「表現の自由」って、何を言ってもOKってわけではないの??

morintaro
『美味しんぼ』の騒動は、「表現の自由」という視点からも考えてみる必要がありそうです。

『美味しんぼ』問題で注目される「表現の自由」

漫画誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)の連載「美味しんぼ」が、放射性物質による健康被害の描写を巡って、物議を醸している。
「美味しんぼ」 風評助長する非科学的な描写 : 社説 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

福島に行くと鼻血が出る。そういう人がたくさんいるという描写があり問題になっている
表現の自由に口出しするあほな政府

太田昭宏国土交通相

「表現の自由は大事だが、風評を懸念する福島の心情をよく理解する必要がある。
以前、福島県知事と直接話した際、風評と風化という二つの『風』を非常に懸念されていた。私たちは福島を応援するという観点を常に踏まえておかなければならない」
美味しんぼ「表現の自由は大事だが」太田国交相:朝日新聞デジタル

太田昭宏国土交通相のコメント。

・「表現の自由」とは?

「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」
表現の自由 – Wikipedia

日本国憲法第21条第1項

表現の自由は、憲法の保障するさまざまな自由のなかでもっとも重要なもののひとつとして位置づけられている
憎悪表現(ヘイト・スピーチ)の規制の合憲性をめぐる議論 | SYNODOS -シノドス-

憲法の中でも、特に重要なんですね。

文面を文字通り解釈すると”頭の中だけで何を思っても良い自由”と取れるが、これは狭義の解釈であり、法曹界では”考えたことを他人に伝え、表現できる自由”と考えるのが判例・通説である。
思想・表現の自由とは (シソウヒョウゲンノジユウとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

私たちには、国の干渉を受けずに自由に表現し、かつ情報を受け取る自由(知る権利)が保障されています。
憲法一二条一項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と規定していますが、これは「表現の自由」とともに国民の「知る権利」を保障したものだと考えられています。
第12回 <「表現の自由」はなぜ大事?>

「表現の自由」と、意味的に対になる「知る権利」も重要。

表現行為は情報の受け手が存在して、はじめて意味を持つものですから、二一条一項は情報が発表されてから受け手が受け取るまでその過程のすべてを国家権力による干渉から保護しているのです。
第12回 <「表現の自由」はなぜ大事?>

・「表現の自由」が保障されるべき理由は、2つあるとされる

表現の自由の保障根拠としては、一般に「自己実現の価値」と「自己統治の価値」が挙げられる。
http://gyoseisyoshi-shiken.rdy.jp/modules/practice/index.php?content_id=1644

この「自己実現」と「自己統治」の2つが、”表現の自由”が保障されるべき主な理由だそう。

①「自己実現」=表現することは人間の根本的な欲求だから…

何かを表現したい、知りたいという欲求は、もっとも人間らしい、私たちの本質に関わるもの
第12回 <「表現の自由」はなぜ大事?>

人間はだれしも自己の意見を形成し、それを他者に伝え、他者の意見にも触れて、さらに自己の意見を再形成していくという過程を通して、自由な人間としての人格を形成していく。
憎悪表現(ヘイト・スピーチ)の規制の合憲性をめぐる議論 | SYNODOS -シノドス-

だから「表現する権利」が保障されることは、人間らしく生きるために必要。

②「自己統治」=民主主義がきちんと行われるために…

「表現の自由」、「知る権利」は私たちの政治にとって不可欠であり、民主政治にとって重大な意味を持ちます。
第12回 <「表現の自由」はなぜ大事?>

主権者である国民が代表(議員)を選ぶ際に、賢明な判断を下すためには、公の問題についてのあらゆる情報を持っていなければならず、それらの情報は、公の問題について自由に議論することができなければ存在しえないため、表現の自由は、民主国家においてとりわけ重要な権利であるとされる(A. Meiklejohn)。
ヘイト・スピーチ規制論について――言論の自由と反人種主義との相克 | SYNODOS -シノドス-

議員を選ぶときに、十分な情報を得て、十分に議論するためには「知る権利」「表現の自由」が保障されてないとヤバイ。

とくに、政権に対する批判的見解を自由に述べることのできる環境が整っている必要がある。
憎悪表現(ヘイト・スピーチ)の規制の合憲性をめぐる議論 | SYNODOS -シノドス-

このように、社会全体の民主主義の過程に着目した表現の自由の価値が「自己統治」である。
憎悪表現(ヘイト・スピーチ)の規制の合憲性をめぐる議論 | SYNODOS -シノドス-

・でも、「何を言っても許される」というわけじゃない

表現の自由は非常に重要な人権です。でも、無制限に認められるわけではありません。
第18回 表現の自由に対する制限 | 独学お助け隊の行政書士講座

いくら私たちに「表現の自由」が保障されているといっても、他人の名誉やプライバシーを侵害してまで表現する自由が無制約に認められているわけではないのです。
どのような人権であっても、他人に迷惑をかけない限りにおいて認められるという制限を持っています。
第9回 「公共の福祉」ってなんだろう?

いわゆる「公共の福祉」を侵害する”表現”は認められないということですね。

表現の自由は、刑法第174条公然わいせつ罪、同175条わいせつ物頒布罪に基づき、警察の取り締まり、刑法の処罰の対象と成っており、制限された自由に留まっている。
思想・表現の自由とは (シソウヒョウゲンノジユウとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

「公共の福祉」というと抽象的ですが、具体的には、例えばこの「公然わいせつ罪」などに該当する”表現”は規制されます。これはイメージしやすいですね。

また、名誉毀損に関する訴訟でも表現の自由と名誉毀損罪が衝突することも判例では多数ある
表現の自由 – Wikipedia

「公然わいせつ罪」以外にも、この「名誉毀損」や、ほかに「プライバシーの侵害」として”表現の自由”が制限された例も。

・”表現の自由”が問題となった代表的な例に、「宴のあと」事件がある

『宴のあと』(うたげのあと)は、三島由紀夫の長編小説。
宴のあと – Wikipedia

三島由紀夫

原告、有田八郎は、ここに描かれた主人公である野口が、原告をモデルにしたものであることは明らかであり、この小説が原告の私生活を描き、またそれを描いたものとして読者に受けとられることに不満をもち、それを単行本として刊行することを中止するように、被告平岡と連載中の雑誌の発行人中央公論社に申し入れた。
「宴のあと」事件 – Jinkawiki

64年9月28日の東京地裁判決は、有田さん側の勝訴。謝罪広告は認めなかったが、三島側に損害賠償80万円の支払いを命じた。
Vol.86 「宴のあと」裁判提訴 耳慣れぬプライバシーが争点 昭和36年3月15日(2/2)- 昭和史再訪セレクション – 地球発 – [どらく]

賠償額の「80万円」は、当時の公務員初任給の40倍以上に当たる高額だったそうです。

石田裁判長は、「言論、表現の自由は絶対的なものではなく、他の名誉、信用、プライバシー等の法益を侵害しないかぎりにおいてその自由が保障されているものである」との判断
三島由紀夫 – Wikipedia

「宴のあと」事件は、プライバシー権と表現の自由との間で争われた訴訟である。わが国においてプライバシー権を初めて取り上げ、それが法によって保護されるものとして承認したものである。
「宴のあと」事件 – Jinkawiki

https://matome.naver.jp/odai/2140013683733275001
2014年05月17日