【海部郡大治町北間島】 1984年 3月31日
1984年3月31日の午後1時20分頃、
愛知県海部郡大治町北間島の名古屋市水道局大治浄水場近くの
町道にエンジンをかけたまま止まっていた乗用車の助手席に
刃物で数十カ所刺されて死んでいる男性が見つかった。

https://matome.naver.jp/odai/2156258252210031201/2156258535710870203
殺されたのは現場北約三百㍍の同郡甚目寺町坂牧郷***ノ**、
***荘*号室、トラック運転手***さん(二九)。
乗用車は**さんのもので、背もたれが後ろに倒された助手席で、
あお向けになって死んでいた。
傷跡は、千枚通しかアイスピックのような先がとがったもので
突いた跡とくり小刀のような平らな刃物で刺された跡の二種類。
胸のほか、左首、左こめかみにも刺し傷があった。
腹と胸の上には後部座席のシートカバー、
顔にクッションがかぶせてあった。
中日新聞 昭和59年4月1日
死因は胸部刺傷による失血死で、死亡推定時間は
三十日午後十時ごろから三十一日午前零時ごろの間とわかった。
傷は胸部を中心に約四十ヵ所あり、凶器は幅一~一・五㌢の
ポケットナイフようのものとみている。
中日新聞 昭和59年4月2日
第一発見者の男性は、31日午前0時30分頃、
帰宅途中にエンジンのかかった車が止まっており、
アベックがいるのだろうと思ったが、31日午後1時頃、
再び通りかかると同じ状態のままなので、不審に思って通報したという。
被害者
現場から北に300メートルのアパートに住む、トラック運転手Sさん(29歳)。
昼間はトラック運転手、夜は名古屋市中区のホストクラブでも働いていた。
家族は、妻(29)と息子(6)の3人暮らし。
被害者の足どり
大治町内のスナックに務める、Sさんの妻によると、
三十日午後七時ごろ、家を出た時、Sさんは自宅にいたという。
また、同じアパートに住む人が、同日午後十一時過ぎ、
Sさんの車が発進する音を聴いている。
中日新聞 昭和59年4月1日
遺体発見現場

https://matome.naver.jp/odai/2156258252210031201/2156258535710871203
田んぼと田んぼの間の細い道
※手前の車(日産ローレル)
中日新聞 昭和59年4月1日
現場は、浄水場のすぐ東側にある田んぼの中の道で、
民家もまばら。現場の南西約五百㍍には大治町立大治中のほか、
近くに大治小や町役場がある。
中日新聞 昭和59年4月1日

https://matome.naver.jp/odai/2156258252210031201/2156258535710871403
現在は「大治町スポーツセンター」がある、事件当時は田んぼ
妻が失踪
Sさんの妻A子(29歳)が、23日から自宅を出たまま行方不明になっている。
連日、警察に事情を聴かれ疲れた様子だったという。

https://matome.naver.jp/odai/2156258252210031201/2156258535710871803
二十三日午前十時ごろ、
事件後、身の回りの世話などのためSさん宅に来ている
A子さんの母(五八)に「香典を銀行に預金に行く」と言い残し、
同町内のタクシーを自宅まで呼んで出掛けたまま連絡を断っている。
中日新聞 昭和59年4月25日
タクシーで名古屋市中村区の地下鉄中村公園駅の近くまで行き、
10時20分頃にタクシーを降りた。タクシー運転手の話では、
A子は乗り込む前から辺りを見回し、車内でも時々後ろを振り返り
辺りを気にして落ち着かない様子だったという。
小学1年生の長男を残して、なぜA子は姿を消したのか・・・
妻A子、大阪で発見
失踪妻みつかる 自宅へ電話「大阪のホテルに」
*子さんは二十六日午後七時五十分ごろ、
自宅に「大阪のホテルにいる。一人で寂しい」と電話してきた。
中日新聞 昭和59年4月27日
ホテルで精神安定剤を飲み、自殺未遂。失踪の理由は? 事件の関与は?
重要参考人あらわる
Sさんの妻A子が務めていたスナックの常連客の男O(37歳)を
恐喝容疑で10月5日夜に逮捕した。
(A子から現金10万円を脅し取った恐喝容疑)

