日本各地の民話・伝承を集めてみた…和歌山県編

かのえうま
今回は和歌山県の民話をまとめてみました。
和歌山県
近畿地方に分類
県庁所在地は和歌山市
大阪府のベットタウン化が進んでいる
日本の代表的な果物で、バナナのように、素手で容易に果皮をむいて食べることができるため、冬になれば炬燵の上にミカンという光景が一般家庭に多く見られる。「冬ミカン」または単に「ミカン」と言う場合も、普通はウンシュウミカンを指します。
高野山
地名としての「高野山」とは、八葉の峰(今来峰・宝珠峰・鉢伏山・弁天岳・姑射山・転軸山・楊柳山・摩尼山)と呼ばれる峰々に囲まれた盆地状の平地の地域を指す(行政上の字名としての「高野山」もおおよそこれと同じ地域である)。8つの峰々に囲まれているその地形は『蓮の花が開いたような』と形容されており、仏教の聖地としては「八葉蓮台」という大変良い場所であるとされている。

そして古くから伝わるお話は・・・

鷺の森の大木
和歌山市:鷺の森の大木(たいぼく) | 和歌山県文化情報アーカイブ

どんとむかしのこと。
紀ノ川がとうとうと海に流れこむ河口(かこう)のあたりは、まだ今日の和歌山市の片鱗(へんりん)さえ形成されておらず、時によっては流れも変り、ところどころに中洲(なかす)が見えかくれするだけだった。
その河口に近いところに、ものすごく大きなナギの木が雲をつくばかりに立っていた。
なにさま、木の周りは三百人の大人が手をつないでかかえなければ回りきらないほどの大きな木である。

この木は、川が運んでくる豊かな養分を吸いあげて、限りなく枝葉(えだは)をひろげていた。
遠くから見ると、まるで一つの山で、朝、東の方から日が出てくると、はるかに海を隔てた淡路島まで日陰(ひかげ)になってしまい、午後になると、那賀郡、伊都郡さらに国境いを越えた吉野郡(奈良県)のあたりまで日陰になってしまうのである。
おかげで、このあたりに住みついた人々たちの農作物にも大きな影響を与え、悩みの種(たね)となっていた。

「こらもうどないもならんわ。こんなとこに住んでたら、さきは飢え死(じに)するだけや」

「そやとも。あの木さえ無かったら、このあたりは地味(ちみ)も豊かやし、ええ作物が育つのになあ」

「なにしろ一日のうちに、お日さまの当たるのが半分やもん、どうしようもないわな」

「あの木は別に持ち主はないようやし、思い切って、伐り倒してしもたらどうやろ」

「とんでもない。あんな大きな木を伐り倒すやなんて・・・。大体、どれだけかかったら伐れるのやら、まるで見当もつけへん。一年かかるやら、二年かかるやら・・・。その間(あいだ)、どないして、なにを食べて生きているんや」

「そやなァ。たとえ木の陰で、細々と作物(さくもつ)を作っていても、働かな食べていけやんし、一年も二年も、あの木を伐るのにかかってたら、飢え死するよりないもんなァ」

村人たちは、てんでに嘆くのであった。
淡路の方からも、人々の恨みの声が聞こえてくる。

「紀ノ国にあるあの大きな木、なんとかならんもんやろか。あれのお陰で、淡路までえらい迷惑や」

「朝の早ようは、海でも一番、魚のようとれる時刻やのに、あの木のお陰で、うすぼんやりとしてるもんやさかいに、魚も起きてきよらんのや」

「起きてこん魚は、エサには喰いつかんわな。そやよってわしらはもうお手上げや。
この責任はどうしてくれるんじゃ」

「このままでは我慢できやん。あの木のあるのは紀ノ国やよって、あそこの人たちで伐り倒してもらおう」

と申し合わせて、代表者がどなりこんでくる有様(ありさま)。
さあ、この在所の人たちも頭をかかえてしまい、日ごと、夜ごとに相談を重ねたが、これという智恵(ちえ)もでてこない。中には

