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また長いスランプ期や枯渇時代を経て、リュウマチ性関節炎など病によって劇的なほど様式を変化させたことや、画家の生涯における貪欲な女性関係も注目すべき点のひとつである。作品は風景画や家族・親族・自画像・友人・画家・画商・裸婦など身近な人物を始め、パトロンや芸術愛好家、特定のモデルなど人物画が多いが、風俗画や神話画、静物画なども手がけており幅広いジャンルを描いている。1841年、リモージュで仕立て屋を営む労働者階級一家の7人中6番目の子供として生まれる。1844年にパリへと移り、1854年から四年間、陶器の絵付師として奉公に出て絵の経験を積む。1860年、模倣画家として認められルーヴル美術館でルーベンス、ブーシェ、フラゴナールなど宮廷絵画(主に18世紀ロココ様式)の研究と模写をおこなう。1861年にシャルル・グレールの画塾に登録、翌年には国立美術学校へ入り絵画を学ぶ。またグレールの画塾ではクロード・モネ、アルフレッド・シスレー、フレデリック・バジールらバティニョール派(後の印象派)と呼ばれる画家たちと知り合い(モネの友人であったカミーユ・ピサロとも知り合う)共にフォンテーヌブローの森で作品を制作するほか、数年後に崇拝していた写実主義の巨匠ギュスターヴ・クールベとも出会う。以後ロマン主義の巨匠ドラクロワの作品の豊かな色彩に影響を受けながら、サロンに作品を出典しだすも、入選と落選を繰り返す。1868年、カフェ・ゲルボワで印象派の先駆者エドゥアール・マネやエドガー・ドガと出会う。1870年普仏戦争(独仏戦争)に召集されるボルドーの第10騎兵部隊に配属。1874年、第一回印象派展に参加。以後、第二回、第三回には参加するも、第四回と第七回以降は不参加。1880年、光の効果を重んじ形状の正確性を失った純粋な印象主義に疑問を抱き始め、翌年にイタリアへ旅行しルネサンスの巨匠ラファエロなどの作品に触れるほか、1884年にはカミーユ・コローの研究のためラ・ロシェーヌへ旅行。この1880年代は古典主義を探求し作風を変化させる。また1885年に息子ピエールの誕生し、その5年後の1890年に『田舎のダンス(1883年制作)』のモデルを務めたアリーヌ・シャリゴと結婚、家庭を築く。1888年頃にリュウマチ性関節炎や顔面神経痛に襲われる。この病によって1880年代の古典主義的な表現から、豊満な裸婦画に代表される暖色を用いた豊潤な晩年期の様式へと再変する。晩年期の1890年代からは体調がさらに悪化し、1911年には車椅子生活を余儀なくされるも、痛みに耐えながら最後まで精力的に作品制作は続けた。享年78歳。

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画家の作品の中でも23歳頃に制作された最も初期に位置付けられる本作は、全体的には(当時ルノワールが修練を重ねていた)手堅いアカデミックな表現が主体であるものの、古典様式を彷彿とさせる真正面向きの構成や、座し膝の上で手を組む姿勢はスペイン・バロック絵画の巨匠ディエゴ・ベラスケスや新古典主義最後の巨匠アングルからの、硬質的かつ抑制的で落ち着いた色彩は、画家が後に研究することになるバルビゾン派の画家ジャン=バティスト・カミーユ・コローからの影響をうかがわせる。本作に描かれるロメーヌ・ラコー嬢の子供らしい(愛らしい)描写や、やや緊張気味ながら意思の強さ(品格・格調の高さ)を思わせる明確な瞳と口元の表情、膨らんだ袖やスカートの流行的なシルエットや上品で艶やかな色彩などに、(本作を手がけた23歳頃の)若きルノワールの豊かな才能と先人から学び取ろうとする意欲が示されている。またロメーヌ・ラコー嬢が手にする赤々とした花や、ロココ的な典雅性や幸福的な軽やかさを感じさせる背後の画面左部分に掛かる薄地のレースや、色彩豊かな花々の静物描写に、画家の色彩に対する並々ならぬ熱意とその取り組みが示されている。

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全体的な構図や横を向くリーズの顔の表情の表現に写実主義の大画家ギュスターヴ・クールベの影響が感じられるほか、色彩を抑えた背景の処理にはバルビゾン派の画家カミーユ・コローの影響が指摘されている本作には、ルノワールがこの頃から陽光が生み出す輝くような色彩とその効果に注目していたことも示されてる。静寂な雰囲気と湿潤な空気が漂う森の中で立つ、上品な白い衣服に身を包むリーズを柔らかに照らす陽光の表現はあくまでも自然的であり、画面の中に多様な影を落している。特にリーズが差す日傘によって肩のあたりまで落ちる影の描写は、「不自然」との指摘を受ける(当時の絵画表現としては通常、最も描くべき「顔」には影を落さない)ほどに自然的であり、不思議と人々を惹きつける大きな要因のひとつとなっている。また本作の中で際立つ衣服と黒い腰帯の明調の対比や、やや荒く仕上げられた背景の描写と色彩によってリーズがより強調されていることは注目すべき点のひとつである。サロン展示時、本作は風刺画が描かれるほどの批判も受けているが、エミール・ゾラを始め、一部からはかなりの好評価も得ている。

