溜池
僕の近所の溜池には人柱の伝説があって、
犠牲になった乙女をマツっている神社まであります。
これってほんとなんでしょうか?
人柱なんてほんとにあったのか疑問です。
溜池にはそういったなんらかの伝説がくっついてる場合が
よくあると聞いたこともありますが。
誰か人柱について詳しい人教えてください。
民話には沢山あるよね
有名なのは
「雉子も鳴かずば撃たれまい」っていうのがありますね。
長柄の人柱伝説だね。
「物いわじ 父は長柄の人柱 鳴かずば雉も 射られざらまし」
長柄橋の人柱に関しては、以下の伝説が残っている。
推古天皇の時代(飛鳥時代)、古代の長柄橋の架橋は難工事で、人柱を捧げなければならないという状況になった。そのことを垂水(現在の吹田市付近にあたる)の長者・巌氏(いわうじ)に相談したところ、巌氏は「褌(はかま)に継ぎのある人を人柱にしなさい」と答えた。しかし皮肉にも、巌氏自身が継ぎのある褌(はかま)をはいていたため、巌氏が人柱になった。
巌氏の娘は北河内に嫁いだが、父親が人柱になったショックで口をきくことができなくなったため実家に帰されることになった。夫とともに故郷に向かっている途中、1羽の雉が声を上げて飛び立ったので、夫は雉を射止めた。その様子を見た巌氏の娘は「ものいわじ父は長柄の人柱鳴かずば雉も射られざらまし」と詠んだという。妻が口をきけるようになったことを喜んだ夫は、雉を手厚く葬って北河内に引き返し、仲良く暮らした。
現在の大阪市淀川区東三国に、古代長柄橋の人柱碑が残っている。長柄人柱伝説は、「長柄の人柱」や「雉も鳴かずば打たれまい」という「口は災いのもと」という意味のことわざの由来とされている。
記憶は曖昧だが、関東大震災で
皇居のどっかが壊れて、それを修復する為
基礎を掘り返したら人骨が数体出てきた、ちゅう内容だったような。
で、問題になったのは、天皇家も人柱立てたのかどうか、だったと思う。
こういう事、あんまり書くとマズイかしらん。
大正時代、皇居二重櫓下から、人骨が出てきて人柱か否かの論争が起きた
らしいね。
そのとき、南方熊楠が「人柱の話」と言う随筆を書いて、実際に近世まで
人柱が行われていたこと説いた
人柱の伝説
人柱の伝説、習俗は世界中にあるそうです。ボルネオのミラナウ族は柱穴を
堀り奴隷娘を落として殺しました。朝鮮では1528年に成同という人物の
隣家の子供達が突然失踪しました。実はこの成同という人物が家を建てるときに
埋めていた事が発覚しました。ソロモン諸島ブーゲンビル島のブイン族
人狩りをし、その奴隷を殴り殺して頭、手、足に解体、柱壁に縛り、これらに
槍と矢を投げる。3日後それらを埋め、10日後に掘り出して骸骨を中心の柱
の隣に置く。ヨーロッパでも人の血を注いだとか少女を生きたまま壁に
取り込んでしまったと言う伝承。また人の変わりに人形や動物とかを使う
ケースもあります。
日本もたくさんの人柱伝承はありますね。自分の隣町にも橋の建設の為の
人柱の伝承があります。柳田國男の主張、水神に仕える巫女が物語として語り歩いた、
と南方熊楠の主張、どっちなんでしょ。伝承のある場所から人骨が
出たと言う考古学的証拠は見つかっていないのでしょうか?
