●1968年2月、ザ・フォーク・クルセダーズのレコード『イムジン河』が朝鮮総連の抗議で突然、発売中止になった。
約10年前、北朝鮮で誕生したこの歌を作者不詳の「朝鮮民謡」とクレジットしたのが理由だ。以来、政治的なトラブルにまみれた歌として、放送業界からタブー視され、30年間以上も「闇の中」へと封じ込められた。
『「イムジン河」物語 ”封印された歌”の真実』喜多由浩著 : J-CASTニュース
イムジン河水清くとうとうと流る
水鳥自由にむらがりとびかうよ
我が祖国、南の地、思いは遥か
イムジン河水清くとうとうと流る
北の大地から南の空へ
飛び行く鳥よ、自由の使者よ
誰が祖国をふたつに分けてしまったの
誰が祖国を分けてしまったの
イムジン河空遠く虹よかかっておくれ
河よ思いを伝えておくれ
ふるさとをいつまでも忘れはしない
イムジン河水清くとうとうと流る
フォークルのメンバーだった、きたやまおさむ氏や日本語の詞をつけた松山猛氏、当時の朝鮮総連担当者、レコード会社の担当ディレクターらの証言をもとに事件の舞台裏が初めて明かされる。
『「イムジン河」物語 ”封印された歌”の真実』喜多由浩著 : J-CASTニュース
2000年代初めに韓国の歌手の訪朝公演で歌われ、”とらわれの身”の日本人拉致被害者に勇気を与えたこと、今や「アジアのイマジン」と呼ばれるほど世界中で歌われる――など、歌の数奇な運命がつづられる。
『「イムジン河」物語 ”封印された歌”の真実』喜多由浩著 : J-CASTニュース
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ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」は国境を越え、時間を超えて日本人の歌になった
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加藤は「イムジン河」について、音楽家として毅然とした文章を残している。
「イムジン河」のかわりに加藤和彦が作った「悲しくてやりきれない」の奥深さ
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発売の前日に中止が決まったザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」は、レコード店や東芝レコードの営業所から回収されて、もう二度と世に出ることはなかった。それに代わって急いで作られたのが、「悲しくてやりきれない」だったというのは、よく知られている事実だ。
といってもひらめかないから、「イムジン河」のメロディを拾って譜面に書いてて、これ、音符逆からたどるとどうなるかなって遊んでたの。
そこからインスパイアされてできた。
実際には「イムジン河」の逆のメロディでもなんでもないんだけど。
きっかり3時間後に部屋に戻った石田は、出来た曲も聴かずに加藤を連れて、駒場に住んでいた詩人のサトウハチローを訪ねた。
「イムジン河」のかわりに加藤和彦が作った「悲しくてやりきれない」の奥深さ|TAP the SONG|TAP the POP
1週間後にはサトウハチローの歌詞が出来上がってきた。試しにそれ歌ってみて、加藤は大いに驚かされたという。最初から詞があったかのように、一字一句も直すところがなく、メロディにぴたりとはまったのである。
生まれてからまもなく半世紀を迎える「悲しくてやりきれない」は、数多のシンガーに歌い継がれて、今では日本でも有数のスタンダード・ソングになっている。
「イムジン河」のかわりに加藤和彦が作った「悲しくてやりきれない」の奥深さ|TAP the SONG|TAP the POP





ところが、当日の記者会見の席上で同曲の出自に関する朝鮮半島の国家的な問題が浮上し、急きょ翌20日に自粛?で発売中止に…。