未解決事件の真相知れるとしたらディアトロフ峠事件!

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9人の登山者が遭難し、全員が怪死を遂げた未解決事件である通称「ディアトロフ峠事件」について、 ある研究者の新説がその謎を解き明かした可能性があるとして、注目されているそうです。

生還者ゼロの怪奇事件「ディアトロフ峠事件」

1959年2月26日、救助隊が発見したキャンプの残骸

「ディアトロフ峠事件」とは、1959年2月2日に旧ソ連のウラル山脈北部で起きた、若い男女9人がスノートレッキング中に不可解な死を遂げたという怪奇事件のことである。

当時の調査によれば、この一行は気温が-30℃という極寒の中、テントを内側から引き裂いで裸足で外に飛び出した形跡があり、犠牲者の遺体の一部には眼球と舌を失い、頭蓋骨が損傷し、衣服から高い線量の放射能が検出された者もいたという。

この事件には生還者が存在しないため、完全な迷宮入りとなっている。
事件後3年間にわたって、スキー客や探検家などが事件の発生した地域へ立ち入ることを禁じた。
生還者ゼロの怪奇事件。「ディアトロフ峠事件」 | ザ・オカルトサイト

現在のウラル工科大学の在学生および、卒業生の男性8名・女性2名のメンバーから構成されている


https://matome.naver.jp/odai/2150768356838189901/2150768632340469203
イーゴリ・アレクセーエヴィチ・ディアトロフ
登山隊の隊長。
当時23歳。ディアトロフ峠は彼の名にちなんで名付けられた。
慎重で思慮深い人物。
グループメンバーのジーナに言い寄っていたが、ジーナもマンザラじゃなかったため、亜リア充と評価出来る。
登山経験豊富な優秀なアスリート。遺体発見時になぜかドロシェンコの服を着ていた。

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ユーリー・ニコラエヴィチ・ドロシェンコ
ジーナの元彼。
恋愛関係が解消された以後も、ジーナやディアトロフと良好な関係を維持していた。
クマを地質ハンマーだけで追い払ったという武勇伝あり。
杉の下で発見された時、彼の服は一緒に発見されたディアトロフに取られていた。

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ユーリー・アレクセーエヴィチ・クリヴォニシチェンコ “ゲオルギー”
当時24歳。ウラル工科大学を卒業したばかり。
ムードメーカー。ジョークを言い、マンドリンを奏で、いつも友人たちを楽しませた。
放射能についての高度な知識を持っていた技術者でもあった。
杉の下でドロシェンコとともに見つかる。
遺体はほとんど下着姿で、靴すら履いていなかった。足に火傷。

https://matome.naver.jp/odai/2150768356838189901/2150768632340469903
ジナイダ・アレクセーエヴナ・コルモゴロワ“ジーナ”
当時22歳。ウラル工科大学四回生。
経験豊富なハイカーだった。
毒蛇に噛まれてもトレッキングを完遂するほどの精神力の持ち主。性格は極めて外向的で、活動的。

アイデアに溢れ、様々な物に関心を寄せ、敬意を持って人と接していたので自然と愛された。
発見時の服装は比較的まとも。ドロシェンコの元カノ。


https://matome.naver.jp/odai/2150768356838189901/2150768632340470003
ルステム・ウラジーミロヴィチ・スロボディン
当時23歳。ウラル工科大学卒業生。
非常に優れたアスリートで物静かな人物。
ルステムを知る人物は、彼を『バランスマン』と評した。
楽しい時も苦難の時も冷静に同じアプローチができる人物だったという。

発見時、右足にだけブーツを履いていた。
格闘した際によく見られる挫傷あり。頭部に外国の鈍器で叩かれたような破壊。


https://matome.naver.jp/odai/2150768356838189901/2150768632340470103
リュドミラ・アレクサンドロヴナ・ドゥビニナ “リューダ”
当時20歳。ウラル工科大学3回生。
リューダ以降に発見される遺体は、損壊が酷くなり奇妙な事実が混じり始める。

リューダは活発な性格で、歌ったり踊ったり、なにかを撮影するのが好きだった。ジーナ同様タフガール。

遺体からは舌がまるごと失われている。眼球も失われている。
胃に残っていた血液の状態から、彼女は生きたままの状態で舌を失ったとされた。そして衣服からは放射能が検出されている。


https://matome.naver.jp/odai/2150768356838189901/2150768632340470203
セミョーン・アレクサンドロヴィチ・ゾロタリョフ “サシャ”
当時37歳。謎の多い不可解な人物。

