2015年で10周年を迎えた「滝沢歌舞伎」
2006年の初演時に同演舞場で史上最年少の座長となった滝沢は10年の公演から演出にも参加、昨年は初の福岡・東京の連続公演も実現させた。
10周年でもなお攻め続ける「滝沢歌舞伎」が面白い – NAVER まとめ
和のエンターテインメントを展開し、宙吊りにイリュージョン、最新技術を取り入れた迫力ある舞台は毎年チケットが即日完売するほど大盛況
滝沢秀明 毎年進化する滝沢歌舞伎は「観客との勝負」と語る – Ameba News [アメーバニュース]
10代のころにスーパー歌舞伎の「新・三国志」に感動したことをきっかけに、歌舞伎に興味を持ち出した。最近は勉強のため、日本舞踊を見にいくことも多い。化粧と扮装(ふんそう)なしでの素踊りが、特に参考になると話す。
滝沢演舞城:3年目、タッキーが女形に挑戦 歌舞伎演目を現代風に演じ From:毎日新聞
ジャニー喜多川社長は、大掛かりな舞台セットで知られるスーパー歌舞伎の創始者、市川猿之助(70)の一派が「助言を約束している」とも打ち明けた。
猿之助の妻で昨年亡くなった舞踊家の藤間紫さん(享年85)の孫にあたる藤間貴彦(17)がジャニーズJr.でもあり、縁は深い。
タッキー初演出家!4月舞台「滝沢歌舞伎」 – ヤマトタケルの夢
記事掲載時は2010年1月。名前や年齢は当時のもの。
この言葉通り、猿之助丈率いる澤瀉屋一門からは市川右近丈がアドバイザー、市川猿四郎丈が殺陣アドバイザーとしてクレジットに名を連ねるほか、市川猿弥丈が化粧について指導しているというエピソードも(後述)。
今夏、初の海外進出となるシンガポール公演も決定し、勢いに乗っている。だが海外進出がゴールではない。ジャニーズのエンターテインメントショーをより多くの人に知ってもらい、“日本にブロードウェイを作るという”大きな目標がある
滝沢秀明 毎年進化する滝沢歌舞伎は「観客との勝負」と語る – Ameba News [アメーバニュース]
▼勧進帳(かんじんちょう)
歌舞伎で最も人気のある演目といえば、何と言っても歌舞伎十八番「勧進帳」でしょう。能「安宅(あたか)」をもとに書かれた「勧進帳」は、上演の多さから、「“またか”の関」とも呼ばれています。戦後だけでも、1カ月公演単位で200回以上上演されています。
勧進帳 | 行ってみよう!歌舞伎へ – 47NEWS(よんななニュース)
主君の源頼朝に疎まれ、都を追放された義経は部下の弁慶を伴って北陸の安宅まで逃げ延びます。義経は荷物持ちに扮し、弁慶たちは山伏に変装して関所を通り抜けようとしますが、富樫という関守に見破られます。義経を守りたい一心の弁慶は白紙のお経(勧進帳)をアドリブで読み始め、本物の山伏であると思わせて関所を通り抜けようとします。義経一行であることに気がつきつつも、富樫は弁慶の心意気に免じて関所を通すことを許す、というお話です。
勧進帳 – 歌舞伎座へ歌舞伎を見に行こう!
