『モンロー』同様、その死が惜しまれる 夭折した『プレイメイト達』

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故ヒュー・ヘフナー氏がその才能にほれこんだ、かの『マリリン・モンロー』と同列に名前を掲げるほどの『プレイメイト』は、若干20歳で、夫に殺害されました。若く美人でありながら、早くにこの世を去らなければならなかった悲劇のプレイメイト達がいます。

▼故ヘフナー氏が『モンロー』と同等に扱うほどの、『逸材』とは

『マリリン・モンロー』
『ドロシー・ストラットン』

他界したヒュー・ヘフナーがマリリン・モンローの隣へと
埋葬されるようだ。
ヒュー・ヘフナー、マリリン・モンローの隣に眠る|ウーマンエキサイト

36歳の若さで他界したマリリンは、1953年にプレイボーイ誌創刊号の表紙を飾っており、その号は5万部を売り上げた。

「『僕にとっては』同じところに眠るということが詩的なことにも
感じられたんだ。それあの墓地にはほかにも色々なつながりがある
からね。(ミュージシャンの)バディ・リッチやメル・トーメとか
友人たちも埋葬されているんだ。それに(元プレイメイトの)
ドロシー・ストラットンもね」
ヒュー・ヘフナー、マリリン・モンローの隣に眠る|ウーマンエキサイト

▼『20歳』で夫に殺された、『悲劇』のプレイメイト

事件を基に作られた映画『スター80』
出演者
ドロシー マリエル・ヘミングウェイ
ポール エリック・ロバーツ『実話』に基づいた映画。
ドロシー・ストラットンを演じたマリエル・
ヘミングウェイは、役になりきるために豊胸手術
まで施して撮影に臨んだ。ラストでストラットンが
殺され、スナイダーも自殺するシーンは、実際の
事件現場で撮影された。
– .wikipedia より

劇中のこの子を見て好きにならない男は居ないだろうと思うくらい
、性格の良い子だ。そして奇麗だ。本人もそうだったのだろう。
それが、彼女を発掘した、ただそれだけの、薄汚い、クズの、大嘘
つきの、ヒモ野郎に、顔をショットガンで撃たれて殺されるまでの
ストーリーなのである。
スター80 | 映画の動画・DVD – TSUTAYA/ツタヤ

ポールは女を食い物にして、やくざな生活を送っていたが、ドロシーと出会い、素朴であたたかく明るい彼女に、初めて心の安らぎを感じたと言っている。成り上がるために利用しただけでなく、落ちていくだけで成り上がる事も出来ず、しかしその辛さより、愛していたドロシーが本当に去って行く辛さに耐えれなかったという言葉も残しているそう。

▼事件のあらまし

実際の『ドロシー』と夫『ポール』

(ドロシーは、)1979年にプレイボーイのミス・オーガストに
選ばれ、1980年にはプレイメイト・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
夭折した13人のホットな女性たち – GIGAZINE

3本のコメディ映画に出演し、少なくとも2本のテレビドラマに出演
するなど女優として活躍するが、20歳で別居中の夫でマネージャーの
ポール・スナイダーに射殺される。
ドロシー・ストラットン – Wikipedia

ポールも犯行直後に同じ銃で自殺した。
ドロシー・ストラットン – Wikipedia

▼一気にスター街道を駆け上がる妻、どんどんと落ちぶれていく夫

1979年にはスナイダーと結婚するが、彼は彼女のヒモに堕し、
二人の関係は早々に崩壊した。
1980 年、映画、となると、ガセビアとなるのは当然の帰結?:トンデモない一行知識の世界  - 唐沢俊一の「雑学」とは –

自分の撮影した写真で、カナダの片田舎の普通の子ドロシーは有名になったのに、注目されるのは常にドロシーだけ。ポールは、誰もが自身に関心を示さないばかりか、邪険に扱うと感じていた。

ヒモのポールが彼女のヌード写真を雑誌に送ったことから、彼女は
一流モデルの仲間入りをする。だが、ポールは自分から離れていこう
とするドロシーが許せなかった……。
映画 スター80 – allcinema

スナイダーは奇行に走り、探偵を雇って彼女の一挙一動を監視する
までになっていた。
1980 年、映画、となると、ガセビアとなるのは当然の帰結?:トンデモない一行知識の世界  - 唐沢俊一の「雑学」とは –

▼ドロシーの才能を見抜いた故ヘフナー氏は、守ろうとしていた

このポールって男がアブナイ男でありまして、まだ17歳だったのに
ドロシーのヌードのピンナップを自ら撮影してプレイボーイに売り
込んじゃうわ、ドロシーと結婚後にLAに移住するとプレイボーイ
本部に乗り込んでってドロシーだけじゃなく「自分のこともコミで」
ヒュー・ヘフナー(プレイボーイの首領よね)に営業しまくるので
当のヘフナーを激怒させちゃう。
何だか不運な女⑥「スター80」のマリエル・ヘミングウェイ – GIRLS IN CINEMA

おかげで「ドロシーは今までのプレイメイトを超えた逸材だから
何としてもこのダニのような夫ポールと縁を切らさねば」ということ
に。
何だか不運な女⑥「スター80」のマリエル・ヘミングウェイ – GIRLS IN CINEMA

ヒュー・ヘフナーは、野望のためドロシーを利用しているポールの
胡散臭さをすぐに見抜き、逆にドロシーをポールから引き離そうと
します。
想像力と関係者全てを巻き込む悲劇「スター80」(ヘプバーン編おまけ4)|想像力と映画の楽しいカンケイ!