「わしらばかりか、隣りの淡路の人たちにまで文句を云われる始末(しまつ)。もういっそのことに、ここを見限って、どこか新しく住むところを探してみよやないか・・・」

と云い出す人もある。
ある日の集りで、一人の智恵者が思いがけないことを云い出した。

「いつまでも、らちのあかんことを、わいわい云うても仕方がないわ。この上は、みんなの中から代表の人を選んで、大和にある国の役所というとこへ頼んでみることや。きっとなんとかしてくれるやろ。」

一同はたちまち賛成して、ここに名草、海部(あま)(現在の海草郡西部)、那賀、伊都の四郡から代表を選んで、大和の朝廷へ訴え出る。
朝廷としても捨てて置けず、この国の国造(くにのみやつこ)(地方長官)である宇治彦(うじひこ)に命じて、ナギの大木の伐採に着手した。
宇治彦としても、かねてから心配していたことでもあり、しかも伐採の費用は国が負担してくれるというのだから、否、応はない。
紀ノ川の沿岸に住んでいる人たちの協力を得て、作業にかかったが、さすがに日本一の大木だけに、なかなかはかどらない。
なにしろ、これといった道具の無かった時代だけに、作業は遅々(ちち)として進まない。
ナギの木に実が成り、そしてこぼれ落ちて、また実のなるころ、ようやく七分目ほどもオノが入れられ、そしてある強い風の吹く日―。
天地がこわれてしまうような大きな音がして、ついにナギの大木は倒れてしまった。
人々がどんなにせいせいしたかは、云うまでもあるまい。
いま和歌山市の中心地に本願寺鷺(さぎ)の森別院があるが、この「鷺の森」の地名は、ナギの大木があったころ、数知れないほどの白鷺が住みつき、遠くからみると、まるで白鷺が森を形作っているように見えたのにちなんだ名前だ・・・と伝えている。
またこのナギの木を伐り倒した時の国造(くにのみやつこ)であった宇治彦の名前は、同じく和歌山市宇治の地名として残った。
そしてこの大木の根は、そのまま地中深く埋れて、長い歳月を経た。

山におったくじら
和歌山県の昔話 – 民話の部屋 – とんと昔あったとさ-フジパン

この紀州(きしゅう)の国(くに)じゃのう、昔から十一月の七日は、山の神さんのお祭りじゃゆうて、猟師(りょうし)も樵(きこり)も決して山には入らんもんじゃった。
というのはの、その日ィは、神さんが春に植(う)えなさった山の木ィを一本一本数えて回わるゆうてな。虫喰(むしく)いがなんぼ、立ち枯れがなんぼちゅうて、神さんえらい忙(いそが)しいさかいに、山におると、人でも何でも、まちごうて木ィといっしょに数え込んでしまうそうや。
ずっと昔、まだ鯨(くじら)が海でのうて、山に棲(す)んどったころの話や。
ある年の十一月七日のこと。山の神さん、朝からせわしのう木ィを数えておらしたと。

「兎山(うさぎやま)の木ィも今年は立派(りっぱ)やし、むじな谷の木ィも上々や。はてさて、鯨山はどないやろ」

山の神さん、ほくほく顔で鯨山まで来なさった。するとどうじゃろう。木ィという木ィが根こそぎ横倒(よこだお)しになっとった。まるで嵐(あらし)にでも会(お)うたようじゃったと。

「こりゃ、いったい何としたことや。鯨、鯨、おまえまた大あばれしょったな」

神さん、えらい怒ってゆうたそうや。
すると、鯨が、小さい目ェに涙いっぱいためて言うにはな、

「こないに図体(ずうたい)が大きゅうては、あくびひとつで枝は折れるし、くしゃみふたつで木ィが飛ぶし、どないもこないも・・・。えらいすまんことです」

あんまり鯨が泣くもんで、これには山の神さんもほとほと困ってしもうた。

「そうか、そうか・・・。おお、ええことがあるわい。ひとつ海の神に頼んでみよう」

そう言うて、一番高い山に登ると、大(おっ)きな声で怒鳴(どな)ったそうや。

「おおい、海の神よ―。わしんとこの鯨、おまえの海で預かってくれんかの――」

すると、しばらくしてはるかむこうから、海の神さんの声や。

「おお、よかろう。なら、ちょうどええ。こっちもひとつ頼みじゃ。わしんとこの猪(いのしし)が、海の魚荒しまわって困っとる。おまえの山で預かってくれんかの――」

その頃は、猪も海におったんやと。
こうして、二人の神さん相談(そうだん)してのう、鯨と猪をとりかえっこしょったそうや。
それからちゅうもんは、鯨は広い海でゆうゆう暮らすし、猪は猪で山でガサゴソ暮らすようになったちゅうことや。
そやさかいに、今でも鯨と猪は、よう似た味のするもんやそうな。

