直江兼続といえば、大河ドラマ「天地人」で妻夫木 聡さんが演じられていました。
直江兼続のヨロイ兜の「愛」の字の意味は? : 歴史を楽しむdiary
そこで気になるのが甲冑の「愛」の文字の意味
長文大喜利会bot@choubunoogiri
シンダ@miuchi_juice
恋は下心
直江兼続は上心
しかし・・・
色々と説はあるがどれも正確な説はなく由来の資料もありません。
直江兼続、愛の前立て、には、どういう意味が??????????????? – Yahoo!知恵袋
それを承知した上で
ここでは、有力説としてあげられているものである
1.愛染明王説
2.愛宕信仰説
を紹介します
1.愛染明王
「愛染」=「藍に染める」という言葉から、染め物屋、アパレルからの信仰も篤く、愛敬をアップしてヒットを祈願する芸能人、商売繁盛を願う商人・企業家、出世を願うサラリーマンとその家族、身体健全を祈る人たち、必勝祈願の受験生と…、愛染明王は多種多様の方々から支持されています。
勝鬘院・愛染堂
兼続は「愛染明王」を守護神として信仰していたとする説
直江兼続、源頼朝、お市の方は、愛染明王を守護神とした
愛染明王 愛の守護神
兼続だけでなく、歴史上の有名な方々も信仰し幾度となく助けられたとされています
愛染明王は、もともとは煩悩〈愛欲や欲望、執着〉を悟りに変えて、菩提心(悟りの境地)にまで導いてくれる力を持つ仏様
勝鬘院・愛染堂
そして信仰していたことで兼続は3度、絶命の危機から救われているといいます
そして、よく言われるのが
天弓を持つ軍神「愛染明王」の頭文字。
直江兼続の兜にある「愛」の意味ってなんですか? – Yahoo!知恵袋
兼続が守護神として信仰していた愛染明王の”愛”の字をあしらったものではないのかということです
歴史家学者にも指示される有力説
愛の字の下に瑞雲が描かれていることなどから、歴史学者の多くが愛染明王の愛であると説明しています。
愛染明王 愛の守護神
瑞雲(ずいうん)とは
仏教などで、めでたい兆しとして出現する、紫色や五色の珍しい雲
瑞雲 – Wikipedia
神仏がこの世に姿を表わすときは、神様は雲に乗って、仏様は乗り物(獅子や象とか)に乗ってあらわれます
お礼100枚。直江兼続の甲冑について。直江兼続の兜の前立ての愛は軍神説を採る… – Yahoo!知恵袋
2.愛宕信仰説
軍神として古来から信仰されてきたという
あたご 愛宕山・愛宕権現 日本の神話・民話 :幻想世界神話辞典
軍神信仰のため、こちらも戦国時代の武将が信仰していた。といわれています
直江兼続が兜の前立に「愛」をまとっていた理由の説の1つとして、愛宕信仰説がある
愛宕信仰 – Wikipedia
そして愛染明王説と同様に”瑞雲”が説の信憑性を高めています
結局どちらが有力なのか??
かつての上杉家領地、米沢市では愛宕信仰はあっても、愛染明王単独で崇められるお寺が無いですね。
お礼100枚。直江兼続の甲冑について。直江兼続の兜の前立ての愛は軍神説を採る… – Yahoo!知恵袋
このことから愛宕権現説が有力とされています
また
上杉謙信の遺品として重文に指定されている甲冑の兜は、飯綱権現の飾りの前立てがついています。飯綱権現は修験道の神様ですが、江戸以前の日本の神仏混交ではよくあったことで、飯綱権現=勝軍地蔵=愛宕権現 と同一視されています。
お礼100枚。直江兼続の甲冑について。直江兼続の兜の前立ての愛は軍神説を採る… – Yahoo!知恵袋
上杉謙信を”師”として尊敬していた兼続にとって
謙信が信仰したものと似せる。ということは十分に考えられます
軍配は愛宕権現説です。
あくまでも、説に過ぎません。しかし
数ある説のなかで特にこれら2つに絞られていることは間違いないです
軍神である愛宕権現あるいは愛染明王の一字から取った可能性が大きい
直江兼続のヨロイ兜の「愛」の字の意味は? : 歴史を楽しむdiary
戦国武将は、兜の前立てに神仏の像や神号・仏号を用いた例が多く、説の信憑性を高めていますが
どちらが正しいか。という決定的な証拠はありません
そもそもなぜ「愛」という一文字を掲げているのか
師匠の上杉謙信が「毘沙門天」の「毘」の字を
旗印とした事から、それに倣った物でしょう。
直江兼続の兜にある「愛」の意味ってなんですか? – Yahoo!知恵袋
兼続が生涯を通して”師”として尊敬した上杉謙信と同じように
自分も「愛」という一つの漢字を掲げ、甲冑にしたのではないのかということです
最後に
家紋について
こちらも諸説がありますので、ご了承ください
「三つ盛り亀甲に三つ葉」は、歴史研究家でグラフィクデザイナーの大野信長が名付けて発表したものである。一方で日本家紋研究会の高澤等は「三つ盛り亀甲に三つ葉」の使用を否定している。
直江兼続 – Wikipedia
これは、歴史上の”三つ盛り亀甲に三つ葉”と、現在出回っている”三つ盛り亀甲に三つ葉”のデザインが違う。
ということのようです
そして
直江家の家紋は「亀甲に花菱」だが、兼続は「三つ亀甲に三葉」も用いていた。
直江兼続(なおえかねつぐ)|家紋一覧・検索|京瓦家紋専門店「家紋ジャパン」
家紋ではもっとも有力とされる説です















