『煙草の自販機』
一年くらい前に、仕事が終わった後、煙草を切らしていたもんで、煙草の自販機を探していたんだよ。
もう夜中の2時でさ、クタクタなのに中々見つからなかった。
我慢すりゃあいいんだけど、仕事のことでイライラしていたし、眠いのもあってどうしても吸いたくてさw
車でキョロキョロしながら探してると、100mくらい先に自販機を発見した。
田舎道で真っ暗なんだけど、その自販機だけボーッと光っている感じ。
車から降りて自販機を見るとちゃんと販売してる。(外置きの自販機って夜中、販売規制してるよね?)
早速財布の中から300円出して、自販機に投入。ボタンを押したんだよ。
そうしたら、煙草の落ちる音がしたあと、自販機の電光表示に『ありがとうございました』って出た。
心の中で、どういたしましてって冗談で思った途端、自販機の電気が「パシッ!」って切れた。
うわ!なんだよ!ってびっくりしたよ。
だって灯りはその自販機しかないし、周りは何もない畑道だ。
危ねー。金呑まれなくてよかった・・と、煙草を取るためにしゃがもうとしたら、
自販機がいきなり再起動した。
蛍光灯がついて、なんか電光表示に起動メッセージが出た。
まあ、接触不良かななんて思いながら、電光表示をもう一度見てると、
そこには『あえああえあああああ』と表示されてた・・・
流石に怖くなって、慌てて煙草を取ろうと手を突っ込んだら、
今度は「グニッ」と柔らかい感触が!
慌てて手を引いて走り車に乗り込み、もう一度自販機を見たら、
煙草の取り出し口の蓋がガタガタ揺れていた。
急いで逃げたね。
もう煙草とか言ってる場合じゃなかった。
本当に死ぬかと思った。
翌日、その道を通ったら、道端に花が供えられているだけで自販機はなかった。
後日談。
その一週間後、会社に早朝出社したら、机の上に、
その自販機で買ったはずの、濡れてシワシワになった煙草(マル○ロ○イトメンソール)が置いてあった。
最初は驚いたけど、ひょっとしたらさ、何か俺に伝えたかったのかな・・なんて思ったら、
切なくなって花を供えに行った。
一緒に行った彼女は、
「きっと・・同じ煙草吸っていたんだよ。だからお話したかったんじゃないかな。○○と・・」
と言っていたが・・・
ごめんな。
俺はもうちょっとこっちにいたいんだ。
彼女との結婚も決まったし。
またそっちにいったら一服しながら語ろうぜ。
って手を合わせてきた。
『享年28歳 2006年1月』
そんな文字が目の前で滲んだ。
『日記帳』
私が15歳の1月。
受験を目の前にして、深夜から朝まで受験勉強をしていたとき、
机の上においてあった参考書が触ってないのに急に落ちた。
溜息をついてそれを拾いに机の下にもぐったとき、それが起こった。
1995年1月17日5時47分。
私の住んでいた地方は戦後最大の地震に襲われた。
ものすごい地響きといろんなものが壊れる音を机の下で聞いていた。
しばらくして揺れが収まり、机から這い出すと、
机の向かいにあった窓ガラスが椅子の背もたれに刺さり、机の上はガラスと倒れてきた本棚でぐちゃぐちゃだった。
わたしは拾った参考書をみて、驚いた。
参考書だと思っていた本は、祖父母に前日買ってもらったばかりの日記帳。
鍵付きで革張りの、ちょっと高価なものがクラスで流行っていて、
私も例に漏れず欲しくなり(今となってはどうして欲しかったのかもわからないけど)買ってもらったものだった。
「あれ?」と思って中を開くと、最初のページに、
『生きていることをただ感謝し、毎日を大事にせよ』と、僧侶だった祖父の達筆な言葉が書かれていた。
はっと我に返ったとき、母が血相を変えて私の部屋に来た。
机の下で丸まっている私を見て、無事な姿に大泣きしていた。
その2時間後。祖父母が地震で亡くなったと、叔父からやっと連絡があった。
ところが、亡くなっていたのは布団の上ではなく、二人とも本堂の仏さまの前だったと言う。