▼悲劇は『最後に別れ話をするため』に会いに出かけた時、起きた

嫉妬に狂うポールとの仲はすっかり冷え切り、別れを決意。そして
最後に会って欲しいと言うポールに会いに行ったドロシー。
スター80|237号室 タカの無事是名作映画烈伝 A級からZ級まで

周囲は”危険だから”と止めたらしいが、ドロシーは”最後だから、きちんとしたい”と、出かけて行ったそう。

80年8月14日、用意していた猟銃でドロシーを撃ち殺し、
そして自らも同じ銃でポールは自殺した。
スター80|237号室 タカの無事是名作映画烈伝 A級からZ級まで

一方、(彼女の不倫相手で同棲していた映画監督)ボグダノ
ヴィッチは責任を感じて、彼女の母親と妹を引き取る。そして、
妹を整形手術で姉そっくりにして、20歳になったのと同時に結婚。
最低映画館〜ギャラクシーナ

20歳というのは、ドロシーが亡くなった年齢でもある。この一件は、世界を仰天させた。

▼『専属のプレイメイト』として活躍 若者に絶大な人気だった

『ケイティ・メイ』

ケイティ・メイさんは「PLAY BOY」に一時的に出るモデルさん
ではなく、専属契約をしているモデルさんでした。
ケイティ・メイ(米モデル)の死因に驚愕!カイロプラクティックは危険なの? | bonita

▼『病院』へ行かずに、『カイロプラクティック』へ通った間違い

1月30日に「撮影中に首をひねってしまって、今朝(おなじみの
カイロプラクターさんに)調整してもらったの。すっごく痛い!
他に家でできる治療法を知らない?」とツイートしている。
急死のプレイメイト、死因はカイロプラクティックだった – エキサイトニュース

ファンからはあたたかいアドバイスが寄せられ、彼女は律儀に”ありがとう! やってみる”と返答していた。

この“調整”によって、彼女は2月4日に命を落としてしまった。
急死のプレイメイト、死因はカイロプラクティックだった – エキサイトニュース

ひどい頭痛はその(命の危機の)サインだったが、それに気づかず
首をねじる、引っ張るなどの刺激を受け続けた。
トップモデル…首の痛みで謎の急死|ザ!世界仰天ニュース|日本テレビ

カイロプラクティックの主な目的は、怪我などの『治療』ではなく、脊椎や体の各部の歪みを矯正することで、体が持つ能力や機能をベストな状態に『調整』することである。彼女は、頭痛が止まらない時点で、一刻も早く病院へ行くべきだった。

ケイティさんの場合… カイロプラクティックの施術で指圧療法士
がケイティさんの首を曲げた際、左の椎骨動脈が裂けたといい、この
椎骨動脈が傷つけられたことで血流が妨げられ脳卒中を起こしたこと
が直接の死因となった。
ケイティ・メイ(PLAYBOYモデル)が脳卒中で急死! 原因はカイロプラクティック!?日本では… – なる家のまねき猫

▼かわいい盛りの娘さんを、残して…

娘の『ミアちゃん』

プレイボーイ誌、スポーツ・イラストレイテッド誌ほか、数々の
男性向け雑誌やサイトで豊満なボディを披露してきただけに、
インスタグラムには約200万人超のフォロワーを持っていたケイティー
さん。私生活では7歳の女の子を育てる良き母親でもあったという。
米美人プレイメイトのケイティーさん急死…撮影中に首を痛めたことが関係か – ライブドアニュース

▼”誰もが憧れる子だったけど、子供時代のことで心が不安定だった”

『カサンドラ・リン・ヘンスリー』

2014年01月18日に、2006年2月のプレイボーイ中央見開きページを
飾ったプレイメイトであったカサンドラ・リン・ヘンスリーが、
ロサンジェルスの友達のホームで死んでいるのが見つかった。
プレイボーイ・モデルが、ロサンジェルスで死んでいるのが見つかった。 | 2014-01-17 | Time-AZ

▼『死因』はコカインとアルコール?

▼死の直前のことが、徐々に明らかになって

カサンドラは死亡する前にコカインやアルコールを一気飲みして
いた。
カサンドラ リン ヘンズリー – Google 検索

カサンドラを知る昔の友人は、“彼女は少しワイルドな女の子だったし、素敵な女の子だったけど、安定した子供時代を送っていなかったわ。彼女は少し、乱暴だったの。”と語っている。

▼『謎の死』・『泥沼の遺産裁判』『最も有名』なプレイメイト

『アンナ・ニコル・スミス』

1993年のプレイメイト・オブ・ザ・イヤーに選ばれ「マリリン・
モンローの再来」と言われたアンナ・ニコル・スミスは、テキサス州
の石油富豪で当時89歳のJ・ハワード・マーシャルと結婚したことで
広く有名に。
夭折した13人のホットな女性たち – GIGAZINE

64歳年上のマーシャルとの結婚は、彼女が彼の資産を狙ったものとする憶測を生んだが、彼女はそれを否定。

処方薬の過剰摂取により、2007年に39歳で亡くなった。死後も、
彼女が死亡する1ヶ月前に息子のダニエル・ウェイン・スミスが急死
したことや娘ダニーリンの親権争いなどがメディアの注目を集めた。
アンナ・ニコル・スミス – Wikipedia

生前、過剰に薬物を投与していたと言われる3人の医師は、共謀して、2004年から2007年にかけ、正当な医療目的がないのに、鎮静剤や抗うつ薬など数千錠をアンナに処方、投与するなどしたとのこと。今のところ、アンナの死因との関係は明らかされていない。『謎の死』と言われている。

●『詳細』は、こちらで

https://matome.naver.jp/odai/2150682215419458301
2017年11月06日