世界の創造理由⇒✕
世界の創造方法⇒✕
世界の破壊理由⇒✕
世界の破壊方法⇒〇
一つの生命体に知能を与える。
唯一の間違いが全てのものを殺す。
一夜にして。民主主義
最大多数の最大幸福の為の最小少数の最小不幸
全ての命を救う為に、永遠平和の為に、
一つの命を殺しても構わない。彼らが世界を破壊する
彼らが世界を穢す
彼らが調和を乱す
彼らが全ての命を殺す
全ての命が救われる
永遠の平和が訪れる
一つの命を殺すことによって
一つの種の命を殺すことによって
何も間違っていない
何一つ間違っていない
真理 正義だ
全人民を抹殺せよ100年も経たないうちに、全ての人間を一瞬にして殺す兵器が出現する。
優秀な科学者が集まれば、1ヶ月で出来る。一人を殺せば殺人者、百万人を殺せば英雄、
全ての人間を殺ろし者、
彼は何と呼ばれるのか?どのように扱われるのか?
彼にどのような罪があるのか?どのような罰を与えるのか?何て書いても、誰も誰一人本気にしない(≧∇≦)
100年後に気付いて、全員恐怖に震え慄いてどうぞ。
その時になって大慌てしても、完全に手遅れです。
太宰治
かれは、人を喜ばせるのが、何よりも好きであった!
『正義と微笑』太宰治
恥の多い生涯を送って来ました。
『人間失格』太宰治
日本の有名作家。無頼派四天王の一人。
青森県北津軽郡の大地主の6男として生まれる。
幾度も自殺未遂をし、39歳で情死する。
ひょうきんな方、まぁ実際にはひょうきんでないと思います。
彼は、非常に礼儀正しい一面もありました。
横浜DENAベイスターズの、元監督中畑清氏を思い浮かべます。
太宰治の作品は多数ありますが、どの作品も比較的読みやすいです。
個人的には、『駈込み訴え』『走れメロス』『きりぎりす』をおすすめします。
太宰治の主な作品
1934年 ロマネスク
1938年 満願、姥捨
1939年 富嶽百景、女生徒、八十八夜、畜犬談
1940年 駈込み訴え、走れメロス、きりぎりす
1941年 みみずく通信、佐渡、新ハムレット
1942年 律子と貞子、正義と微笑
1944年 散華、津軽
1945年 竹青、惜別、お伽草子、パンドラの匣
1946年 冬の花火、親友交歓
1947年 トカトントン、メリイクリスマス、ヴィヨンの妻、女神、フォスフォレッスセンス、斜陽
1948年 如是我聞、人間失格、グッド・バイ
満願
ふと顔をあげると、すぐ眼のまえの小道を、簡単服を着た清潔な姿が、さっさっと飛ぶようにして歩いていった。白いパラソルをくるくるっとまわした。
『満願』太宰治
日本文学には、好色な本が多数あります。
南原兼『ナイトは妖しいのがお好き♥』、谷岡俊一『吾輩は犬である』のように、直接的で破廉恥な本もあります。
川端康成『雪国』、三島由紀夫『憂国』のように、間接的で耽美な本もあります。
太宰治の『満願』は、綺麗で美しく、それでいて好色な本です。理想とする下ネタです。
(『満願』を読むと、ゴシックは魔法乙女のプルメリアを思い浮かべる)
姥捨
死のうか。一緒に死のう。神さまだってゆるして呉れる。
『姥捨』太宰治
死ぬる場所を語り合っていた。
『姥捨』太宰治
太宰治の初期の作品です。すでに情死について書かれています。
彼の人生は、自殺しようとして死にきれなかった、ただそれだけなのでしょうか。
畜犬談
私は、犬に就いては自信がある。いつの日か、必ず喰いつかれるであろうという自信である。
『畜犬談』太宰治
試合を終えて家路へ向かうサッカー部員達。
疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。
後輩をかばいすべての責任を負った津島に対し、車の主、右翼団員平岡が言い渡した示談の条件とは・・・。
後輩は中島と檀ですね。
駈込み訴え
いずれは殺されるお方にちがいない。またあの人だって、無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、ちらちら見える。私の手で殺してあげる。他人の手で殺させたくはない。あの人を殺して私も死ぬ。