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画面右部分には水上のカフェ、画面下部にはセーヌ河を行き交うボートを配するなど、モネの『ラ・グルヌイエール』とほぼ同様の構図で描かれることから、二人が画架を並べ描いていたことがうかがえる。本作にも(現在では)印象主義の誕生と位置付けられる≪筆触分割(画面上に細かい筆触を置くことによって視覚的に色彩を混合させる表現手法)≫が用いられているも、モネが光の視覚的な現象や印象、効果に忠実であるのに対し、ルノワールの『ラ・グルヌイエールにて』では、より水面に反射する光の繊細さと叙情性が強調されていることは、特筆すべき点のひとつである。さらに本作は色彩においても明瞭で輝きを帯びたルノワール独特の色彩的様式の萌芽がみられるほか、エルミタージュ美術館が所蔵している、ラ・グルヌイエールに集う人々や木々の間から射し込む木漏れ日の表現にも着目し、別の構図で描かれた『ラ・グルヌイエール』も注目すべき作品である。

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ルノワールは一時期、比較的裕福であったバジールとアトリエを共有しており、このバジールのアトリエにはルノワールの他にクロード・モネやアルフレッド・シスレー、そして彼らより年長であり印象主義の先駆ともなったエドゥアール・マネが度々訪れていたことが知られている。本作の中でバジールは(現在ファーブル美術館に所蔵される)アオサギを画題とした作品を手がけているが、シスレーがこのバジールによるアオサギの作品とほぼ同内容の作品を制作しており、この作品への取り組みはバティニョール派の画家たちの強い共鳴を示す例としての意味も見出すことができる。画面中央にほぼ真横から捉えられるバジールはその大きな体躯を丸く屈めながら作品制作に没頭している。右手には絵筆を、左手には調色板(パレット)を手にするバジールの視線は絵筆の先(制作している作品へ描き込まれるアオサギの胴体)へと向けられており、バジールの作品に対する集中を感じることができる。なおバジールの背後に掛けられる冬景色の作品は現在個人が所蔵するモネの『サン・シメオン農場への道、冬』であることが確認されている。

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本作に描かれるポン・ヌフ橋は1855年の万国博覧会の開催に合わせて推し進められたパリの都市改造計画の一環として近代化されている。橋の上には数台の馬車を始め紳士や日傘を差す夫人、子供たち、兵士など多種多様な人物が大勢描き込まれており、当時のパリの活気と喧騒がよく感じられる。また画面右側に配されるセーヌ河の奥にはアンリ4世の騎馬像を、さらにその奥にはシテ島を確認することができる。画面下部の前景から中景にかけて描かれる近代的なパリの街並みと、上空に広がる空のどこか荒涼とした印象の対比は観る者を強く惹きつける。本作を制作するにあたり、ルノワールはポン・ヌフ橋近くのカフェの上階へ部屋を借り、この戸外の情景を描いたと伝えられるほか、画家の弟エドモンの回想録にはスケッチのために行き交う人々に頼み立ち止まらせたと記されている。本風景は柔らかく素早い筆捌きで描き込まれているものの形象そのものは明確に感じることができ、1870年代中期から後半にかけて制作された画家の作品と比較すると、ルノワール独自の表現描写の変容と進化を見出すことができる。

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本作では散歩道の坂道で、流行の帽子を被った若い男が少し前傾姿勢で、白いドレスを身に着ける若い女に手を差し出している。細かく闊達に動く筆触による印象主義的様式の強い描写によって表される、女性の白いドレスに反射する光の表現は、一見すると煩雑のようにも思えるが、輝くような陽光の反射の卓越した描写や、軽やかで質の良さそうなドレスの質感を見事に感じさせる。また上半身と下半身の半分を影に覆われている若い男と、陽の光を全身に浴びている若い女との(絵画表現的な)対照性も注目すべき点のひとつである。さらに若い男の下半身や二人が歩く小道の(木々の間から差し込むことによって表れる)斑点状の光と影の表現も、画家の印象主義時代随一の代表作である『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場』や『ぶらんこ』などに通ずる光の描写手法であり、今日でも我々観る者の眼と関心を強く惹きつけるのである。

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ルノワールは色彩に天性の才能を発揮したロマン主義の偉大なる巨匠ウジェーヌ・ドラクロワが手がけた『アルジェの女たち』の類稀な色彩表現に強い感銘を受けており、本作にはその影響が如実に示されている。特に寝そべるオダリスクが身にまとう豪奢で異国情緒溢れる衣服の多様な色彩描写や、輝くような色彩表現は(画家独自の展開も見られるものの)ドラクロワの表現に類似しており、本作の制作は、後に画家が完成させる独自の多彩な色彩感覚や様式の形成に極めて重大な役割を果たした。その他にもオダリスクが浮かべる挑発的で色気漂うエロティックな表情や、ハーレムが醸し出す独特の東方的雰囲気の表現、軽快な筆触による闊達な筆遣いなども注目すべき点のひとつである。なお本作はサロンに出品された際、批評家や民衆から好評を得ているが、画家自身は1881年までアルジェ(アルジェリア最大の都市)に訪れたことはなかった。
ルノワールは色彩に天性の才能を発揮したロマン主義の偉大なる巨匠ウジェーヌ・ドラクロワが手がけた『アルジェの女たち』の類稀な色彩表現に強い感銘を受けており、本作にはその影響が如実に示されている。特に寝そべるオダリスクが身にまとう豪奢で異国情緒溢れる衣服の多様な色彩描写や、輝くような色彩表現は(画家独自の展開も見られるものの)ドラクロワの表現に類似しており、本作の制作は、後に画家が完成させる独自の多彩な色彩感覚や様式の形成に極めて重大な役割を果たした。その他にもオダリスクが浮かべる挑発的で色気漂うエロティックな表情や、ハーレムが醸し出す独特の東方的雰囲気の表現、軽快な筆触による闊達な筆遣いなども注目すべき点のひとつである。なお本作はサロンに出品された際、批評家や民衆から好評を得ているが、画家自身は1881年までアルジェ(アルジェリア最大の都市)に訪れたことはなかった。

