困難にどんな価値があるのか?

jga
人間にとって困難とはどんな価値があるのでしょうか?なぜ、苦しみが世界にあるのでしょうか

現実には欲望はそう簡単に満たすことはできず、理想と現実には大きなギャップがある。

例えば、親から十分すぎるのお小遣いをもらい、何一つ不自由なく暮らし、頭もよく、容姿端麗であるような人物と、その真逆で、ありとあらゆる欠損を併せ持っている人物が同じように大人になって共に働くとしたらどうだろうか。

皆さんは前者のような何不自由ない、恵まれすぎている青春を望むだろうか。
もし、人間が快楽や欲望の追求を第一の条件として考えるならば、恵まれすぎていることには何の不具合もない。多くの人々は、欲望の実現を求め、そのために日々を過ごすだろう。だからその目的を達成できることは大きな喜びである。

しかしながら現実には欲望はそう簡単に満たすことはできず、理想と現実には大きなギャップがある。

目の前の子どもに対して時には我慢を強いることや、試練を与えることもそれは愛情の一つである。

こどもに多額のこずかいを渡すことについては、賛否両論あるが、否定的な意見も多いだろう。しかし小遣いを多く渡さないことは子供を愛していないこととは同意義ではない。
目の前の子どもに対して時には我慢を強いることや、試練を与えることもそれは愛情の一つである。

何の挫折もなく、何の劣等感もなく、生きることが本当の愛ではない。

世の中には神を恨むようなものがいる。うまくいかなくなるとすぐに誰かのせいにする。
しかし、それは愛がないから挫折があるということとはまた別である。
何の挫折もなく、何の劣等感もなく、生きることが本当の愛ではない。
時には、挫折があり、劣等感や欠損を持ち合わせ、それを逞しく超えていく人生を歩ませることにももちろん愛情はある。

短期的で狭い視野から世界を見るのと、広い視点から長期的に物事をみるのは全く異なる。
短期的な幸福が実は長期的には不幸と言えることもある。

たくさんの苦しみに遭いながら、それを超克していく中で自らを磨きあげていく人生と何一つ挫折ない人生のどちらが本当に価値のある人生かは大きくその人の価値観により異なる。

特殊な環境を当然と思い込めば必ず増長して、利己的な面が生まれてしまう。

もし、一過性の幸福に胡坐をかき、調子に乗り、うまくいくことが当然であると勘違いしたならばそれは大きな損失でもある。
特殊な環境を当然と思い込めば必ず増長して、利己的な面が生まれてしまう。
そのような人間を作ることが目的ではない。

困難、それ自体には意味はない。

あなたの目には、なんと自分は、恵まれないのか。なんと自分は神から嫌われているのかと思うこともあるだろう。隣で自動ドアを開けるようにあなたが抱えている困難をクリアしていく者たちをみるなかで劣等感と、空しさを感じるだろう。
しかしそれはあまりにも狭い見方である。
困難、それ自体には意味はない。それを超克する中でたくましい自分を手に入れることにこそ本当の意味があり、価値があるのである。
ただただ成功し、快楽を追求するために人生はあるのではない。そのなかでより輝く自分に近づくことが大きな人生の意義である。

弱きものが強きを求め、戦うことは崇高なことです。

であるから、逞しく強く生きることはとても大切なことである。たとえ困難が来ようとも逃げ惑うことなく、逞しく正面からぶつかりそれを打ち破る。試行錯誤し、傷つくこと、挫折することもあるでしょう。しかしそれでも困難に立ち向かうことは大変大きな意義があることです。それこそ人間の輝きと言えます。弱きものが強きを求め、戦うことは崇高なことです。

人間とは、政府や共同体に生かされるような弱いものではありません。

安易に楽な道を選ばないことです。安易に快楽におぼれないことです。
安易に手に入るものに真の価値はありません。
人間とは、政府や共同体に生かされるような弱いものではありません。すぐに他者に依存し共同体に泣きつくような弱いものではありません。
また、誰かに依存している状態が真に幸福な状態とは言えません。
自らの2本の足で大地に立ち、自ら幸福を手にしていくことに大きな意味があります。理想と現実のギャップを超えていくことに本当の人生の醍醐味はあり、それこそが生きた証となります。

自分自身の評価基準をもち、自分自身を正しく評価すること。

人の評価に依存してもなりません。人がどう思うか、そんなものに依存したら自らの人生を生きることができなくなります。人にどう言われようが、思われようが、そんなものを気にして生きていては、それは自分自身の人生ではありません。大切なことは誰かの評価でもありません。あなた自身があなたに対してどのように評価するか、これが大切なものです。
自分自身の評価基準をもち、自分自身を正しく評価すること。
これこそが、唯一大切な評価です。
それが自ら自立して生きるということです。精神的に他者から自立しなさい。他者の評価を求めるのは自分一人では精神的に自立できないということです。精神的に自立し大人になりなさい。

逞しく気高く生きることにこそ幸福があり、真実があります。

自分の両足で自分を支えなさい。他者を求めることは不要です。他者に精神的な依存をしてはいけません。
強くたくましく生きることです。気高き生き方を求めなさい。弱弱しく生きることは楽です。しかし、それに本当に幸福はありません。
逞しく気高く生きることにこそ幸福があり、真実があります。
どうか安きに流れないでください。強く気高くあることです。誇りある人生を生きることは、苦しいことでしょうが、実はその中にこそ真の幸福があるのです。これは逆説的ですが、そこに真理があります。

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2017年10月10日