後から聴いた話で、祖父母は受験前の私のために、毎日朝5時半ごろから仏様に読経をしてくださっていたのだ。
あの日記帳を落としてくれたのは、祖父母だったのではないかと思えてなりません。
そのことがあって、私は受験高校を変更、現在は看護婦をしている。
生きていることを感謝し、毎日を大事にしたい。
日記という名の手紙を毎日日記帳につづり、祖父母に供えて手をあわせています。今年で8冊目。
『兄バカ』
俺には弟がいた。
7歳年下で、兄バカって言われるくらい可愛がってた。
弟も俺によく懐いてて、近所でも評判の仲の良さだった。
中学の修学旅行に行く朝、弟が行くなと言って泣き出した。
小学校の時もあったことなので、困ったなーと思いつつも、特別驚いたりはしなかった。
「俺が行ってる間、マイケル(犬)の世話頼むなー」とか言って宥めて、ようやく出発した。
一日目の夕方、弟に呼ばれた気がして振り返るが、いるわけがない。
俺も気にしすぎかなと思ってたんだけど、なんとなく心配になって、夜に宿舎の電話で家にかけた。
弟が出て、何もなかったかと聞くと、昼寝をしている時に俺の夢を見たと言った。
不思議だったけど、双子とか兄弟ってテレパシーのようなものがあるって聞くし、
それみたいなもんかななんて、ちょっと嬉しく感じていた。
二日目の夕方、レクリエーションでいろんな建物を見て回っている時、俺は友達とふざけてて道路に飛び出した。
といっても、そこは建物の敷地内で、滅多に車が通らない場所なので、かなり油断してたんだと思う。
クラクションに驚いて振り返ると、搬送用らしい大型トラックがかなり目の前まで迫ってた。
ア、っと思った瞬間、体が突き飛ばされたような感じがして、轢かれたー!と思って目を閉じた。
だけど実際は、危機一髪で歩道に戻っていて、擦り傷程度で済んでいた。
トラックのあんちゃんが慌てて降りてきて、「撥ねたかと思ったぞ!」とこっぴどく叱られた。
その夜、また家に電話をするとまた弟が出て、またまた俺の夢を見たと言ってきた。
事故のことは話してないのに、『どうろにとびだしたらいけないよ、はねられるとすごくいたいんだよ』なんて言うもんだから、
ほんとに俺たちには目に見えない絆があるんだな!と浮かれていた。
だが、翌日帰宅した俺を待っていたのは、病院のベッドに寝たきりになっている弟の姿だった。
母親の話によると、前日の夕方買い物から帰ってくると、弟が昼寝をしている部屋からうめき声が聞こえる。
何事かと思って覗きに行くと、弟が息も絶え絶えの様子。
何かの発作だろうかと、慌てて抱きかかえようとするが、身体に触れると異常に痛がる。
途方にくれて救急車を呼び、運び込まれた病院で検査してもらったら、結果は全身打撲。
だけど、うちはベッドじゃないから、落ちて身体を打つなんてことも無いし、そもそもそんなレベルじゃないらしい。
まるで車に撥ねられたかのような…
俺は、あの時助けてくれたのは弟なんだと直感した。
「俺のせいだからずっと付き添う!」と言って(当然誰も信じなかったが)、その日から泊り込みをはじめた。
翌日、身の回りのものを持ってきてもらおうと、家に電話をかけると弟が出た。
あれ?今病室にいるはずだよな、なんで?と思ってると、
すぐに母親の声に変わって、聞き間違いかーと、そのときはあまり気にしなかった。
電話を切って病室に戻ると、なにやら騒がしい。弟の容態が急変していた。
その日の夜、弟は息を引き取った。
俺はその後、数ヶ月悲しみに暮れ、
動物が飼い主の身代わりになるって話は良く聞くのに、
どうせならマイケルが身代わりになればよかったのになんて、かなり酷いことも考えていた。
高校に入って、俺は家にあまり帰らなくなった。
弟のことを思い出すのが嫌で、夜遊びばかりしていた。
ある日、いつものように遊び歩いていると家から電話が。
またかと思って、いつもなら無視するけど、そのときはなぜか出てみる気になった。
すると、聞こえてきたのは弟の声。
