志茂田景樹のtwitter名言まとめ~心をちょっと明るく #meigen #名言

卍郎
志茂田景樹さんのtwitterでの発言をまとめました。心を叩く言葉が見つかるかもしれません。

自己と他者

志茂田景樹@kagekineko

いい友達がいないとこぼす人がいる。欠点も含めてすべてを解りあえる間柄が友達というもの。友達の欠点をあげつらう人はその友達にとって友達でもなんでもないことになる。打算の目で見ている証拠で、それを改めない限りその人が心底の友達にめぐりあうことは一生ないと言える。

志茂田景樹@kagekineko

激しく傷つけあって、それっきりになることがある。あとで相手につけた傷の深さを思うことができる人は自分の傷を乗り越えさらに優しい心になる。自分の傷のことしか思わない人はますます他人の傷みが解らない心になる。人生の恵みを授かれる最大の武器は多くの人の心を惹き寄せる優しさなのである。

志茂田景樹@kagekineko

他人を嫉み妬む人はその心に毒を溜め込んでいる。そのため、口にする言葉にも毒がこもる。そして、また嫉み妬む。この悪循環を断ち切るには強い意思で自分と向き合い、なぜ嫉み妬むのかを検証するしかない。自分にないものを羨望していることに気づく。その他人を範にして自分も目指せばいい。

志茂田景樹@kagekineko

苦手にしている人のどこが苦手なのかをよく考えてみる。その部分は自分にないものだったり、他の人には見つからない長所だったりする。それに無言の圧迫を感じて苦手意識が生まれたのもしれない。圧迫を感じて避けるより、学び取ろうとすべきである。苦手意識が消えたとき、その人を超えている。

志茂田景樹@kagekineko

自分を賢いと内心で思うだけでも他人は見下されていると感じるものである。どんな人も自分にはない賢さを秘めていると常に意識し、その賢さに学ぼうという気持ち持つ。それが伝わると、他人はその賢い部分を惜しみなく分かち与えてくれる。本当の賢さはそういうことである。

志茂田景樹@kagekineko

協調性がないと他人から言われ、自分も思って悩んでいる人は、自分の工夫や、アイデアを臆せず説くべきである。ただし、他人の批判、非難は控える。すると他人には独創的人間に映り、評価が変わる。欠点は直すより。それが秘めた長所を引き出すことである。

志茂田景樹@kagekineko

人は何かで人並みよりちょっと優れていると自認するだけで傲慢になる。うんと優れていると自他ともに認めると謙虚になる。さらにさらに優れてしまうと、他人が自分をどう思おうとまったく気にしなくなる。多分、そういう人のことを天才というのだ。

志茂田景樹@kagekineko

他人を許さないということは自分を許さないことである。心に自分で張った網に自我がかかり、動きのとれないさまに似ている。許し、その人を認めることで、自縛の網は消え、自我は自在さを取り戻し、心は大きく広がるものである。

志茂田景樹@kagekineko

感情的になって人を傷つけた、とあとで気づく人の言葉は、本人が気に病むほどひどくはないものである。一時の激情で吐いてしまったことで、それは相手にも解っている。本当に傷つくのは常々抱いていた悪意や、妬みをそれとは気づかず口にする人の言葉で、本人は忘れても言われた人は一生忘れない。

志茂田景樹@kagekineko

辛評、酷評は悪意を抱く者からされたら喜んでいい。優れたことをやってのけたので嫉妬されているだけだから。見る目のある人の辛評、酷評は見所があると判断してのことが多く、素直に聞いたほうがいい。通りいっぺんの好評は儀礼だと思って忘れることである。

心所

志茂田景樹@kagekineko

愚痴や弱音を吐けなくなったら人間もおしまいかな。やる気をまったくなくしたらそんなもん逆さにしたって出てこやしない。いちばんいけないのは愚痴や弱音を我慢して心に抱えておくことなんだ。どんどん吐いて心を浄化していこうよ。

志茂田景樹@kagekineko

個性が強いと言われる人はなるべく言葉少なにして他人の話は何倍も聞いたほうがいい。多弁で通すと聞いているほうは初め圧倒されても、その強い個性が災いしやがて嫌われる。聞き役に回っても少ない言葉にほどよく個性が滲むので、聞いているほうは好印象を抱き、長く好いてくれる。

志茂田景樹@kagekineko

自分の心を、嬉しいときには褒めてやり、悲しいときには慰めてやり、辛いときにはかばってやる。すると、心なんて単純だから気をよくしてどんどん豊かになる。心を責めて複雑怪奇にしてはいけない。

志茂田景樹@kagekineko

思ったことの50%できたら、いいぞと自分を誉めていい。100%できたらこれは僥倖なの。次はその僥倖分を差し引いてやることを決める。でないと、あのときできたんだからといつまでも高望みして失敗を繰り返す。しまいには、自信を失う。50%の積み重ねが凄いことになることを知ってほしい。

志茂田景樹@kagekineko

今からでは遅すぎる、という言葉に暗示をかけられてはいけない。遅いと気づいた時点を出発点にすれば必ず新たな方策が見つかる。何事にも遅すぎるということはなく、ひきずられないでいい過去が増えただけである。

志茂田景樹@kagekineko

強く生きる、という言葉を多数派の論理で理解すべきではない。例えば周囲の人の多くが時流に乗り勢い盛んなとき、置いてけぼりの人は傍目には弱い人に見える。しかし、事実は時流に媚びず自分を貫いている人かもしれない。自分にとって強く生きるとは何か。それを模索できる人が強いのである。

