5人の女性(9歳の女児を含む)が次々とバラバラにされて殺害された事件。下された判決は死刑

おもしろ豆知識
5人の女性(9歳の女児を含む)が次々とバラバラにされて殺害された事件。大阪連続バラバラ殺人事件(おおさかれんぞくバラバラさつじんじけん)とは、1987年11月から1994年3月までのおよそ8年間、大阪市で4人の女性と1人の少女が殺害された事件。

事件の概要

大阪連続バラバラ殺人事件(おおさかれんぞくバラバラさつじんじけん)とは、1987年11月から1994年3月までのおよそ8年間、大阪市で4人の女性と1人の少女が殺害された事件。少女以外の遺体はすべてバラバラにされた。警察庁広域重要指定122号事件。
大阪連続バラバラ殺人事件 – Wikipedia

1995年4月、大阪市西成区の無職・鎌田安利が窃盗容疑で逮捕された。鎌田は1985年から逮捕直前まで、女児を含む5人の女性を殺害したことを自供。同時期のオウム真理教事件の陰に隠れがちで印象が薄いが、稀に見る凶悪犯罪である。死刑が確定している。
大阪・連続女性バラバラ殺人事件

狙われたのは女性ばかり

鎌田の供述によると、知的障害施設を抜け出し通天閣付近をブラついていた知念さんに声をかけ自宅のアパートに連れ込み関係を持った。その後、知念さんに小遣いとして1万円を渡したところ「少ない」と言われてカッとなった鎌田は知念さんを絞殺し死体をバラバラにして奈良県内で死体を遺棄した。

更に昭和60年5月、家出中の主婦・東富佐枝さん(当時46歳)と飲み屋で知り合い、自宅アパートに連れ込み関係。その後、絞殺して死体をバラバラにして兵庫県西区の雑木林に遺棄した。
大阪・鎌ちゃん連続殺人事件(警視庁指定122号)(事件史探求)

昭和62年1月には小学校3年生の辻角公美子さん(当時9歳)に大阪府住吉区で道を尋ねるふりをして、いたずら目的でアパートに連れ込み騒がれたため絞殺。死体を大阪府豊能町の山林に遺棄した。さらに、公美子さんの自宅に身代金を要求する電話をかけた。

平成5年7月にもホステスの須田和枝さん(当時45歳)、平成6年3月には飲食業の中野喜美子さん(当時38歳)もそれぞれ自宅アパートで絞殺し死体をバラバラにして遺棄した。この結果、鎌田は5人の女性を連続殺害していたことが判明した。
大阪・鎌ちゃん連続殺人事件(警視庁指定122号)(事件史探求)

遺体をバラバラにしたのは運搬目的

鎌田は死体をバラバラにした理由を「運搬に楽だったから」と供述し、隠ぺいする目的ではなかったことが判明した。その証拠に、バラバラ死体を遺棄する場合、各所・各場所に別々に遺棄するのが通常であるのに対して、鎌田は全て一ヶ所にまとめて遺棄していた。
大阪・鎌ちゃん連続殺人事件(警視庁指定122号)(事件史探求)

殺人はいずれも通りすがりの女児や女性や、さほど親しくない女性に、「Kちゃん」愛嬌をふりまき安心させ、己の性欲を満たす目的で自宅に連れ込み、ささいなトラブルから逆上して殺害。

遺体を遺棄する際、運搬しやすいようにバラバラにしていたことを自供。その供述を裏付けるかのように、殺害した中で唯一、女児のみバラバラにされていなかった。
大阪連続バラバラ殺人事件 – Wikipedia

地元では人気者だった

愛媛県で生まれ育ったKは妻と死別後、西成区に移り、盗品を飲食業の女性たちに破格の値段で販売して生計を立てていた。太った体と愛嬌があり、女性客から「Kちゃん」と親しみを込めて呼ばれるほど人気があった。
大阪連続バラバラ殺人事件 – 大阪連続バラバラ殺人事件の概要 – Weblio辞書

下された判決は死刑

Kは裁判中、終始一貫して無罪を主張。学生誘拐事件では「知り合いの男性が殺害し、遺体は頼まれて捨てただけ」と主張。残りの事件についても「親交のあった会社社長が共犯者」と主張した。

1999年3月24日 – 大阪地方裁判所で死刑判決。(5件の殺人事件の間に、2度の窃盗罪で服役しており、確定判決を間に挟んだ罪は併合されないという刑法の規定により、2つの死刑判決が下される)
大阪連続バラバラ殺人事件 – Wikipedia

https://matome.naver.jp/odai/2141811219542356401
2014年12月09日