北海道の常紋トンネル
北海道の常紋トンネルは囚人を人柱にして作ったトンネルなので
幽霊が出ると言う話は有名です。今は閉鎖してますが。
常紋トンネルは、囚人労働が廃止された大正元年から三年がかりで建設
されたトンネルだから「人柱」の噂になっているのは、タコと呼ばれる
労務者のことだよ。
常紋トンネル付近には、苛酷な労働によって死亡したタコの死体が埋められている
らしく、その数は百数十人と言われている。
「常紋トンネル」という本の中に、トンネルの補修中、壁面から人骨が発見され
たとの話が載っているね(ただし、その著者が確認した訳ではない)。
これが、人柱なのか、単なる死体遺棄なのか、タコを暴力でまとめるための
見せしめなのかは、人骨発見だけではわからないよね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E7%B4%8B%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB
オランダ人カロンが、すすんで人柱になる日本人のことを記している。
オランダ人カロンが、すすんで人柱になる日本人のことを記している。
「日本の諸侯が城壁を築くとき、多少の臣民が礎として
壁下に敷かれんと願い出ることがある。
自ら志願して敷き殺された人の上に建てた壁は
壊れないと信じられているからである。
許可を得て礎の下に掘った穴のなかに横たわって重い石に潰される。
ただしかかる志願者は、平素苦役に疲れた奴隷だから、望みのない
世に永らえるより、死ぬほうがましと考えているのかも知れない」(4)
この記述が本当なら皇居の人骨も人柱のように思えてきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%B3
築城にまつわる人柱伝説って、多いよね。
二重櫓下から出てきた人骨に関する伝説や由来などは、
不明みたいだけどそれが
人柱であった可能性は否定できないと、おれも思う。柳田国男の「水神に仕える巫女が物語として語り歩いた」
ってのは、治水にまつわる人柱伝説を、
歴史的事実としてではなく物語として
説明するのには有効かもしれないけど、
治山や築城にまつわる人柱伝説に関しては、無効だよね。
これに関して、柳田国男は、どういう見解をしめしていたのだろう。
日本各地の人柱伝説は「長柄の人柱伝説」のパターンが多いね。
人柱を立てようと提案した本人が人柱になるってケース。
物語として面白いから、そのパターンの伝説が
全国各地に広まったんだろうか?
ハイヌウェレ
人柱とか人身御供っていうのは
遡ればハイヌウェレまで行き着くのかもしれない。
インドネシア・ウェマーレ族の神話に出てくる女。
彼女の死体を埋めると、そこから沢山食べ物が出てきた。
これを連想させる奇習がポリネシア地域に存在。
縄文時代途中まで、日本にもあったといわれている。
女の人形(土偶)を壊して埋めることでそれの代用とした。
百万一心
どこの昔ばなしか忘れたが、何度築いても壊れる川の改修工事で
「人柱を・・」って話が出た時に、殿様が「一意専心」と書いて
「これを石に彫って使え。人柱なぞまかりならん」と言って今度は
しっかり完成させたそうな。
毛利元就の「百万一心」の類話だね。
元就が郡山城築城の際、人柱のかわりに
「百万一心」と書いた石を埋めたと言う話。しかしこの話、裏を返すと、当時は築城の際に
人柱をたてる風習があったということにもなるな。
人柱供養堂
新潟県中頚城郡板倉町大字猿供養寺の人柱供養堂は、地滑りを止めるため
旅の僧侶が自発的に人柱になったという伝説が昔からあり、実際それらし
き人骨が発見されたので、建立されたものらしい。
即身仏型の人柱伝説だといえる。
俺もその話聞いた
伝説では昔、地すべりを止めるため、ある僧侶が龍に秘儀を
伝授してもらったという話で実際その秘儀とは地中に座禅して
人柱になると言うものだったらしい、その後、地すべりはなくなり
その話は伝説と化していたが昭和のはじめ道路工事か何かで
地中を掘り返したとき、座禅したままの人骨が出てきたという話だった。
お遍路さん
女性の代わりに僧侶やお遍路さんが人柱になるパターンも確かに多いですね。
お遍路さんが人柱になったのは、その後の身元確認が困難で
都合がよかったからでは?
