浅野七之助は1894年(明治27年)11月29日,盛岡市新穀町にて浅野幸三郎,ひさの4男として盛岡に生まれる。原敬の書生としてその薫陶を受け,1917年(大正6年)に渡米する。農場での労働やホテルのボーイの経験をとおし,アメリカの底辺社会や日系人の実情を知り,のちには新聞記者となって日系人の権利獲得のため論陣を張った。
http://www.city.morioka.iwate.jp/shisei/moriokagaido/rekishi/1009526/1009527/1009548.html
戦後,母国の惨状を知った浅野は在米日系人らに呼びかけて食料品や衣類,薬品を集め,日本戦災難民救済運動を開始した。これがのちにLARA(LicensedAgencyforReliefinAsia)へと発展し,ララ物資として昭和21年に日本に送られ,多くの人々がその恩恵を受けた。
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浅野はその後も国際的なジャーナリストとして,また日米の窓口的な存在として両国の相互理解と親善に努めた。
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1987年(昭和62年)5月16日には,“日系人への貢献,ララ物資の送付,日米親善への尽力“などの功績が認められて,サンフランシスコ市長より表彰され,その日が“サンフランシスコ市における浅野七之助デー”と制定された。
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