沖縄方言は「あ、い、う」の3つの母音が基本になります。
あ → あ
い → い
う → う
え → い
お → うとなります。例えば「戸(と)」は「とぅ」に、「手(て)」は、「てぃ」に母音が変わります。すべてがそうではありませんが、ほぼそう言い換えてしまえば、なんとなくうちなーぐちらしくなります。「米(こめ)」→「くみ」などは2つとも母音が変わっています。
もうひとつ。沖縄方言の「わ」は、標準語の「わ」とは違うと言われています。はっきりした「わ」ではなく「ぅわ」という感じになります。
沖縄の方言「3つの母音が基本」〜日刊OkiMag
そして古くから伝わるお話は標準語でお楽しみ下さい。
参考文献
キジムナーの仕返し
キジムナーのしかえし 沖縄県の民話 <福娘童話集 きょうの日本民話>
むかしむかし、沖縄本島南部の宇江城(うえぐすく→糸満市)というところに、サメ殿とよばれた漁師(りょうし)がいました。
ある夜、海へでて漁(りょう)をしていると、すぐそばで、おなじように魚をとる人がいました。
近くの村の人なら、たいてい見おぼえがあるはずなのに、どうも見たことがありません。
(はて、誰だろう?)
それからは、夜おそくに漁へでるたびに、その男がやってきます。
そしてその男が現れると、魚がよくとれるのです。
「今夜も魚がたくさんとれたよ。あんたのほうはどうかね?」
「わたしだってとれたさ、見てごらん」
そのうちに二人は友だちになって、毎日のように一緒に漁をしました。
ところがその友だちは、名前をいわないし、顔つきも口のききかたも、ふつうの人たちとちがいます。
(もしかしたらあの友だちは、人間ではないかもしれない)
ある時、サメ殿はそう考えました。
一度考えはじめると、気味が悪くなって、
(あれはきっと、ヤナムン(→沖縄の言葉で妖怪のこと)が化けているのだ。このまま長いことつきあっていたら、悪いことがおこるだろう)
と、思いました。
サメ殿はある夜、漁が終わって友だちと別れたとき、こっそりあとをつけました。
すると友だちは、家のあるところを通りぬけて、当山(とうやま)という、さびしい丘へのぼっていきました。
そして大きなクワの木に、吸い込まれるように姿を消したのです。
「たいへんだ。やっぱり友だちは人間ではねえ。あのクワの木にすむ、キジムナーが化けていたんだ」
キジムナーというのはカッパのような妖怪で、古い木にすんでいて、魚とりがうまく、キジムナー火という火をともしたりもするそうです。
サメ殿は家にかえると、この事を妻にうちあけていいました。
「明日も漁に行くから、お前はその間にほし草だの、ワラだのを持って、クワの木に行き、それに火をつけてクワの木を燃やしてしまうんだ」
さて次の夜、サメ殿と友だちとは、いつものように漁にでかけました。
魚がとれはじめたとき、
「クンクン。どうもおかしい。家のこげるにおいがするよ」
と、友だちがいいだしました。
「そんなはずはないさ。ここからは何も見えないし、気のせいだろうよ」
「いや、たしかににおう。こうしてはいられない」
友だちは大いそぎで漁をやめると、すぐに帰って行きました。
でもすでに遅く、あの大きなクワの木はすっかり焼けてしまい、まっ黒になっていました。
その日から、キジムナーの友だちは姿を消してしまいました。
サメ殿は、これであの友だちと別れることが出来たと大喜びです。
家をなくしたキジムナーは、すみかになる木をさがして、ずうっと北のほうの、国頭(くにかみ→沖縄本島北部)までいったそうです。
さて、それから何年もの月日がたちました。
サメ殿はある時、首里(しゅり→昔の沖縄の都)の町へ出かけて、幼なじみの友だちとあいました。
「しばらくぶりだ、酒をのんで話そう」
二人して酒場へ入り、長い時間のんでは話すうちに、サメ殿はつい気が大きくなり、今までだれにもいわなかった、あのキジムナーの事や、クワの老木を妻に焼かせて追い出したことを、すっかりしゃべったのでした。
それを聞いた幼なじみの友だちは、急にこわい顔になって怒り出しました。
「あんたは友だちに、そんなひどいしうちをしたか! たとえキジムナーだとしても、あんたに何をしたと言うんだ! あんたはわるい男だ!」
見ると、そこにいるのは幼なじみの友だちではなく、あのキジムナーだったのです。
キジムナーは持っていた小刀で、サメ殿のゆびとゆびのあいだを切りつけました。
「いたい! 何をする」
このサメ殿は、全身がサメのようなザラザラのかたいはだをしていて、小刀くらいでは傷つかないのですが、ただ、ゆびとゆびのあいだだけがふつうのはだだったのです。
サメ殿は血を流しながら村へかえると、苦しんだあげくに死んでしまいました。
沖縄のキジムナーは、ガジュマルやクワの大木をすみかとして、人間にはめったに害をしなかったといいます。
それどころか、人間に幸福をもたらしてくれるのです。
しかし人間がうらぎったり、ひどいしうちをしたりしたときは、おそろしい仕返しをしました。
サメ殿は『鮫殿』と書き、沖縄の言葉では、サバムイと読むそうです。
鳥になったおばあさん
鳥になったおばあさん 沖縄県の民話 <福娘童話集 きょうの日本民話>