▼楼門五三桐(さんもんごさんのきり)
石川五右衛門という名前と、「絶景かな、絶景かな」というセリフは、歌舞伎見たことがなくてもなんとなく聞き覚えがあるかたが多いのではないかなと思いますが、そのイメージの原型になっているのがこのお芝居です。
「楼門五三桐」 さんもん ごさんのきり – 歌舞伎見物のお供
石川五右衛門は噂の大泥棒。自分を育ててくれた父・武智光秀の敵を討とうと、当時の権力者である真柴久吉(ましばひさよし)の命を狙っています。
「絶景かな 絶景かな」というせりふは、各地で泥棒をはたらき、追手に追われる五右衛門が、京都の南禅寺の山門の上で、夕暮れ時の満開の桜の花を眺めながら語るセリフです。五右衛門は泥棒ですが、お金持ちの家から財宝を盗むあざやかな手口と、父の敵を討つために当時の権力者の命を狙うというストーリーが江戸時代の人々の人気を呼び、ヒーローとなりました。
歌舞伎美人 ようこそ!歌舞伎の国へ 第3回「桜門五三桐」
▼蘭平物狂(らんぺいものぐるい)
この作品は18世紀半ばの宝暦年間に大坂で初演された「倭仮名在原系図(やまとがなありわらけいず)」という時代浄瑠璃の一部で、「蘭平物狂」は四段目の切に当たります。全編のストーリーは能「松風」に名高い平安初期の歌人、在原行平と松風・村雨姉妹の恋に、惟喬・惟仁親王の皇位争いの後日譚をからませて脚色したものですが、筋立てが少々込み入っており、「蘭平」以外の場は上演されません。
立ち回りの美 | 行ってみよう!歌舞伎へ – 47NEWS(よんななニュース)
「切(きり)」=最後のこと
奴の蘭平は、主君である在原行平が須磨で見そめた海女松風を忘れられずに引きこもっていたため、松風によく似たおりくを連れて来て対面させます。松風が現れたと信じた行平は上機嫌になりますが、そこへ捕らえていた曲者が逃げ出したとの知らせが届きます。行平は、刃物を見ると乱心する奇病がある蘭平を避け、その息子である繁蔵に捜索を命じます。勇んで駆け出す繁蔵を心配する蘭平ですが、その狂乱は実は仮病で、行平の命を狙うための計略でした…。
蘭平は、わが子を思う親心、物狂の様子、後半の大立廻りなど多くの見せ場を持つ役柄です。
六月大歌舞伎 | 歌舞伎美人(かぶきびと)
四天(よてん)と呼ばれる立ち回り専門の若い役者たちが次々ととんぼ(宙返り)を切り、激しい動きを繰り広げる場面です。舞台いっぱいに青竹のはしごを持った四天たちが現れ、蘭平をからめ捕ろうとします。刺股(さすまた)、突棒(つくぼう)、袖搦(そでがらみ)という捕り手の道具を持った捕り手も登場。クライマックスは花道に立てられた大きなはしごの頂上に捕り手の一人が上り、出初め式のはしご乗りさながらに逆さになって開脚。蘭平もはしごに上って刀を持って見得(みえ)を切る中、はしごがそのまま倒れていきます。はしごは蘭平を乗せたまま舞台に運ばれ、捕り手たちがはしごをぐるっと回して、蘭平ははしごの上で1回転。舞台中央の井戸にかけられた屋根から、石灯籠、そして床へと捕り手たちがとんぼを切って飛び降るなど、次々と演じられる歌舞伎ならではのスペクタクルに見物は息をのむばかりです。
立ち回りの美 | 行ってみよう!歌舞伎へ – 47NEWS(よんななニュース)
▼青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)
白浪物(しらなみもの)[泥棒を主人公にした作品]を得意とした河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の代表作の1つで、日本駄右衛門(にっぽんだえもん)・弁天小僧菊之助(べんてんこぞうきくのすけ)・南郷力丸(なんごうりきまる)・赤星十三郎(あかぼしじゅうざぶろう)・忠信利平(ただのぶりへい)の5人の泥棒の因果を描いた作品です。
弁天小僧が武家娘に変装して強請(ゆすり)をする「浜松屋見世先の場(はままつやみせさきのば)」、5人が勢揃いする「稲瀬川勢揃いの場(いなせがわせいぞろいのば)」の2つの場面を中心に上演されます。なおこの2場のみを上演する多くの場合では、『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』というタイトルが使われます。
