(3)【Albert Hamilton Fish】多くの児童を暴行して殺害し、犠牲者の人肉だけでなく、尿や血液、排泄物まで食べたサドマゾ嗜好を持つ男
ハミルトン・フィッシュとしてワシントンD.C.で生まれる。この家系では代々精神疾患患者が多く、母は幻覚をよくみた上、彼の兄弟は精神薄弱者であり、叔父も躁病に悩んでいた。
アルバート・フィッシュ – Wikipedia
1870年5月19日、ワシントンD.C.で生まれました。
5歳の時、父の死により孤児院に預けられ、ここで成長する。この孤児院では教鞭による指導が行われており、フィッシュはこれによって叩かれている。この鞭打ちが、フィッシュに快感をもたらした。
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この環境がAlbert Hamilton Fishにサドマゾ嗜好を与えたと考えられています。一方で、「反省するたびに鞭打ちを喰らうのだがこれは何の意味も無い。子供たちは鞭で殴られるたびに悪くなっていった。」とも語っています。
彼はこの頃を振り返り、「自分は鞭打ちを楽しみにする唯一の子供だった。」と述懐しています。
酷い生活環境の中、自害せずに生き延びた者を「生存者サヴァイヴァー」と呼ぶ。多重人格者になる人間が多い。フィッシュの場合、「苦痛を快感に変換すること」により、この苦痛を生き延びた。
+生き別れの兄の影響:幼い彼に大人な写真をみせたり、軍隊で見聞きした「人肉食い」のグロテスクな話を聞かせたした。
12歳の電報配達夫と関係をもったり、彼の少年時代は正直もう普通ではない。
アルバート・フィッシュ:『満月の狂人』史上最悪の食人鬼!料理して・おいしく食べた・被害者の家族へ送られた最悪の手紙の内容とは!? | XANADU-B-
1898年、9歳年下の女性と結婚し、6子を儲ける。フィッシュの実子は「フィッシュによる暴力などは無く、一般的な子供時代をすごした。ただ、時折自分を釘が打ち込まれた板で叩くように頼んだものだった」と語っている。
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著名な精神科医のフレデリック・ワーサム(Fredric Wertham)は、フィッシュの中にはサディズムとマゾヒズムの両方が強烈に同居していると診断している。報道によると主に性器の周辺に針を打ち込んで自慰行為に耽っていた。
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さらには自身の背中の内側や、骨盤に針を打ち込んであるとも述べている。実際に、彼のレントゲン写真では、陰嚢部分に細いものも太いものも曲がったものも合わせて29本もの針が見つかっている。
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針を打ち込む以外に、ライターオイルをしみこませた綿球を自身の直腸に入れて火をつけ、身体の内部が焼けるような感覚に酔いしれたりもしていました。
そして、1910年、とうとう・・・
Albert Hamilton Fishはトーマス・ベッデンという男児を刺し殺しました。
この殺人事件は証拠不十分のため確認できていませんが、彼はこれが最初の殺人だったと後に証言しています。
結婚生活19年目の『妻の浮気』。妻が精神薄弱の男と駆け落ちしてしまう。そして数日後に愛人と帰宅、『この人をこの家に住まわせて!』とふざけた事を言う。フィッシュでなくてもキレると思われる。
フィッシュは勿論そんな要求は否定。妻もしぶしぶ承諾し、愛人と別れた・・・・と思わせて、屋根裏部屋で男を囲っていた。妻最悪。
最終的に2人は駆け落ち。家財道具全部売っぱらい費用にして。。。。 フィッシュこの時から精神の均衡が崩れ始める。
アルバート・フィッシュ:『満月の狂人』史上最悪の食人鬼!料理して・おいしく食べた・被害者の家族へ送られた最悪の手紙の内容とは!? | XANADU-B-
1924年7月15日、Albert Hamilton Fishは、ロングアイランドで8歳のフランシス・X・マクドネルという少女を、1926年10月5日には、5歳のエマ・リチャードソンという少女を誘拐し殺害しました。
そして、1927年2月11日には、3歳と12歳の友人兄弟と遊んでいた4歳のBilly Gaffneyという少年を誘拐。Riker通りにぽつんと立っていた家へ連れて行き、少年を全裸にして手足を縛り、ごみの中から取り出した汚いボロ切れを猿轡代わりにし、少年の口にかませたまま放置して、Albert Hamilton Fishはその家を後にしました。
翌日の午後2時頃、少年を監禁している家に戻ったAlbert Hamilton Fishは、少年に凄惨な拷問を加え殺害しました。
参考: http://altereddimensions.net/2015/albert-fish-cannibal-serial-killer-american-boogeyman-1928