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特に観る者と視線を交わらせる女性の豪華な白黒の縦縞模様の衣服や上品に輝く(何重もの)真珠に首飾り、アクセント的に彩りを添える胸元の(おそらく隣の男から贈られた)薔薇の花束などは女性の優雅な美しさを強調するだけでなく、女性そのものの魅力を観る者により強く印象付けさせることに成功している。また女性の背後でオペラグラスを上空へ向ける男は舞台を眺めるのではなく、おそらくは女性又は有名人が座る他の桟敷席の観客を眺めている。これらの行動は当時の近代生活における日常を見事に描写したものであり、その点でもこの頃のルノワールの作品の中でも本作は特に注目すべき作品として重要視されている。

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また本作の名称ともなっている鮮やかで気品漂う青色の衣服(ドレス)の、当時の流行に沿ったシルエットの優雅な曲線と軽々とした薄布の表現は秀逸の出来栄えを示している。さらにアンリオの巻かれた髪の毛とその上に品良く収まる帽子に代表される小粋な小物類の描写も見事の一言である。また色彩表現に注目しても、まるで水彩画のような瑞々しさを感じさせる衣服に用いられた青色の、光彩によって微妙に変化する多様な表情や、襟元や手首に用いられるレースの白色との色彩的対比はアンリオの印象を最も的確に反映しているかのようである。しばしば写実主義の大家ギュスターヴ・クールベや印象派の始祖エドゥアール・マネの影響が指摘されている本作ではあるが、第1回印象派展への出展時には『パリ女』と呼称されていたことからも分かるよう、本作には画家が抱いていた都会の典型的な女性像が示されている。

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当時、モネが滞在していたアパルトマンであるパヴィヨン・フラマンの一室を舞台に制作される本作で、画架の前に立つモネはやや左側を向くように斜めの姿勢を取りながら自然体で立っており、その視線は観る者(ここではルノワールであろう)へと視線を向けている。画面のほぼ中央に配されながらも全体の姿態は左下から右上へと緩やかなS字曲線による対角的な造形を示しており、画面の中に心地よいリズムを刻んでいる。また本作でモネが身に着ける黒い衣服(仕事着)や帽子、頬から顎にかけて蓄えられた髭や頭髪は、大きな窓から差し込む柔らかな陽光に包まれた背景の中で逆光気味に浮かび上がっている。そして顔面部分と右手に握られた絵筆、左手に持たれる暖色が数色並べられた調色板(パレット)が黒い衣服や髭の中で輝くように映えている。背景へと眼を向けると、画面左側へやや厚い生地を思わせるカーテンが装飾的に描き込まれており、さらにその奥にはしばしばルノワールの作品に登場する夾竹桃(キョウチクトウ)が枝葉を広げている。本作に描かれるモネの姿は主題こそ画家として制作されているものの、画面の中に漂う親和的な雰囲気や自然的な様子からは個人的性格と親睦の念を感じずにはいられない。なおルノワールは『アルジャントゥイユの庭で絵筆をとるクロード・モネ』を始め、本作以外にも同時期に友人モネをモデルとした作品を数点手がけていたことが知られている。

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修行時代に会得したロココ美術様式に通じる独特の風景描写は、他の画家のような、印象主義様式≪筆触分割≫による形体描写や力説的で特異な構図を用いることよりも、色彩による形象の表現が大きな特徴である。画面中央に通る坂道と、娘を先頭に赤い日傘を差し坂を下ってくる母親の姿は、輝くような光と繊細に配置された色彩と画家独自の筆触によって周囲の風景と溶け合うかのように描かれており、観る者はその表情を窺い知ることができない。しかしこの情景に描かれる色彩や全体の雰囲気そのものが、この母娘らの親しみやすい暖かな様子を伝えている。またひなげしや日傘に用いられている赤色は、画面内へ疎らに配される木々や草花の濃緑色と対比しており、黄色味を帯びた画面の中で見事なアクセントとして効果を発揮しているほか、画面上部には母娘らに続く別の人物も描かれている。

