《センター倫理》のためのアリストテレス

ochabi
センター試験の倫理科目のために哲学者を一人ずつ簡単にまとめています。アリストテレス(前384~前322)。キーワード:「形相(エイドス)と質料(ヒュレー)」「現実主義」「万学の祖」「目的論的自然観」「中庸」「ポリス的動物」

https://matome.naver.jp/odai/2139657751865015801/2139710316106718503
立派な顔ですが、ソクラテスやプラトンと比べると普通。アリストテレスの著作(講義ノート)は元々550巻ほどあったとされています。普通でないバイタリティーです。

多くを論じたアリストテレスを、一つの人生をたどって整理しよう!

まず幼少期

父はニコマコスといい、マケドニア王(略)の待医であったという。幼少にして両親を亡くし、義兄プロクセノスを後見人として少年期を過ごす。
フリー百科事典「ウィキペディア」、アリストテレスのページ

孤独な幼少期を感じさせます。あと開放的なマケドニア文化の影響も想像させます。

次は学生時代

17-18歳にして、「ギリシアの学校」とペリクレスの謳ったアテナイに上り、そこでプラトン主催の学園、アカデメイアに入門したということである。(略)かれはそこで勉学に励み、プラトンが死去するまでの20年近い年月、学徒としてアカデメイアの門に留まることになる。
フリー百科事典「ウィキペディア」、アリストテレスのページ

少年が孤独に勉学に励んだ印象ですが、20年経つともうだいぶ大人です。

で、これが働き盛り

37歳頃、マケドニア王(略)により、当時13歳であった王子アレクサンドロス(後のアレクサンドロス大王)の師傅となった。(略)教え子アレクサンドロスが王に即位(紀元前336年)した翌年の紀元前335年、49歳頃、アテナイに戻り、自身の指示によりアテナイ郊外に学園「リュケイオン」を開設した(略)弟子たちとは学園の歩廊(ペリパトス)を逍遥しながら議論を交わしたため、かれの学派は逍遥学派(ペリパトス学派)と呼ばれた。
フリー百科事典「ウィキペディア」、アリストテレスのページ

つまり、マケドニア王の教師で自分でも学校を開いた。国と民間にまたがる大活躍の中で、廊下を歩きつつ学問を教えまくったのがアリストテレスです。


https://matome.naver.jp/odai/2139657751865015801/2139710316206719503
アレキサンダー大王に教えるアリストテレスの絵です。気候が温暖な国らしいはだけ具合です。

多すぎる学問成果を、ちょっとだけ見てみよう!

アリストテレスは、かれの師プラトンのイデア論を継承しながらも、イデアが個物から遊離して実在するとした考えを批判し、師のイデアと区別して、エイドス(形相)とヒュレー(質料)の概念を提唱した。
フリー百科事典「ウィキペディア」、アリストテレスのページ

「形相と質料」。「イデア的なもの」を認めつつ、実在するもの(ヒュレー、質量)と重なる真理(形相)というアイディアを提示しているのは重要なポイント。やっぱり真実などないという方向には進まないのが思想の発展ということ。

『ニコマコス倫理学』のなかで、アリストテレスは人間の行為や感情における超過と不足を調整する徳としてメソテース(中間にあること)を挙げた。
フリー百科事典「ウィキペディア」、中庸(ギリシア哲学)のページから引用

これがアリストテレスの「中庸」。全ての人の「形相」に徳を見ていることがポイント。たとえば世の中には徳ある人と徳のない人がいるのではなく、「勇気という徳がありすぎて無謀な人」と「勇気という徳が不足して臆病な人」がいると言う。こう論じたとき、両極の間にあるすべての人も、「勇気」という徳をもつことが証明される。すぐれた論法であると同時に、具体的な観察を踏まえて「イデア的なもの」を見ようとする姿勢がアリストテレスの本領です。

アリストテレスの自然学研究の中で最も顕著な成果を上げているのは生物学、特に動物学の研究である。 その研究の特徴は系統的かつ網羅的な経験事実の収集である。数百種に亘る生物を詳細に観察し、かなり多くの種の解剖にも着手している。
フリー百科事典「ウィキペディア」、アリストテレスのページから引用

で、これが自然科学。観察から本質を導くアリストテレスのスタイルは、自然科学の父といえるレベルの成果を上げています。また、かつて哲学が科学と密接不可分だったという強力な根拠でもあります。

最善の国家体制とは何かを考えたプラトンによる『国家』の理想政治の議論とは反対に、アリストテレスは現実政治に着目してその国家体制を分類する。
フリー百科事典「ウィキペディア」、政治学(アリストテレス)のページから引用

これはそのままの内容の書『政治学』から。ここに「人間はポリス的動物である」という有名な文句があります。「正義と友愛」という人間の中にある徳を中心としつつ、それを適切に運用する政治の考察です。また自然科学と同じく現実の観察からより最適な体制を見ようとする姿勢がみられます。

芸術創作活動の基本的原理は模倣(ミメーシス)である。
フリー百科事典「ウィキペディア」、アリストテレスのページから引用

これが芸術論。プラトンを経由すると、写実的な再現と表にあらわれない人間や自然の本質を模写したものという意味がミメーシスには込められていると思います。

御茶の水美術学院@ochabi_gakuin

学科の星屋です。センター倫理の小ネタ。「人間は社会的動物である」という切口で、最初に人間を定義したのは、ギリシャの紀元前の哲学者アリストテレスである。
「人間はポリス(都市国家)的動物である」。『政治学』のこの文句は、アリストテレスの分析の高さと限界とを伝える。時代はギリシャ都市国家からローマ帝国へ推移していくし、また、奴隷制をもったこれらの国家は「万人」に開かれていない。倫理の教科書は、この人権の流れを追っています。

御茶の水美術学院@ochabi_gakuin

学科の星屋です。センター倫理の小ネタ。ギリシャの紀元前の哲学者アリストテレス。彼の父親の名前は二コマコス、彼の息子の名前も二コマコスである。
アリストテレスが父親の名を息子につけたということです。幼いうちに両親を失ったアリストテレスのこの行為に心温まるものを感じる。自分の大切なひとの残したものを、同じくらい大切なひとに贈るような。ちなみに、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』の名は、息子ニコマコスが父の原稿を整理してあらわした書物だからこう呼びます。
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2014年04月10日