日本の芸能プロダクション創業者と現社長の写真を交互に貼っていく

池袋太郎
古参の主要なものを挙げました。過不足誤りなどあれば、気が向けば更新、追加します。※各写真の著作権は著作権者、肖像権は被撮影者本人にあります。(主出典:Wikipedia)

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吉本興業 吉本 せい(創業者)
吉本 せい(よしもと せい、本名:吉本 勢、1889年12月5日 – 1950年3月14日)は吉本興業創業者。芸能プロモーター。兵庫県明石市出身。「女今太閤」「女小林一三」と呼ばれた。
1910年4月の20歳の時に、大阪上町本町橋の荒物問屋「箸吉(はしよし)」の息子吉本吉兵衛(通称:吉本泰三)と結婚(実際には1907年12月の18歳のころから結婚生活であった)。

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吉本興業 大崎洋(現社長)
大﨑 洋(おおさき ひろし、1953年7月28日 – )は吉本興業株式会社社長、プロデューサー。大阪府出身。
1978年吉本興業入社。以後、エンターテインメントビジネス界において様々なプロジェクトを成功させた。特に1980年に上司であった木村政雄と共に東京支社に異動後は、漫才ブームの時代を支えた。
吉本所属タレントの中でも、特にダウンタウンとの関わりが強く、吉本総合芸能学院(NSC)開校時の担当社員となり、無名時代の2人の兄貴分・マネージャー的存在として業界のイロハを教える。その後、大阪で人気の頂点に立ったダウンタウンを東京に進出させる。

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松竹芸能 勝忠男(創業者)
勝 忠男(かつ ただお、1926年 – 2006年7月17日)は、大阪市を本拠とする芸能事務所大手の松竹芸能創業者の一人で元会長・社長。興行師・芸能プロモーター。大阪府出身。

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松竹芸能 井上貴弘(現社長)
井上貴弘(いのうえ たかひろ)
1968年、神戸市生まれ。慶応義塾大学卒業、コーネル大学大学院修了。
1990年、阪急電鉄入社後、毎日放送等を経て、2005年松竹入社。
2008年、松竹芸能取締役副社長及び松竹エンタテインメント取締役副社長に就任。
2011年、松竹執行役員、松竹芸能代表取締役社長、松竹エンタテインメント代表取締役社長に就任。
2013年、松竹芸能本社、タレントスクール大阪校、直営劇場(「DAIHATSU MOVE道頓堀角座」)、飲食ゾーンから構成される複合施設「角座広場」を大阪・道頓堀に開業。
2013年10月より、大阪府教育委員に就任。

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ホリプロ 堀 威夫(創業者)
堀 威夫(ほり たけお、1932年10月15日 – )は日本の実業家。ホリプロ創業者。芸能プロモーター。
息子はホリプロ取締役副会長の堀一貴と同・代表取締役会長兼社長の堀義貴。
舟木一夫、和田アキ子、山口百恵、榊原郁恵、片平なぎさらを育て上げ、ホリプロタレントスカウトキャラバンで多くのスターを輩出した。

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ホリプロ 堀 義貴(現社長)※世襲
堀 義貴(ほり よしたか、1966年6月20日 – )は日本の実業家。ホリプロ代表取締役会長兼社長。芸能プロモーター。暁星中学校・高等学校、成蹊大学法学部卒。

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ナベプロ 渡辺 晋(創業者)
渡辺 晋(わたなべ しん、1927年3月2日 – 1987年1月31日)は、日本の実業家・芸能プロモーター。ベーシスト。日本の芸能事務所の草分け的存在にあたる渡辺プロダクション(通称:ナベプロ)の創業者。

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ナベプロ 渡辺 ミキ(現会長)※世襲
渡辺 ミキ(わたなべ みき、本名:吉田 美樹/旧姓:渡邊、1960年4月23日 – )は、ワタナベエンターテインメント代表取締役社長、渡辺プロダクション代表取締役会長。元女優・元舞台女優・芸能プロモーター。

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サンミュージック 相澤秀禎(創業者)
相澤 秀禎(あいざわ ひでよし、1930年1月20日 – 2013年5月23日)は、日本の実業家、芸能プロモーター。サンミュージックプロダクションの創業者で初代社長。
1961年、「龍美プロ」を立ち上げて日本クラウンより西郷輝彦をデビューさせた。
1968年、鈴木栄治をスカウトし、森田健作としてデビューさせるにあたり龍美プロをサンミュージックプロダクションと改称し設立。
その後、森田を始め、野村将希・桜田淳子・松田聖子・香坂みゆき・早見優・岡田有希子・酒井法子・安達祐実といったタレントをスカウト・育成し、デビューさせる。

