今年の7月で「VHS」ビデオデッキの生産が終了するようです。1976年10月31日に家庭用VHSビデオデッキが発売されてから約40年。そのVHSビデオデッキの歴史をまとめてみました。
家庭用VHSビデオデッキの誕生
1976年に初めて家庭用VHSビデオデッキを販売したのは「日本ビクター」でした。
日本ビクターは1959年10月9日、回転2ヘッドヘリカルスキャンVTRの特許を申請し、同年12月には2ヘッドVTR(KV-1)を完成させた。
家庭用VHS開発の歴史を探る|デジタル・ヒストリー|HH News & Reports|ハミングヘッズ
このVTRは2つのヘッドを搭載し、それまでの4ヘッド方式のVTRでは不可能だった停止画面が可能になった。しかしヘッドが大きすぎた。ここからVHSの開発へとつながっていく。
そこでビクターが目指した方向は
1. 本体のコンパクト化
2. 収録時間は2時間
家庭用VHS開発の歴史を探る|デジタル・ヒストリー|HH News & Reports|ハミングヘッズ
それ以外にもテープの互換性や安く、操作が簡単、テープ代がかからないという条件も目指していた。
そして社会に影響を与えるものであるため、情報文化の手段と成り得ること、という条件も掲げた。
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こうしてできあがったのが
VHS対ベータマックスのビデオ戦争
ビクターがHR-3300を発売する1年前の1975年にソニーからベータフォーマットのSL-6300を発売している。これからのち、ベータ陣営はソニーを規格主幹として東芝・三洋電機・NEC・ゼネラル・アイワ・パイオニアが、VHS陣営は日本ビクターを規格主幹として松下電器産業、シャープ、三菱電機、日立製作所、船井電機が加わり、ベータ規格とVHS規格の争いが始まった。
ベータ規格とVHS規格の違い
ソニーのベータマックスがU規格と同等の性能確保を意識し、基本録画時間を1時間(後のβIモード)として画質を堅持、U規格と同じ形態によるフルローディングとして機能性を維持していた
ビデオ戦争 – Wikipedia
録画した際の画質はきれいであったが、その分録画時間が60分とVHSと比較した場合は短かった。
それに対してVHS規格は
家庭内用途を意識して画質・機能を過度に追求せず、基本録画時間を2時間と設定していた。
ビデオ戦争 – Wikipedia
先に書いたように簡単に操作ができてテープ代がかからない(録画時間が2時間と長い)というように家庭で使うものを意識して作られていた。
ベータ方式は主幹のソニーが画質維持と高機能化を意図した開発指向で新機種を投入し、対するVHS方式は「家庭用」であることを強く意識した商品開発を各社がバリエーション豊かに進め、技術の進歩に合わせて目まぐるしいほどの速度で画質改善や新機能の搭載が進んだ。
ビデオ戦争 – Wikipedia
こうして激しい規格争いは1980年代まで続いていくこととなる。
VHS規格の勝利
ただ、この規格争いは1980年代半ばになってくると実質VHSの勝利といわれるようになる。
ベータの規格争いの敗因は
重要な点は、ソニーはベータI規格で60分でスタート
してしまった点です。ソニーはテープレコーダーメーカーでも
ある(テレコは可変速も普通)ため、120分は後まわしに
考えたのでしょう。(後に、ベータII/IIIを出す)
なぜ性能の良いベータのビデオデッキが駆逐されてVHSがふきゅうされたのでしょうか?回答は(ソニーの立
やはり録画時間の差が大きかったようです。当時から120分程度の長さがあった映画等の販売物を作るにしても120分録画できたVHSのほうが都合がよい点など多かったようです。
そのほかにも、ビクターがOEM生産を積極的に行い、参入社を増やすことで販売チャネルを拡大した点や、ベータよりも部品数がすくなく低価格での生産が可能だった。VHS陣営はアダルトソフトへも積極的に参入していったことにより、ベータと比べた場合にソフトが充実していた。
ビデオ戦争後、DVDの誕生
規格争いで勝利したVHSは家庭用機器で各家庭に普及していくこととなる。敗れたベータ規格は性能のよさから、放送局などの業務用規格として別々のところで使用されるようになっていく
1990年代にはいってからDVDの開発が進められていく。
1994年12月にソニーやオランダRoyal Philips Electronics社らが「MMCD」規格を発表(NAは0.52)。間髪入れず1995年1月に東芝や松下電器産業など7社が「SD」規格を提唱した
【電子産業史】1996年:DVDの開発
DVD開発においても、記録方式の違いによる規格争いが発生した。
1995年9月15日,両陣営が規格統一の方針を発表した。
【電子産業史】1996年:DVDの開発(2ページ目) – 日経テクノロジーオンライン
規格争いによる分裂や混乱が起こると予想されていたが、当時DVD以外の競争相手も出てきており規格争いをするよりも統一して早く市場に出す方向を選んだ。これによりDVDはVHSに変わって家庭内の録画機器の座を奪っていく。
そして現在
2006年 BD-ROMのライセンスがスタートし、DVDもブルーレイにその座を奪われた。ただ現在はHDDでの録画であったり、ネット配信によって録画自体必要がなくなってきている。
そしてついにVHSビデオデッキを生産していた船井電機から生産終了が発表された。
船井電機は15日、7月末に子会社ブランドのVHSビデオデッキ生産を終了することを明らかにした。
さよなら「VHS」ビデオデッキ “最後”の船井電機7月で生産終了
船井電機は昭和58(1983)年からビデオデッキを販売。ピーク時には年間1500万台以上を販売したが、DVDの普及により販売台数は減少の一途をたどり、昨年は75万台だった。
さよなら「VHS」ビデオデッキ “最後”の船井電機7月で生産終了
最盛期の5%まで生産は落ち込んだ。部品メーカーの撤退により生産終了を決めた
ビデオ戦争で激しい規格争いをしたベータマックスは
ソニーは2016年3月をもって、ベータビデオカセットおよびマイクロMVカセットの出荷を終了いたします。
Sony Japan | ニュースリリース | ベータビデオカセットおよびマイクロMVカセットテープ出荷終了のお知らせ
ベータフォーマットのビデオテープレコーダー(VTR)は2002年に生産終了となっていた。今回はベータビデオカセットの出荷終了となり、ベータ規格も世の中から消えていくことなった。



家庭用VTRの第一号機となった。
VHS規格を現実のものにするために開発に5年かかった。