仲間たちには「サシャ」または「アレキサンダー」と呼ばせていたが、本名はセミョーンであるとされ、それすらも本名ではない可能性がある。
ロシア語、ポーランド語、ウクライナ語そしてドイツ語に通じたバイリンガル。

仲間たちに内緒でカメラを所持していた。ネガが破損したため被写体は不明。
眼球は失われている。骨折多数でリューダと似たような損傷。
事件が彼に起因すると考える者もいる。


https://matome.naver.jp/odai/2150768356838189901/2150768632340470303
アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・コレヴァトフ
当時24歳。
ウラル工科大学で物理学を学ぶ4回生。インテリ枠。

優秀な学生として評価されている。原子力関連の研究室に身を置いたこともある。
『明白な統率力をもち、勤勉、衒学的、論理的であった』と評される。

遺体が回収された時にはすでに腐敗・分解が著しく、解剖からも詳細な情報は得られなかった。


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ニコライ・ウラジーミロヴィチ・チボ=ブリニョーリ ”コリャ”
当時23歳。ウラル工科大学を1958年に卒業。

父親が処刑されるという不幸な生い立ちにありながらも、ユーモアにあふれた明るい人物だった。
その率直で優しい人柄により、先輩後輩を問わず愛された。
コリャは母親に「これを最後のトレッキングにする」と約束していが、結局彼は帰らなかった。

捜索後期に発見されたリューダ、ゾロタリョフ、コレヴァトフ、コリャの4人は、それぞれ骨への損傷が激しく、かつそれが広範囲に至っていたため、剖検はそれを車に轢かれたような、と表現した。


https://matome.naver.jp/odai/2150768356838189901/2150768632340470503
ユーリー・エフィモヴィチ・ユーディン
当時21歳。
体調不良のため1月28日に引き返し、難を逃れた。

ディアトロフ隊の持ち物や、内情に関するいくつかの貴重な証言を残している。2013年4月27日に亡くなっている。


https://matome.naver.jp/odai/2150768356838189901/2150768632340469003
ディアトロフのカメラから復元された写真。
向かって左からリューダ、ゲオルギー、抱きつかれているコリャ、抱きついてるルステム。リューダも笑顔で写っており、隊の明るい雰囲気が感じられる貴重な1枚だ。

事件発生までの流れ

この一行は、旧ソ連のスヴェルドロフスク州内にあるウラル山脈北部において、スノートレッキングを計画していた。その最終的な目的地はオトルテン山に設定されており、このルートの難易度は極めて高いものだったが、メンバーには登山に熟知した者が多かったため、反対する者はいなかったという。

1月25日、この一行の乗った列車は、スヴェルドロフスク州北部の中心地イヴデリへと到着した。ここで彼らはトラックをチャーターし、イヴデリから約80kmほど北方にある有人集落のヴィジャイへと到着した。そして、1月27日、ヴィジャイからオトルテン山へ向け出発したものの、翌日にはメンバーの一人であるユーディンが、体調不良により途中で離脱している。

この時点で一行の人数は9人となり、これから先、彼らと出会った人間は存在しないため、これからの内容は、その後に見つかった日記やカメラに撮影された写真などをもとに推測されたものである。
生還者ゼロの怪奇事件。「ディアトロフ峠事件」 | ザ・オカルトサイト

1月31日、未開拓の原生林を北西方向に進んできた一行は、オトルテン山のふもとへと到着する。その翌日の2月1日、彼らはオトルテン山へと続く斜面を進んで行った。彼らは猛吹雪によって視界が苛まれたため、進行方向を見失い、当初のルートを大きく逸れてオトルテン山の南側にある、ホラート・シャフイル山へと登り始めていた。このホラート・シャフイル山はマンシ語で「死の山」を意味する、急斜面が続く山であり、途中で誤りに気づいた彼らは、約1.5kmほど下ったところにある斜面にキャンプを張り、一夜を越すことに決めた。
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大規模な捜索活動

当初、一行が有人集落のヴィジャイに戻り次第、彼らのリーダーであるディアトロフが、彼が所属するスポーツクラブ宛に電報を送る手はずとなっていた。当初、2月12日までには電報が送られてくるだろうと予想されていたが、2月12日を過ぎてもディアトロフから電報が送られてくることはなく、2月20日に彼らの親族の要請により、ウラル工科大学の学生と教師からなる捜索隊が捜索を開始した。その後、軍と警察が捜索隊を結成し、ヘリコプターによる大規模な捜索活動が開始された。
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遺体が発見される