『駆込み訴え』太宰治
キリスト教のユダのお話です。
彼の裏切りについて、真面目とユーモアを重ね合わせて執筆しています。
愛情の為か、嫉妬の為か、イエスの為か、金の為か、世界の為か、のんけの為か。
走れメロス
私を殴れ。ちから一杯に頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。
『走れメロス』太宰治
私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れてはじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。
『走れメロス』太宰治
何も説明する必要はないかと。
大人になってから、もう一度読み返して欲しい作品です。
きりぎりす
私は、あなたを、この世で立身なさるおかたとは思わなかったのです。死ぬまで貧乏で、わがまま勝手な画ばかり描いて、世の中の人みんなに嘲笑せられて、けれども平気で誰にも頭を下げず、たまには好きなお酒を飲んで一生、俗世間に汚されずに過して行くお方だとばかり思って居りました。私は、ばかだったのでしょうか。でも、ひとりくらいは、この世に、そんな美しい人がいる筈だ、と私は、あの頃も、いまもなお信じて居ります。その人の額の月桂樹の冠は、他の誰にも見えないので、きっと馬鹿扱いを受けるでしょうし、誰もお嫁に行ってあげてお世話しようともしないでしょうから、私が行って一生お仕えしようと思っていました。私は、あなたこそ、その天使だと思っていました。私でなければ、わからないのだと思っていました。それが、まあ、どうでしょう。急に、何だか、お偉くなってしまって。私は、どういうわけだか、恥ずかしくてたまりません。
『きりぎりす』太宰治
貧乏でうだつの上がらない画家と結婚する。
一生貧乏暮らしだろうそれで良いと考えていたが、夫は成功し、成功し続ける。
題名の由来は、童話のありときりぎりすからだと考えられます。
竹青
あああ、この世とは、ただ人を無意味に苦しめるだけのところだ。
『竹青』太宰治
からすには、貧富が無くて、仕合せだなあ。
『竹青』太宰治
中国に魚容という貧書生がいた。
三十歳になり、而立し出世しようと、郷試を受験するが落第してしまう。
帰ったら妻に怒られるだろうなぁと考えながら、呉王廟の廊下に這い上がり、ごろりと仰向けに寝ころがる。
あまりの疲れからか、精神朦朧となり、世を呪い、我が身の不幸を嘆く。
そして目を瞑ると・・・
中島敦『山月記』と、同系列かつ対比する作品と考えて頂けたら。
惜別
事実は小説よりも奇なり、なんて言う人もあるようですが、誰も知らない事実だって、この世の中にあるのです。しかも、そのような、誰にも目撃せられていない人生の片隅に於いて行われている事実にこそ、高貴な宝玉が光っている場合が多いのです。それを天賦の不思議な触角で捜し出すのが文芸です。文芸の創造は、だから、世の中に表彰せられている事実よりも、さらに真実に近いのです。文芸が無ければ、この世の中は、すきまだらけです。文芸は、その不公平な空洞を、水が低きに流れるように自然に充溢させて行くのです。
『惜別』太宰治
中国の作家魯迅の、日本留学を題材にしています。
戦争の国家高揚のために作られた作品でもあり、実際にこの通りだったのかは疑問があるわけですが、それでも作品自体としては、非常に美しい作品です。
お伽草子
年月は、人間の救ひである。
忘却は、人間の救ひである。
『お伽草子』太宰治
瘤取り、浦島さん、カチカチ山、舌切雀の四作品からなります。皆さんご存知の童話を、パロディ化した作品です。
太宰治が敬愛した芥川龍之介も、猿蟹合戦、桃太郎をパロディ化しており、それを意識して書かれたと考えられます。
パンドラの匣
人間は、しばしば希望にあざむかれるが、しかし、また「絶望」という観念にも同様にあざむかれる事がある。
『パンドラの匣』太宰治
親友交歓
威張るな!