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ルノワール同様、印象派の大画家であるエドガー・ドガも同画題(バレリーナ)の作品(例:ダンス教室(バレエの教室))を数多く手がけていることが知られているが、本作はそれとは全くアプローチが異なる。ドガがあくまでも確かなデッサン(形態描写)に基づいた自然主義的な表現で展開しているのに対し、ルノワールはそれより(やや抑制的な)色彩と形象そのものの融合や、バレリーナの少女のあどけなく無垢な美しさを表現することを目指しているようである。自然的とは言えない、いかにもポーズを取ったという感じの形式的(意識的)な本作のバレリーナの少女は、観る者と視線を交わすかのようにこちらを振り向き、その身に着けるクラシック・チュチュはおぼろげな背景や、(酷評された)色白の肌と色彩が混ざり合うように透き通っている。それらを表現する画家の筆触は軽やかかつ流動的であり、少女(そしてバレリーナ)のイメージがよく伝わってくる。本作に見られる調和的な色彩描写や、心象を反映なするかのような柔らかな表現、画題としての女性像(少女像)への高い関心は、後のルノワールの作品展開を考察する上でも特に注目すべき点である。
ルノワール同様、印象派の大画家であるエドガー・ドガも同画題(バレリーナ)の作品(例:ダンス教室(バレエの教室))を数多く手がけていることが知られているが、本作はそれとは全くアプローチが異なる。ドガがあくまでも確かなデッサン(形態描写)に基づいた自然主義的な表現で展開しているのに対し、ルノワールはそれより(やや抑制的な)色彩と形象そのものの融合や、バレリーナの少女のあどけなく無垢な美しさを表現することを目指しているようである。自然的とは言えない、いかにもポーズを取ったという感じの形式的(意識的)な本作のバレリーナの少女は、観る者と視線を交わすかのようにこちらを振り向き、その身に着けるクラシック・チュチュはおぼろげな背景や、(酷評された)色白の肌と色彩が混ざり合うように透き通っている。それらを表現する画家の筆触は軽やかかつ流動的であり、少女(そしてバレリーナ)のイメージがよく伝わってくる。本作に見られる調和的な色彩描写や、心象を反映なするかのような柔らかな表現、画題としての女性像(少女像)への高い関心は、後のルノワールの作品展開を考察する上でも特に注目すべき点である。

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画面右側には冬の到来によって赤茶色に枯れた生垣が配され、画面中央から左側にかけては白雪が積もった大地が広がっている。遠景には木枝の間から微かに近郊の町の屋根が見えており、さらにその上には青々と清んだ空が描き込まれている。ルノワールは他の印象派の画家とは異なり雪景色に興味を抱かず、本作でも雪そのものへは注視している様子は見出すことができない。ルノワールは本作において、降り積もる雪は基より、陽光を遮る赤茶色の生垣や、おぼろげに見え隠れする近郊の町、そして上空に広がる青空など風景全体を通しての多用な色彩とその構成に興味を示しているのは明らかである。特に雪の積もった大地の薄い桃紫色を用いた微妙な光彩の変化による色彩的差異や、葉が落ち枯れた木々の、それでも自然の生命力を感じさせる逞しい姿の表現は、今も観る者を惹きつけてやまない。

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画面手前の人物らはアトリエで姿態を執らせ、画面奥の群集は実際にダンスホールでデッサンした人物らが配置されている本作には、画家が気に入っていたモデルのマルゴを始めとし、ノルベール・グヌット、フランク=ラミー、リヴィエールなどルノワールの友人や知人たちが多数描かれている。本作の光の効果的な表現や曖昧な輪郭、複雑な空間構成など画家の優れた印象主義的な技法は賞賛に値するが、その他にも退廃的でメランコリックであった当時のカフェ本来の姿とは異なる陽気な本作の雰囲気に、幸福な社会や治世を望んだルノワールの世界観や趣向なども示されているとの解釈もされている。なおルノワールと同じく印象派を代表する画家で友人だったカイユボットが購入し、ルノワールの死後にオルセー美術館へと寄贈された本作を制作するために、画家の友人たちが都度、コルトー街の画家のアトリエからムーラン・ド・ラ・ギャレットまで運ぶのを手伝ったとの話が残されているほか、本作より一回り小さい別ヴァージョン(78.7×113cm)が存在し、フィンセント・ファン・ゴッホの『ポール・ガシェ医師の肖像(ガッシェ博士の肖像)』と同様、大昭和製紙(2003年に日本製紙と合併)の名誉会長であった斉藤了英氏が1990年5月に開催されたオークションで別ヴァージョンを109億円で落札したものの、1997年に米国の収集家へ売却されている。

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本作でルノワールは木々の間から射し込み移ろう斑点状の木漏れ日の作用による光の変化や、補色的・対称的・相乗的な色彩描写の効果を追求しており、特に画面全体を覆う大きめの斑点状のやや荒いタッチによる光の効果的な描写は、今でこそ理解され観る者を強く魅了するものの、当時は類の無い表現手法から酷い悪評に晒された。この点描表現の先駆とも言える独特の表現は、当時ルノワールが追い求めていた(所謂正統的印象主義)表現の典型例のひとつであり、『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場』同様、この時代の最も優れた作例のひとつとして広く認められている。またぶらんこの女の衣服の白色と青色、隣で背を向ける男の濃紺の衣服と黄色の帽子を始めとし、ぶらんこの女と背を向ける男、背を向ける男とその奥の男、背を向ける男と画面左端の幼児など色彩おいて補色性、対称性、相乗性など対比的色彩表現が示されているのも注目に値する。本作は当時、労働者階級にあった人々を描いた作品ではあるが、そこにあったであろう重々しく疲弊的な雰囲気は(本作には)一切感じられず、明るく愉快に過ごす人々の生や喜びを強く意識し描いたことは、ルノワールの絵画における信念や思想の表れでもあるのだ。

