変わり者の化学者、ヘンリー・キャヴェンディッシュの人生
ヘンリー・キャヴェンディッシュは英国貴族の子として南フランスのニースに生まれた
科学者版ヘンリー・ダーガー ヘンリー・キャヴェンディッシュ |なんでも屋《妄想印象派》絵、漫画、世界中の珍しいものなど色々
1731年、イギリス貴族の子供として病弱な母の療養先のフランスで出生しました。
18歳でケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学した。大学では物理学と数学において優れた成績を収めていたが、そこでは学位をとることなく、1753年に退学した
ヘンリー・キャヴェンディッシュ – Wikipedia
退学の理由は、学位授与式における宗教上の問題を回避したためと推測されています。
父の死後、イギリス王室に次ぐほどの莫大な財産を継承したが、ほとんど人とつきあわず、自ら設計した高価な研究機器の詰まった屋敷で密かに研究を続け、莫大な量の未発表原稿を残して1810年2月24日78歳で死去した
キャベンディッシュ
1783年に父親が死去後、その莫大な遺産により生活に不自由することなく生涯研究に没頭します。
水素の発見,水の合成などの化学研究をはじめ,電気・熱の研究,地球の質量・比重の測定など,多くの業績を残した
キャベンディッシュとは – 電気史偉人典 Weblio辞書
水素を発見したことや、水が化合物であることを発見した人物として知られています。
多くの大発見(クーロンの法則、オームの法則、ゲイ=リュサックの法則、比熱、潜熱の発見、砒素の発見等)を行っていながら全然発表しなかったという実に変わった人物
キャベンディッシュ
後世に“発見”された数多くの法則を、彼は先行して発見していながら、未発表のまま死去してしまいました。
他人とかかわるのを極度に嫌う性格であったため、生涯については分からない点が多い
ヘンリー・キャヴェンディッシュ – Wikipedia
1776年に、物質としての水素の存在を証明した最初の論文を発表した。彼はこの業績に対し、王立協会からコプリ・メダルを受けた
電気から磁気をつくる実験 − 中学校から学ぶ電磁気学
一般には水素の発見者として知られていますが、彼にはまだまだ知られざる発見の数々がありました。
生前発表されなかったキャヴェンディッシュによる偉大な “発見”
存命中は王立協会の『フィロソフィカル・トランザクションズ』に18報の論文を発表したにすぎないが、未発表の原稿の中にはのちに日の目を見る優れた実験記録も残された
ヘンリー・キャヴェンディッシュ – Wikipedia
遺稿となった論文の一部が初めて公表されたのは死後30年近くが経過した1839年のことでした。
1874年ケンブリッジ大学に実験物理学の研究所が作られた際に、ヘンリーの残した莫大な未発表原稿は研究所初代所長ジェームス・クラーク・マクスウェルに託された
キャベンディッシュ
この「キャヴェンディッシュ研究所」は、世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出した研究所として有名で、核物理学のメッカと言われています。
Cavendish Laboratory, 19 JJ トムソン・アベニュー ケンブリッジ大学 ケンブリッジ ケンブリッジシャー CB3 0HE イギリス
マックスウェルはキャベンディッシュが1771年から1781年にかけて実験して残した膨大な記録を整理して,それらの実験器具も再現し,『ヘンリー・キャベンディッシュ電気学論文集』を執筆してマックスウェルが亡くなる直前に出版
電波の発見ーマックスウェル
マックスウェルはヘンリーの研究メモの解読と追実験に、亡くなる前の5年間を費やしています。
キャヴェンディッシュの死から69年後に出された同書により、キャヴェンディッシュの電気に関する研究内容の全貌が初めて明らかになり、その研究の先進性が広く知られるようになった
ヘンリー・キャヴェンディッシュ – Wikipedia
1879年に刊行された「ヘンリー・キャベンディッシュ電気学論文集」によって、ようやく彼の功績が日の目を見ることになりました。
ヘンリー・キャヴェンディッシュにより1773年に実験的に確かめられ、シャルル・ド・クーロンが1785年に法則として再発見した。
1781年にヘンリーが最初に発見していたが、未発表であった。1826年にドイツの物理学者であるゲオルク・オームによって再発見・公表された。
ヘンリーはこの法則を1779年から1780年に実験により既に得ていた。
なぜ彼は研究成果を発表しなかったのか?
全生涯を知識の獲得に捧げたが、完全に満足のいく結果のみを発表した
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完璧主義者だったのでしょうか…?
寡黙であり、また大変な人間嫌いでほとんど誰とも言葉を交わすことがなかった
ヘンリー・キャヴェンディッシュ – Wikipedia
極度の人間嫌いで、他人と会う機会は王立協会の会合などに限られていたそうです。
生まれつき、高い社会的な地位に恵まれた彼。そのために、研究成果を発表して、名誉を求める必要はありません
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名誉や金が欲しいという欲求も、その必要性も皆無。
父親からの膨大な財産に恵まれた彼。生活費の心配なく、高価な実験装置に囲まれて、研究に没頭できました
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あまりに生活に余裕がありすぎて、研究は彼の趣味でしかありませんでした。
とにかく自分の楽しみのために研究を行っており、発表しなかった
キャベンディッシュ
生前に発表していれば、今頃は教科書に彼の名前のついた法則や単位が載っていたかもしれません。
Twitterの声
大塚聰@OtsukaSatoru
ちょすけ@_tyosuke
クーロンの法則を発見したのはシャルル・ド・クーロンではなくて
それら全て彼らより先に発見としたのは
大学中退、生涯無職、独身、人見知り、引き籠もりだった
ヘンリー・キャヴェンディッシュ
String Theory@strnh










イギリスの化学者・物理学者。