テントは内側から引き裂かれ、メンバー達は着の身着のままの姿で逃げ出していた。

2月26日、捜索隊がホラート・シャフイル山で酷く損傷したテントを発見した。このテントは内側から切り裂かれており、荷物は置き去りにされたままとなっていた。捜索隊はホラート・シャフイル山のふもと付近にある森林地帯でクリヴォニシチェンコとドロシェンコの二人の遺体を発見し、大きなヒマラヤスギとキャンプの間でディアトロフ、コルモゴロワ、スロボディンの三人の遺体を発見した。

それから約2ヵ月後の5月、大きなヒマラヤスギから森林地帯の方向へ、約75mほど先にある谷の中でドゥビニナ、コレヴァトフ、ブリニョーリ、ゾロタリョフの四人の遺体が、約4mの雪に埋もれているところを発見された。
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遺体の状況

2月26日に発見された5人の遺体は、その検死の結果、全員の死因が低体温症であることが判明した。クリヴォニシチェンコは、ほぼ下着姿の状態で発見されており、またスロボディンについては頭蓋骨から小さな亀裂が確認されたが、致命傷となるほどの傷には考えられなかった。

しかし、5月に発見された4人の遺体の検死の結果は、不可解なものだった。ブリニョーリは頭部に致命傷になったと考えられる、大きな怪我を負っており、ドゥビニナとゾロタリョフは肋骨を複雑骨折していた。おかしな点としては、ドゥビニナとゾロタリョフの遺体は外傷を負っておらず、あたかも外部から非常に強い圧力を加えられたかのような損傷の生じ方をしていたことである。またドゥビニナは眼球と舌が失われており、ゾロタリョフも舌を失っていた。

気温が-30℃という極寒の中、ほとんどの遺体が薄着だった。遺体の中には靴を履いていない者や片方の靴だけを履いていた者、また靴下だけを履いていた者がおり、先に亡くなったと思われる遺体の衣服を、脚に巻きつけている者もいたという。
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この事件の不可解な点

この事件については、複数のジャーナリストや研究者などから、下記のような不可解な点が報告されている。

・当時、ホラート・シャフイル山には、一行以外の人間がいる様子は見つからなかった
・テントに残された痕跡は、彼らが自らの意思によってテントから離れたことを示していた
・一部の犠牲者の衣服から、高い線量の放射能が検出された
・発表された検死の資料には、内臓器官の状態に関する情報が含まれていない
・犠牲者の葬式に出席した人物が、彼らの肌の色が「濃い茶褐色」に変色していたのを目撃したと報告している
・事件の前夜、ホラート・シャフイル山から南に約50kmほど離れた場所にいた別の一行が、ホラート・シャフイル山の上空で奇妙なオレンジ色の光を目撃したと報告している
・以前からホラート・シャフイル山の周辺には、軍が密かにその地を利用しているという噂が流れており、その噂を裏付けるような大量の金属の破片が見つかっている
・一行がテントを張った地は、バイコヌール宇宙基地と、旧ソ連が核実験場として使用していたノヴァヤゼムリャのチェルナヤ・グバの間に位置していた
・テント内に残されていたカメラを現像したところ、最後の一枚には「光体」のような謎の物体が写っていた

これまでに考えられた説

この事件に関してこれまで考えられた説は以下の通りである

1.ロシアの軍事兵器説
2.イエティに襲われた説
3.原住民が襲った説
4.未確認飛行物体・生命体が人体実験を起こした説
5.雪崩に襲われた説
6.途中棄権したユーリー・ユーディンが一人で行った説
7.謎の光を見たり、高い放射能が検出されたりといろいろ謎が多かった。
ロシアがひた隠したいディアトロフ峠事件の闇に葬られた真相とは | 誰もが背筋を凍らせる世界のミステリー集

ロシア政府は真実を公開しない


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事件については、すべてロシア政府が管理しており、機密文書として残っているようだ。

しかし、これが国民に公開されていないということはなにか公開できないような事実が隠されているように思える。

未確認生物の仕業
放射線
ロシア軍の秘密エリアの秘密機器

真実はロシア政府が握っていることは間違いないだろう。
ロシアがひた隠したいディアトロフ峠事件の闇に葬られた真相とは | 誰もが背筋を凍らせる世界のミステリー集

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2017年10月11日