2016年7月26日未明、神奈川県相模原市の障害者施設・津久井やまゆり園に元職員・植松聖被告が押し入り、入所者や職員を次々と殺傷。
相模原障害者殺傷事件から2年…植松聖被告と向き合う人々の記録 | マイナビニュース
植松被告が「意思疎通できない障害者は不幸しかもたらさない」と語った動機は、社会に大きな衝撃を与えた。

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植松被告に直接向き合うことで事件を乗り越えようとしている人たちが相次いでいる。
重度の知的障害のある娘を育ててきた学者や、福祉を志す女子学生など、それぞれが植松被告と、接見や手紙のやりとりをしている。
「知的障害者はいなくなるべきだ」。植松聖被告は、一方的な主張を繰り返している。
被告によると、凶行に及んだ契機は、園で入所者が床などにまき散らした汚物を処理しているときだったという。「彼らが人に迷惑をかける源だと気がついた」と話す。

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意思疎通ができないという意味で知的障害者を「心失者」と表現。
「本当の日本」と題し、「いつまでも延命する日本、心失者の人権を主張する日本、全て人のせいにする日本」などとつづっている。
犯行当時の状況を尋ねると「寝ていた心失者たちに『おはようございます』などと話しかけ、返事がなかった人は刺した」と明かした。
準備が進む裁判については「殺したことは認めるが、彼らは人ではないので殺人ではないと訴えたい。みんな分かってくれるはずだ」と身勝手な主張を並べた。
被害者らへの謝罪や犯行を後悔するような言葉は一切ない。
相模原事件、植松聖被告「獄中ノート」
2016年7月26日未明、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた事件は日本中を震撼させた。障害者が大量に殺傷され、死者だけで19人を数えるという前代未聞の事件だった。しかも障害者を襲ったのが、その施設の元職員だったという事実も衝撃だった。
事件直後に自ら出頭した植松聖被告は、逮捕後、16年9月21日から17年2月20日まで精神鑑定を受け、同年2月24日に起訴された。そして接見禁止が解かれ、マスコミと接触するようになった。
当時は連日、新聞記者らが接見していたが、弁護士に止められたこともあり、その後、植松被告はマスコミとの接見には一部を除いて応じなくなった。マスコミがその中身を報じないことがわかったからだ。
障害者の家族などを辛い目にあわせ事件に巻き込んだことを謝罪したのは知られている
世間は彼が事件について反省したのかと思ったようだが、実はそうではなかった。植松被告は、家族に迷惑をかけたことは詫びたが、事件については全く反省していなかった。

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植松被告は接見は拒否したが、マスコミの手紙による依頼には応じて、多くの新聞・テレビに自分の考えを書き送ってきた。
精神鑑定の結果、植松被告は「自己愛性パーソナリティ障害」という診断を受け、刑事責任能力ありと判定されて2月24日に起訴された。
ただそこに書かれていた内容は、彼が事件を反省するどころか、改めて障害者を安楽死させよといった主張だったため、大手マスコミは内容を公開せず「身勝手な主張」などと紹介したのみだった。
「ヒトラーとは考えが違う」植松聖被告が獄中ノートに綴った本心
植松被告の主張は昨年2月に、衆院議長のもとへ彼が届けた手紙とも基本的には同じだった。それゆえ差別思想を増幅させてはならないとマスコミが内容を伏せたのは当然と言えた。
この事件は、障害者差別や、犯罪と精神医療の問題など、ある意味でタブーになってきた問題を引きずり出した。
植松被告がどこまで自覚していたかは別として、まさに「パンドラの箱」を開けてしまったのだ。この事件では植松被告が精神疾患によってあの事件を起こしたのか、それともそれは排外主義的な「思想」と考えるべきなのか、つまり彼は病気なのかそうでないのかが最大の争点だ。

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相模原事件は単に死傷者が多かったという単純な理由でなく、日本社会が曖昧にしてきた問題をさらけ出したという意味で非常に深刻だ。
植松被告の裁判では、今のところどうやら犠牲者の家族は法廷でも実名が出ることを拒否しているようだ。
「黙ってしまうと植松に負けたことになる」には、障害者を育てる親としての強い意志が感じられて胸を打たれた。
19人の犠牲者の匿名問題については、いろいろな変化が出てきている。
彼の発想や考え方が、いま世界的に拡大している排外主義とどう関わっているのかということだ。
事件直後に、植松被告の犯行は精神的障害によるものか、そうでないのかは関心の的となった。

