大ケガアクシデントも仕事強行
生誕80年、芸能生活60年を祝う会に登場。なんと開演前にホテルの玄関で足がもつれて転倒し、額の右側を30針も縫う大けがを負うも顔の右半分が絆創膏だらけという凄まじい姿で、「お客様がいる限り張ってでも行く」と祝う会を強行する強靭なプロ意識を見せていた。
梅宮辰夫さん死去 壮絶なまでのプロ意識、昭和の大スター(THE PAGE) – Yahoo!ニュース
夜の帝王伝説
「梅宮の辰ちゃんは、熊本でいきなりブチュ〜ッてキスをされたのが最初。さすが夜の帝王よ(笑い)。性転換した後なんか、“処女を俺にくれ!”って何度も電話で言われました。でもね、人さまの旦那様だから、さすがに私も遠慮してやったわ。…
https://woman.excite.co.jp/article/lifestyle/rid_JPrime_3446/
昔、発禁ソングを歌っていた伝説
1970年に発売した『シンボルロック』である。
『シンボルロック』の“シンボル”とはいわゆる「男のシンボル」。つまりは男性器についての歌であり、当時の民放連における「要注意歌謡曲指定制度」(「放送禁止歌」)に抵触する歌として、ラジオやテレビでも流れる機会がほとんどなかった曲だった。
【芸能豪快伝説】梅宮辰夫さん、その昔発禁ソングを歌っていた! | ATLAS
“パジャマで銀座に行くとお店に着替えがあった”伝説
梅宮の「パジャマで銀座に行ったらお店に着替えが置いてある」という伝説について伊集院がたずねると、梅宮は「ある程度オーバーですけど、ある程度事実ですね。やっぱり一晩でも銀座にでないと、なんとなく寝付きが悪いと言うか」と肯定。
梅宮辰夫と山城新伍が性病を一緒にうつされた?!伝説

https://matome.naver.jp/odai/2157612959375605701/2157613109076363603
梅宮辰夫と山城新伍の破天荒な夜遊びぶりは、こんなエピソードも生んでいます。デビューを控えた新人女優に芸名をつけてあげた梅宮辰夫。何かお礼をしたいと言われ、間髪入れずに「1回やらせてくれ!」と言ったそうです。その後、梅宮辰夫は、性病を患ってしまいます。
すると、山城新伍も同時期に性病に。梅宮辰夫の話をどこかで聞きつけた山城新伍は、その新人女優に「あの芸名は俺と梅宮で考えたんだよ」と言って、「お礼」をいただいたとか。梅宮辰夫は当時を振り返って、「(俺の若い頃は)女、酒、金、車しか考えてなかった」と語っていますから、実際、2人の破天荒ぶりは相当なものだったのでしょう。
梅宮辰夫と山城新伍の友情、性病秘話!若い頃が破天荒すぎ!
夫人のクラウディアさんを口説くために、菅原文太を連れて行った伝説
故・菅原文太との逸話を披露。夫人のクラウディアさんを口説くために、当時クラウディアさんが働いていた銀座のクラブを訪れたかったが一人では行きづらかったため、菅原についてきてもらって誘ったと明かしている。「あのとき文ちゃんが一緒に行ってくれなかったら、女房にはなってなかったかもしれないね」と懐かしそうに語ったのが印象的だった。
がん大手術の梅宮辰夫が披露した菅原文太とのスゴすぎる逸話とは!? | アサ芸プラス