『おにいちゃんはやくかえってきて、ぼく、マイケルとあそんであげられないよ』
それだけ言って電話は切れてしまった。
俺が慌てて家に帰ると、母親が電話中だった。
俺に電話が掛かってきた時間も話していたと言う。
だけど履歴にはちゃんと『自宅』の表示が。
玄関から追いかけてきたマイケルが、じーっと俺の顔を見ていて、
その顔を見ているとむしょうに泣けてきて、俺はマイケルに謝りながら一晩中泣いていた。
今はそのマイケルもかなりじーさんになってしまったが、ちゃんと最後まで俺が面倒を見るつもりだ。
ただひとつ気になるのは、今も家に電話をかけると、時々最初に弟の声が聞こえることがあるということ。
嬉しいような、洒落にならないような。
『部屋の角に女がいる』
大学の時、入居していたアパートでの話。
そこは入学してから住み始めたのだが、
仲良くなった友人のの一人を部屋に呼んだ時、「部屋の角に女がいる」と言われた。
なんでも、そいつは霊感があるらしく、そういうことがわかるとのことだった。
ただ、霊能者のようなことは一切できず、
俺の部屋に居るという女についても、何でいるのかとか、いつからいるかとかは全く分からないと付け加えた。
俺はというと霊感など全く無く、入居してからも金縛りひとつ遭ったこともないので、初めは悪い冗談かと思ったが、
割とまじめな奴だったので、半信半疑ながらもどうすればいいか尋ねてみると、
「霊能者じゃないので、わかんないけど、何もないならこのままでいいんじゃない?」と無責任な返答だった。
「じゃ、悪霊じゃないっていこと?」
「うーん、たぶん…寂しそうだけど…」
姿は普通で、クラスやサークルにいてもおかしくないとも言った。
悪霊じゃないにしろ、霊が部屋にいるっていうのもいい気はしないので、あれこれハウツー的なことも聞いてみたが、
結局は「霊能者じゃないんで…」で逃げられた。
だったらそもそもこんな事言うなよとも思ったが、
ついでに「もしかして、可愛いとか…」と言うと、
「………うん、けっこう…」と返ってきたので、何も感じない俺としてはよしとすることにした。
そう言われた日から先も、ラップ音ひとつない静かなもので、
日常としても、ついてる日があれば酷い目に遭う日もあるといった、当たり前の時間が過ぎていったので、
俺自身、部屋の中に女の霊が居ることなどほとんど意識しなくなっていった。
友人との会話でも、このことはほぼ話題に出なくなっていった。
意識しなくなっていった結果、健康な男性としては当然なのだが、
最初は遠慮がちに見ていたH本やAVなども平気で見るようになった。
そんな生活が半年くらいたった時、体にひっかき傷が出来るということがたびたび続いた。
たいして痛みはなく、数日後には綺麗に治ってしまうのだが、
主に腕、たまに顔や足など、3~5センチくらいの新しい傷できるようになっていた。
たいてい洗面や風呂に入る際に発見する具合で、心当たりは全くなかったが、
しばらくしてあるひとつの法則に気付いた。
それは、AVを見た次の日にできるということだった。
もしや、彼女が…
まさかとは思ったが、見るAVもより刺激的なものに発展していたので、同年代の女の子なら完全に引くなと思った。
それで俺は例の友人に来てもらい、事情を話してみた。
「何度も言うが霊能者じゃないんで、真実はわからんけど、なんか表情が寂しさから怒りに変わってる」という感想だった。
えー、やはりAVが原因っすか!?と思ったが、AVは必須アイテム化していたので、深刻な悩みとなってしまった。
傷はいやだし、AVは見たい。そのうち、ひっかき傷ではすまなくなるかもしれない。
悩んだ俺が自分で出した答えは、霊にはAVを見せなければいいのではというものだった。
その工夫というわけではないが、
なるべく刺激しないように、鑑賞する時はテレビにシーツをかぶせ、イヤホンで聴くという方法をとるようにしてみた。
ビンゴかどうかわからないが、とりあえずそれ以降全く傷はつかなくなった!