https://matome.naver.jp/odai/2149309977332638401/2151167796806113703
拷問の内容とは・・・
・少年の脚から血が流れ出るまでベルトで叩く。
・耳と鼻を切り取る。
・少年の口を耳の方まで切り裂く。
・目玉をえぐる。
・少年の腹部をナイフで突き刺し、そこに自分の口をくっ付け少年の血を飲む、等。
参考: http://altereddimensions.net/2015/albert-fish-cannibal-serial-killer-american-boogeyman-1928
Billy Gaffneyを殺害後、Albert Hamilton Fishは遺体を切断し、重石を入れた袋に頭部と両腕、膝から下の両足を入れ、湖に捨てました。
そして、少年の太ももや胴体などは、4日間かけて、生で食べたりシチューにして食べたりしました。
1928年5月28日、58歳のフィッシュはフランク・ハワードという偽名を名乗り、ニューヨーク州マンハッタンのある家族を訪ねた。彼は、この家族の18歳になる息子が出した、仕事募集広告に応じたのだった。この時、フィッシュはこの家族の10歳の娘に目をつけた。その後、両親を信頼させたフィッシュは、この娘を妹の孫の誕生パーティに連れて行くという名目で連れ出したが、彼女は二度と帰らなかった。
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この10歳のGrace Buddという少女も、Albert Hamilton Fishによって殺害(絞殺)され、遺体を食べられました。
それから6年後の1934年11月、彼女の両親の元に匿名の手紙が届いた。この手紙を両親は警察に届け、フィッシュは逮捕されることとなる。
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驚愕の手紙の内容とは・・・
*Grace Buddの苗字:A
友人の乗る蒸気船:B
蒸気船の船長でAlbert Hamilton Fishの友人:C
Albert Hamilton Fishのニューヨーク在住当時の住居近くの区画:D
Grace Buddの家族の住所となる区画:E
Grace Buddの名前:F とします。
親愛なるA婦人へ。1894年、私の友人で蒸気船Bの船長をしている船長Cは積荷を輸送していました。彼らはサンフランシスコから香港まで航行しました。そこに着くと、彼は他の二人と共に陸に上がり、酒を飲みました。彼らが戻った時には、船はなくなっていました。当時、中国は飢饉に襲われていました。あらゆる種類の肉がポンドあたり1~3ドルの値段で売られていました。そして、飢饉は重大であり、飢饉に苦しむ人を守る為12歳以下の子供たちは全て食べ物として売られていました。14歳以下の少年、少女も街路では安全ではありませんでした。どんな店でも、ステーキ肉やチョップ肉、シチュー肉を買うことができました。裸の少年少女を連れてきて、欲しい部位を切り分けたのです。少年少女の尻は体の中で一番美味しい部位で、子牛のカツレツとして高値で売られていました。Cは長いことそこに滞在し、人肉の味わいを習得しました。彼はニューヨークに戻ると、7歳と11歳の少年を盗みました。彼らを自分の家に連れて行き、服を脱がし、裸にし、戸棚の中に縛り上げました。それから、彼らが着用していた物を全て燃やしてしまいました。
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彼は1日数回、彼らの肉を上質の柔らかな物にするため彼らを殴打しました。(彼らはひどく苦しみました。)彼はまず11歳の少年を殺しました。なぜなら、彼のほうがより太ったお尻で、当然それにはより多くの肉が有ったからでした。頭、骨と内臓を除いて彼の体の全ての部分は調理され、食べられてしまいました。(彼のお尻は)オーブンでローストにされ、ボイルにしたり、焼いたり、油で揚げたり、煮込んだりと彼は調理されました。次に小さなほうの少年も同じようにされました。当時私はD右側の近くに住んでいました。彼はしばしば私にどれだけ人肉がうまいかを語り、私もそれを味わってみたくなっていました。1928年6月3日の日曜日に、購入したカテージチーズとイチゴを持って、私は貴方の住所Eを訪れました。私はその時昼食を取っていました。すると、Fは私のひざに乗り、私にキスをしました。私は彼女を食べることを決めました。彼女をパーティに連れて行くという口実に、あなたは承諾し、彼女は出かけられました。私が既に選出しておいた、ウエストチェスターにある空き家へ連れて行きました。
