著者中江兆民とは
中江 兆民(なかえ ちょうみん、弘化4年11月1日(1847年12月8日) – 明治34年(1901年)12月13日)は、日本の思想家、ジャーナリスト、政治家(衆議院議員)。フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーを日本へ紹介して自由民権運動の理論的指導者となった事で知られ、東洋のルソーと評される。
中江兆民 – Wikipedia
『三酔人経綸問答』とは
3人の思想の異なる登場人物、洋学紳士(紳士君)、豪傑君、南海先生が酒席で議論する物語。
三酔人経綸問答 – Wikipedia
紳士君は人類史を3段階に区分し、明治10年代に日本へ紹介されていた社会進化論を用いて、進化を発展の原動力とした。フランス、ドイツなどヨーロッパ列強を批判し、完全民主制による武装放棄や非戦論などの理想論を展開する。これに対して豪傑君が反論し、中国進出を主張。両者の論争を現実主義的立場に立った南海先生が調停する構成である。
三酔人経綸問答 – Wikipedia
120年前の本だが、今読んでも示唆の多い大変興味深い小論であるが、同時に政治外交論があまり進歩せず、今日でも同じような議論反論を繰り返し、また戦争が依然として世界ではやまない不毛を改めて実感させられた。
『三酔人経綸問答』を再読する – 紅旗征戎
洋学紳士の主張
非武装民主立国論。
① 役に立たない軍備の撤廃=完全非武装の提唱。急な軍拡は経済を破綻させる。それよりも他国への侵略の意思が無いことを示す方がいい。
② 弱小国=日本は、道義外交に徹する。
③ 政治的進化の信奉者である紳士君は、人類が最後に到達する最高の政治形態である民主共和制の採用を主張する。
④ ヨーロッパの平和思想、とくにカントの『永遠平和のために』(1775)から多くを学び取っている。世界平和の実現と各国における民主共和制の採用、国際連盟の提唱(兆民は世界国家論)。
⑤ 日本への侵略に対しては、非暴力・無抵抗に徹する(絶対平和主義の立場)。国家の防衛は道義に適うか。「防衛中の攻撃」も悪である。
⑥ 日本は世界に先駆けて実験国となろう。国民にその覚悟を呼びかけている。日本が国として滅びても(世界市民主義の立場)、後世のための一つの先例となればいい。
中江兆民『三酔人経綸問答』を読む
民主制の確立、軍縮・平和主義を主張する「洋学紳士」は、世界の国々が民主制を採用することにより戦争が起こらない状態を作るという、今で言う「デモクラティック・ピース(民主的平和)」論を信奉しているのだが、「豪傑君」がもし非武装につけ込んで、凶暴な国がわが国に侵攻したらどうするのかと問うたのに対して、「洋学紳士」はまずは説得して、それがダメなら「弾に当たって死ぬだけのこと。別に妙策があるわけではありません」(岩波文庫版、現代語訳、60頁)と答えている。戦後日本の非武装中立論に近い洋学紳士であるが、攻撃された場合に玉砕するとはっきり言っていた革新系の論者はほとんどいなかっただろう。
『三酔人経綸問答』を再読する – 紅旗征戎
豪傑君の主張
軍事大国化と中国割取論。
① 現実に戦争が存在する以上、軍事強化が大切。しかし急激な軍事大国化は不可能。
② 隣国の老大国=中国を割き取る。
③ 中国引っ越し案と日本放棄論(アジア主義者の本領発揮)。
④ 後進国=日本の文明化の自覚。保守派の中国への引っ越し。
中江兆民『三酔人経綸問答』を読む
彼もただの軍事優先主義ではなく、内政において守旧派と改革派の対立が不可避である現実を踏まえながら、、対外戦争によって国論をまとめ発展させ、守旧派の一掃をはかろうとしている点で近代史の前例を踏まえた現実主義的な主張を行なっている。
『三酔人経綸問答』を再読する – 紅旗征戎
南海先生の主張
平和的友好関係の樹立への努力。
① 紳士君の考えは未来のユートピア、豪傑君の考えは過去の戦略で、双方とも現在に役に立たない。
② 両者とも国際社会を弱肉強食の世界として固定化するが、国際社会のニ面性(パワ―・ポリティックスと国際法の拡大)とその可変性への注目が大切。
③ 日本への侵略に対しては、国民的総抵抗で対処する(ナショナリズムの意識)。ゲリラ戦と民兵制の採用。
④ 世界各国との平和友好関係の樹立への努力と大幅な軍縮。
中江兆民『三酔人経綸問答』を読む
洋学紳士と豪傑君のアイディアリズムとリアリズムを折衷しているのが、南海先生で、彼はプロシアとフランスの軍拡競争により、かえって両者が武力行使に踏み切れなくなっているという、今日の「抑止論」に近い見方を示した上で、「もし軍事侵攻されたらどうするのか」という二人からの問いに対して、国民全員が兵士になり、ゲリラ的に抵抗すべきだと主張している。ベトナム戦争時のアメリカ軍に対するベトコンの抵抗を想起すると、この南海先生のゲリラ戦論は説得力を帯びて聞こえてくる。
『三酔人経綸問答』を再読する – 紅旗征戎