大谷吉継の伝説・逸話

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戦国武将、大谷吉継の魅力・伝説・逸話

【大谷吉継】

大谷 吉継(おおたに よしつぐ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名である。


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越前敦賀城主。名前については「吉隆」ともされ、大谷刑部(ぎょうぶ)の通称でも知られる。業病を患い、晩年は頭を白い頭巾で隠していたとも言う。

【秀吉の家臣時代】

豊臣秀吉
豐臣 秀吉(とよとみ ひでよし)羽柴 秀吉(はしば ひでよし)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・天下人・関白・太閤。三英傑の一人。

■兵法の天才

大谷吉継はかなり高い評価を得ていた武将だった。豊臣秀吉は「大谷紀之介(吉継)に100万の軍勢を与えて、自由に軍配を指揮させてみたい」と語った。

【ハンセン病】

■輿に乗って戦う武将

ハンセン病を患っていたと言われており(梅毒説もある)、常に顔を白い布で隠していたことで有名。末期になると馬に乗ることも難しく、4人担ぎの輿に乗り紙の鎧兜を付けて指揮に当たっていた。

【石田三成との友情】

石田三成
石田 三成(いしだ みつなり)は、安土桃山時代の武将・大名。豊臣氏の家臣。豊臣政権の五奉行の一人。
関ヶ原の戦いにおける西軍側の主導者として知られている。

■顔の膿が落ちたお茶を飲む三成

茶の湯の席でお茶を回し飲みする際、吉継が口をつけた湯飲みには誰も口をつけなかった(病気がうつると思われたため)が、ただ1人石田三成のみが気にせずに茶を飲んだ。

■三成は人望がないから負ける。が・・・

関ヶ原の戦いでは親友・石田三成に挙兵を持ちかけられる。その際には、無謀だと諫め説得するも、三成の出兵を止められないと悟り、負けるとわかっている西軍に参戦する。

【関ヶ原の戦い】

■15000対600

小早川秀秋隊1万5,000人が東軍に寝返り大谷隊を攻撃するが、予てから小早川隊に備えていた直属の兵600で迎撃。

更に前線から引き返した戸田勝成・平塚為広と合力し、兵力で圧倒する小早川隊を一時は500メートル押し戻し2、3回と繰り返し山へ追い返した。

しかし吉継が追撃を仕掛けたところへ、秀秋の裏切りに備えて配置していた脇坂・朽木・小川・赤座の4隊4200人が東軍に寝返り突如反転、大谷隊に横槍を仕掛けた。

これにより大谷隊は前から東軍、側面から脇坂らの内応諸隊、背後から小早川隊の包囲・猛攻を受け防御の限界を超えて壊滅、吉継も自害した。

■裏切りを予測していた

小早川秀秋の裏切りを予測し、秀秋と三成の間に布陣している。


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関ヶ原の布陣

■死してなお

自害する際、小早川秀秋の陣に向かって「人面獣心なり。三年の間に祟りをなさん」と言って切腹したが、この祟りによって秀秋は狂乱して死亡に至ったという噂がある。

秀秋は関ヶ原の戦いの2年後に死亡した。

「信長の野望」シリーズにおける大谷吉継の能力一覧。

■高い評価

【能力一覧】
戦国群雄伝    戦闘 53 政治 69 魅力 52 野望 43
武将風雲録    戦闘 72 政治 71 魅力 65 野望 40 教養 64
覇王伝      采配 85 戦闘 76 智謀 63 政治 75 野望 30
天翔記      戦才 160 智才 136 政才 164 魅力 89 野望 35
将星録      戦闘 83 智謀 81 政治 88
烈風伝      采配 80 戦闘 69 智謀 79 政治 82
嵐世記      采配 79 智謀 80 政治 81 野望 43
蒼天録      統率 79 知略 80 政治 81
天下創世     統率 79 知略 80 政治 81 教養 69
革新       統率 90 武勇 78 知略 91 政治 89
天道       統率 93 武勇 68 知略 91 政治 89
大谷吉継とは (オオタニヨシツグとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

その他の伝説・逸話


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2015年01月04日