ピューリッツァー賞写真家ケビン・カーターの死

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史上最も有名な写真の一枚「ハゲワシと少女」を撮影した写真家ケビン・カーターについてのまとめです。

写真家になるまで

ケビン・カーター
1960年9月13日生まれ

南アフリカ共和国出身

南アフリカ共和国のヨハネスブルグの白人居住区で、イギリスから移民してきた中流家庭の両親のもとに生まれた。
ケビン・カーター – Wikipedia

1976年に寄宿高校を卒業したのち、薬剤師を目指したが挫折し、南アフリカ防衛軍に入る。
ケビン・カーター – Wikipedia

アパルトヘイト
アフリカーンス語で「分離、隔離」の意味を持つ言葉で、特に南アフリカ共和国における白人と非白人の諸関係を規定する人種隔離政策のことを指す。
(wikiより)

任務に就いていた軍施設前で車が爆発する事件が起こり、被害者の救助を手伝った。反アパルトヘイトを訴える者による爆破事件であることがわかり、これをきっかけに歴史を記録するフォトジャーナリストへの転身を志す。
ケビン・カーター – Wikipedia

ハゲワシと少女

ハゲワシと少女とは、カーターが撮った有名な写真の通称。スーダンの、痩せ衰えてうずくまる少女を、虎視眈々とハゲワシが狙っている。
ハゲワシと少女とは (ハゲワシトショウジョとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

カーターがこの写真を撮ったのは1993年のこと。スーダンでは内戦や旱魃を背景に深刻な飢餓を招いており、彼の訪れた国連施設のある村では毎日20人前後の子供が死んでいた。カーターは国連の食糧配給センターの近くを歩いていて、うずくまる少女とハゲワシを見つけ、思わず構えてこの写真を撮った。
ハゲワシと少女とは (ハゲワシトショウジョとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

その後カーターはハゲワシを追い払い、木陰でしばらく泣き続けたという。

非難

カーター氏はこの写真でピューリッツァー賞を受賞したが、「その光景を見た瞬間、シャッターを押すのではなくワシを追い払って少女を助けるべきだ」と激しく非難を浴びた。
NY地下鉄ホームから落ちた韓国系男性を撮影、市民が怒り | Joongang Ilbo | 中央日報

ピューリッツァー賞…新聞等の印刷報道、文学、作曲に与えられる米国で最も権威ある賞(wikiより)

「写真を撮った後、すぐにワシを追い払った」というカーター氏の弁解は誰も信じなかった。
NY地下鉄ホームから落ちた韓国系男性を撮影、市民が怒り | Joongang Ilbo | 中央日報

やがてタイム誌などを中心に「報道か人命か」というメディアの姿勢を問う論争に発展した。
ケビン・カーター – Wikipedia

ジャーナリスト・藤原章生氏による『ハゲワシと少女』が撮影された背景についての指摘

藤原は写真が撮影された現場でカーターのすぐそばにいたカメラマンのジョアオ・シルバにインタビューし、その際シルバが撮影した、目をふさいでいる少女の写真を見せられる。シルバの写真に写るやせ細った少女は、『ハゲワシと少女』の少女に似てはいるが別人で、少女たちの親は食糧配給を受けているところだったという。その時の様子について、シルバから「親? 親はすぐそばで食糧もらうのにもう必死だよ。だから手がふさがってるから、子供をほんのちょっと、ポン、ポンとそこに置いて」「ケビンが撮った子も同じ。母親がそばにいて、ポンと地面にちょっと子供を置いたんだ。そのとき、たまたま、神様がケビンに微笑んだんだ。撮ってたら、その子の後ろにハゲワシがすーっと降りてきたんだ、あいつの目の前に」という証言を引き出している。

出典:藤原章生 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E7%AB%A0%E7%94%9F

自殺

授賞式から約1ヶ月後、カーターはヨハネスブルグ郊外に停めた車の中に排気ガスを引きこみ自殺。
ケビン・カーター – Wikipedia

遺書には、鬱と金に悩んでいたこと、取材で見聞きした悲惨な光景に苦しんでいたことなどが書かれていた。
ケビン・カーター – Wikipedia

https://matome.naver.jp/odai/2145431045967696401
2017年04月26日