最近のF1は「スポンサー料」次第でレース参戦が左右される時代に
その後、新オーナーが見つかったものの、チームは資金難に陥り、スポンサーを持ち込める日本国内のレースで活躍するアンドレ・ロッテラー選手を小林可夢偉の代わりにベルギーGPで起用。
ケータハムだけではない。F1にはこんなに愛すべき(?)迷チームが存在していた
2006年にレッドブルに売却され、「トロロッソ」と名前を変えてチームは存続。
そのトロロッソでは若き才能・セバスチャン=ベッテルが駆るマシンがチームの本拠地イタリアGPで優勝する快挙を成し遂げる。
参戦最終年度となった1991年は強烈な資金不足に陥る。
・食事がマクドナルド
・ピットクルーが9人(タイヤ交換は各車輪1名+前後2名=6名必要。残った3人で何ができる?)
今はクラシックF1マシンを集めて実乗車体験が出来るサービスを運営している。
1992年で参戦終了。
最終年度は女性ドライバーであるジョバンナ・アマティを参戦させるなどなりふり構わずスポンサー集めに走ったが成果は見込めず撤退の憂き目に。
1994年には無限ホンダエンジンを搭載して再起を図ったがそれが資金難に拍車を掛けて撤退の憂き目に。
残されたマシンとチーム、それにエンジンを活用するために1992年にF1参戦。1年も持たずに資金難で参戦取りやめに。
エアロダイナミクスの天才・エイドリアン=ニューウェイが若き頃所属していたチームであり、1988年や1990年のマシンはあのマクラーレン・ホンダを追い掛け回すほどの性能を持っていた。
1993年に赤木オーナーが逮捕され、資金難になるとなんとかスポンサーをかき集めて参戦していたが、その年末にチーム解散。
しかし、翌年プジョーへのエンジン契約切り替えが決まると、内緒でホンダエンジンをプジョー関係使者に魅せたり、ホンダのドライバーでもあった中野信治への風当たりを強め、途中でドライバーシートをはく奪するかのような姿勢を見せ、日本人ファンは幻滅。
そのような場当たり的な対応が、やがて多くのエンジンメーカーやスポンサーの撤退を招き、2001年末でチームは破産。
なんと、そのていたらくがスポンサーの機嫌を損ね、その1戦のみでスポンサーが下りてしまうことに。
資金が無くなったチームはその1戦のみで撤退、参戦のために重ねていた借財を支払うために、なんとローラ本体までも倒産してしまうという結末に。
しかし、資金難のためにエンジンも開発できず、結果も出せないという悪循環に。
挙句の果てには、自社製エンジン「W12」をあきらめ、隣のチームの中古エンジンを貰い受けて参戦を継続する始末。
もちろん、1990年年度途中で撤退。
参戦初年度の1989年は3位表彰台を1回獲得するなど、かなりの実力を秘めたチームだった。
しかし、オーナーが詐欺事件で捕まると、一気に資金不足になり、1990年途中で撤退。チームの実力はあったのに、残念。
資金難に陥っていたことから、日本グランプリに参戦するときに「1口2万円」のスポンサーをつのり、マシンに出資者の氏名を印刷し、まるで「耳なし芳一」のようなマシンで出走したが、もちろん予選不通過。
その後F1を撤退したが、GP2などの別カテゴリーのレースでは常勝チームとして君臨している。
もちろん、チームとしての実力は皆無に等しく、同じ金を出すならいいチームにしようと、ディニスはスポンサーを連れて別チームに移籍。残されたフォルティチームは翌1996年もF1参戦を継続したが、資金難になり、新規出資者には騙され、結局年度途中で撤退。
左の写真は、1996年仕様で、ほんの一瞬しか見られなかったカラーリング。
しかし、資金の使い方がとにかくおかしかった。エンジンやマシンの開発にはお金を使わず、キャンペーンガールやパーティーなどにはかなりの費用を使った。
もちろん資金は無尽蔵ではない。2人のドライバーのうち、1名をわざと予選落ちにさせて経費を節約させようとするような姑息な手段を繰り返し、その結果このチームはF1から「追放」された。
そう、撤退でも破産でもなく、「追放」された唯一のチーム。
小林可夢偉は、いいマシンさえあれば、成績を残すことができるドライバー
母国での凱旋レースすらする機会を与えられないのは、可夢偉自身も望んでいないだろう。
もはや、ビックチームであってもスポンサーの有無で成績が左右される
ちなみに「麻衣」の正体は・・・
ケータハム、小林可夢偉ファン?の新スポンサー “We LOVE 麻衣” 【 F1-Gate.com 】
かつてF1チームのスポンサーを務めたこともある日本企業が「シークレット」で出資
ケータハムF1新スポンサー「麻衣」さんの真相が判明、有名企業関係者による匿名スポンサー│F1情報通
小林可夢偉ファンの娘「麻衣」さんの求めに応じ、匿名を条件に父親の経営する企業が出資した
小林可夢偉が、このままF1に参戦し続けるには?
2015年にF1復帰を果たすホンダは、マクラーレンに子飼いドライバーを送り込むのか。
※小林可夢偉は、どちらかと言えば「トヨタ系」ドライバー
同様に、鈴木亜久里だと東芝、片山右京だとJTと言ったように、日本人ドライバーは何らかのビックスポンサーと密接な関わりを持っていた
バブル期には、多くの日本企業がF1のスポンサーを務めていた
バブル期の主なスポンサー
しかし、2014年現在で残っているのは機器提供・技術提供などを行うKENWOOD、NGKぐらいのもの
F1が「ブーム」で終わってしまった1994年以降、日本企業のスポンサー参画は減少している
F1ブーム – Wikipedia
1994年5月にアイルトン・セナが事故死してから、日本におけるF1人気も下火に
F1チームを購入していた日本企業も倒産の憂き目にあう
フットワークインターナショナル – Wikipedia
前述したレイトンハウスも倒産。鈴木亜久里が所属していたフットワーク(日本企業である物流企業・フットワークが所有)も、フットワークの業績悪化でチームを手放す。その後フットワーク自体も会社更生法適用により事実上倒産。
ここで、日本人ドライバーとして稀有なF1ライフを過ごした男のことを紹介しよう
その際には、ユニマットなどの日本企業をスポンサーとして携えていた。
しかし、井上隆智穂がすごいのは、ここから。
その後、自らのスポンサーがトラブルにより資金援助を止めてしまうと、F1を未練もなく去る。
その後、F3000チームなどを経営するオーナーとなり、ヨーロッパで実業家とレーシングチームオーナーと言う二足のわらじを履いて活動することに
そしてタキ・イノウエは今日もさまざまな「裏の裏」情報を呟いている
Taki Inoue(@takiinoue)さん | Twitter
なんだか楽しい。いやほんとに。
もうF1では新規参戦チームが活躍することは無理なのだろうか。
写真のRBSも2013年にはチームスポンサーを降りてしまっている。
























2014年は弱小チーム、ケータハムにシートを獲得して2年ぶりのF1参戦となった。