『親友交歓』太宰治
哲学者木田元が、太宰治の『親友交歓』を例に出して、マルティン・ハイデッガーとカール・ヤスパースの関係を記述しているのは面白いと思う。
斜陽
どうしても、もう、とても、生きておられないような心細さ。これが、あの、不安、とかいう感情なのであろうか、胸に苦しい浪なみが打ち寄せ、それはちょうど、夕立がすんだのちの空を、あわただしく白雲がつぎつぎと走って走り過ぎて行くように、私の心臓をしめつけたり、ゆるめたり、私の脈は結滞して、呼吸が稀薄きはくになり、眼のさきがもやもやと暗くなって、全身の力が、手の指の先からふっと抜けてしまう心地がして、編物をつづけてゆく事が出来なくなった。
『斜陽』太宰治
四者四様の、滅びの美が描かれます。
ロシアの作家、アントン・チェーホフの『桜の園』を意識して書かれました。
如是我聞
私は、或る「老大家」の小説を読んでみた。何のことはない、周囲のごひいきのお好みに応じた表情を、キッとなって構えて見せているだけであった。軽薄も極まっているのであるが、馬鹿者は、それを「立派」と言い、「潔癖」と言い、ひどい者は、「貴族的」なぞと言ってあがめているようである。
『如意我聞』太宰治
日本の英文学者中野好夫と、日本の作家志賀直哉を、嘲笑、非難、罵倒している作品です。
人間失格
いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。
『人間失格』太宰治
道化、心中、NTR、薬中
なんだこれは魂消たなぁ
太宰治の言葉
人間は真面目でなければいけないが、しかし、にやにや笑っているからといってその人を不真面目ときめてしまうのも間違いだ。
『散華』太宰治
明日の立派な覚悟より、きょうの、つたない献身が、いま必要であります
『或る忠告』太宰治
鎖につながれたら、鎖のまま歩く。十字架に張りつけられたら、十字架のまま歩く。
『一日の労苦』太宰治
愛は、この世に存在する。きっと、在る。見つからぬのは、愛の表現である。その作法である。
『思案の敗北』太宰治
他に何をしても駄目だったから、作家になった
『みみずく通信』太宰治
私の小説を、読んだところで、あなたの生活が、ちっとも楽になりません。ちっとも偉くなりません。なんにもなりません。だから、私は、あまり、おすすめできません。
『「晩年」について』太宰治
備考
ディオニュシオス2世
紀元前397年~紀元前343年 シュラクサイの君主
『走れメロス』の、邪智暴虐の王のモデルです。
Today, every inhabitant of this planet must contemplate the day when this planet may no longer be habitable. Every man, woman and child lives under a nuclear sword of Damocles, hanging by the slenderest of threads, capable of being cut at any moment by accident or miscalculation or by madness.
『Selected Speeches of John F. Kennedy』
地球の全ての住人は、いずれこの星が居住に適さなくなってしまう可能性に思いをはせるべきである。老若男女あらゆる人が、核というダモクレスの剣の下で暮らしている。世にもか細い糸でつるされたその犬は、事故か誤算か狂気により、いつ黒塗りの高級車に追突しても不思議はない。
ミゲル・デ・セルバンテス
1547~1616 スペインの作家『ドン・キホーテ』
私の理想は、ドン・キホーテのそれに較べて、実に高邁で無い。私は破邪の剣を振って悪者と格闘するよりは、頬の赤い村娘を欺いて一夜寝ることの方を好むのである。
『デカダン抗議』太宰治
ウィリアム・シェイクスピア
1564~1616 劇作家『ハムレット』『オセロー』『リア王』『マクベス』
太宰治の『新ハムレット』は、シェイクスピアの『ハムレット』をパロディ化したものである。
For folly that he wisely shows is fit:
But wise men, folly-fall’n, quite taint their wit.