そんなことがありながら無事1年以上過ぎたある日、バイトが忙しく激疲れな時にレポートが重なるという事態に陥った。
その日ようやくレポートの目処がつき、ベッドに入れたのはかなりの深夜となった。当然すぐに爆睡に突入した。
そこからの時間は全く覚えていないのだが、突然頭の中に『起きて!』という声がこだました。
ビクッ!となり目を覚ましたものの、何、今の夢?って感じで横になったままでいると、
さっきと同じ感じで今度は『早く!』と声が響いた。(聞こえたではなく、脳に直接伝えられた感じ)
「わあ!!」
さすがに驚き上体を起こすと、なんとなく視界に白くモヤがかかっているように思えた。
あれっと思いながら目をこすると、月の薄明かりが入る部屋は本当に白かった。
煙!あわてて何ももたず玄関から外に飛び出してみると、アパート入り口横のゴミ置き場が濛々と火を上げていた。
俺の部屋はその道路に面した端だったので、もろに煙りが入り込んできたようだった。
それからはパニック状態ながら、夢中で全部屋をノックしたり119番呼んだりしたが、
消火活動までは出来ず、ゴミ置き場からアパートに一部延焼してしまった。
現場検証の結果は放火と見られたが、とりあえず怪我人がでなかったことが幸いだった。
ようやく消火が終わり部屋に戻ると、
部屋の中も消火の水が一部浸水しており、フローリングの床がびちゃびちゃになっていた。
改めて事の重大さを感じた俺は、あの声のことを思い出した。
もしや、助けてくれた?
俺は部屋の隅っこに向かって、「声をかけてくれて本当にありがとう」と声に出して言ってみた。
部屋はシーンと静まりかえり、何の気配もなかった。
ひどい目に遭ったが、たいした家財道具もないし、まあ無事でよかったかなと冷静になると、レポートのことを思い出した!
あんだけ苦労したレポートもオシャカか!?
「えっ?」
レポートは書き終えた机の上に、全く濡れず残っていた。
もちろん、偶然水がかからなかったのだろうが、すぐ横の筆記具などはびちゃびちゃになっており不自然だった。
これも彼女?
命ばかりかレポートまでもと感動した俺は、部屋中360度まわりながら、「ありがとう!ありがとう!」と繰り返した。
もちろん何も起きなかったが、俺は泣きそうだった。
そして、たまたま全く水がこなかったコーナーに配置したラックから着替えをとろうした時、再び驚愕させられてしまった!
全く水がないはずのその場所に置いておいたH本、AVコレクションが、全てびちゃびちゃになっていたのだった!
