8年前のあの出来事があってから、姉は私のことを、今日まで徹底的に無視し続けたからです。
幼い時、あの真っ暗な居間で、私が大声で叫んだことが絶交のきっかけに違いなく、
私に対する姉の冷たさは、尋常なものではありませんでした。そんな姉が実家で発した言葉に、私は耳を疑いました。
「あんたのこと、ずっと無視しててごめん」
まさか、かれこれ8年も無視されていた姉から、謝罪の言葉があるとは思わなかった。
「私こそごめんなさい。でも、突然どうしたの?もしかして、何かあった?」
驚きのあまり、聞かない方がよい事まで聞いてしまったような気がしました。
姉はどこかぎこちない表情を浮かべましたが、
昔使っていた姉と私の共用部屋に私を招いて、話をしてくれました。
「あたしのうちでね、あの音が聞こえた」
あの音、という言葉を聞いただけで、私は何かひんやりとしたものが背筋を伝うのを感じました。姉はそんな私の様子を見てから、話を続けました。
「あの日、仕事から帰ってきたのが夜9時頃。
で、部屋でテレビ観てたんだけど、風呂場のほうでカン、カンって。
ちっちゃい頃、あんたと一緒にその音を聞いたことがあったから、すぐに分かったよ。これはやばいって。
近くに同僚が住んでたから、ソッコーで家を出て、その友達のところに行ったの。
その友達んちで話をしてたら、また風呂場のほうからカン、カンって。おかしな鉄の音だった。
友達も私もパニックになって、部屋を出て警察を呼んだ。
結局風呂場には何も無かったし、一応部屋も調べてもらったけど何もなかった」
姉の話は、8年前の忌まわしい記憶を完全に蘇らせました。
あの時の出来事は今でも忘れられません。
真っ暗な居間。テーブルに座る女。「カン、カン」という金属音。振り向く女。おぞましい顔。
何の前触れもなく聞こえるあの音は、自分をしばらく極度の金属音恐怖症にさせるほどおぞましいものでした。音楽が流れる場所では、カウベルや鈴のような音が鳴らないかヒヤヒヤし、
台所のフライパンや鍋の発する金属音に耳を塞いで怯え、
遠方に向かうときは、踏み切りのある道路を避けねば移動もままならない…。ただ姉の話には、8年前とはいくつか違う点がありました。
白い着物姿の女を見ていなければ、声も聞いていない。
聞こえたのはカン、カンという不気味な音だけ。しかも、場所は風呂場。
私は、居間のテーブルの上にアレが正座している姿は知っているが、風呂場だなんて…。
本当にアレだったんだろうか…そう姉に問い掛けようとした時、
突然姉はぼろぼろと涙をこぼし始め、泣き出した。
私はうろたえながらも、「まだアレだって決まった訳じゃ…」と姉をなだめようとしました。すると姉は泣き顔のまま私の顔を睨み、
「あんた、お母さんのこと、美香(妹の名前)から聞いてないの?」と、凄みのある声で迫ってきました。
お母さんのこと?妹から?話の方向が見えず当惑しました。
今さっきだって、母の作ったおいしいビーフシチューをいただいたばかりだった。母の様子に何もおかしいことなんてなかったし、妹も普段通りだったように見えた。
焦りを隠せない私に向かって、姉は涙を拭いながら言いました。
「時々、夜中に家をこっそり出ていくんだって。詳しいことは美香に聞いて」
ただならぬ姉の話を聞いて、私はすぐ妹の部屋に行き、問い質しました。
「お母さんが夜に外に出てるって、どういう事?」
「ああ、おねえに聞いたんだね。本当なんだよ。何なら一緒に見る?」その夜、私は妹の部屋に入れてもらい、妹のベッドの隣に布団を敷き、
ぼんやりと天井を眺めながら、時間が経つのを待ちました。
妹の話では、母が家を出る時間は大体決まっていて、
1時過ぎ頃に家を出て、10分程度で帰ってくるとの事でした。最初、母の外出に気付いた妹は、気分転換がてら外にタバコを
吸いに行っているものと思ったらしく、特に気に留めずそのまま寝ていたらしい。
しかし、雪が降るほどに寒くなってからも母の外出は続いた。
そのことを母に聞くと、「何のこと?」という反応。
とぼけている様子もなく、自分が深夜に外出していること自体、全く自覚がなさそうだというのだ。
不審に思った妹は、母の後をこっそりつけたのでした。「そろそろだよ」
妹が言うと、私は耳を澄ませた。すると間もなく、ドアを一枚隔てた廊下側で、何やら人の気配がした。
ガサ、ガサ、と玄関の辺りで物音が聞こえた。おそらくブーツを履いているのだろうと思った。
そして、キイ、という音とともにコッコッコッ、という足音。間違いなく今、外に出た。