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そこに着くと、私は彼女に外で待っているようにと言いました。彼女は野の花を取っていました。私は2階へ行き、すべての着衣を脱ぎました。衣服を脱がないと、それに彼女の血が付いてしまうだろうことが分かっていたからです。全て準備が終わると、窓際まで行き、彼女を呼びました。その時は、彼女が部屋に入ってくるまで、戸棚の中に隠れていました。彼女は裸の私を見ると、泣き出し、階段を駆け下りようとしました。私は彼女を鷲づかみにしました。すると、彼女はお母さんに言いつけると言って来ました。まず、彼女を裸にしました。すると、彼女は蹴ったり、噛んだり、引っかいたりと、なんとも・・・。私は彼女を絞殺しました。それから、彼女を小さくコマ切りにし、そのようにして彼女の肉を私の部屋に運び入れました。調理し、食べました。オーブンで焼いた彼女の小さなお尻の、なんて甘美で柔らかだったことでしょうか。彼女の全部を食べるのに9日間要しました。私が望むなら彼女をレイプできましたが、それは行いませんでした。彼女は処女のまま天に召されたのです。
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Grace Buddが行方不明になった1928年からAlbert Hamilton Fishが逮捕された1934年までの間にも、Albert Hamilton Fishは何件もの殺人事件を起こしたと考えられています。
1930年7月13日には4歳のエミル・アリング、1931年5月2日には6歳のロビン・ジェーン・リュー、1932年2月15日には16歳のメアリー・エレン・オコナー、1932年12月15日には17歳のベンジャミン・コリングズを殺害したと見られています。
正確な犠牲者数は不明ですが、本人の供述によると、1910年から1934年までの間に400人を殺害したとのことです。
Albert Hamilton Fishは、遺体(人肉)を食べるだけでなく、尿や血液、排泄物までも食べていました。
参考: http://murderpedia.org/male.F/f/fish-albert-photos-1.htm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5
1935年3月11日に開かれた公判で、フレデリック・ワーザム博士は精神異常としてフィッシュを弁護した。フィッシュは、子供を殺す旨を神から啓示で聞いたと主張した。幾人かの精神科医は糞性愛、尿性愛、ペドフィリア、マゾヒズムなどの多くの彼の持つフェティシズムを証人席で語っている。しかし、それらの活動は必ずしも精神異常を意味するかどうか意見が分かれた。被告側主任鑑定人であるワーザム博士は、フィッシュは精神異常であるときっぱり言い切った。博士は弁論で、フィッシュの歪んだ倒錯と性的異常は、彼自身の気質ではなく、不幸な環境によって作り上げられたものであって、彼も被害者であると主張した。フィッシュの倒錯性と異常性を考慮した博士は、フィッシュを死刑にさせたくないと考えた。だが、世論の多くはフィッシュの死刑を望んでいた。公判は10日間で終わり、陪審員は彼は正気で有罪との評決を下した。裁判官は、フィッシュに死刑判決を下した。
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子供(6人)全員が遺体の引き取りを拒否した為、Albert Hamilton Fishの遺体はシンシン刑務所に埋葬されました。
電気処刑の執行を「一生に一度しか味わえない、最高のスリル」と語ったと、幾らかの人々に信じられている。
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最初の電衝では彼を殺すことは出来ず、2度目の電撃により彼を死に至らしめたと報じられている。また、少数の記事は、彼の体内にある29本もの針が短絡を起こしたためにこのようなことが起こったと報じている。しかしながら、これらの報道は一般的に間違っているものとして考えられている。それは通例で死刑執行の際は警戒のため2回の電撃が与えられ、その様な認識が報道側になかったのではないかと考えられているためである。
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♦動画♦
(2)【Big Lurch】ルームメイトの女性の顔や肺を食べたラッパーの男
出典: http://hiphopguide.jp/cgi-local/archives/040west/272b/001443.html
事件は2002年4月10日に起こりました。
PCPの影響により、Big Lurchはルームメイトの女性Tynisha Ysais(21歳)を彼女のアパートで殺害。胸部を切り裂き、顔や肺を食べました。
Tynisha Ysaisの遺体は、彼女の友人のAlisa Allenによってアパートで発見されました。
事件前日、Big LurchとTynisha Ysaisは一緒にPCPを使用していました。
参考: http://www.mtv.com/news/1980468/real-life-hip-hop-horror-stories/
http://murderpedia.org/male.L/l/lurch-big.htm
https://en.wikipedia.org/wiki/Big_Lurch
PCPとは?