『マヨラー』
いままで誰にいっても信じてもらえなかった話だけど、
俺は同い年(当時27歳)の親父と話をしたことがある。
親父は俺が4歳の時に死んだけど。
俺が東京から実家に帰る途中の田舎の駅で乗り継ぎを待ってると、隣に座る同い年ぐらいの作業服を着た青年。
誰もいない夜の駅で気持ち悪かったのもあって、くだらないことを話した。
お互い『マヨラー』で、意気投合した。
同い年だった。
「俺は病気なのに子供作って大変なんだ」とも言ってた。
色んなことを話し、俺の仕事を言うとニヤっとして、「すごいなぁ・・・」と嬉しそうに言ってた。
そして「そうか・・・良かった。立派な大人なんだな○○も」と、言ってなかった俺の名前。
「何で知ってんだ?」と聞くと、
「忘れるもんか。俺がつけた名前だ。俺の名前は○○。お前の親父だよ」と言って、電車が来るのと同時に消えた。
実家に帰るとたまたま親父の命日らしく、お袋が親父が好きだったほうれん草のマヨネーズあえを供えてた。
そういえば、「マヨネーズとほうれん草がうまい」と言ってた。
本当に好きだったんだ・・・
『変な形の染み』
半年位前のことなんだが。
今のアパートは所謂『出る』という噂のあるワケアリ物件。
だが私は自他共に認める0感体質、恐怖より破格の家賃に惹かれて一年前に入居した。
で、この部屋の台所の壁の一角に、変な形の染みがあった。
人間を逆さまに吊るしたような形で、0感の私もこれは流石に気味が悪く、
好きなアーティストのどでかいポスター(畳一畳分くらいある)を貼って隠すことにした。
しかしこのポスターが、金曜日の深夜0~1時頃になると必ず左上がペロンと剥がれるんだ。
何度画鋲を刺す場所を変えても、両面テープと画鋲を併用しても、
金曜日の深夜0~1時頃になると必ず剥がれる。
そして剥がれてから小一時間くらいの間、怪音(ラップ音?)が鳴り始め、
台所の食器棚の引き出しが勝手に開いたり、棚の奥に入れてあるお椀とかが床に落ちる、という怪現象が起こる。
本当に毎週金曜日の夜に必ず起こるので、怖くなって『見える』という友人に見てもらったことがある。
そしたら、「年配の男の人の霊がいる」と言われた。
ところがここが0感体質の凄さと言うのか、最初こそ怖かったが私はだんだん慣れてきて、
金曜日の深夜になる度に「あー、今日もおっちゃん来るかなーw」と、怪現象を楽しむようになっていた。
で、件の半年前。その日は恒例の金曜日だった。
私は在宅の仕事をしている。
その夜も仕事が一段落し、ちょっと休憩するかーと背伸びをした瞬間、腰にビシィ!!!と凄まじい激痛が走った。
床に倒れこみ、あまりの痛みに立つことが出来ず、机の上の携帯を取ることさえ出来ない。
その内激痛で身動きすら出来なくなり、声も出せず正に瀕死の状態に。
どうしようどうしようとパニクっていたら、外で救急車の音が聞こえ、玄関を開けて救急隊の人が駆け込んできた。
そして私は病院へ運ばれた。診察の結果、椎間板ヘルニアだと判った。
搬送中はとても話が出来る状態ではなく、落ち着いてから救急隊の方に事情を聞かれた。
「お父さんと同居されているんですか?」と尋ねられたので、「いえ、私は一人暮らしです」と答えた。
そしたら隊員の方は(゚д゚)?な顔で、
「おかしいですね、確か年配の男性の声で、119番通報があったんですけど…」と首をかしげた。
更に聞いたら、玄関は鍵もチェーンも掛かっていなかったと。
いや、その日は仕事の打ち合わせから帰宅した後、間違いなく鍵とチェーンを掛けた。
その後外出していないし、お手洗いに立ったときも確かに掛かっているのを見ている。
2ヶ月の入院の後、退院して部屋に戻った。
やはりポスターは左上が剥がれていた。
私はカップ酒を買ってきて、おつまみと共にその壁の前に供えた。
そして「おっちゃん、ありがとうな。おかげで助かったわ」と言って、手を合わせた。