こんでちょっきり ひと昔。

小栗判官
小栗判官伝説|熊野本宮観光協会

およそ600年の昔、戦に敗れ常陸の国(茨城県)に逃れた小栗判官は、相模の大富豪、横山家の長女 照手姫と出会い恋におちます。しかし二人の関係に立腹した横山家は、小栗判官に毒を飲ませ殺してしまいます。

小栗判官

地獄に落ちた小栗判官は閻魔大王の同情をかい、蘇生への道として餓鬼阿弥の姿に変えられ現世に送り返されました。

哀れな姿で倒れていた小栗判官は通りかかった高僧に助けられ、木の車に乗せられて熊野の湯の峰を目指します。小栗の首には高僧により「一引き引いたは千僧供養、二引き引いたは万僧供養」と書かれた札が下げられました。

一方、照手姫は恋人を失った上、兄弟の策略により流浪の身となっておりました。ある時、首から札を下げた餓鬼阿弥を見て、亡き小栗判官の供養になればと湯の峰へ参詣の旅に旅立ちました。

長い旅路の果て、ついに湯の峰に辿りついた照手は餓鬼を四十九日の間つぼ湯に浸けて湯治させたところ、なんと元の小栗判官の姿に戻ったというお話です。

湯の峰には今も、照手姫が引き続けた木の車を埋めたと云われる「車塚」や、見事蘇生を果たした小栗判官が力試しに持ち上げたとされる力石が残されています。

熊野参り
熊野参り 和歌山県の民話 <福娘童話集 きょうの日本民話>

むかしむかし、サルがカエルのところへやって来ました。

「カエルどん、カエルどん、一緒に熊野参り(くまのまいり)に行かないか?」

「いいとも。わしも、一度は行きたいと思っていたところだ」

そこで二人は、さっそく熊野参りに出かけました。

熊野参りというのは、熊野の権現(ごんげん)さまという神さまにお参りする事で、むかしから大勢の人が出かけたのでした。
ところがサルとカエルでは、足の速さが違います。カエルが夢中で歩いても、すぐにサルにおいていかれます。そこである日、カエルが言いました。

「サルどん、どうだろう? 交代で、おんぶしながら行っては」

「なるほど、それなら一緒に行けるというわけだ。よし、お前が先にのれ」

サルはカエルをおんぶすると、ピョンピョンと飛ぶようにかけ出しました。
(ああ、楽ちん、楽ちん。しかし、このまま熊野まで行くいい方法はないものか?)
カエルはサルの背中で、あれこれと考えました。その時、サルが立ち止まって言いました。

「ああ、くたびれた。カエルどん、交代してくれ」

カエルはしかたなく、サルを背中にのせました。でも小さなカエルでは、サルをおんぶして走るのは大変な事です。
そこでカエルは、

「サルどん、うんと飛ばすから上を向いてくれ。下を向くと、落っこちるからね」

と、言って、サルは言われた通り上を向きました。
すると風が吹いてきて、空の雲が飛ぶように流れていきます。
(ほほう。カエルも、なかなかよう走るわい)
サルはすっかり感心して、流れる雲を見ていました。でもカエルは、その場でジッとしたまま全く動きません。しばらくたって、カエルが言いました。

「さあ、おりてくれ、交代だ」

サルがおりてみると、さっきと同じ場所です。

「何だ? ぜんぜん進んでいないぞ」

「バカな事を、言うな。熊野に行くまでには、同じような場所が七ヶ所もあるんだぞ」

「なるほど。あれほど走ったのに、確かにさっきの場所とそっくりだな」

サルはカエルをおんぶすると、またピョンピョンとかけました。このようにして、カエルは交代するたびにサルをだまして、とうとう一歩も歩かずに熊野参りをすませたという事です。

▼関連まとめ

参考文献

https://matome.naver.jp/odai/2137578838700378401
2013年10月28日