『一杯のかけそば』とは?
『一杯のかけそば』(いっぱいのかけそば)は、栗良平による日本の短編小説。
一杯のかけそば – Wikipedia
小説は「涙なしでは聞けない」話として、一時は日本中で話題となり、社会現象にまでなった。
一杯のかけそば – Wikipedia
1988年の大晦日にFM東京の「ゆく年くる年」の中で朗読されたことに始まり、翌1989年1月には産経新聞や共同通信社が一杯のかけそばを取り上げた。
中でもフジテレビ「タイム3」は中尾彬、武田鉄矢などの有名人を迎え、連日「一杯のかけそば」を朗読するまでに至った。
しかし、ブームは終焉
当初は実話であるかのように紹介されていたが、次第に作者の実生活といった「作品外の話、実話」にスポットがあたるようになったことから、「出来すぎた創作話と、作者の実体」というようなパッケージ化がされてワイドショーなどを賑わせた。
作者は実生活で頻繁に詐欺行為をはたらくなど、大ほら吹きだったようです。
ブームの最中、5月19日放送のフジテレビ「笑っていいとも」にて、司会のタモリが一杯のかけそばを批判した。
タモリは「その当時、150円あったらインスタントのそばが3個買えたはず」「涙のファシズム」など作品の胡散臭さを指摘した。この発言がきっかけとなり翌6月にはブームが終焉する。
あらすじ
1972年(昭和47年)の大晦日の晩、札幌の時計台横丁(架空の地名)にある蕎麦屋に子供を2人連れた貧相な女性が現れる。
閉店間際だと店主が母子に告げるが、どうしても蕎麦が食べたいと母親が言い、店主は仕方なく母子を店内に入れる。
店内に入ると母親が「かけそば(つゆが入った器に茹でた麺を入れただけの蕎麦)を1杯頂きたい(3人で1杯食べる)」と言ったが、主人は母子を思い、内緒で1.5人前の蕎麦を茹でた。
そして母子は出された1杯(1杯半)のかけそばをおいしそうに分け合って食べた。
この母子は事故で父親を亡くし、大晦日の日に父親の好きだったこの店のかけそばを食べに来ることが年に一回だけの贅沢だったのだ。
翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯、母子はかけそばを頼みにきた。
店の主人夫婦はいつしか、毎年大晦日にかけそばを注文する母子が来るのが楽しみになった。
しかし、ある年から母子は来なくなってしまった。それでも主人夫婦は母子を待ち続け、そして十数年後のある日、母とすっかり大きくなった息子2人が再び現れる。子供達は就職してすっかり立派な大人となり、母子3人でかけそばを3杯頼んだ。
映画化もされています

https://matome.naver.jp/odai/2135151604225359101/2135151824325652403
VHSだけ。。





