■事件概要
1975年4月29日午前11時20分ごろ新宿区諏訪町149、平和マンションA棟4階46号室から「娘が死んでいる」と一一〇番があった。
当時の新聞記事より
女優の菊容子さんが首を絞められて死んでいるのが見つかった。
当時の新聞記事より
菊の首には細い紐で絞殺された跡が残っていた。
菊容子事件
■第一発見者は菊容子の父親
菊容子さん(二四)=本名・菊池洋子さん=の部屋の六畳間のベッドの上で下着姿のまま(白地に花模様のシャツとの報道もある)で仰向けで死んでいるのを、訪ねて来た父親の会社役員菊池武次さん(七二)が見つけ一一〇番した。
当時の新聞記事より

https://matome.naver.jp/odai/2142332704824618001/2142334873032303403
1975年4月29日午前3時ごろ、父親の菊池武次さんへ菊容子(本名・菊池洋子)さんから「いま藤沢さんがマンションにきている。どうしよう」「結婚したいと言っている。私は断りたい。」と電話がかかったため「はっきり交際を断れ」と注意した。その時菊容子(本名・菊池洋子)さんから「舞台があるので、朝九時に電話で起こして欲しい」と頼まれた。
当時の新聞記事より
※当時の新聞の取材では『交際を断りたい』と菊が父親に言ったとこととなっているが、そのようなことは言っていないとの報道もある。
※犯人は父親と菊容子の電話の会話を菊の浮気相手との会話と誤解し逆上したとの報道もある。
父親の菊池武次さんは約束通り午前九時に電話したが応答がなかった。そこで新宿コマ劇場を訪れたが「まだ来ていない」といわれたため同マンションに行き、合鍵で部屋へ入ったところ容子さんが死んでいたという。
当時の新聞記事より
※水前寺清子公演「姉ちゃん仁義」(1975年4月2日~29日・新宿コマ劇場) – 壷ふりお竜役で出演中
※殺害された当日は千秋楽で出演予定だった。
■菊容子さん殺害後の犯人の行動
一方、父親の菊池武次さんの一一〇番通報より一五分前の同十一時五分ごろ、世田谷区会社員山本光国さん(二四)から「友人の藤沢が家に来て、高田馬場近くのマンションで、けさ女性を殺してきた、といって立ち去った。被害者は新宿コマ劇場に出演している女優らしい」と一一〇番があった。
当時の新聞記事より
友人に午後に自首するので同行して欲しいと頼んでいた事から、菊さん殺害の重要参考人として警察は藤沢の行方を追った。
当時の新聞記事より
同署は同日午後一時三十五分ごろ、小田原市早川の箱根ターンパイク有料道路内の自分の運転する乗用車を橋の欄干に二度をぶつけ、右足骨折など四ヶ月の重症を負って同市内の病院に収容されている藤沢を発見した。
当時の新聞記事より
調べに対し藤沢は「自殺しようと思い、わざと橋に(車を)ぶつけた。」「自分(藤沢)は菊さんが好きで結婚したかった。しかし菊さんが他の男と交際しているため、注意したが聞かなかったので殺した」と話した。同署は回復を待って藤沢を殺人の疑いで逮捕する。
当時の新聞記事より
■犯人は交際相手の俳優『藤沢陽二郎』(当時23才)だった
菊は1年前からテレビタレントの藤沢陽二郎(23)と交際
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https://matome.naver.jp/odai/2142332704824618001/2142334873032303303
■殺害動機は一方的な嫉妬
菊と他の男性達との仕事上の親密な関係を浮気と勘違いした一方的な嫉妬により《中略》殺害
菊容子Wiki
新潮45の記事によると菊さんのマンションの近くにお寿司屋さんがあって、そこの女将さんが菊さんの相談相手になっていたようだ。
女将さんは藤沢の事も知っており、ちゃんと対応しないとあの男に殺されちゃうよ、と注意していたらしい。
2ch
■殺害方法
殺害の動機は、菊容子に冷たくされ、よりを戻そうと菊容子の部屋を訪れたが、別れ話となっっため両手で首を絞め、さらに電話線のコードで絞め殺したという。
http://mikoba.blog85.fc2.com/blog-entry-146.html
■『菊容子』出演代表作品
【映画】
・日本の青春(1968年6月8日、東京映画) – 向坂咲子
【TV】
・でっかい青春(1967年-1968年、NTV)第26話からレギュラー
