般若心経を読み解く際に、知っておくべき概念

ken117degu

■般若心経を読み解く際に、知っておくと理解が進む、概念をまとめました。

■自分が勉強する際に、下記サイトを参考にしました。

なんだそうだ、般若心経
http://www.mitsuzoin.com/nanda_hannya.html

『観自在菩薩』

観自在菩薩という仏さまについてふれておきましょう。
「観自在」とは「(色々なものを)観察することが自在である」ということ。
自在という言葉は、何ものにも邪魔されないということです。
思い込みや、自分の欲などが入り込まない見方ができるということです。

観音さまは、とにかく思考が柔軟で、何ものにもとらわれない、自由自在な見方ができる仏さまです。
別名の「観世音」は「世間(衆生)の音(声)を観察する」ということです。

『苦』

苦の代表が四苦といわれるものです。
「生まれること」「老いること」「病になること」「死ぬこと」の「生老病死」です。

「苦」=「思い通りにならないこと」です。

『空』

本当の姿を見極め、考える力を智慧といい、梵語の「パンニャー」から般若と音写されました。
そして、その本当の姿のありようを「空」であるとしました。

「空」とは
「すべてのものは条件によって常に変化して、同じ状態でいることはない(諸行無常)。
それゆえに、ものごとにそのもの固有の実体というものはない(諸法無我)」
ということです。

『無明』

仏教用語で、迷いのこと。
また真理に暗いこと、智慧の光に照らされていない状態をいう。
法性(ほっしょう)に対する言葉である。

たとえば、闇(やみ)について、多くの人は「闇は存在する」と漠然と考えている。
しかし、闇に光が当たると、闇はたちまち消えうせる。
闇がどこか別のところに移動したわけではない。
つまり、闇は始めから存在しなかったということである。
闇は「光の欠如」ということであって、闇と呼ばれる「なにか」が存在するわけではない。

精神的な「苦しみ」についても、同じようにとらえることができる。
智慧の光によって、苦しみはたちまち姿を消す。
苦しみが、何か実体を伴って存在しているわけではない。

実際には無いものを有ると考えるのは無明である。

『四諦』

まず「この世は思い通りにならないことばかりである」という「苦」。
次に「この苦を苦と思うのは、多くの迷いの集合した結果である」という「集」。
次に「この苦の原因である迷いを滅すれば、心はこよなく安らぐ」という「滅」。
最後は「その理想の状態に到るために、八つの正しい道がある」という「道」。
以上を合わせて「苦、集、滅、道」の四諦といいます。

『仏』

人を仏にする真理のことを「法」とよびます。
やがて、この法を人格的にとらえて「法身」あるいは「法身仏」と呼ぶようになったのです。
ですから、お釈迦さまが覚った法(真理)というのも、「法身仏」という仏さまを覚ったということになるわけです。

さて、ここまで登場してきたのは、私たちの世界の仏です。
つまり地球上に現れたり、これから現れる仏が、過去七仏や釈迦、弥勒という仏たちです。
しかし、インドの世界観では、私たちの住むこの地球という世界以外にも、無数の世界があると考えられていました。
そして、それぞれの世界にも、法の力が働いているのですから、それを悟った仏がいるはずなのです。

極楽世界には阿弥陀如来、瑠璃光世界には薬師如来といった具合です。
「いや、世界が違えばそこでの真理も、私たちの世界とは違うかもしれない」と思うかもしれませんが、場所や時代によって変化してしまうものは「真理」とはいいません。

そもそも「真理」という言葉の定義が時や場所に左右されない永遠不滅の法則のことなのです。

『大日如来とマンダラ』

さて、真理(法)は、私たちの住む娑婆世界だけでなく、どんな世界でも共通です。
七世紀頃の仏教では、どこの世界(東西南北と東北、南東、南西、北東の八方に上下を加えた十方世界)、いつの時代(過去、現在、未来の三世)にも共通の真理を、人格的にとらえた仏さま、大日如来が考えられるようになりました。

そして、大日如来こそが三世十方(これで時間空間の全てを表します)の仏を、仏たらしめている究極の仏と考えられるようになりました。
無数の仏も大日如来によって現れているのだというのです。

このありさまを表したのが曼荼羅です。
この曼荼羅の考え方によって、無数の仏さまはその存在の根拠がはっきりして、大日如来のもとに整理統合されるようになったのです。

こういうわけで、般若心経の語りである仏さまは、どうも歴史上のお釈迦さまではないようです。
法身である仏が話していると解するといいでしょう。
そうすれば、お釈迦さまの覚った「苦集滅道」という四諦も、それは縁起の法則からいえば、そのものとしての実体はないのだ、といって良いことになります。
「無苦集滅道」と、その周辺のお話しはこのへんで終わりにしておきましょう。

※八正道――
1.正見(正しい見方)、2.正思(正しい決意)、
3.正語(正しい言葉)、4.正業(正しい行為)、
5.正命(正しい生活)、6.正精進(正しい努力)、
7.正念(正しい思念)、8.正定(正しい瞑想)。

【関連まとめ】

https://matome.naver.jp/odai/2147086899169232901
2016年08月11日