歌舞伎への誘い | 『青砥稿花紅彩画』
【浜松屋見世先の場】
とある日のこと、振袖姿の武家娘(実は女装した!弁天小僧)が供の者(実は南郷力丸)をつれて浜松屋を訪れる。万引きをしたと見せかけて、ゆすりをはたらくふたりだったが、店の奥から出てきた立派そうな侍に正体を見破られてしまった。こうなったら仕方がない、と開き直って本性を顕す弁天と南郷。ぬかりなく傷の治療代をせしめると、案外と簡単に帰っていくのだった。
青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)
この「立派そうな侍」が実は……
【稲瀬川勢揃いの場】
稲瀬川の岸辺に勢揃いした五人男を捕手たちが取り囲む。五人男は悪びれもせず、ひとりひとり名乗りをあげ、立ち向かっていく。
青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)
【極楽寺屋根上の場】
弁天小僧は千寿姫から奪った香合を小山家の家来筋にあたる実父幸兵衛に渡そうと鎌倉へ戻るが、捕手に囲まれ、極楽寺の屋根へにげる。争ううちに香合を川に落し、切腹する。
青砥稿花紅彩画 – ArtWiki
「滝沢歌舞伎」では鼠小僧の立ち回りなどでも使われている演出です。
▼櫓のお七(やぐらのおしち)
安永二年(1773)に初演の、北堀江人形浄瑠璃『伊達娘恋緋鹿子』[だてむすめこいのひがのこ]の一部が独立してできた演目。
雪の夜にはじまる物語が、途中人形振りを経て、クライマックスの櫓で太鼓を打ち鳴らす場面まで、劇的な展開を楽しめる一曲です。
【日本舞踊】演目辞典
火事で焼け出されたお七の一家は壇那寺に避難しました。そこで、寺小姓の吉三郎と知り合い、お七は彼を好きになります。しばらくして家に戻ったお七ですが、どうしても吉三郎に逢いたい。そこで、もう一度火事になれば吉三郎に逢えると考えます。そして、雪の降る晩、お七は・・・
日生劇場│東京・日比谷│国際ファミリーフェスティヴァル│ 親子で楽しむ歌舞伎 櫓のお七・馬盗人
『櫓のお七』において、前半のお七と下女お杉の場面では、お七を演じている役者は普通に人間として演じている。しかし、お杉が主人に呼ばれお七が一人になるところから、黒衣が二人もしくは三人出てきて役者の後ろに付き、お七を演ずる役者は人形のような動きで演じ踊るようになる。これを人形振りという。黒衣は人形を動かしているかのように振舞う。お七役の役者は人間でありながらあたかも操られている人形のように手や首を動かす。これは様式美を追求し追い詰められたお七の姿を表しているのである。文楽を取り入れたものだが、追い詰められたお七の心を描くには、人形の誇張の動きが適しているからだと言われている。
八百屋お七 – Wikipedia
▼京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)
1時間近くを1人の女方が踊りぬく女方舞踊の大曲で、『娘道成寺』または単に『道成寺』と略されます。白拍子(しらびょうし)の花子が道成寺の鐘供養に訪れ、舞を次々に披露するうちに鐘に飛び込み、蛇体となって現れるという設定ですが、内容はいくつかの部分に分けられ、恋にまつわるさまざまな女性の姿を踊り分けることが主眼となっています。
歌舞伎への誘い | 『京鹿子娘道成寺』
紀伊国の道成寺では、新しい釣鐘の供養が行われていました。道成寺の釣鐘は、恋人安珍を追いかけ、恋しさのあまり大蛇と化した清姫によって焼き滅ばされていたのでした。そこへ白拍子花子(玉三郎・菊之助)が現れ、鐘の供養を拝みたいと頼みます。舞を舞うことを条件に参列が許された花子は、さまざまに舞い、踊ります。
しかし花子は実は清姫の怨霊で、その昔安珍を匿い、自分との仲を隔てた釣鐘に恨みを残しているのでした。僧たちの油断を見澄ました花子は、やがて大蛇の正体を現すと、釣鐘もろともいずこともなく去ってゆくのでした。
京鹿子娘二人道成寺 | 作品一覧 | シネマ歌舞伎 | 松竹
▼鷺娘(さぎむすめ)
「長唄(ながうた)」の舞踊で、1人の俳優が何役も踊り分ける「変化舞踊(へんげぶよう)」の一部として初演されましたが、現在では独立した作品として演じられます。