お遍路さんが人柱になったのは、何らかの宗教的理由によって、
自ら志願したと考えた方がいいのではないでしょうか
(人柱になることで、極楽浄土に行けると考えられていた、とか)
福井市足羽大橋
福井市足羽大橋のたもとにある(いまはわからない。10年前はあった)
薬屋の先祖が橋を造るときに人柱にされたという伝説がある。
お三の宮のようにそこの娘が人柱にされたと伝わっている。
「遠野物語」に載っていた話。
松崎村の矢崎に母也堂という祠がある。
かつてここに年老いた巫女が娘と共に住んでいた。婿を取ったが
どうも巫女の気に入らない。しかし娘との夫婦仲は良いので何か良い
方法はない物かと思案していた。
その頃、猿が森川の用水の取り入れ口と堤がいつも崩れて、村の衆は
困り抜いた挙げ句に巫女に相談した。巫女が占ってみると、
「明後日の夜明け頃白装束で白馬に乗った男が通るから、その者を
人柱にせよ」とのこと。
その占いを受けた巫女は「良い機会が来た」とばかりに婿に白装束を
着せ、白馬に乗せて夜明けの時間に隣村に使いに出した。
事情を知らない婿が通りかかると待ちかまえていた村の衆が彼を
捕まえる。話を聞いた婿は
「神の思し召しとあらば喜んで人柱になろう。しかし人身御供には
男蝶女蝶が揃うのが良いとされている。私の妻も連れてくる。」
と、妻、つまり巫女の最愛の娘を呼びだした。妻も人柱に為ることを
承知し、二人で白装束になって馬ごと川に飛び込んだ。
そのとたんに大嵐が起こり、三日三晩荒れ狂った挙げ句4日後に
おさまった。村の衆が川にいってみると大岩が現れていた。それを
土台にして立派な堤が完成した。
巫女は計略が食い違い、大切な娘まで死なせたことを嘆いて入水自殺した。
その霊を祀ったのが母也堂である。
祖母に昔聞いた
うちの祖母に昔聞いた田舎の人柱伝説です。
昔人柱が必要になったので、誰をその役にあてるかで村の顔役達が悩んでい
た。盆踊りに来た娘の中から選ぼうという事になったが、自分達の娘は人柱
に取られたく無いし、行かせぬ訳にも行かなかった。
そこで誰かが「袖に継ぎあてのある(貧乏人の)娘を人柱にしよう」と言い、
他の者達もそれに賛同した。
普通ならここで偶然庄屋辺りの娘がひっかかるところだが、この場合は狙い
通りになったという。
やばいので場所はとりあえず伏せさせて戴きます。
九州に多い
人柱の話は九州に多いらしい。
江戸期の石橋の改修によく発見されるのが、人を入れた穴..。
大概、橋脚の石の下に敷石があり、そのまた下にある基礎石から発見される。
基礎石は河原の地勢と面一に埋め込まれているが、改修の際この基礎石の橋脚の
真下にあたる辺りに、四角く切り込んで掘られた穴が見つかる例がある。
人骨・装身具等は発見されにくい事から、実際に放り込まれたかは甚だ疑問。
ただ、天明、明和などの全国的飢饉による人命軽視の風潮がはびこる中で、いか
なる悪趣が実践されたかは我々日本人の歴史からすれば考え得るに足るだろう。
香川県のお話
友達に聞いたんだけど、香川県のお話。
丸亀市に丸亀城てのがあるんだけど、
殿様が城を補修するだかなんだかで人柱を入れようとしたのだが
当然自分からなりたいなんて出て来る人なんていない。
だから朝一番に城門を横切った奴を人柱にしようということにし
て、朝一番に横切った豆腐屋を捕まえて人柱にしたんだそうな。ちょっと話がズレるけど、石垣作った時も施工した頭領に
「お前は作ったんだから登れるよな?」とふっかけて登らせておいて
「誰も上れない石垣作れ言ったのに話が違う」とその頭領殺しちゃ
ったらしい。
暴君?
女性が多い?
人柱に女性が多いのって、やっぱ村の働き手である
男性が居なくなると困るからかなあ・・男尊女卑?