むかしむかし、鉄砲打ちのおじいさんが山へ出かけると、今まで見た事がない金色の鳥が飛んでいました。
(なんと美しい鳥だ。もしかすると、神さまの鳥かもしれないぞ)
おじいさんが見とれていると、金色の鳥がおじいさんのそばに来て言いました。
「どうして、わたしをうたないのですか? 鳥をうたなくては、暮らしていけないのでしょう?」
するとおじいさんは、首を振って言いました。
「わしは、ばあさんと二人暮らしだ。お前一羽をうたなくても、なんとか暮らしていけるよ。それに、お前みたいに美しい鳥をうつなんて、わしには出来ないよ」
「そうですか。では、お二人が楽に暮らしていけるようにしてあげますから、これからは鳥やけものをとるのはやめてくださいね」
金色の鳥はそう言ったかと思うと、まっすぐおじいさんの家の方へ飛んで行きました。
(やはり、あの鳥は神さまの鳥かもしれないぞ)
おじいさんは金色の鳥に手を合わせると、自分の家に帰りました。
すると不思議な事に、ボロ小屋だった自分の家が立派なお屋敷にかわっていたのです。
「こりゃ、たまげた!」
おじいさんがビックリしていると、中からおばあさんが出て来て言いました。
「おじいさん。さっき立派な身なりの人がやって来て、あっという間に家を屋敷にかえてくれたんです。おまけに米も着物もお金も、どっさりと運んでくれたのです。もう、何が何やら」
そこでおじいさんは、山で出会った金色の鳥の事を話してあげました。
「するとこれは、山の神さまのおめぐみかもしれませんね。おじいさん、これからはもう鳥やけものをうつのはやめてくださいね」
「ああ、もう鉄砲打ちはやめだ。これからは二人で、のんびり暮らそう」
おじいさんは鉄砲打ちをやめて、おばあさんと二人で静かに暮らしました。
さて、働かなくても暮らしていけるようになった二人は、何をして時間をつぶせばよいのかわかりません。
ある日、おばあさんがおじいさんに言いました。
「ああ、たいくつで死にそう。
もしも鳥みたいに空を飛ぶ事が出来たら、どんなに楽しいでしょうね。
おじいさん、一度でいいから空を飛べるようにと、金色の鳥にたのんできてくれませんか」
「空をか、それは楽しそうだ。よし、山へ行って金色の鳥を探してみよう」
おじいさんが山に行くと、金色の鳥はすぐに見つかりました。
「金色の鳥さん。おかげで、おだやかな毎日を過ごしているよ。ところで、おばあさんが一度でいいから空を飛びたいと言っているのだが、願いをかなえてやってもらえないだろうか?」
「わかりました。では、すぐ飛べるようにしてあげましょう」
そう言って金色の鳥は、おじいさんの家の方へ飛んで行きました。
さて、おじいさんが家にもどるとどうでしょう。
おばあさんが烏になって、屋根の上に止まっているではありませんか。
鳥になったおばあさんが、おじいさんに言いました。
「おじいさん、さっき立派な身なりの人がやって来て、わたしを鳥にしてしまったんですよ。いくら空を飛びたいと言っても、鳥になるのはごめんです。早く金色の鳥にお願いして、元の人間にもどしてください」
おじいさんはあわてて山へもどると金色の鳥を探しましたが、しかし金色の鳥は二度と姿を現しませんでした。
おじいさんはしかたなく、鳥になったおばあさんと暮らしたそうです
ままこ伝説
沖縄県宮古諸島にある下地島の『通り池』にまつわる話。
通り池とは2つの池が相接し、天然の橋によって通じている。東北側が直径約55mで水深約25m、
南西側が直径約75mで水深約25mあり、直径約10mの洞穴で海と通じており、両池は潮の干満で水深が変化する。
名勝地としても知られているが、濃紺の水をたたえた不気味なところだ。現在では自殺の名所としての側面を持つ。
この通り池には、地元の人は誰も近寄らないという。
誤って池に落ちようものなら、水面から地上まで10メートルもの絶壁で囲まれているため、
自力で這い上がるのはほぼ不可能だし、いろいろといわくがあるため躊躇させるのだろう。
この池には、継子と間違えて実子を池に突き落としたという伝説が残されている。
その昔、伊良部島に母と幼い息子2人が暮らしていた。弟の方は実子なのだが、兄は継子だった。
よくある話で、母は実子である弟ばかりを寵愛する一方、兄は軽んじ、憎しみすら抱いていた。
そんなある日、母は3人で散歩に行こうと誘う。子供たちは喜んで母のあとに。ついていった先が、例の下地島の『通り池』だった。
池のそばで昼食をとったあと、3人はうたた寝してしまった。真っ先に母が気づいたときには周囲はすでに日が落ちていた。
そのとき、彼女は積年の感情を噴火させる。
膝枕で寝かせていた弟を起こさぬよう下ろし、池のそばで顔を伏せて寝そべっている兄を抱きあげると、
池に放りこんでしまう。
すぐさま弟のもとへ引き返し、眠りから覚まそうと身体を揺さぶった。
だが、月明かりに照らされたのは、弟ではなく兄の方だった。
兄は母に疎ましく思われていたのは承知しており、いつかは殺害されるのではないかと予測していた。
母が寝ていたスキに弟の服をすり替え、弟に化けて寝たフリをしていたのだ。
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