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当時絵が売れず貧困に苦しんでいたルノワールにとって、ジョルジュ・シャルパンティエとの出会いや夫人マルグリットのサロンへの出入り、そして本作の成功は重要な出来事であり、夫人は本作を大変気に入り、官展での評価を強く推し、画家の画壇での出世作となったほか、この夫人が催す華やかなサロンの場では当時の政治家や官展画家、文筆家、女優など様々な人々と出会うきっかけともなった。ルノワール独特のやや大ぶりで闊達な筆触による夫人や、ニューファンドランド犬(もしくはセントバーナード)の上に腰を下ろす姉ジョルジェット、その間で椅子に座る弟ポールら子供たちの描写は、非常に繊細かつ優美であり、観る者に幸福で家庭的な温もりを感じさせる。また当時欧州を席巻していたジャポニズム的な部屋の家具や装飾などを始めとする部屋内の雰囲気や色彩は当時「ティツィアーノに匹敵する」と評されたよう、多様で豊潤な美しさを備えている。

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1882年に開催された第7回印象派展では名称を『ふたりの姉妹』とし出品されていた本作では画面の中央から左右に演技を終えたフランチェスカとアンジェリーナが配されており、一方(左側)は観客に挨拶の仕草を見せ、もう一方は演技に使用した(又は観客が演技に喜び投げ入れた)オレンジを両手いっぱいに抱えている。ふたりの安堵的な柔らかい仕草と子供らしい純粋で愛らしい表情はサーカスの情景を描いたというよりも、むしろ肖像画に近いアプローチを感じさせる。無論、これらの点も特筆すべき内容であるが本作で最も注目すべき点は近代性を感じさせる表現様式にある。やや高い視点から描かれるフランチェスカとアンジェリーナを中心に円形のサーカスの舞台を配した本作でルノワールが集中して取り組んでいるのは豊かな色彩の描写であり、本来ならば床面に落ちるであろう陰影を全く描かず、多様的で輝くようなフランチェスカとアンジェリーナの衣服の色彩と黄土色の床の暖色的な調和性は観る者に心地よい色彩のリズムを感じさせる。また2人の姉妹の身に着ける衣服の(やや厚塗りされた)黄金色の豪華な刺繍と青白い白地部分の色彩的対比や、観客の黒い衣服との明確なコントラストは画面を見事な引き締める効果を生み出している。

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清潔で上品な顔立ちの中で輝く大きく印象的な瞳、子供特有の白く透き通る肌、肩にかかり腰まで垂れた少し波打ち気味の長い赤毛の頭髪、質の良さを感じさせる青白の衣服、膝の上で軽く組まれた小さな手。いずれも細心の注意が払われながら、綿密に細部まで画家特有の筆触によって描写されている。とりわけ注目すべき点は少女イレーヌ・カーン・ダンヴェールの長く伸びた赤毛の頭髪にある。印象主義的技法(筆触分割)に捉われない画家の個性を感じさせる流形的な筆触によって髪の毛一本一本が輝きを帯びているかのように繊細に表現されている。また少女の赤茶色の髪の毛と溶け合うかのような背景との色彩的調和も特筆すべき点のひとつである。このように大人が子供に大して抱く愛情と、画家の子供の肖像画に通じる微かな甘美性を同時に感じさせる本作は今なお、画家の代表作として人々を強く惹きつけているのである。

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画面前景となるメゾン・フルネーズのテラスに腰を下ろし寛ぎながら昼食を楽しむ舟漕ぎたちは、他の船が賑やかに行き交うセーヌ河を見下ろしながら思い思いに午後のひと時を過ごしている。本作で最も注目すべき点は、より一層明瞭・幻想的(非現実的)になった色彩表現にある。彼ら、特に画面右側の椅子にゆったりと腰掛ける男が身に着ける白い衣服の青味がかった陰影表現は、作品へ幻想性を齎す大きな要因となっている黄色の色彩と見事な対比をみせており、互いに彩度を際立たせている。またテラスの向こう側(画面奥)に見えるセーヌ河やそこを行き交う木製のボートは前景と比較し、淡く明瞭な色彩によって描かれているが、それらも本作に非現実的な感覚を与える効果を生み出している。これらの特徴的な色彩表現はルノワールが抱いてた色彩に対する強い関心と新たな可能性への挑戦の明確な現れであり、今なお観る者を惹きつけ続ける。さらに以前の作品などと比べ、軽快さと即興性が増した速筆的な筆触もルノワールの絵画表現の探求において特に注目すべき点である。