『Twelfth Night, or What You Will』William Shakespeare
叡智を利用して、ほものふりをするのは良いと思います。ただあまりやり過ぎると、本当のほもになりますよ。
(もとからほもなので何も問題)ないです。
宝井其角
1661~1707 江戸時代の俳諧師
木菟の独わらひや秋の昏
宝井其角の句
フリードリヒ・フォン・シラー
1759~1805 ドイツの作家『群盗』『ドン・カルロス』
『走れメロス』は、シラーの詩『人質』をもとに創作している。
アレクサンドル・プーシキン
1799~1837 ロシアの作家『エヴゲーニイ・オネーギン』『スペードの女王』『大尉の娘』
ロシアではトルストイ、ドストエフスキーなど、やはりみな、それに感心しなければ、文人の資格に欠けるというようなことが常識になっていて、それは確かにそういうものなのでしょうけれども、やはり自分はチェーホフとか、誰よりもロシアではプーシキン一人といってもいい位に傾倒しています。
『わが半生を語る』太宰治
フョードル・ドストエフスキー
1821~1881 ロシアの作家『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』
罪と罰。ドストイエフスキイ。ちらとそれが、頭脳の片隅をかすめて通り、はっと思いました。もしも、あのドスト氏が、罪と罰をシノニムと考えず、アントニムとして置き並べたものとしたら? 罪と罰、絶対に相通ぜざるもの、氷炭相容れざるもの。罪と罰をアントとして考えたドストの青みどろ、腐った池、乱麻の奥底の、……
『人間失格』太宰治
フリードリヒ・ニーチェ
1844~1900 ドイツの哲学者『ツァラトゥストラ』『善悪の彼岸』『道徳の系譜』
私はシェイクスピア以上に胸をかきしむる読物を知らない。これ程までに道化者になることを必要とする人間は、幾許か苦しんで来たに違いない。
『この人を見よ』フリードリヒ・ニーチェ
ポール・ヴェルレーヌ
1844~1896 フランスの詩人
撰ばれてあることの
恍惚と不安と
二つわれにあり
フセーヴォロド・ガルシン
1855~1888 ロシアの作家『四日間』『赤い花』
アントン・チェーホフ
1860~1904 ロシアの作家 『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』
『斜陽』は、チェーホフ『桜の園』を意識して書かれた。
死は恐ろしい。だが永劫に生きて決して死ぬことがないと意識したら、もっと恐ろしいことだろう。
アントン・チェーホフの言葉
あの世へ行ってから、この世の生活を振り返って、あれは美しい夢だった・・・と思いたいものだ
アントン・チェーホフの言葉
内村鑑三
1861~1930 日本のキリスト教思想家
内村鑑三が、信州沓掛の温泉でくつろいでいた。
一緒に入っていた知人の子供に、いたずらのつもりでお湯をかけた。
するとその子供は、泣き出してしまった。
太宰治は、この出来事に非常に共感している。
俺のすることは皆こんなものだ、親切を仇にとられる
森鴎外
1862~1922 日本の軍医『舞姫』『高瀬舟』
太宰治は森鴎外を尊敬し、共に東京都三鷹市の禅林寺にお墓はある。
ポール・ヴァレリー
1871~1945 フランスの作家
ローザ・ルクセンブルク
1871~1919 政治思想家
魯迅
1881~1936 中国の作家『狂人日記』『阿Q正伝』
太宰治の『惜別』は、魯迅の日本留学を題材としている。
魯迅の晩年の文学論には、作者は興味を持てませんので、後年の魯迅の事には一切触れず、ただ純情多感の若い一清国留学生としての「周さん」を描くつもりであります。中国の人をいやしめず、また、決して軽薄におだてる事もなく、所謂潔白の独立親和の態度で、若い周樹人を正しくいつくしんで書くつもりであります。
『惜別の意図』太宰治
鈴木三重吉
1882~1936 日本の作家
鈴木三重吉の『デイモンとピシアス』は、『走れメロス』と同内容の作品である。
間もなくその時間が迫って来ました。デイモンは容赦なく死刑場に引き出されました。獄卒は死刑の道具をそろえて待っていました。デイモンは、もう二、三分間もたてば冷たい死骸になってしまうのです。しかし彼は、その間際になっても、ピシアスは決してうそをついたのではない、ただ、やむをえない事情でおくれたのだと信じていました。
『デイモンとピシアス』鈴木三重吉
志賀直哉
1883~1971 日本の作家『城の崎にて』『暗夜行路』
折口信夫(釈迢空)
1887~1953 日本の民俗学者 詩人
だが誰も認めている彼の築いた「異質の文學」は、世間は勿論、彼自身意識していないこの次の人生を報告しようとして、もがいていたのである。
『小説の豫言者』折口信夫
菊池寛
1888~1948 日本の作家『恩讐の彼方に』
室生犀星
1889~1962 日本の詩人
豊島与志雄
1890~1955 日本の作家
『レ・ミゼラブル』『ジャン・クリストフ』の翻訳で有名。
芥川龍之介
1892~1927 日本の作家『羅生門』『蜘蛛の糸』『地獄変』『藪の中』
太宰治は、芥川龍之介を敬愛した。彼も自殺している。