娘姿の鷺の化身が、雪の降り積もる中で、恋にまつわるさまざまな感情を踊るという設定で、「幕切(まくぎれ)」近くは地獄の責め苦を表現した壮絶な場面となります。
歌舞伎への誘い | 『鷺娘』
冬枯れた川辺に娘が一人立ちつくしています。舞い落ちる雪に濡れたこの娘は人間の恋に迷い悩む白鷺の精の姿でした。白無垢の孤独な姿から、愛らしい町娘に姿を変え、恋に夢中な乙女ごころを切々と舞い、華やかな踊りを繰り広げます。いつしか白鷺の姿となり、感情の高まりとともに踊りも速くなり、力尽きて息絶え絶えとなります。
芸術祭十月大歌舞伎 | 歌舞伎美人(かぶきびと)
▼仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
歌舞伎を代表する演目の1つで、元禄時代に起こった赤穂浪士による仇討ちを劇化した「時代物」の「義太夫狂言」です。
歌舞伎への誘い | 『仮名手本忠臣蔵』
【四段目】
殿中での刃傷沙汰を問われ、自らの屋敷に蟄居を命じられた塩冶判官。そこへ、上使の石堂右馬之丞と薬師寺次郎左衛門が訪れ、判官の切腹と御家断絶、所領没収の上意を伝えます。覚悟を決めていた判官は、駆け付けた家老の大星由良之助に無念の思いを託し、息絶えます。主君の仇討ちに逸る諸士たちを鎮めた由良之助は、すみやかに城を明け渡しながらも、形見の腹切刀に固く仇討ちを誓うのでした。
歌舞伎美人(かぶきびと) | 十二月大歌舞伎 仮名手本忠臣蔵のみどころ
【十一段目】
由良之助率いる塩冶の浪士たちは、主君判官の仇を討つべく、師直の屋敷に討入ります。家臣らとの激闘の後、炭部屋に隠れていた師直を追い詰めた浪士たちは、遂に本懐を遂げるのでした。
歌舞伎美人(かぶきびと) | 十二月大歌舞伎 仮名手本忠臣蔵のみどころ
▼英執着獅子(はなぶさしゅうちゃくじし)
恋に悩む傾城が、間夫への思いを胸にしながら、華やかに踊ります。やがて獅子の精となって現れて、獅子の狂いを見せて舞い納めます。
芸術祭十月大歌舞伎 | 歌舞伎美人(かぶきびと)
「鏡獅子」では一度女形(おんながた)で踊ったあと、役者さんは引っ込んで、獅子の衣装に着替えて出て来ますが、「執着獅子」では、女形の衣装のままで上半身だけぶっかえり、獅子のかぶりものを付けます。下半身は、裾を引きずった着物のままです。今は前半は遊女で踊ることが多いと思いますが、お姫さまの型もあります。どちらも、恋する相手に執着する女心を舞います。なので「執着獅子」です。
英執着獅子 はなぶさ しゅうちゃくじし – 歌舞伎見物のお供
▼法界坊(ほうかいぼう)
歌舞伎のなかでは喜劇味の強い世話物の芝居で、主役法界坊の悪と滑稽さが喜ばれ、人気を博す。極悪人だがどこか憎めない法界坊の演技が眼目である。
隅田川続俤 – Wikipedia
浅草聖天町に住む願人坊主の法界坊は、釣鐘建立の勧進をして歩いていますが、実は集めた金を道楽や飲み食いに使ってしまう生臭坊主。永楽屋の娘おくみに恋慕していますが、おくみは、手代の要助と恋仲なので、相手にされません。その要助は、実は京の公家吉田家の嫡男松若で、野分姫という許婚がいる身でしたが、重宝「鯉魚の一軸」を紛失したために没落した御家の再興を目指し、姿を変えて機会をうかがっていたのでした。法界坊は要助を陥れようと悪事に加担し追い詰めますが、もとは吉田家の家来筋であった道具屋甚三の機転により、あえなく失敗します。怒りのおさまらない法界坊は、野分姫をも無理やり口説こうとして…。
歌舞伎美人(かぶきびと) | 秀山祭九月大歌舞伎のみどころ
▼蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)
能の『土蜘』を題材とした変化舞踊の一つで、古風でありながらも視覚的な面白さを充分に堪能できる作品です。
二月花形歌舞伎 | 歌舞伎美人(かぶきびと)
この演目は、2015年7月に歌舞伎座で上演されます。
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2015/07/_1_2.html
滝沢歌舞伎のアドバイザーである市川右近さんも、この演目に出演されます!
