織田信長も愛した香木「蘭奢待」とは

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嵐の冠特番『嵐ツボ』で櫻井翔が「香木」を求めてベトナムロケを敢行。日本の伝統的で雅な香りの文化に欠かせない「香木」。『日本書紀』に記されるほどの長い歴史を持つ「香木」だが、最も有名なのは東大寺正倉院の「蘭奢待(らんじゃたい)=黄熟香(おうじゅくこう)」。足利義満・織田信長・明治天皇も截香した。

■嵐の冠番組『嵐ツボ』で櫻井翔は香木を求めてベトナムへ

嵐の5人が、あらゆることにハマっている「コミュニティー」の人を訪ねて願いをかなえる、20日放送のフジテレビ系冠特番「嵐ツボ」。
嵐が夢かなえる「嵐ツボ」…大野はアンタッチャブル柴田と幸せ探し : スポーツ報知

櫻井翔は最高級の香木を探したいという、『香木を愛するコミュニティー』の代表者の夢を描くべく、海を超えて約4000キロ離れた異国の地・ベトナムへ。
櫻井はベトナムの密林・相葉は標高2000mの山中へ『嵐ツボ』5人の潜入先発表 | マイナビニュース


https://matome.naver.jp/odai/2146778318870912701/2146779082477571603

『嵐ツボ』(フジテレビ)

放送:7月20日(水)
21時52分~23時18分

ベトナムの街で、香木を扱う店に立ち寄ると、そこでは怪しい香木の取引現場が…。何千万もする香木があちらこちらに無造作に置いてあるという状況。
嵐ツボ – とれたてフジテレビ

金よりも気象価格が高いという芳香を放つ高級木材で、熱帯地帯でないと採れないという香木を求め、ベトナムのジャングルでロケを敢行する。
櫻井はベトナムの密林・相葉は標高2000mの山中へ『嵐ツボ』5人の潜入先発表 | マイナビニュース

香木を人工栽培している場所があると聞き、3時間かけて車でベトナムの奥地へと進む。
嵐ツボ – とれたてフジテレビ

■香木と日本文化

香木とは広義には、樹木より採れる香料全般のことですが、通常は伽羅・沈香・白檀を指します。
香木について – 株式会社 山田松香木店|江戸時代から続く京都の老舗香木専門店

香木として良く知られている名前は伽羅や白檀です。伽羅は沈香の最上品のことです。沈香はジンチョウゲ科の木が埋もれ、樹脂分の多いところが土中で腐らずに残った物です。
お香・御香・伽羅・沈香・白檀


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「沈香」

様々な形状がある

香木に関する歴史上の記述は、飛鳥時代(592~710年)の595年、 淡路島の浜辺に大きな香木の幹が流れ着いたというものに始まります。それを見つけた島の人々は、この木を推古天皇に献上することにしました。
kôdô: 歴史

和の香りの文化に不可欠な存在として珍重されてきた香木。
香道具・香木・お線香・和の香り 麻布 香雅堂


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「香道」

香道とは、文字どおり香りを楽しむことを基本とした芸道で、茶道や華道と同じく、動作の中に精神的な落ち着きを求める日本古来の芸道です。
香道への招待

■実は産地は東南アジア 近年は人工栽培もおこなわれている

沈香…フィリピンを除く東南アジア全域に産出する香木
香木|山田松香木店 オンラインショップ

なかでもベトナム、カンボジアなどから採取される黒色の沈香は希少な最高級品で、伽羅と呼ばれて珍重された。
物を通して見る世界史

「東南アジア」

乱獲により現在では国際的に沈香が激減しています。
伽羅/沈香/沈水香木/香木の販売

沈香の採取量が減少し、価格が高騰した現在、ラオスやベトナムで沈香の人工栽培が行われるようになりました。
株式会社玉初堂|お線香・お香について |香木編 ●香木“沈香”って?

沈香を生じる樹木を植えて、その幹に孔を開けたり、傷を付けて特殊なバクテリアや薬品を塗布注入し、樹脂の分泌を促進する方法です。
株式会社玉初堂|お線香・お香について |香木編 ●香木“沈香”って?

■信長も愛した正倉院に眠る香木「蘭奢待」

「蘭奢待(らんじゃたい)」の名で知られる香木「黄熟香(おうじゅくこう)」。
黄熟香の開封記録も – 東大寺ミュージアムで「正倉院」 | 社会 | 奈良新聞WEB

「蘭」に「東」、「奢」に「大」、「待」に「寺」の文字が入る雅名。正倉院は東大寺の倉。

『正倉院』

「蘭奢待」と呼ばれる、実在する伝説の香木があります。奈良県の東大寺正倉院に保存されており、全長1.5メートル、最大直径37.8センチ、重量11.6キログラムにもおよぶ日本最大の香木です。
蘭奢待のはなし

『蘭奢待(黄熟香)」

足利義満、織田信長らが、この沈香を切り 取った話は有名で、また正親町天皇は「聖代の余薫」と歌った。千利休も、この香の聞香者である。明治天皇も截香した。
蘭奢待(らんじゃたい)黄熟香 織田信長 正倉院展

天正2(1574)年、天皇に正倉院の開封を許された織田信長は、奈良の多聞山城に黄熟香を運ばせ、2片を切り取らせた。
黄熟香の開封記録も – 東大寺ミュージアムで「正倉院」 | 社会 | 奈良新聞WEB

信長は、足利義政が切り取った部分の隣に、義政が切り取ったのと同じ大きさと形で蘭奢待を切り取って焚いてしまいます。足利家の天下は終わり、信長が天下を取ったのだと世に知らしめたのです。
蘭奢待のはなし

■どんな香りがするのか?実際に燃やした人が明治時代にいた

「黄熟香」と、同じく宝物の一つで紅塵の別名を持つ「全浅香」とを燃やし、香りを比べた官吏が、明治時代にいた。当時の文部省八等出仕の蜷川式胤(にながわのりたね)だ。
NEWS読売・報知

1872年5~10月に政府が実施した「壬申(じんしん)検査」と呼ばれる文化財調査で京都や奈良を訪れた蜷川は、正倉院の調査で、黄熟香は初日に調べ、次のように記している。
NEWS読売・報知

「黄熟香 一名蘭奢待 少々粉ヲ火ニ入れ候処、香気軽ク清らかニして、誠ニかすカノカホリ有り」。一方、全浅香に関する記述は「紅沈香ノ粉少々火ニ入ル、黄熟香よりハルカ悪シ――」。
NEWS読売・報知

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2020年08月16日