・好き! すき!! 魔女先生(1971年-1972年、ABC、当時はTBS系 / 東映)主演
・銭形平次(1966年-1984年、CX / 東映)第330話、第383話
・プレイガール(1969年-1974年、12ch)第228回、第278回
・伝七捕物帳(NTV / ユニオン映画)第8話、第45話、第70話
・水戸黄門(TBS / 東映・C.A.L)第4部第10話、第5部第5話、第13話
・ご存知遠山の金さん (1973年-1974年、NET / 東映)第14話、第50話
・大江戸捜査網(12ch / 三船プロ)第141話、第157話
・大岡越前 (1974年)第4部 第10話
・必殺必中仕事屋稼業 第4話
【バラエティ】
・連想ゲーム (NHK)約1年間レギュラー出演
■『藤沢陽二郎』出演作品
・柔道一直線(1969年)
・仮面ライダー(1971年)
・好き!すき!!魔女先生(1971年)
・シルバー仮面(1971年)
・仮面ライダーV3(1973年)
・ロボット刑事(1973年)
・イナズマン(1973年)
・プレイガール(1974年)
※特撮ものに脇役で出るような役回りの俳優
魔女先生の第6話:【僕の弟はロボットだ!】にてゲスト出演していた
Yahoo!知恵袋
「僕の弟はロボットだ」に出てくるFは「死んでもらいます」と書かれたシャツを着ていて、「人殺し!」と叫びながら石を投げてる。
2ch

https://matome.naver.jp/odai/2142332704824618001/2142335471436787803
■石ノ森章太郎(石森章太郎)と菊容子の関係
漫画家『石ノ森章太郎(当時・石森章太郎)』が漫画を掲載していた少女雑誌「少女クラブ」が主催するサイン会に同誌の表紙やグラビアを飾っていた『少女モデル』達も同行、そのモデルの中に当時小学生だったの『菊池洋子(菊容子の本名)』がおり、石ノ森(当時は石森)は菊(当時は菊池)と知り合う。
http://blogs.yahoo.co.jp/kaze2010_case_case/11208746.html
後に芸名となる『菊容子』は『石ノ森章太郎(当時・石森章太郎)』が名付けた。
石ノ森章太郎(当時は改名前・石森章太郎)は菊容子を気に入っていて、「好き!すき!! 魔女先生」「変身忍者 嵐」「人造人間キカイダー」「変身忍者 嵐」の石ノ森作品に出演させていた。
http://mikoba.blog85.fc2.com/blog-entry-146.html
石ノ森章太郎(当時は石森)が実写テレビドラマ「好き!すき!! 魔女先生」の月先生役に推薦したと言われている。
一説では、彼女が殺されたあと、いろいろと石ノ森氏の近辺に不吉なことが連続して起こり、氏も体調をくずすなどした。これは菊容子のたたりではないか、というので石森から石ノ森に改名した、とも言われていた
http://tondemonai2.web.fc2.com/446.html
石ノ森章太郎先生が徹子の部屋に出ていた時に語った話しです。
『現場で不可解な事故があまりにも続いたのでスタッフで除霊をしてもうことになったんです。 そんな幽霊なんているものかと半信半疑で視てもらったんですが、いたこと言うかその霊媒師が言うには僕に「若い女性の霊が憑いている」って言うんです。
ええっ?そんな…浮気をした事もないのに何故僕に?と思いましたが、霊媒師の話を聞くとその女性の霊は僕が知っている方で昔ある事件で亡くなった女優さんだったんです。
その女性は子供の頃から知っており縁あって女性の芸名も僕が名付ました。
僕は幽霊を見たこともないので信じていなかったのですが、霊媒師の口からその方の名前が出てきたのには本当に驚きました。
でその霊媒師が視た女性が言うには「あたし、みんなのそばに居るのに、叫んでいるのに誰も気付いてくれない。誰もわかってくれない。気付いてもらいたくてやった。
先生、あたし元の身体に戻りたい、でもどうしたらいいのか、あたしには分からなくて。お願い先生助けてお願い」
2ch
■藤沢陽二郎の現在
Fの判決が7年。朝日新聞で見つけた。
ということは、昭和57年頃には娑婆に出てきたということだね。
2ch
※未確認情報
藤沢は確か行きつけの寿司屋の娘と結婚したから寿司屋の可能性は高いだろ
あと藤沢の実家は整体医院してたから継いでる可能性もあるかも
2ch
※未確認情報