以後、怪現象は一切起こらなくなり、ポスターが剥がれることもなくなった。
一度ポスターを外してみたら、人の形の染みは薄くなっていて、今ではほぼ消えてしまった。
おっちゃんが誰だったのかは遂にわからなかったけど、今も感謝している。
『飛行機の整備士』
ちょっと前の話。
俺のじいちゃんは昔、パイロットだった。
若い頃のじいちゃんの写真は、白のマフラー巻いてカッコつけてて、でも本当に格好よかった。
俺もじいちゃんみたいになりたくて、戦闘機乗りになりたかったけど、適性が無くて結局は整備員になってしまった。
それで腐ってた俺にじいちゃんは、
「整備員はパイロットの命を預かってるんだからな、しっかりやれよ」と励ましてくれた。
そんなじいちゃんも亡くなり、俺が初めて整備担当の飛行機を持ったとき、俺が整備した飛行機が空中で故障した。
パイロットから『コントロールが効かない』との連絡が入って、緊急着陸することになった。
でも、着陸は一番難しい操作なので、大丈夫かと心配していたが、案外すんなりと着陸した。
飛行機を収容して不良箇所を探したが、異常なところは無く首を捻っていると、パイロットが来て言った。
「操縦が効かないって言った後に、俺の隣に人がいたんだ。
お前に良く似て、パイロットみたいな格好してて、白のマフラー巻いてた。
その人が『大丈夫、ワシの孫の整備した飛行機じゃ。必ず無事に降りる』って言うんだよ」
それを聞いて、俺は持ち歩いてるじいちゃんの写真を見せたら、
「ああ、この人。お前、いい御祖父さんもったな」って言ってくれた。
それから、「あいつの整備した飛行機は落ちない」みたいな話になった。
パイロットからの信頼も得ることが出来た。
お陰で今も整備士やってます。
『鈴の音』
小学生の頃大好きだったばーちゃんが死んだ。
不思議と涙は出なかったのだけど、ばーちゃんが居ない部屋は何故か妙に広く感じて、静かだった。
火葬が済んだ後、俺は変な気配を感じるようになった。
テレビを見てるとき、トイレに行く途中の廊下、誰かが俺を見ているようだった。
なんとなく「ばーちゃんだな」と思ったけれど、そのときは別に気に止めなかった。
次の日、眠りにつこうと布団に入りウトウトしていると、突然金縛りにあった。
金縛りは初めてだったので、かなりビックリしていると、
ドアの方から鈴の音が聞こえてきて、だんだんこっちの方に音か近付いてくる。
目を開けるのが怖かったので頑なに目を閉じていたけれど、目の奥にばーちゃんの姿が見えた。
馬鹿な俺はそのときパニック状態になり、
何故可愛がってくれた俺をこんな怖い目に遭わせるんだ、と心の中でばーちゃんをけなし続けた。
すると目の奥のばーちゃんは少し悲しそうな顔をして、鈴の音が小さくなると共に消えていった。
金縛りが解けた後は、怖かったので布団に潜り眠った。
次の日の朝、なんとなくばーちゃんの部屋に入り、一緒に折った折り紙の鶴などを眺めていた。
昨日の出来事を思い出したりして、ばーちゃんは何がしたかったのだろう等考えていたら、
とっさにある事を思い出した。
あの鈴の音。
ばーちゃんの財布に付いていた、猫と鈴の付いたヒモ。
俺はとっさにタンスを開けて、ばーちゃんの財布を取り出した。
財布の中には、少しのお金と封筒。
その封筒を開けてみると、便せんに癖のある字でこう書かれていた。
『甘いものばかり食べていると虫歯になるから控えなさいね。
テレビゲームのやりすぎもほどほどに。
おばあちゃんいつもお前の事を心配して見守っているからね。
少しだけどこのお金で何か買いなさい。』
昔の千円札が一枚入っていた。
あのときばーちゃんは、これを渡したくて俺の部屋に来たのだろうか。
そんな事も知らずにばーちゃんを貶した自分。
あのときの悲しそうな顔をしたばーちゃん。
俺はばーちゃんが死んでからはじめて泣いた。
『男が涙を見せるとき』
