テレビ番組における『障害者×感動』の方程式。「感動ポルノ」として消費される障害者。

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私たちが障害者の姿に感動しているのは、心のどこかで彼らを見下しているからかもしれません……。従来の「気の毒な障害者」という枠を破り、健常者の感動を呼ぶために障害者を取り上げる風潮を批判し、障害者問題に対する社会の理解をすすめていかなければならない。

「手がない女の子が口にペンをくわえて絵を描く姿、カーボンファイバーの義肢で走る子ども、こうした姿を見たとき、みなさんは『自分は人生は最悪だけど、下には下がいる。彼らよりはマシ』だと思うでしょう。私たちはこれを“感動ポルノ”と名付けました」
『24時間テレビ』の裏で障害者番組『バリバラ』が“感動ポルノ”批判! でも溜飲を下げる前に考えるべきことが|LITERA/リテラ

大変な生活なのだという演出に加え、「過去の栄光」がクローズアップされ、「悲劇」を畳みかける。その上で「仲間の支え」が語られ、締めは「いつでもポジティブ」……。まさに『24時間テレビ』をはじめとする障害者ドキュメントの“お約束”の数々だが、これこそが「感動ポルノ」だというわけだ。
次に、グレース氏は口からご飯を食べることができないため、胃に|LITERA/リテラ

障害者は健常者に勇気や感動を与えるための道具、すなわち「感動ポルノ」になっている
NHK「バリバラ」が本当に訴えたかったこととは? – ライブドアニュース

障害者の社会参加が謳われ、けなげで頑張る障害者のイメージが作られていった。その結果、生まれたのが「感動ポルノ」だ。
NHK「バリバラ」が本当に訴えたかったこととは? – ライブドアニュース

ストーリーは、「大変な日常」「過去の栄光」「悲劇」「 仲間の支え」「いつでもポジティブ」という5つの“感動へのステップ”に沿って描かれる。
NHK「バリバラ」が本当に訴えたかったこととは? – ライブドアニュース

イギリスでは、こうした障害者を一面的に描く番組に対して抗議運動が始まり、90年代後半に公共放送BBCは「障害者を“勇敢なヒーロー”や“憐れむべき犠牲者”として描くことは侮辱につながる」とするガイドラインを定めた
NHK「バリバラ」が本当に訴えたかったこととは? – ライブドアニュース

そのことを考えると、日本の『24時間テレビ』をはじめ、テレビでの障害者の描かれ方はまったく前時代的なまま止まっているといえるし、その背景には、日本の障害者福祉が地域に根付いていない実態も関係している
そんななかで、障害者との共生をひとつのテーマにしてきた『24|LITERA/リテラ

冒頭から挑発的な企画<感動ポルノ>が流れた! 障害者を演出することで、いかに「感動が作られる」のかを辛らつに紹介したのは、NHK教育テレビジョン(Eテレ)の「バリバラ」だ。
NHK『バリバラ』が『24時間テレビ』の裏で”障害者×感動”|ニフティニュース

24時間テレビがクライマックスを迎える日曜19時から、バリバラでは「笑いは地球を救う」というキャッチコピーで「障害者×感動」をテーマに生放送で大討論した。
NHK『バリバラ』が『24時間テレビ』の裏で”障害者×感動”|ニフティニュース

「感動」を日本中に届けている『24時間テレビ』の真裏で、障害をもつ当事者たちが「感動の材料にしないで」と声を上げる……。この『バリバラ』の問題提起がネット上で大きな話題となったのは、『24時間テレビ』の“感動の押し売り”に違和感をもっていた人たちにとって、溜飲が下がるものだったからなのだろう。
次に、グレース氏は口からご飯を食べることができないため、胃に|LITERA/リテラ

今年の同番組は、いつものように障害者のチャレンジ企画を放送する一方で、7月に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起こった殺傷事件について、番組として言及することは一切なかった
次に、グレース氏は口からご飯を食べることができないため、胃に|LITERA/リテラ

『バリバラ』が本当にやりたかったのは、単なる『24時間テレビ』批判ではないだろう。打開すべきは障害者を無視し、ないことにしているテレビ全体だ。
NHK「バリバラ」が本当に訴えたかったこととは? – ライブドアニュース

障害者も健常者も多様性のある普通の人間のひとりとして一緒に笑い、一緒に泣く。それこそが「感動ポルノ」に陥らない道なのだ。
NHK「バリバラ」が本当に訴えたかったこととは? – ライブドアニュース

お涙頂戴の画一的な障害者像を覆すことが、ありのままの障害者の姿を伝えることとなり、あらたな福祉の道を切り開く第一歩になるのではないだろうか。
NHK『バリバラ』が『24時間テレビ』の裏で”障害者×感動”|ニフティニュース

『24時間テレビ』のように年1回でも障害者を大々的に扱う番組がなくなってしまえば、障害者はさらに社会から蚊帳の外に追いやられてしまう可能性があるからだろう。たとえ健常者による上から目線の番組だったとしても、障害に対する理解があるとはいえない現在の社会状況では、『24時間テレビ』が「感動ポルノ」だったとしても、「こんな難病があるのか」と知る機会になったり、「何か手伝いをしてみたい」と考える、貴重なきっかけになっていることは否めない
そんななかで、障害者との共生をひとつのテーマにしてきた『24|LITERA/リテラ

一緒に怒り、一緒に笑い、一緒に思いを重ねる──。そんな「感動」がある社会なのならば、相模原のような事件が起こっても、容疑者の歪んだ思想にもっと大きな拒否の声をあげ、なにより障害者の不安を取り除くために何をすればいいかを主体的に考えることができる、そんな番組がつくられていたのではないか。
一緒に怒り、一緒に笑い、一緒に思いを重ねる──。そんな「感動|LITERA/リテラ

今回の『バリバラ』は、たんに『24時間テレビ』をあげつらったのではなく、「障害者と健常者が一緒に感動できる社会をつくるには?」という根本の問題まで投げかけていた。そのことは、けっして忘れてはいけないはずだ。
一緒に怒り、一緒に笑い、一緒に思いを重ねる──。そんな「感動|LITERA/リテラ

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2018年06月05日