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中央の昼食やワインが置かれるテーブルを中心に画面左部分手前には犬を抱き上げる(後に画家の妻となる)アリーヌ・シャリゴとその後ろにレストランの経営者アルフォンス・フルネーズの姿が、画面右側手前に椅子に座り談笑する画家ギュスターヴ・カイユボットと女優エレン・アンドレ(エドガー・ドガの代表作『アプサントを飲む人』のモデルとしても知られている)、そして取材者マジョロの姿が配されているほか、画面奥にはバルコニーへ身体を預ける(帽子を被った)経営者の娘アルフォンシーヌ・フルネーズと会話するバルビエ男爵の後姿や、グラスを口元へ傾けるモデルのアンジェール、その後ろで経営者の息子アルフォンスJrと話をしている(ドガの友人でもある)銀行家兼批評家のシャルル・エフリュッシ、そして画面奥右端にはジャンヌ・サマリーやポール・ロート、レストリンゲスの姿が確認できる。本作では人体描写の形態的躍動感や生命感、色幅の大きい奔放かつ豊潤な色彩描写、明瞭で卓越した光の表現、前景卓上の静物の洗練された描写などにルノワールの(印象主義的)技巧の成熟が感じられるほか、風景描写とやや切り離された登場人物の堅牢で存在感のある表現は注目に値する。また本作はルノワールが印象主義時代との決別や終焉を告げた作品でもあり、画家の重大な転換期における最後かつ集大成的な作品としても特に重要視されている。なお本作は第7回印象派展閉幕後、すぐに画商デュラン・リュエルによって購入されている。
中央の昼食やワインが置かれるテーブルを中心に画面左部分手前には犬を抱き上げる(後に画家の妻となる)アリーヌ・シャリゴとその後ろにレストランの経営者アルフォンス・フルネーズの姿が、画面右側手前に椅子に座り談笑する画家ギュスターヴ・カイユボットと女優エレン・アンドレ(エドガー・ドガの代表作『アプサントを飲む人』のモデルとしても知られている)、そして取材者マジョロの姿が配されているほか、画面奥にはバルコニーへ身体を預ける(帽子を被った)経営者の娘アルフォンシーヌ・フルネーズと会話するバルビエ男爵の後姿や、グラスを口元へ傾けるモデルのアンジェール、その後ろで経営者の息子アルフォンスJrと話をしている(ドガの友人でもある)銀行家兼批評家のシャルル・エフリュッシ、そして画面奥右端にはジャンヌ・サマリーやポール・ロート、レストリンゲスの姿が確認できる。本作では人体描写の形態的躍動感や生命感、色幅の大きい奔放かつ豊潤な色彩描写、明瞭で卓越した光の表現、前景卓上の静物の洗練された描写などにルノワールの(印象主義的)技巧の成熟が感じられるほか、風景描写とやや切り離された登場人物の堅牢で存在感のある表現は注目に値する。また本作はルノワールが印象主義時代との決別や終焉を告げた作品でもあり、画家の重大な転換期における最後かつ集大成的な作品としても特に重要視されている。なお本作は第7回印象派展閉幕後、すぐに画商デュラン・リュエルによって購入されている。

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南仏(地中海沿い)で収穫された野菜らは、多くの研究者が指摘しているよう、人物画などで用いられたルノワールの軽快で女性的な表現手法とは明らかに一線を画した、まるでポール・セザンヌを彷彿とさせる大胆で荒々しい(やや厚みを感じさせる流線描的な)筆触によって奔放に描かれており、この静物(野菜や果物)の生命力をそのまま反映させたかのようである。また本作ではルノワールの対象静物そのものが発する色彩への取り組みや、静物の配置による画面の装飾性の追及も特に注目すべき点のひとつである。画面内に描かれるパプリカ(甘味唐辛子)や柘榴、玉葱などの暖色と、茄子や莢豌豆、陶器皿などの寒色の色彩的対比はこれまでの各作品にも度々登場しているが、対象の質感、例えば瑞々しい茄子や熟したパプリカの艶々とした滑らかな質感や、檸檬のザラザラとした質感は写実的(デッサン的)な描写手法ではなく多彩な色彩によって表現されている。またこれらの色彩は陶器皿やテーブルクロスの白色と見事な対比を示しており、観る者へ生気に溢れたある種の躍動感を感じさせる。さらに背景の曖昧な色彩感覚は静物の強烈な固有色と白色の架け橋としての効果も発揮しており、ここでもルノワールの色彩への意識の高さが示されている。

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しかし、それでも本作の燃えるように強烈な陽光の描写やアルジェ独特の風土感、喧騒とした祭事の表現はルノワールの画家としての偉大さが良く表れている。画面の大半はアルジェの特徴的な赤土の上で行われるアラブの祭りに参加する群衆が描かれており、ひとり一人はルノワールの他の作品の基準からすると例外的に小さく描かれている(人々の点描的な表現手法も注目すべき点のひとつである)。しかし渦巻くような群衆全体をひとつの塊として捉えた時には、アラブの強い光によって輝きを帯びた群衆は生命力と活気に溢れている。画面左上部分に描かれる遠景には白壁が非常に美しいイスラム教の寺院が配されており、さらに遠景の澄んだ海の青色と隣り合うことで得られる清涼感は観る者の心象に強く浸透する。またこの寒色が用いられる遠景部分の色彩と、画面の大半を支配する赤茶けた黄土色の色彩的対比は、ルノワールの明瞭で多様な色彩表現の特徴がよく表れている。

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本作に描かれる風景は、英雄ナポレオンが世界で最も美しい広場であると称えたとの逸話も残されている同地の中心的(象徴的)存在(かつ最も有名な観光場所)のひとつ≪サン・マルコ広場≫から見たビザンティン様式による大聖堂建築の傑作≪サン・マルコ寺院≫の正面の姿であるが、最も注目すべき点は豊潤かつ多様な色彩の描写にある。画面中央から上部へ配されるサン・マルコ寺院は赤色、黄色、青色を基調としながらそれらの色彩が複雑に混合し合うことで多様な表情を見せている。さらにハイライトとして置かれる白色と隣り合う濃黄色がサン・マルコ寺院を眩いばかりに輝かせ、それは色彩の洪水となって画面全体へと溢れるかのようである。そして画面中央から下部へと配されるサン・マルコ広場に落ちる影は陽光に照らされるサン・マルコ寺院と対比するかのように青い色彩が用いられており、この補色的な色彩の対比は晴天の空模様と共に特筆に値する美しさを醸し出している。また寺院自体の形状描写はやや写実性を感じさせるものの、豊かで非現実的な色彩と軽やかで速筆的な筆触によって非常に現代的な感性を見出すことができるなど、本作には筆触分割を用いる印象主義的表現に疑問を抱いていた当時のルノワールの模索と探求が示されている。