寧ろ巫女でしょう
陰陽五行説において、女(少女)は土の属性。
そのため女性を人柱に捧げる事で「土克水」となり、丈夫な橋が出来る…
と、何かの本には書いてありましたが、山野殿の仰るとおり、神の嫁として捧げられた巫女、
という意味が強いのでしょう。
魏志濊伝
日本の人柱の歴史は古い。文献と残っている中では
「魏志濊伝」が最古だろう。
その中に、濊(朝鮮半島東岸部)の国の更に東海の島での出来事が綴られている。「国人、嘗て船に乗りて魚を捕うるに、風に遭い吹かるる事数日、東の方、一島
をうる。上に人有り、言語相覚らず。其の俗常に七月を以て童女を取りて海に沈
む」と。地理的な点からこの島が日本である事は動かしようがない。旧暦の7月頃に行わ
れていた日本海沿岸部での習慣がここに伝えられているが、これは魏志倭人伝と
同じ時代の話だ。日本が史書に現れた最初が人柱習俗の特殊性だったといっても
過言ではない。これは記紀にも、ヤマタノオロチ神話・クシナダヒメ入水説話と傍証できるもの
だ。日本の海の底には人骨ゴロゴロである。
基礎に
ヤクザが人をコロして、自分の持つビルの基礎に埋めるのは実際ある。
ドラマでよくその手のがあるけど、あれはヤクザの手口のひとつ。
人柱なんてうそうそ
ヤクザが建築前のビルにコンクリと一緒に死体埋めるのと一緒
近代以前でもそれが一番楽に安全に死体を隠す方法
で、後々建物壊したらその人骨が出てきて、人柱だって言ってるだけ
古い橋の礎石や心杭、堤防の堤石の周囲には、よくでると工事関係者
では常識。
昔は人の命なんて、紙ほどの価値もなかったからね。
広島県福山市神辺町
広島県福山市神辺町に人柱の伝説がある
ため池を作る際に難工事になったので、村娘のお糸を人柱として埋めたとの伝説だ。
彼女の恋人は嘆き悲しみついにはそのため池に身を投げて死んだとされる。
その二人の御霊を祭る祠には長く寄り添うように立つ木があったそうだ。まあ、これは多分、伝説だろうね。
それに福山城建築時にも盆踊りが行われた際に、
踊りが上手い娘が人柱に選ばれて埋められた伝説があるな
吉田橋
横浜市桜木町近くにある吉田橋の話。
開港して間もない頃の横浜関内にある遊廓。
遊びにきた外国人と遊廓の女性の間にはたまに子供が出来たという。江戸末期~明治初期にそのようにして誕生したハーフの子供は、
横浜市西区戸部にあった戸部牢屋敷に留置され、
吉田橋を作るときに牢屋敷から連れ出され、
作り中の吉田橋のたもとに来ると、後ろから突き落とされ人柱になった。
いつ頃まで人柱していたんですか
人柱は昭和初期まで実行していたようだ。
中国でも万里の長城建設のさい人柱を立てたと聞いたことがある。
ヒミコが死んだとき確か沢山の女の子が生き埋めにされた
現代では本物の人柱はなくなったが、会社組織において、
プロジェクトで社員を人柱にすることはめずらしくないな。
ソフト会社や土木会社が無理なプロジェクトでの過労や事故で
自殺者や過労死や事故死する人がでると「人柱になった」
とか陰でささやかれるよね。
本当は、無謀な計画を立てた会社に責任が有るのだけど・・・
昔は施政者やお上には逆らえなくて絶対なもの(今でも一部の人に
とって会社や政府)だから、「神」みたいなもんだったんだろうな。
話を覆してみる
実際は人柱なんて日本に存在したのか?
沼や橋なんかには人柱伝説がちらほらあったりする
だが、私は人柱はなかったと考える。
大陸から人柱伝説を聞き、それを昔無くなった事故での
犠牲者に人柱としての役割をあてただけではないか?実際の事はわからない、
もしかしたら私の知らない古文書なんかには人柱を行ったという
記述があるかもしれないが私は知らないので、このような意見だ。
また、人柱はもっぱら伝説でしか残ってない事からも、
人柱は実際にあったとも、なかったとも言えないのではないだろうか
人柱は伝説、それも民話などで語り継がれるのが大半だな。
雄略帝の時代だったかな?