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サンミュージック 相澤正久(現社長)※世襲
2004年、相澤は社長職を長男の相澤正久に譲り、会長に就任した。2007年に創業40周年パーティーが創業者の相澤会長の喜寿および芸能生活40周年記念も兼ねた上で盛大に催された。

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プロダクション人力舎 玉川善治(創業者)
玉川 善治(たまがわ よしはる、1946年12月16日 – 2010年6月11日)は芸能プロモーター、作詞家。お笑い芸人専門の芸能事務所プロダクション人力舎の前代表取締役社長。

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プロダクション人力舎 玉川大(現社長)※世襲
2010年(平成22年)6月に玉川善治が死去し、長男で当時副社長だった玉川大が代表取締役に就任。

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石原プロモーション 石原 裕次郎(創業者)
石原 裕次郎(いしはら ゆうじろう、1934年(昭和9年)12月28日 – 1987年(昭和62年)7月17日)は、日本の俳優、声優、歌手であり、司会者やモデルといったマルチタレント。実業家・ヨットマンとしても活動していた。身長178cm、血液型はA型。愛称はタフガイ・裕ちゃん・ボス・ユージロー。石原軍団総帥、石原プロモーション元代表取締役社長(初代)兼会長。
兄は政治家で作家の石原慎太郎。

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石原プロモーション 石原まき子(現会長)
石原 まき子(いしはら まきこ、1933年7月23日 – )は、日本の芸能プロモーター。石原裕次郎の未亡人で、石原プロモーションの代表取締役会長・石原裕次郎記念館館長。旧姓は荒井。愛称は「マコ」。元女優で、北原 三枝(きたはら みえ)の名で活躍したことでも知られている。東京都出身。

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ひばりプロダクション 美空 ひばり(創業者)
美空 ひばり(みそら ひばり、1937年(昭和12年)5月29日 – 1989年(平成元年)6月24日)は、日本の歌手、女優。横浜市磯子区滝頭出身。横浜市立滝頭小学校、精華学園高等部卒業。
12歳でデビューして「天才少女歌手」と謳われて以後、歌謡曲・映画・舞台などで活躍し自他共に「歌謡界の女王」と認める存在となった。昭和の歌謡界を代表する歌手・女優の1人であり、女性として史上初の国民栄誉賞を受賞した。本名は加藤 和枝(かとう かずえ)。愛称は御嬢(おじょう)。

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ひばりプロダクション 加藤和也(現社長)※世襲
加藤 和也(かとう かずや、1971年8月10日 – )は、日本の実業家・芸能プロモーター。美空ひばりの長男(養子)。株式会社ひばりプロダクション・藤和エンタープライズ代表取締役社長。東京都出身。

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三船プロダクション 三船敏郎(創業者)
三船 敏郎(みふね としろう、Toshiro Mifune、1920年4月1日 – 1997年12月24日)は、日本の俳優・映画監督・映画プロデューサー。
ヴェネツィア国際映画祭 男優賞を2度受賞、日本では世界のミフネと呼ばれた。
米映画『グラン・プリ』、『太平洋の地獄』、米ドラマ『将軍 SHOGUN』、仏映画『レッド・サン』などの出演もある。
出演料収入も歴代の日本のスターの中で別格で、2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・男優編」で日本男優の1位に選ばれた。

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三船プロダクション 三船史郎(現社長)※世襲
三船史郎(みふね しろう、1950年11月27日 – )は、日本の俳優、映画プロデューサーである。
東京都世田谷区出身。父は三船敏郎。母は吉峰幸子。長男は俳優の三船力也。三船美佳は異母妹だが30歳以上年が離れている。
1981年に三船敏郎が社長を務めていた三船プロダクションに入社し、三船敏郎が俳優育成を掲げて創設した三船芸術学院の開校に携わるなどした。現在は三船プロダクション代表取締役社長を務める傍ら、俳優としての活動も再開し、現在に至る。

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長良プロダクション 長良 じゅん(創業者)
長良 じゅん(ながら じゅん、1938年3月10日 – 2012年5月2日)は日本の芸能プロモーター、音楽プロデューサー。本名は神林義忠。長良プロダクション会長を務めた。長男は長良プロダクション代表取締役であり、社団法人「日本音楽事業者協会」の常任理事でもある神林義弘。当時所属先が決まっていなかった氷川きよしをスカウトしたことでも有名。

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長良プロダクション 神林義弘(現社長)※世襲
長良 じゅん(神林義忠)の長男。
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2015年12月28日