https://matome.naver.jp/odai/2156258252210031201/2156258535710872603
恐喝事件で逮捕の男 保険金狙いの疑いも
足しげく通っていた大治町内のスナックで、
同店に務めるSさんの妻A子がSさんに
多額の保険をかけていたことを聞き込み、
周囲の人にSさんの人相を聞くなど
深く感心を持っていたことが分かった。
※中日新聞 昭和59年10月6日
**は先月二十八日、名古屋市中村区に*子さんを呼び出し
「あんたの夫はオレが殺した。あんたの親や子供が
どうなってもしらないぞ。三百万円出せ」などと言って
十万円を脅し取った疑いで逮捕された。
中日新聞 昭和59年10月7日
被害者の妻A子は、警察に恐喝の被害届を出していた。
10月19日 夜 Oを強盗殺人容疑で再逮捕、A子も同容疑で逮捕
Oは「保険金を折半する約束でA子に頼まれ、Sさんを殺した」と自供した。
捜査本部は10月19日午後10時15分Oを強盗殺人容疑で再逮捕、
被害者の妻A子も午後10時30分に同容疑で逮捕された。
「夫殺し 妻が頼んだ」 保険金3千万 山分けの約束
二人は*さんを殺して、*さんに掛けてあった
生命保険三千万円を山分けする約束を交わし、
三月三十日午後十時過ぎ、勤めに出掛ける*さんの車に乗り込み、
同郡大治町北間島の名古屋市水道局大治浄水場の
東側農道で車を止め、用意したジャックナイフようの刃物で
*さんの胸などを約四十カ所刺して殺したうえ、
*さんが持っていた現金数万円入りの財布を奪った疑い。
中日新聞 昭和59年10月20日
妻A子は、なぜ被害届を出したのか?
警察は早い時期から妻A子が主役の事件とみていた。
勤め先のスナックで客に「夫に6千万の保険を掛けてある、
殺してくれれば半分あげる」と話していたという。
その話に食いついたのがOだった。
ジャックナイフで刺した・・・
A子からSさんの勤務先・出社や帰宅時間・車のナンバー等を聞き出したOは、
1984年3月30日夜にSさん殺害を実行する。
「駐車場で “あんたの妻のことで話がある”と呼びとめ
車に乗り込んだ。犯行場所まで行ったところで、後ろの座席から
ジャックナイフで**さんの胸などを刺した」
中日新聞 昭和59年10月21日
妻のA子 関与否認 共謀 Oは認める 大治の保険金殺人初公判
初公判が、二十日午前十時から名古屋地裁刑事三部で開かれた。
罪状認否で**は起訴事実を全面的に認めたのに対し、
*子は「夫を殺して保険金をだまし取り、
山分けしようと私の方からいった覚えはない」と**との
共謀を否定、さらに**が**さんを殺害したことも
知らなかったと、事件とのかかわりについてもほぼ否認した。
これに対し検察側は冒頭陳述の中で、
離婚を承知しない夫が邪魔になった*子が、
アルバイト先のスナックの常連客だった**との間で
**さん殺害について謀議を重ねていた過程を説明。
**さんの勤務先、帰宅時間、車のナンバーなどをメモ書きして
渡していたことを明らかにし、犯行直後には**から
「計画完了」の証拠として**さんのクレジットカードなどを
見せられており、*子が犯行を十分に知っていたとしている。
中日新聞 昭和59年12月20日夕刊
妻は共謀共同正犯 名高裁、控訴を棄却
殺人罪に問われた**さんの妻*子被告(三二)の
控訴審判決公判が十八日日午前、名古屋高裁であった。
一審の名古屋地裁が懲役十五年を言い渡し、
*子が無罪を主張して控訴していたのに対し、
吉田誠吾裁判長は「A子は殺人の実行行為はしていなかったが、
共犯者に保険金殺人を持ちかけていたのは明らかで、
殺人罪の共謀共同正犯に当たる」と控訴を棄却した。
中日新聞 昭和62年2月18日夕刊
※Oは一審で、懲役15年が確定している。
「私の言った冗談で夫が殺されてしまった。良心の呵責に苦しみ、
周りから白い目で見られ、生きて行く自信が無くなった」と
失踪先のホテルで自殺未遂を起こしたが、
これはA子の不幸な被害者の妻を演じる芝居だった…
「Oが冗談を真に受け、勝手に夫を殺したことにすれば
保険金は全部自分の物になる。」これが恐喝の被害届を出した理由である。



恨み?メッタ突き殺人
中日新聞 昭和59年4月1日