↓
街で取引されているクスリの中で、その作用を予測することが非常に困難なものの一つです。有頂天な酩酊状態から、陰鬱なせん妄(delirium。幻視など一時的な思考の錯乱で、うわごとを言ったりする)の発作に至るまで、その作用の幅は非常に広くなっています。
薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ
PCPの詳細を知ることが出来ます。
目撃者によると、Big Lurchは警察に連行される時、裸(血だらけ)で通りの真ん中に立ち、空をじっと見つめていたそうです。
参考: http://www.blackenergynews.com/2012/06/analyzing-flesh-eating-and-mutilation.html
逮捕後すぐに行われた健康診断では、Big Lurchの胃の中からBig Lurchのものではない人肉が発見されました。
Big Lurchは、2000年9月に起きた交通事故で痛めた首の痛みが退院後も続き、その痛みを和らげる為にPCPを使い始めたと告白。
Tynisha Ysaisを殺害した動機を問われると、「彼女(Tynisha Ysais)の中に悪魔がいて、その悪魔を殺さなければならなかったからだ。」と答えました。
参考: http://murderpedia.org/male.L/l/lurch-big.htm
https://en.wikipedia.org/wiki/Big_Lurch
http://www.blackenergynews.com/2012/06/analyzing-flesh-eating-and-mutilation.html
伝えられるところによると、Big Lurchは当時、ニューアルバムの制作に取り組んでいたそうです。
参考: http://murderpedia.org/male.L/l/lurch-big.htm
♦動画♦
(1)【Matthew Williams】女性の顔や眼球を食べた刑務所帰りの男
犯人の男の名はマシュー・ウイリアムズ。
かつて彼は暴行罪で服役した過去を持っていた。犯行は服役を終えて釈放されたばかりであったという。
事件の舞台となったホテルは、刑期を終えた犯罪者がリハビリを図る施設として営業されていた。
現代のハンニバル・レクター 女性の顔を食べた男 – WRITER-ハートに火をつけるwebマガジン-
事件は2014年11月に起こりました。
この日ウィリアムズは門限を破って夜のバーへと繰り出し、そこでイェムさんと出会ってしまう。そして、2人でこのホテルの部屋に戻り、事件は起きてしまった…。
【閲覧注意】女の顔を貪り食う血まみれ男と眼球…! マイアミ・ゾンビ事件の悪夢再び!
危険ドラッグであるメフェドロン(Mephedrone)を摂取した後に精神錯乱に陥り、一緒にいた女性のセリス・イェム(22歳)さんに襲いかかった。
【閲覧注意】女の顔を貪り食う血まみれ男と眼球…! マイアミ・ゾンビ事件の悪夢再び!
Matthew Williamsが女性(Cerys Yemm)と一緒に部屋にいることを息子から聞いたオーナーのMandy Milesは、急いでMatthew Williamsの部屋に向かいました。
部屋のドアをノックしても返事がなかったので、Mandy Milesはパスコードを使ってドアの鍵を開けました。
参考: http://www.bbc.com/news/uk-wales-south-east-wales-30003796
被害者は22歳の女性で、片側の眼球と顔半分を食べられており、のちに死亡。駆けつけた警察はマシューを高電圧のテーザー銃で制圧したが、彼もその後死亡したという。
22歳女性の顔を食べた英国のハンニバル・レクター | 日刊大衆
Mandy MilesがMatthew Williamsの部屋に入った時、Cerys Yemmはぴくりとも動かず、床にできた大きな血だまりの中に横たわっていました。
参考: http://www.bbc.com/news/uk-wales-south-east-wales-30003796























参考: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5