源頼光の館では病に伏せる源頼光を守護して坂田金時と碓井貞光が宿直(とのい)をしています。そこに頼光の命を狙う女郎蜘蛛の精が、お茶を運ぶ女童、薬売り、番頭新造、仙台浄瑠璃を語る座頭、と次々に姿を変えて現れ、ついには傾城薄雲太夫となって頼光の寝所に忍び入ります。宿直の二人が詰め寄ると、千筋の糸を投げかけ、姿を消すので、頼光らは後を追います。
二月花形歌舞伎 | 歌舞伎美人(かぶきびと)
▼鼠小僧(ねずみこぞう)
『鼠小紋東君新形』(ねずみこもん はるの しんがた)は、歌舞伎の演目。安政四年正月十一日(1857年2月5日)江戸市村座初演。二代目河竹新七(黙阿弥)作。全五幕。通称『鼠小僧』(ねずみこぞう)。
鼠小紋東君新形 – Wikipedia
正月、江戸の町では鼠小僧の芝居が大人気。見物客の中で、棺桶屋の三太(さんた)がずる賢く金稼ぎに励んでいます。金にしか興味のない三太は、実の兄が死んでも棺桶屋の出番と喜ぶ始末。その上遺産があると聞いて大はしゃぎ。ところが遺産は善人と評判の與吉(よきち)が相続することに。他人には渡すものかと一計を案じた三太は、兄の死体の替わりに棺桶の中へ忍び込みますが・・・
野田版 鼠小僧 | 作品一覧 | シネマ歌舞伎 | 松竹
近年では、野田秀樹作・演出の「野田版 鼠小僧」が人気を集めました。このあらすじはそちらのものです。
▼男の花道(おとこのはなみち)
この作品は、昭和16(1941)年公開の長谷川一夫主演映画(小國秀雄脚本、マキノ雅弘監督)で大ヒットとなり、その後、舞台化されました。歌右衛門と玄碩の交流を中心に、前半では歌右衛門を失明の危機から救う玄碩の姿、後半では玄碩の危急を知り、“男の約束”を守る歌右衛門の姿がみどころです。劇中劇の『櫓のお七』など、随所に見せ場を工夫しながら、二人のかけがえのない友情を描いた心温まる作品です。
歌舞伎美人(かぶきびと) | 明治座 五月花形歌舞伎のみどころ
文化5年の春、大阪道頓堀の中の芝居では、女方の加賀谷歌右衛門の芝居が大当たり。歌右衛門を見ようと見物人たちで賑わうところ、小屋の中からから土生玄碩が追い出される。シーボルトからオランダ医学を学んだ玄碩は、歌右衛門の芝居を見て、彼の眼の悪さを指摘したので、贔屓客と争いとなり、追い出されたのだった。
その1カ月後、東海道金谷宿にある旅籠松屋では、江戸へ下る歌右衛門一座が宿泊している。実は、歌右衛門の眼の患いは本当で、彼は命を絶とうとまで思い詰めていた。それを救ったのは、同宿していた玄碩。眼科医の玄碩は命を懸けて手術を行い、歌右衛門の眼病は完治した。歌右衛門は謝礼を出すが、玄碩は受け取らず、二人は江戸で大成することを誓うと、刎頸の交わりだと言って別れるのだった。
4年後、江戸中村座では、歌右衛門の舞台が大評判。他方、玄碩も実直な眼科医として大成していた。あるとき、広島浅野家の侍田辺嘉右衛門から言いがかりをつけられた玄碩は、窮地に陥り、歌右衛門へすぐに来てほしいと手紙を出す。しかし、歌右衛門は『櫓のお七』の舞台中。手紙を受け取った歌右衛門は…。
歌舞伎美人(かぶきびと) | 明治座 五月花形歌舞伎のみどころ
▼雪之丞変化(ゆきのじょうへんげ)
1934年(昭和10年)から翌年にかけて朝日新聞に連載された三上於菟吉の時代小説。またこれを原作とした多くの映画・テレビドラマ・舞台・新作歌舞伎・宝塚歌劇などが製作されている。
猿之助雪之丞変化、早替わり、宙乗り、可愛い女形にテンションUP ( 観劇 ) – 猫と薔薇、演劇、旅ファン – Yahoo!ブログ
近年、歌舞伎では2015年4月に市川猿之助主演で上演されました。
歌舞伎の人気女方・中村雪之丞。その素顔は、濡れ衣で家族を失い、復讐の機会をうかがう剣術の達人。義賊・闇太郎と共に、恨みを晴らすべくわが世の春を謳歌する悪党たちに立ち向かう――。
歌舞伎美人(かぶきびと) | 中日劇場四月花形歌舞伎のみどころ
▼スーパー歌舞伎 ヤマトタケル