誰が言ったか忘れたが、男が涙をみせていいのは、財布を落とした時と母親が死んだ時だけだそうだ。
そんなわけで、人前ではほとんど泣いたことのない俺が生涯で一番泣いたのは、お袋が死んだ時だった。
お袋は元々ちょっとアタマが弱くて、よく家族を困らせていた。
思春期の俺は、普通とは違う母親がむかついて邪険に扱っていた。
非道いとは自分なりに認めてはいたが、生理的に許せなかった。
高校を出て家を離れた俺は、そんな母親の顔を見ないで大人になった。
その間実家に帰ったのは3年に1回程度だった。
俺も30を越え、いっぱしの家庭を持つようになったある日、お袋が危篤だと聞き急いで駆けつけた。
意識が朦朧として、長患いのため痩せ衰えた母親を見ても、幼少期の悪い印象が強くあまり悲しみも感じなかった。
そんな母親が臨終の際言った。
「ダメなおかあさんでごめんね」
精神薄弱のお袋の口から出るには、あまりにも現実離れした言葉だった。
「うそだろ?いまさらそんなこといわないでくれよ!」
間もなくお袋は逝った。
その後葬式の手配やらなんやらで不眠不休で動き回り、お袋が逝ってから丸一日過ぎた真夜中のこと。
家族全員でお袋の私物を整理していた折、一枚の写真が出てきた。
かなり色褪せた何十年も前の家族の写真。みな笑っている。
裏には下手な字(お袋は字が下手だった)で家族の名前と当時の年齢が書いてある。
それを見た途端、なぜだか泣けてきた。それも大きな嗚咽交じりに。
30過ぎの男がおえっおえっ泣いてる姿はとても見苦しい。自制しようとした。
でも止めど無く涙が出てきた。どうしようもなく涙が出てきた。
俺は救いようがない親不孝ものだ。格好なんて気にすべきじゃなかった。
やり直せるならやり直したい。でもお袋はもういない。
後悔先に立たず、とはまさにこれのことだったんだ。
その時妹の声がした。
「お母さん、笑ってる!」
皆布団に横たわる母親に注目した。
決して安らかな死に顔ではなかったはずなのに、表情が落ち着いている。
うっすら笑みを浮かべているようにさえ見える。
「みんな悲しいってよ、お袋…。一人じゃないんだよ…」
気がつくと、そこにいた家族全員が泣いていた。
…あれから私は、ことあるごとに両親は大切にしろと皆に言っています。
これを読んだ皆さんも、ご健在であるならばぜひご両親を大切にして下さい。
でないと私のように親不孝の咎で地獄行き決定になってしまいますよ。
『二人だけの空間』
俺はじいちゃんが大好きだった。
初孫だったこともあって、じいちゃんもすげぇ俺を大事にしてくれた。
俺はあまりおねだりが得意な方じゃなかったけど、
いろんなもの買ってくれたり、虫捕りやら泳ぎ方やらいろんなこと教えてくれたり、
デパート、遊園地…いろんな場所に連れてってくれた。
近くに大きな運動公園が出来るって時、
俺と来るのが楽しみで仕方無いのか、まだ建設中のサラ地にも関わらず連れてってくれるぐらいw
でも、その運動公園が完成しても、じいちゃんが連れてってくれることはなかった。
俺が小学4年…かな?ある夏、突然死んでしまった。
完璧主義で我慢しいだったから、身体がよくないのみんなに隠してたみたい。
遂に倒れてしまった時、もう手遅れだったんだって。
かっこよくて何でも出来て世界一のじいちゃんが死ぬわけないって思ってたから、葬式の時も実感なくて、
寺までの道を一人で迷ったりしてへらへら笑ってた。
でも、家帰って一人になってから、突然糸が切れた様に大泣きしちゃったんだけどねw
まぁそんなこんなで、じいちゃんの居ない日々をぼんやりと過ごしていた俺。
色々やることがあって自分だけでいっぱいいっぱい…だけど急に思い出すんだよね…じいちゃんのこと。
ある日、お盆だからじいちゃんの話を家族とした時かな。
じいちゃんを思い出して、葬式の日以来の大泣きをした。
