我々は、夢を見るたびに、いつも他者の目をかりながら、失われた自分の姿を捜し求める。したがって夢の中には、満たされなかった欲望の対象が繰り返し現れそうになっては消えてゆくことになる。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、38頁。
空飛ぶ夢
空を飛べる、それは、言葉を話せる、という驚きなのである。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、6頁。
我々は人生の新たな段階にさしかかると、そこで要求される新しい言語の水準を獲得できるかどうかをとても不安に思うのであるが、この夢を見ることによって、かつて赤ん坊から人間になったときにあれほどうまくできたではないか、話せるようになったではないか、ということを自分に言い聞かせているのである。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、11頁。
球技の夢
夢の中での球技は、ほぼ確実に、現実の会話を表している。ボールをうまく投げられないのは、うまく空を飛べないのと同じで、言語を思うように使いきれないことを表す。とりわけ、自分を表わす言葉を使い切れないことと、自分を分かってもらえないことを表わす。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、13頁。
死体
この「死体」が、幼いころに存在して今は失われている自分だというふうに考えてみよう。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、47頁。
「これは「死体」だというのに、そこからの彼女の連想はむしろ「赤ん坊」であった。(中略)このことは彼女に、彼女が生まれる二年前に幼くして死んだ、彼女の姉の事を想いださせた。」(47頁)
「夢の中の死体」は、彼女が家族の語らいを聞くうちに形成した、この姉の姿である。彼女という存在に先立つ存在、彼女がそこから出現したところの存在である。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、48頁。
火の夢
一般に夢の火は、排尿を我慢する感覚に直結しており、しばしば、夜尿における親との葛藤や燃えるような恥の感情を想起させるものである。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、53頁。
虫にたかられる夢
成人の「虫にたかられる夢」が妊娠の観念に対応している
新宮一成『夢分析』、岩波書店、63頁。
妊娠に対してどういう態度をとったらよいのか、それによって自分の存在はどう変わるのか、それらのことはすべて謎である。我々はその謎を解こうとして、夢の道をたどって幼年期の虫の体験に還る。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、64頁。
「女性が蛇の夢を見たら妊娠」と言われることがあるが、「蛇」を「虫」の一種と考えるなら、これは確かに、「虫にたかられる夢」のことを言っていると言える。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、82頁。
妊娠を希望しつつ恐れているときに見られる夢
新宮一成『夢分析』、岩波書店、83頁。
水からの誕生
分娩あるいは出産を表す類型夢は、「水に入る、もしくは水から出る」夢である。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、71頁。
日本の民話にも、桃太郎や一寸法師のように、こうした水からの誕生の好例を探しあてることができる。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、72頁。
裸で困る夢
夢を見る前の日に、自分をさらけだしたいという気持をもったことがなかったか
新宮一成『夢分析』、岩波書店、85頁。
その場にふさわしい服装をするということは、その仮面の裏に自分を隠すことである。夢は、この戦略に失敗するという、いつでも誰にでもありうるシチュエーションを逆手にとって、夢見た人の露出の必要を満たすのである。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、134頁。
露出の必要があるのに、その露出が何かに妨げられて思うにまかせないとき、この類型夢はいわば大胆さを我々に貸し与えてくれるのである。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、136頁。
我々が露出の必要があると感じるのは、自分を出しきり、競争相手を打ち倒して欲しいものを手に入れようとするときである。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、136頁。
数の意味
フロイトはすでに、「三」は「ファルス」の象徴であるということを述べている。この場合の「ファルス」の意味は、現実の男性性器から、男性の性欲や生殖能力、あるいは女性と対比した場合の男性一般の存在にまで広がっている。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、93頁。
夢の「四」はこの世の結婚である
新宮一成『夢分析』、岩波書店、94頁。
夢の中の「六」は「性的結合」の観念を象徴する傾向がある。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、110頁。
「十」は、ものごとの規則がすっかり変わってしまうこと、あるいは自分で人生の規則を決められるような立場に立ったという自覚を表現しているのではないか
新宮一成『夢分析』、岩波書店、110頁。
「五」は、(中略)「自分という子どもの誕生」の観念を象徴するのではないか
新宮一成『夢分析』、岩波書店、111頁。
「人間はどこから来てどこへ行くのか」、あるいは「人間はどうやって作るのか」という子どもなりの実存的な問いとそれへの子ども自身の答えとが、「数」と「性」をかくも緊密に結びつける原因になっている
新宮一成『夢分析』、岩波書店、111頁。
交通事故
「車にひかれることは性交」
新宮一成『夢分析』、岩波書店、117頁。
試験の夢
試験の夢は一般に、合格したあとで見るものである。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、143頁。
この類型夢の意味は「起きてから、もう合格しているのだと安心すること」である。これは同時に、試験合格したことが、大人になったと認められること、すなわち成人するための試験を乗り越えたことになるという安心感に、ひいては誇りに通ずる。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、143-144頁。
「試験の夢」が生みだすこのような確実性は、自分が生き、自己を意識しているということの再確認につながる。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、144頁。
夢での「あの世」は現実
夢は、覚醒世界の言語活動と接続されているのではないだろうか。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、227頁。
夢で「電話」が出てくることは多い。これは、夢の外側へつながろうとする、夢自身の意向を表現している。
新宮一成『夢分析』、岩波書店、229頁。
我々は、朝ごとに、あの世に生まれ変わり、昨日のこの世を夢の中に置き忘れてくる
新宮一成『夢分析』、岩波書店、242頁。