1986年2月、歌舞伎俳優・市川猿之助によって『ヤマトタケル』が初演されました。それは同時に”スーパー歌舞伎”という今までになかったまったく新しい歌舞伎の伝説の始まりでした。『ヤマトタケル』は公演開始と同時に話題と反響の嵐を巻き起こしました。その後、動員回数や公演数を伸ばし続け、1998年までの実に15ヶ月間、564ステージ上演いたしました。
歌舞伎美人(かぶきびと) | ヤマトタケルのみどころ
日本がまだ国家として成立する以前のこと。謀反をたくらむ双子の兄大碓命(おおうすのみこと)と口論の末、兄を誤って手にかけた小碓命(おうすのみこと)は、父帝の怒りを買い、未だ大和に従わない熊襲の征伐に行かされることになった。踊り女に変装した小碓命は熊襲の首領タケル兄弟を征伐。熊襲タケルは敵ながらその勇気を称え、ヤマトタケルの名を与えるのだった。
見事熊襲征服を果たし大和に帰ったタケルだったが、父帝の許しは得られず、さらに蝦夷征伐を命ぜられる。蝦夷征伐は苦難の連続で、走水では愛する弟橘姫までも犠牲になった。 ついに蝦夷を平定し、凱旋の途中タケルは尾張国に立ち寄った。国造の娘みやず姫に出会い、傷心を慰められたタケルであったが、父帝から再び大和への帰途、伊吹山の山神を退治することを命じられる。伊吹山の神を甘く見たタケルはみやず姫の元に宝剣草薙剣を置いたまま伊吹山に向かう。苦戦しながらも伊吹山の神を倒したタケルだったが、自身も深手を負ってしまう。
歌舞伎美人(かぶきびと) | ヤマトタケルのみどころ
懐かしい故郷の大和を夢に見ながら、道半ばでタケルの命は尽きてしまう。やがてタケルの魂は真っ白な大きな鳥となって昇天していくのだった。
歌舞伎美人(かぶきびと) | ヤマトタケルのみどころ
俳優が舞台や客席の上を吊られて移動する演出で、幽霊や妖怪、狐など非現実的な役で行なわれます。江戸時代には縄を使って俳優の体を吊っていましたが、現在ではワイヤーを使用するなど改良され、安全性も考慮して行なわれています。「花道(はなみち)」の付け根辺りから上昇し、3階の客席まで移動するのがオーソドックスな演出です。
▼義賢最期(よしかたさいご)
「平家物語」「源平盛衰記」に題材を取った浄瑠璃「源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)」の一部である。
初春大歌舞伎…義賢最期(よしかたさいご) : 和、輪、話
平家全盛の時代。源義朝が敗死した後、平家方に味方した弟の木曽義賢は病で館に引き籠っていました。その館に、百姓九郎助が娘の小万とあらわれ、小万の夫である奴折平の暇乞いを願い出ます。しかし、今では娘の待宵姫と恋仲となっている折平を源氏の武将多田蔵人と見抜いていた義賢は、源氏再興の志を明かします。そこへ、平清盛の使者が白旗詮議にあらわれ、潔白ならば義朝の髑髏を足で踏むよう迫ります。耐えかねた義賢は使者を成敗。平家方の軍勢が館を取り囲む中、死を覚悟した義賢は、懐妊中の妻葵御前と九郎助親子に白旗を託すと、軍勢を相手に奮戦し、壮絶な最期を遂げるのでした。
歌舞伎美人(かぶきびと) | 芸術祭十月花形歌舞伎のみどころ
▼用語など
■「顔をする」
歌舞伎の世界で“顔をする”とは化粧をすること。
キヤノン:キヤノンギャラリー|福島 力 写真展:顔を、する。 歌舞伎、その「役」を生きる者たち。
歌舞伎俳優・市川猿弥の指導を受け、自宅でもメークの練習などを重ねてきた。そんな苦労も実り、実際に歌舞伎俳優が女形に変身するよりも、30分ほども早く変身することに成功した。
Journey の 更新日記:「滝沢演舞城08年」 演舞城記者會
■黒御簾(くろみす)
舞台の下手にある黒い板で囲まれた小さな部屋で、写真のように舞台側の格子窓に黒い御簾(みす)がかけられているため、この名前がつきました。「下座(げざ)」ともよばれます。
ここでは演技のタイミングに合わせて、舞台効果を高める「長唄(ながうた)」が歌われたり、効果音として太鼓・鼓などの楽器が演奏されたりします。またここで演奏される音楽自体を「黒御簾」とよぶ場合もあります。
歌舞伎への誘い | 黒御簾











