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1882年に開催された第7回印象派展への出品作でもあると考えられている本作に描かれる若い婦人は、当時の舞台女優ダーロウであり彼女の身に着けるハイセンスな赤い帽子と洗練された紺色の衣服、さらにそのアクセントとして胸元に添えられた白花の飾りの色彩はダーロウの美貌を引き立てるだけではなく、隣の愛らしい少女の衣服や帽子、花飾り、テーブルの上の色とりどりの花々などとも見事な調和を示している。本作の中で最も観る者の目を惹きつけるダーロウの赤い帽子についてはルノワール自身が次ののように述べている。「私は≪赤≫が呼鈴のように音色高く鳴り響くものにしてみたい。もし、そうならないのであれば、もっと赤色を塗り重ねるか、他の色彩を組み合わせる(加える)のだ。」。本作の前景に示される多様で豊潤な色彩の配置や各色彩の呼応的処理は、まさに画家のこの言葉の実行事例であり、今も色褪せず我々に感動を与え続ける。さらに本作で注目すべき点は前景と背景の色彩や画面構造的な関係性の秀逸さにある。ダーロウの背後の手摺を境に前景と背景が明確に分けれており、前景は左から右へ斜めに視線が下がるように構成的誘導が施されているが、背景では逆に左から右へ斜め上に視線が向かうように構成されている。この斜めへの視線誘導はルネサンス時代から続く視線を画面へと向かわせる伝統的な手段であり、ここに画家の古典芸術への理解を見出すこともできる。さらに前景のやや強い濃色に対して背景の色彩はやや淡彩的に描写されているものの、色調そのものは背景の方がより明瞭であり、画面全体が重く沈みこんでしまうのを巧妙に回避させている。

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やや紫がかった白色と橙色が差し込んだ黄色と2色の花を咲かせる菊の豊潤で繊細な色彩は、青々とした緑の葉と見事な色彩的対比を示しており、観る者を強く惹きつける。さらに菊の華々しく鮮やかな色彩と対照的な、銅色の花瓶は画面を引き締めるだけではなく、花(菊)の色彩の美しさを惹き立てる効果を発揮している。そして清潔な青色と白色が用いられるテーブルクロスの色彩と対照を為しているのが、赤系統の色彩を用いた背景である。元々色彩に強い興味と類稀な才能を有していたルノワールは、1880年代初頭、自身の作風(そして印象主義的表現)に限界を感じており、模索の日々が続いていたことが知られているが、本作にはルノワール独特の迷いを感じさせない確固たる自信に基づいた個性的な色彩はもちろん、闊達で奔放な筆触による力強く自由的な描写など、画家としての己の姿を取り戻したかのような印象すら受け取ることができる。

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本作はX線の調査によって制作されたおおよその時期が推測されており、毛羽立つような筆触や豊潤な色彩が特徴的な画面中央から右部分手前に描かれる青色の衣服の女性と二人の子供は1881年から翌年にかけて、硬質的な筆触や形体描写、冷艶な色彩が特徴的な画面中央から左部分手前の籠を持つ女性(アリーヌ・シャリゴがモデルだと言われている)は1885年頃に手がけられたと考えられている。ルノワールは独自的表現として新古典主義最後の巨匠アングルの形態やイタリア旅行で特に注目したラファエロ・サンツィオの表現手法に活路を見出しており、本作では、それまでの印象主義的な表現とは決定的に異なる、(アングル、ラファエロから学んだ)線と形体による描写が克明に示されており、特に左部分手前の女性が持つ籠の形態に画家の新たな様式を見ることができる。

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『都会のダンス』同様に画商デュラン=リュエルの家の装飾用に制作された本作は、画家の友人であったポール・ロートと、しばしば画家のモデルとなり、後に妻ともなるアリーヌ・シャリゴ(当時24歳)をモデルに描かれた作品で、単純かつ洗練された構成、画面の中で溶け合うかのような人物と背景の一体感、明確な人物の形態、やや装飾的な表現など、光の効果的な表現や曖昧な輪郭、複雑な空間構成等が特徴であった印象主義時代とは明らかに異なる表現手法によって描かれているのが大きな特徴である。本作での喧騒的で活気に満ちた雰囲気や、如何にも楽しげな表情、アリーヌ・シャリゴが身に纏う垢抜けない衣服などは、『都会のダンス』とは対照的に、気楽で田舎的ながら、どこか心を許してしまえるような安心感や幸福感を観る者に与える。ルノワールはこの頃、アリーヌ・シャリゴと、『都会のダンス』のモデルを務めたシュザンヌ・ヴァラドンの二人に心惹かれていたとされ、画家がそれぞれに感じていた人物像や抱いていた想いが表現されていると考えられている。なお画家は田舎のダンス・都会のダンスの両作品を描く前に、≪ダンス三部作≫の第一作目となる『ブージヴァルのダンス(ボストン美術館所蔵)』を制作している。