古墳に殉死させていたのを、哀れに思った天皇が殉死を禁止して、
代わりに埴輪を埋めるようにした
そのような記述が残されているが
しかしそれより古い時代の古墳にも、
殉死として埋められたような痕跡は残されていない
その事から、埴輪は古墳を飾るために置かれたものと考えられている。
古代中国では殷の時代には、王の墓に一個師団を丸ごと埋めたとされている。
時代が下ると次第に形式的なものになっていき、
秦の始皇帝の時代には有名な兵馬俑が軍隊の代わりに埋められた。
さらに時代が下ると、兵馬俑のような大規模なものが失われ、
小さな土人形が一緒に埋められている実際に殉死の制度があった中国では、このような過程が見て取れるから
こうした事が人柱の伝説のルーツだろうな
何故生け贄を柱
そもそも何故生け贄を柱というのか。
この「柱を」神を数える単位として採用していたり
神の象徴として神格化する宗教・民族は多い。
古代ギリシャやケルト、近くではフリーメーソンもそうだ。
仏教でも体の中の柱という概念を大切にするし、
そのルーツであるインドでは今もその体幹を貫く
光の柱が天と繋がっていると信じられている。つまり柱というのは
どういう事だよ
教えて下さいてめえら。
簡単なことだよ。
人工物以外のもので柱のように、
地面から天に向かって立っている円柱状のものといえばなんだ?
そう、「木」だ。
木はこの世で最も原始的な信仰の対象であったといわれる。
現代に残るポール状の信仰の対象は、
元々木を模して作られたものなのかもしれない。
何から読んだか覚えてない、Wikiかもしれない。適当に読み流して。
ゲルマン部族のひとつ、ザクセン人は、
キリスト教改宗以前には、でっかい柱をたてて礼拝していたらしいが、
それは北欧神話であらわれる世界樹ユグドラシルのイメージらしい。ユングだかフロイトだか、そっち方面の心理学でも、
樹木の絵=書き手自身の投影のようだし、
樹木のイメージは人間が用いる定番のイメージなのかもしれない。あるいは、天と地をつなぐもの、として考えられていたのかもしれない。
北京の社稷壇にある大木がそういうものと考えられているそうな。「柱」=「木」でいいんじゃないか。
本で読みましたが、人柱とイケニエではまた違うらしいですね。
人柱は文字通り人の柱として橋などの建設物などを磐石なものにするため
イケニエは人を神の食べものとして扱うらしいですね。
早太郎(しっぺい太郎)の伝承を思い浮かべるのはこちらですね。
これは個人的な考えだけど人柱や人身御供って説明なんじゃないかな
要するにさ、例えば津波や洪水で人が死んで、
遺された人間は何故あの人が死ななければならなかったのか考える
そこで意味のない死を意味ある死にする為に人身御供って役割を与える
人柱も同じように、古代の巨大な工場現場での、
事故死や病死を意味あるものに変える為に
人柱の役割を与えてやる
と考えると良いんじゃないかと思ったりする
人身御供の伝説については、そのような解釈がある。
けれど、人柱は違う。実際に壁から直立した男性の遺体が埋められていて、
頭上に銭が置かれていることから、
実際に人柱が行われていた可能性は極めて高いと思われる。
参考書籍は明治時代から平成まで数多。ぐぐれ
いや、人柱っつてもさ
例えば明治期のタコ部屋労働者は、
死んだあとトンネルに埋め込まれるたりしたわけで
それを人柱と呼んでいいものかなぁ、と
古代だって中世だって被差別民達が死んだら
似たようになことをしてないとは言い切れんだろ?
このスレの人柱は宗教的なやつ?
俺んち土建屋で、改修工事とかでたまに人柱でる話聞くよ。
昭和の工事現場の回収だから、労働者を埋めちゃったやつらしいけど。
事故死が結果的に人柱に、ってことか
後で供養とかして祀ったりはしてるの?
この手の話はよく聞くよね
万博の工事で死んだ人がそのまま埋められたとか
工場の釜に落ちて人が溶けたとか
大きな現場の場合は、役職に人が監督してるので届けて供養する。
家ではないけど小さいトコは工期が
遅れちゃうので見なかったことにすると聞くよ。完全に作業服着てさらしまいたが丸ごとの場合は警察呼ぶ。
昭和初期の超大がかりな現場は確実に埋まってる。
無事に工事が終わるようにと、初期の段階で
怪我したり弱っちゃった土光さんを数人地面の神様に…という夢を見ました。
嘘だよ~冗談だよ~。
しかしまったくなさそうな話でもないのが怖いw
「生きた人間を埋める」という行為がイコール
土地の神や川の神への捧げ物として工事をスムーズにする、
あるいは単に生きた人を埋めると土地の力が強くなる、という
共通認識があるんだろうな
参考
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/min/997027668/
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/min/1285227846/










