【ウクライナ情勢】ベルリンの壁・ソ連崩壊以来の大変動 ロシア クリミア半島介入へ

dyukuyoshi
ベルリンの壁の崩壊やソ連崩壊に匹敵するインパクトをもたらすと言われる激動のウクライナ情勢をまとめています。

■東西分裂かユーロ加盟か ウクライナ政変で揺れる欧州とロシア

シナリオ其の1は、ウクライナが東西に割れることだ。この国は歴史的、経済的に親露の東、南部と、親欧州の中、西部に分かれているからである。ユーゴスラビアやチェコスロバキアの分裂に似た展開をたどるかもしれない。

其の2は、ウクライナ全体が欧州寄りの道を歩んで、まずは欧州連合(EU)の一員となり、最終的には北大西洋条約機構(NATO)にも加わることだ。
【正論】「ベルリンの壁」以来の大変動だ 北海道大学名誉教授・木村汎+(4/4ページ) – MSN産経ニュース

欧州とロシアの綱引きで緊張感が高まっている影響を最も受けているのがウクライナ南部で自治権を持つクリミナ半島です。現在もロシアの黒海艦隊(Black Sea Fleet)の駐留基地があることから、戦略上の重要性を保ってきたものの、 黒海艦隊は、ソ連崩壊後にウクライナがその一部の所有権を主張したため、ウクライナ・ロシア両政府の対立の火種となっていました。

クリミア半島の自治共和国の情勢が次の焦点へ

面積約2万7000平方キロのクリミアは、ウクライナで唯一ロシア系住民が大半を占める地域。現在の人口200万人のうち、イスラム系のタタール人は12%。
ウクライナ語とロシア語、東方正教会とイスラムなど政治だけではなく文化・宗教など多岐にわたる紛争の火種がある

クリミア自治共和国は多数派のロシア系住民がロシア編入を求める声を強めており、先住のタタール系住民との衝突も起きている。ロシアによる軍事介入の可能性もはらんで緊迫するクリミア情勢が、政変後の新たな焦点

クリミア自治共和国の首都シンフェロポリでは、大勢の住民がロシアの国旗を手に取り、ロシアへの復帰を求めて連日デモを行っている。いまやクリミアは、ウクライナ新体制に反対する人々にとって「最後の砦」となっている。

「キエフのクーデターで発足したのはナチズムの非合法政権だ。その権力がクリミアに及ぶことは許さない」
「われわれの権利を守り、秩序をもたらしてくれるのはロシアとプーチン大統領だけだ」

ウクライナ新政府「ロシア軍がクリミアに侵攻」

武装集団が、ウクライナ南部クリミア自治共和国のセバストポリ空港とクリミア空港を占拠。前日にも同じ武装集団と見える一団に政府庁舎と議会が占拠。
新たに構成されたウクライナ政府は「ロシア軍が侵攻した」と主張。クリミア半島の政局が混沌に突き進んでいる。 旧ソ連を構成していた共和国が、1991年の独立以後のみならず、過去数十年間で最も危険な状態

ウクライナのアバコフ内相代行は28日、ロシアの兵士がウクライナの親ロシア地域であるクリミアの2つの主要空港を占拠したと明らかにした。

ウクライナ上空を、クリミア南部に向けて飛ぶ、ロシア軍武装ヘリの大群

ウクライナ南部クリミアで28日、武装集団が2つの空港を掌握した。ウクライナ政府は、これがロシア軍による侵略行為だと批判、緊張が高まった。

■ウクライナ情勢の背景 親ロシアと新欧州の東西の地理的な力学

、東半分はロシアの影響力が強く、ロシア語をしゃべる国民の多い重工業地帯。西半分はウクライナ語が使われ、欧州寄りの穀倉地帯
親ロシア派vs親欧派ウクライナの反政府デモの背景 (CREA WEB) – Yahoo!ニュース

ウクライナの対立の歴史的背景として、国土を二分するドニエプル川を挟んで東西ウクライナの政治的対立があり、西側は欧米寄り、東側はロシア寄りの姿勢を取る。毎回の大統領選挙で真っ二つに票が割れる傾向がある。
西部は、ポーランドの一部、ハプスブルク帝国の一部になるなど地理的に欧州より。東部はロシア帝国の一部であったことなどの歴史、民族的な背景がある。

ロシアか、それともユーロか 「オレンジ革命の構図再現」

ヨーロッパとロシアに挟まれたウクライナが将来的な選択として、ヨーロッパ連合の枠組みの中に加わるのか、それともエネルギーで依存しているロシアとの関係を重要視するのかと言う二者択一を迫られた事件
オレンジ革命 – Wikipedia

ティモシェンコ元首相(親欧州) VS ヤヌコビッチ前大統領(親露)

2004年大統領選挙の選挙結果。
オレンジがユシチェンコ・ティモシェンコ陣営(親欧州)の支持
青がヤヌコビッチ支持(親ロシア)。北西部ほどユシチェンコ支持が鮮明であり、南東部ではヤヌコーヴィチ支持が鮮明になる

ユーリヤ・ティモシェンコ
ヤヌコビッチ前大統領の最大の政敵とされる。出身民族はラトビア系ロシア人(非ウクライナ人)。アルメニア系ユダヤ人との説もある。
オレンジ革命後の2005年に首相就任
2010年の大統領選挙でヤヌコビッチ氏と決選投票で敗北
2011年キエフの地区裁判所は職権乱用を認定、禁錮7年と賠償を命ずる判決
ウクライナ政変が起こった2013年10月に事実上釈放、大統領選の出馬意向を固めた

ロシアにウクライナ新政権への強硬路線呼びかけも軍事支援は要請しないと言明。

「プーチン大統領の性格は承知しているため、現時点でまだ何も見解を示していないことに驚いている。ウクライナほどの緊密な関係にある国の運命に対し、ロシアが無関心な傍観者でいられるはずはない」
「ロシアはあらゆる手段を通して、ウクライナが陥っている混乱と恐怖に終止符を打つ必要がある」

ロシア アメリカ ユーロ 各国の反応

プーチン大統領「以前から計画されていた軍事演習」 ロシアのプーチン大統領は、ウクライナのクリミア自治共和国でのロシア軍の動きについて、「以前から計画されていた軍事演習だ」

すごくわかりやすいです。
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https://matome.naver.jp/odai/2139365360062547401
2014年03月03日