私と妹は顔を見合わせ、なるべく音を立てないようにドアを静かに開け、忍足で玄関に行った。
鍵は掛かっていなかった。妹は注意深くドアノブを握り、そっとドアを開けた。真っ暗な路地。街灯と月明かりだけが頼りだった。
母はどこに行ったんだと妹に聞くと、驚いたことにすぐ近くにいるという。
嫌な予感がじわじわとしていた。
家から100mほど進んだところ、路地を照らす街灯の下に母はいた。
母は、電柱の周りをぐるぐる回っていた。
散歩のようにゆったりと歩くようなペースではなく、かなり速いはや歩き。
あるいは、駆け足のようなものすごいスピードで、ぐるぐるぐるぐる回っていた。昼間に見せてくれていたような、朗らかで優しげな表情は今やどこにもなく、
遠目に見ても、般若のような鬼の形相にしか見えなかった。
あまりの恐ろしさに呆然としていると、妹は「もう帰ろう」と促すと同時に、
「たぶん、あと10分くらい続くから、あれ」と付け加えた。ものすごく怖かった。母の異常な姿を目の当たりにして、私はようやく事の重大さに気付き始めた。
「あなたも、あなた達家族もお終いね」
今頃になって、あの女のおぞましい言葉が、頭の中で繰り返されました。
妹よりも一足早く家に帰ってきた私は、居間の電気をつけようと壁を探りました。
大体この辺にスイッチがあったのに…そう思いながら手探りしていると、
指先に角ばったプラスチックの感触が伝わった。
それとほぼ同時に、真っ暗な空間で、「カン、カン」という音が響き渡った。あっ、と思った時にはすでに遅く、私は壁のスイッチを押してしまっていました。
白い光で照らし出される居間。強い光に目が慣れず、私は反射的に目を細めた。
テーブルの上には、白い着物を着た女が座っていた。
こちら側に背を向けているので、顔までは分からなかった。
現実感がまるでなく、冷静な思考が出来ませんでした。
テーブルの上に女が正座しているだけでも異常なのに、
点灯したばかりの室内灯に明順応しきれていない私の目には、居間の空間全体が奇妙なものに映りました。
嫌な汗がどっと吹き出ているのを、体に張り付く衣服で感じていました。何分、いや何秒そうしていたか分かりませんが、
私の指が再びパチンとスイッチを押すと、居間は真っ暗な闇に飲まれ、何も見えなくなりました。
そしてちょうどその時、玄関からガチャリとドアの開く音が。…妹か。しかし私の視線は、再び闇に包まれた居間のほうに釘付けで、
テーブルの上には、まだあの女がいるような気がしていました。
その一方で、玄関ではガサ、ガサ、という靴を脱ぐような音に続いて、
木造の床に体重が掛かるときに鳴る、ギッ、ギッ、という独特の軋み音が。
私は、廊下のほうを振り向くことが出来ませんでした。
妹に決まっているはずなのに、そっちのほうを見れない。
いや、何となく分かっていた。
気配というか、勘というか、あやふやなものだったけど、後ろから近付いているのはおそらく妹ではなかった。形容し難いほどおぞましい感覚が、ギッ、ギッ、という軋み音とともに強くなっていく気がした。
そして、真っ暗な居間の真ん中、テーブルが置いてある辺りで、「カン、カン」という金属音が鳴った。
意識が遠のく寸前、私のすぐ後ろにいた人物の手に、ガッと肩を掴まれたのを確かに感じた。因みに、その翌日、私は姉の部屋で寝ていたそうです。(姉が起こしてくれました)
姉も妹も、あの真っ暗な居間で、私の肩を掴んだということは一切ないと断言しており、
しかも、妹が帰ってきた時には、母はまだ帰宅していなかったそうです。
靴だけでなく、母の寝室も確認したから絶対に確かだ、との事でした。
妹曰く、母の異常な行動は今でも続いているようです。
「精神科にも相談したし、うちでお祓いだってしてもらった。通報されたこともあるからね」
後で聞いた話だが、妹はすでに姉から詳しい話を聞かされており、父には内緒で色々やっていたらしい。だがいずれも徒労に終わった。
母の異常な行動を見れば、効果がないのは一目瞭然だった。
そして、私にはもう分かっていた。あの女のせいだ。姉の家で鳴った音だって、あの夜の母の恐ろしい姿だって、全部あの女が原因なんだ。
そう思うと怒りがこみ上げてくる。
でも、怒り以上に、あの女が恐ろしくてたまらない。なるべく早いうちに父に打ち明け、アパートを引き払うことを検討しています。
カン、カン(+後日談)

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