志茂田景樹@kagekineko

成功するのにたいした秘訣はない。他の人が理屈をこねている間にさっさと粉をこねればいいだけのことである。理屈をこねても時間の無駄になるだけだが、粉をこねれば団子になる。理屈をこねる人を見ていると、やらない言い訳を探していることが多い。

志茂田景樹@kagekineko

能力を伸ばす極意はただ一つ、できることを続けることである。できることを続けていくと以前はできなかったこともできるようになる。つまり、自分ができることを見つけることが何より大事で、あとは継続して能力を喜ばせればいい。

志茂田景樹@kagekineko

誰でも苦しくてもがいてもうこれが限界だと思うことがある。でも、それからが始まりで、自分でも意識できなかった底力が出番を待っている。限界だとそこで一線を引いてしまったら底力は出ようにも出る幕がなくなる。限界だと思うもう一つ先でそれは今か今かと待っているものである。

志茂田景樹@kagekineko

志を立てたら傷つくのを怖れてはいけない。おとし謗られて風船のように萎む志はただの願望に過ぎない。褒めおだてられて舞い上がる志は糸の切れた凧に等しい。本物の志は毀誉褒貶を受けて動じずさらに強く立つものである。

志茂田景樹@kagekineko

大きな失敗をした自分を責めるのは悪いことではない。どこに誤りがあったかをしっかり検証し、次の機会に奮起するバネに変えればいい。責めぬくことで自分を卑下したり、自信喪失に追いやるのは愚の骨頂である。過ぎた負の局面から有益な教訓を得るためには自分をうまく責めることである。

志茂田景樹@kagekineko

何かの実績を上げるとね、称賛と中傷が一緒にやってくるの。称賛だけしかこなかったらお世辞なんだ。だから、中傷もきたら、自分も本物なんだと喜ぼうね。

志茂田景樹@kagekineko

気分がユーウツだと訴える人はたいていが体を動かしていない。ネガティブな気分は停滞した肉体に宿る。ウオーキングでも家事でもいいから鼻歌でも歌いながらまめに体を動かしてごらんよ。ユーウツなんて気がついたら振り落とされているから。

真心

志茂田景樹@kagekineko

他人の気持ちが解らないって? 片想いいでいいから恋をしてごらん。いつもいつもその人のことを思ってる。その人が何を考え何をしようとしているか知りたがっている。たとえ片想いのまま終わろうと、その人は他人の気持ちを解ろうとすることがどんなに大切かという土産を心に残してくれる。

志茂田景樹@kagekineko

恋は恋人の今に情熱を注ぐことであり、愛は恋人の将来にも責任を負うことである。恋は泡沫のように消えやすいが、愛は歳月とともに深まることが多い。

志茂田景樹@kagekineko

イケメンばかり追いかける女はイケメンが好きというより、自分の相手はいつもイケメンであることを同性に見せつけたいだけなの。同じことは常に見栄えのいい女を選ぶ男にも言える。周りの男達に自慢したい。ほんとうに好きになる相手は、なんであんな人を選んだの、って傍目には映るもんさ。

色々

志茂田景樹@kagekineko

自己主張の強い人の発言を一方的な考えだと反発する人の多くは同じく自己主張が強い。自分の考えと違うから反発する。そういう人の発言を全面的に受け入れて聞く人は陽に対する陰の立場で相性がいい。考え考え聞く人は大勢の人の主張を選択肢として捉えている。相談相手に最も向いている人である。

志茂田景樹@kagekineko

自分が知らないことをなんでも知っていて、自分ができないことを簡単にやってのける友人がいた。尊敬もしたが、よく劣等感に襲われた。あるとき、友人から僕が当り前にやっていることを俺には到底できないと誉められ、自信がついた。好きで何気なくやっていることがその人の才能なのだ、と思う。

志茂田景樹@kagekineko

他人を謗ったり嫉妬したりをまったくしない人は感情の弾みに欠けるんじゃないかなあ。人間なんだから少しは謗ったり嫉妬してもいいと思うんだ。それで、他人にそういう感情を抱いてもあまりためにならないことに気づく。そこが肝腎なんだ。

志茂田景樹@kagekineko

世間には同情を買うことで窮状を切り抜ける人がいる。いつも他人をあてにしている人に多い。それが見えすいて、やがて少しの同情も得られなくなるときがくる。同情を買うたびに実は不信と軽蔑というお釣りを貰っていたことに気づかなかったためである。

志茂田景樹@kagekineko

誤解を怖れぬ人はそれを解こうとはしない。自分を正しく理解してくれればほっといても氷解する、と知っているためである。誤解を怖れる人は言葉で自分を熱心に飾り立てて虚像を造る。誤解されているのではなく、それが自分に対する正しい評価だということに気づかないためである。

志茂田景樹@kagekineko

30年間無事故無違反の個人タクシーの運転手に、みんながあなたのように運転がうまかったら有難いね、と言ったら、「自分は運転が下手なんですよ。だから、ずっと事故は起こすまい、とそれだけを心がけて運転を続けてきただけです」 実感がこもった言葉で、黙って頷くしかなかった。

名言リンク

https://matome.naver.jp/odai/2132913248869702801
2012年09月01日