●サティーとは

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サティー、は、ヒンドゥー社会における慣行で、寡婦が夫の亡骸とともに焼身自殺をすることである。日本語では「寡婦焚死」または「寡婦殉死」と訳されている。本来は「貞淑な女性」を意味する言葉であった。
●サティーの歴史

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17世紀のムガル帝国で支配者層であったムスリムは、サティーを野蛮な風習として反対していたが、被支配者層の絶対多数であるヒンドゥー教徒に配慮し、完全に禁じていたわけではなかった。その代わり、サティーを自ら望む女性は太守に許可を申し出るよう義務付け、ムスリムの女性たちを使って可能な限り説得を行い、それでもなお希望する者にのみ許可を与えた。
必ずしも寡婦の全てがサティーを望んだわけではない。また、全ての土地にムスリムの太守がいるわけではなく、説得が行われていない地域もあった。中にはヨーロッパ人や家族の説得に応じて寸前で思いとどまった者もいたが、ほとんどの志願者は夫と共に焼け死ぬ貞淑な女性として自ら炎に包まれた。炎を前に怖気づいた者は、周りを囲むバラモンに無理やり押し戻されるか、仮に逃げたとしてもそれを目的に見物に集まっていた異教徒たちに襲われ、その餌食となった。
禁止法の普及に伴って20世紀の初めにはサティーはほとんど行われなくなった。が、禁止法が近代法制化された現在においてなお、稀にではあるが慣行として行われ続けている。
●サティーの宗教儀式性

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ヒンドゥーでは死者は、薪の山に乗せ、会葬者の前で火葬にふす。死は穢れであり、火が死者を天に昇らせる唯一の方法とされるからである。その人の生前の行いの結果(カルマ、業)により、転生後の新たな生がもたらされる。変死したもの、葬式を行わなかったものの霊は地上に止まり、悪霊(ブータ)、亡霊(プレータ)として人に災いをもたらすと信じられている。灰は体の燃え残りとして川に流され、シンガポールやバリ島の一部地域を除いて墓は作られない。
サティーの儀式は、こうした夫の葬儀の儀式の後に行われる。サティーの儀式の最後には、夫の葬儀で用いた石を供養する「石の礼拝」(シラー・プージャナ)を行う。これらが終わった後で、寡婦は炎に包まれる。中世において、サティーはその家族の宗教的な罪科を滅する功徳ともされていたが、必ずしも自発的なものではなく、生活の苦難さによるもの、あるいは親族の強要によるもの、さらには、薬物を利用したものもみられた。バリ島では、サティの犠牲者と見られる魔女ランダの説話が残されている。
●サティーの実態

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サティは「夫が死んだら、火葬されるときに妻も火の中に入り死ぬ」というもの。
仮に自主的であれば夫を愛していたんだなと美談になるかもしれないが、文化的にやらなくてはいけない雰囲気があり、やらない場合は後世にわたり周りから責められる、嫌がってもその場で火の中に親戚や神官などが押し入れる(殺人では?)という事態が起こる。
私たちの知らないインド~サティとダウリー殺人(ダヘーズ殺人)、名誉の殺人|Web2.0世代のインターネット活用法
●今、問題になっているダウリー殺人とは

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ダウリー殺人(ダヘーズ殺人)は「結婚の際の持参金が少ないから妻を殺す」というものだ。
日本なら「女性側からもらう結納金が少ないから殺す」となる。そもそも女性側が払うというのが日本文化からすると謎。日本の場合、結納金を男性側が渡して、その半分(地方によっては数割)をもので女性側が男性側に贈るというのが一般的なところだろう。
ダヘーズが少ない場合、もっとよこせと妻に迫り→実家をゆするということも多い。そして妻を殺して、再婚後のダヘーズをまた狙うという考えをする男性も多いらしい。
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●最近でもまだサティーが…

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1987年9月4日、18歳のループ・カンワルは病死した夫の遺体と共に生きながら焼かれる。8ヵ月にも満たない結婚生活だった。この事件が起きたデオララ村は、俗にピンク・シティーと呼ばれる有名な観光地ジャイプル(ラージャスターン州州都)から車で90分の所にある。カンワルは死後女神として讃えられ、村は巡礼地となり、25~30万人もの人々が詰め掛けたと言われる。この村は寒村どころか、識字率も低くなく、カンワルは高卒の女性、夫は理工系大学を卒業、医師を志望していた。夫の父は修士課程を修了した公立高校教師だった。
サティー/焼殺される妻たち その� – トーキング・マイノリティ
カンワルは4千人もの群衆が見守る中、夫の頭を膝に乗せ焼かれていったと言われたが、その後の捜査より異なる事実が浮かび上がった。彼女は火葬用の薪に上がる前、麻薬を大量に飲まされていたこと、火の中から叫び声をあげ3度逃げ出そうとするも、火の周りで彼女の心変わりを見張り、警護していたラージプート族が竹ざおで逃げ出すのを防止したこと、また叫び声もドラムの音にかき消されたこと、等によりサティーは強制されたものだったと報告された。カンワルの実家に事の次第が知らされたのも、後になってからだった。要するに19世紀に広く行われたサティーと全く変わりなかったのだ。
サティー/焼殺される妻たち その� – トーキング・マイノリティ
カンワルの死後、9月19日付けのインドの新聞に載った女性のコメントには、こうあった。
-生きていてもラージプート族の未亡人としての生活は地獄で、再婚も出来ず、宝石も良い服も身に付けることが出来ない。食事も粗末なものしかとれず、水を汲みに井戸にも行けず、残りの生涯を家の中だけで過ごし、不吉な存在だと一生軽蔑され、家族の祝事にも儀式にも参加できない。だから死んだほうがよかったのだ…
サティー/焼殺される妻たち その� – トーキング・マイノリティ
●宗教や伝統以外に金銭が強く絡んでいる!?

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夫が男児を儲ける前に死ねば、慣習として未亡人は財産相続の権利を持つが、サティーにより剥奪が出来る。1987年のサティー事件のカンワルはラージプート族出身であり、子供がいない未亡人なら嫁ぎ先に持ってきたダウリー(※Dowry/持参金の意、またはダヘーズ)の全てを実家に持ち帰ることが出来たのだ。
カンワルは金440g、3万ルピーの現金、カラーテレビ、冷蔵庫、ガスレンジ等を持って嫁いできたが、彼女が死亡すれば婚家ではこれらを失わずに済む。
サティー後、デオララ村には押し寄せた何十万の巡礼者により、臨時の売店も出来、輸送機関も何時も満員、経済的に潤う。そして夫を膝にのせ炎の中で微笑むカンワルの写真は3万枚売れたと言われる。サティーの場所に建てられた寺院にも大金が集まった。カンワルの嫁ぎ先でも彼女の死により、富を築いたのは言うまでもない。
サティー/焼殺される妻たち その� – トーキング・マイノリティ

