長崎は9日、71回目の「原爆の日」を迎え、長崎市の平和公園で平和祈念式典が開かれた。
田上富久市長は平和宣言で、核兵器の残虐性を強調し、5月のオバマ米大統領による広島訪問を評価。「原子雲の下で人間に何が起きたのか。事実を知ることこそが、核兵器のない未来を考えるスタートラインだ」と述べ、各国の指導者や市民らに被爆地を訪れるよう促した。
yamasaci tohru やまちん@yamachin_nu
Simon_Sin@Simon_Sin
この歴史的な一連の行事に長崎の被爆者が参加することはかなわなかった。原爆が投下されてから71年。
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース
今年5月27日、オバマ米大統領が現職の大統領として初めて広島の地を訪れた。オバマ大統領は2009年のプラハ演説で「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的な責任がある」とし、「核兵器のない平和で安全な世界(の実現)を目指す」と述べた。
長崎の被爆者団体5団体が、長崎からも被爆者をと外務省に申し入れたが、断られた。
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース
「これは長崎でニュースになっていたのですが、実は、(オバマ歓迎セレモニーの場に)長崎の被爆者は誰も同席していなかったんです」
被爆地が日本に2カ所あることの意味をこう見る。
「広島はウラン爆弾。長崎はプルトニウム爆弾です。2発の異なる爆弾を使ったということは、原爆投下は、初めから実験する狙いがあったのではないかということです」
長崎型は起爆の難易度が高いため、米国ニューメキシコ州アラモゴードで人類初の核爆発実験を行ったのである。
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース
2発の異なる爆弾を使ったということは、原爆投下は、初めから実験する狙いがあったのではないかということです
原爆開発史や原爆投下の道程を研究しているスタンフォード大学のバートン・バーンスタイン教授はこう言う。
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース
「1発目の原爆投下の必要性をどのように考えるかはともかく、8月9日に長崎に落とされた2発目の原爆はほぼ間違いなく不必要なものだった」
ナガサキは、命の問題を考える多くの人たちのハブ(拠点)のような存在になるし、そういう情報を発信していくべきだ。
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース
長崎の原爆を象徴的に示すある場所
十字架が仏式の墓石の上にのった独特の形。白いマリア像もある。長崎市坂本町の「経の峰(きょうのみね)」共同墓地。
仏式の墓の十字架が乗った形。キリスト教徒と仏教徒の墓が混在している共同墓地。浦上の爆心地を見下ろす位置にある
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース
原爆が投下されたのは、この浦上の地だ。経の峰共同墓地の墓石の裏には、原爆投下の昭和20年8月9日から、毎日のように、次々と家族、親族が死んでいった日付が刻まれている。
「人を見張る者よ、わたしがどんな罪過をあなたに犯したというのか。何故わたしをあなたの的にし、あなたの重荷にされるのか。何故わが咎を赦さず、わが罪を見過ごしにはされないのか」
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース
神に忠実であった者が、何故、更なる苦難を受けねばならないのか。神に問う物語。2000年以上前の物語が、浦上という原子野に再現されたのではないか。そう見る者もいる。広島にはない、カトリックの町、長崎の被爆体験がもつ独特の宗教性だ。
長崎が広島の陰に隠れがちなのは、原爆ドームのような象徴的な被爆遺構がないことも影響している。
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース
実は長崎にも、原爆ドームに匹敵するような遺構が、戦後13年目まであった。
米国国務省関連の機関の仲介で、長崎市長が渡米、ほぼ1カ月かけて全米を回り帰国した後から流れが変わり、議会などの強い反対があったにも関わらず、撤去されてしまったのだ。
そんな長崎にあって、いま目ぼしい遺構があるとすれば、爆心から西500メートルに位置する長崎市立城山小学校(旧城山国民学校)の平和祈念館だろう。
オバマは長崎に来なかった―― 71年目の長崎「最後の被爆都市」の意味 – Yahoo!ニュース