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『田舎のダンス』同様に画商デュラン=リュエルの家の装飾用に制作された本作は、画家の友人であったポール・ロートと、上昇志向が強かった都会的な女性シュザンヌ・ヴァラドン(当時18歳)をモデルに描かれた作品で、単純かつ洗練された構成、画面の中で溶け合うかのような人物と背景の一体感、明確な人物の形態、やや装飾的な表現など、光の効果的な表現や曖昧な輪郭、複雑な空間構成等が特徴であった印象主義時代とは明らかに異なる表現手法によって描かれているのが大きな特徴である。本作の優雅で洗練された雰囲気、上質なシルク地を思わせるハイセンスな本繻子のドレスを纏うシュザンヌの澄ました表情や慣れた仕草は、『田舎のダンス』と対照的に、喧騒とは程遠い都会的で上品な印象を観る者に与える。ルノワールはこの頃、シュザンヌと、『田舎のダンス』のモデルを務めたアリーヌ・シャリゴの二人に心惹かれていたとされ、画家がそれぞれに感じていた人物像や抱いていた想いが表現されていると考えられている。また本作が描かれた当時、シュザンヌ・ヴァラドンは後にエコール・ド・パリを代表する画家となるモーリス・ユトリロを身篭っていたことが知られている。なお画家は田舎のダンス・都会のダンスの両作品を描く前に、≪ダンス三部作≫の第一作目となる『ブージヴァルのダンス(ボストン美術館所蔵)』を制作している。

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本作で最も注目すべきは柔らかく流れるような暖かみを感じさせる描写手法にある。≪枯渇時代≫と呼ばれる1880年代のルノワールは『女性大浴女図(浴女たち)』に代表されるよう、古典的な写実性を重要視し、硬質的で冷感的な描写を用いていたが、本作では心情に残る印象をそのまま描いたかのような柔和で穏やかな描写が明確に示されている。この描写手法こそ晩年期にかけて画家が奔放に発達させてゆく独自の表現様式の根幹であり、そのような転換点における作品という意味からも本作は重要視されている。また少女らの姿態によって構成される安定的な三角形や、穏やかな風を感じさせる草原の緑色と見事な色彩的調和を示す少女らの衣服の色彩など、注目すべき点は多い。なおニューヨークのメトロポリタン美術館には同時期に制作された同主題(そして登場人物も同じ)の作品『草原にて』が所蔵されている。

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一方、画面左側には次女マルグリット(マルゴ)がソファーに座りながら本を読んでいる姿が描かれており、次女マルゴと三女リュシーは上品かつ清潔な青い衣服を身に着けている。画面は左上部分から対角線上にかけてほぼ半分を寒色を、右下部分からは暖色を中心に構成されている点など、画家の生涯的な課題と取り組みでもある計画的な色彩配置とその対比的効果の設計をおこなっていたことが良く表れているが、冷感な印象を受ける色彩の使用や、鮮やか過ぎる程の明確で輪郭線による形態の硬質的な表現など印象主義的表現に限界と違和感を感じていた画家が新たな表現を模索していた1880年代前半の枯渇時代(探求の時代とも呼称される)の代表的な表現が随所に示されている。また短く早い筆触による艶やかな床面(フローリング)の質感表現や、窓の奥の屋外風景の光に溢れた表現なども特に注目すべき点のひとつであり、今も色褪せることなく観る者の目を強く惹きつけている。

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特に本作の流動的で大ぶりな筆触によって表現される(モデルは不詳である)二人の少女の愛らしい表情や頭髪、衣服の動き、柔らかい肌の質感などの描写は、まさに「愛でる」「安らぎ」「ぬくもり」「家庭的」などという言葉が相応しい絶妙な雰囲気を醸している。また画面全体においても、この表現手法を用いることによって、主対象である人物(二人の少女)と物体(ピアノや楽譜、家具)、その動作、室内空間がひとつとなって溶け合うかのような効果も生み出している。このような表現による捉心的効果は、枯渇の時代以降のルノワールの画風の大きな特徴であり、同時に最大の魅力でもある。さらに本作の少女らの赤色と白色の対称的な衣服や、鮮やかなリボンや腰布の青色、カーテン部分の緑色などの色彩描写も本作の見所のひとつである。なお本作のヴァリアントがメトロポリタン美術館やオランジュリー美術館、個人所蔵など合計4点が確認されている。

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画面中央で白い上品な衣服に身を包むイヴォンヌ・ルロルは交差させるように(ピアノの)鍵盤の上へ置いている。その奥では鮮やかな赤い衣服を身に着けたクリスティーヌ・ルロルが両手でイヴォンヌを囲むかのように寄り添っている。二人の身に着けた白色、赤色の衣服の色彩的コントラストは画面の中で最も映えており、その強烈にすら感じられる対照性は観る者の視線を強く惹きつける。さらに本作にはピアノの黒色と鍵盤の白色、ピアノ(黒色)とイヴォンヌ(白色)、ピアノ(黒色)とクリスティーヌ(赤色)など様々な要素で色彩的コントラストが試みられている。また画面背後の薄黄緑色の壁に飾られる踊り子(バレリーナ)と競馬を描いた二枚の絵画はアンリ・ルロルが購入したエドガー・ドガの作品であり、ルノワールは画面内にドガの作品を描き込むことによって、友人ドガへの友情と、画家としての明確な(差異のある)態度を表している。

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