剣道始めたこと、絵のコンクールで入賞したこと、中学、高校無事に進学したこと…全部全部、
じいちゃんに報告したかった。じいちゃんに喜んで欲しかった。
それが悔しくて悲しくて、泣いた。
そしたらさ…泣き疲れて眠って見た夢。
俺は夢を見る時って、大体行ったことのある景色が中心なんだけど、
何か覚えのない、美術館の様な白い空間にいた。
ぼーっと突っ立つ俺。すると遠くから人が歩いて来た。
…逢いに来てくれたんだ、じいちゃんが、俺に。
思い出の夢とか、じいちゃんが生きていたら…って夢ならよく見てた。
みんなもそんな経験多いだろうけど。まぁそれが夢だもんな。
でもさ、違うんだ、その時は。
確かに夢なんだけど、俺はじいちゃんが死んでしまったって分かってる。そのことで大泣きして寝たことも覚えてる。
じいちゃんも、自分が死んでること自覚してる。
本当に夢の中にじいちゃんが逢いに来てくれてんだよ。
…まぁそのことについて確信持ったのは、もっともっと後のことなんだけどさ。
「○○(俺)!」
厳格なじいちゃんが俺の前でだけ(うぬぼれかな?)見せてくれる笑顔で俺を呼んだ。
涙出そうだったけどぐっと我慢して、駆け寄ったよ。
「元気か?」
「うん」
とか、本当他愛も無い会話交わしてさ、その空間を二人で歩いてた。手を繋いでた様な覚えがあるな。
そしたら、いつの間にか水族館(?)に着いたんだ。
よくあるだろ?ガラスのトンネルになってるやつ。あれ。そこに二人で入っていったんだ。
俺は嬉しくて、きょろきょろ見回してた。それをじいちゃんも嬉しそうに見ててくれてた。
それからも本当に夢中になって、
何かを見つけたのか、ふとじいちゃんの方を振り返った。
そしたらじいちゃん、もう居なかった。
必死で探した。もう大泣きだよ。だけど時間切れ。
覚める…と言うより、別の空間から戻された様な感覚がして目を開けた。
もちろん、涙ぼろっぼろだったw
でまぁそん時は、不思議な夢だったな程度。
さっきも言ったけど、逢いに来たんだって確信したのはもっと後。
というのは、次の年の盆、またあの空間に俺は居たんだ。
そこで初めて俺は、「あぁこれは、じいちゃんが夢を使って俺に逢いに来てくれてるんだな」と実感したんだ。
今度は、二人でその白い空間をずっと歩いてるだけだった。
離さない様にぎゅっと手を握って、視線もじいちゃんから外さなかった。
またいつの間にか居なくなっちゃったら嫌だからねw
でもな、やっぱ時間切れは来た。戻される感覚が近くなってくる。
俺はじいちゃんと固く握手して、「また逢いに来てね」と精一杯笑った。
じいちゃんが何を言ったか分からなかったけど、頷いてくれてたと思う。
あいまいなのは、刹那、眩しくて目を閉じてしまったから。
目を開けると、じいちゃんは居なかった。
俺は自分から現実の世界に戻った。
それからもじいちゃんは、盆になったら俺に逢いに来てくれる。
いや、結局思い込みじゃね?と言われるかもだが…本当違うんだよ、あれは。
あ、そのじいちゃんは母方の祖父なんだけど、母方の親戚には霊感あるって人多いんだ。
で、そんなばあちゃんとおじちゃん(長男)も、盆に必ずじいちゃんに逢ってるんだと。
夜目を開けたらじいちゃんが立ってて、毎回何か一言言って消えるらしい。
とまぁこういう話もあって、我が家ではみんな信じてるんだな。
ちなみに、なぜ最初は水族館に行ったのか、後から謎が解けた。
じいちゃんが死んでからだけど、親戚が住んでる大阪にデカい水族館出来てさ。
じいちゃんと行きたかったなーって思ってたんだよね。
それをじいちゃんが叶えてくれようとしたんじゃないかな。
俺は実際そこに行ったのに、夢では全然違う水族館だったから、
多分、じいちゃんが俺のために用意してくれた、俺達だけの水族館。
もっとよく見とけば良かったなぁなんて思ってる。
そんなこと言ってたら今年は水族館デートかなwなんてねww















