♪ いろいろな源流~ロックンロールへ
ジャズやブルーズから発展したリズム・アンド・ブルースを直接の源流とし、そこにカントリー音楽やフォーク音楽という白人系の流れが注ぎ込んでロックンロールが生まれた、と概略的に説明されることが多い。(英語版ウィキペディア「Origins of rock and roll」などを参照のこと)
天に昇るようなヨーデルと、地獄を這うようなブルーズの節回し。
カウント・ベイシー楽団のこのスイングは血圧上がります。
この曲ではスイングジャズ寄りのアプローチがなされていますが、1938年のこれ↓が目玉が飛び出るほどロックンロール(映像が無いため、このまとめには掲載しません)。
http://www.youtube.com/watch?v=kcpgTzDpW-Q(Sister Rosetta Tharpe – That’s All)
エラ・メイ・モースの唱法自体はスイングっぽいが、ピアノはまさしくブギウギ。
のちにビル・ヘイリーやエルヴィスもカバーした。
ただ、初期の彼のヒット曲の数々はロックンロールが持った衝動性を、むしろ誰よりもダイレクトに表現していた。
レイの動画は、ほかにも素晴らしいものがたくさん残っています。
大河ミシシッピの流れをほうふつとさせる、ファッツ・ドミノのおおらかなバックビート。
ロックンロールの最初のレコードとは言えないが、この曲の持つ、笑っちゃうぐらい破天荒な魅力が、どれほど音楽を自由にしたか、筆舌に尽くせないだろう。
のちにエルヴィスがカヴァーし、さらに有名に。
「ロックンロールの創始者」のように語られることがあるが、彼自身も、例えばGoree Carterのような先人に多大な影響を受けて、音楽の歴史の大きな流れの中にいる。
そしてこの映像の冒頭で彼を紹介するのが、「ロックンロール」という言葉を全米に浸透させ、白人系音楽と黒人系音楽の邂逅に情熱を注いだ伝説のDJ、アラン・フリード。
エルヴィスのもっとも古い映像のひとつ。
ロックンロールという音楽スタイルの成功を、黒人系音楽と白人系音楽のダイナミックな邂逅に帰するなら、やっぱり彼の登場は象徴的。
ブルーズの憂鬱・疲労、カントリー音楽の自由・開放を、遊び心たっぷりに表現し、しかもそれがヤバいほどセクシーで、破壊的にフレッシュ、という、当時考えうるパーフェクトなアーティストだった。
ナイン・インチ・ネイルズをカバーし、2003年に愛妻の死去の4ヶ月後、他界。
おそらくロックンロールの歴史で、もっとも決定的な瞬間。エルヴィスの「骨盤(Pelvis)」の動きが大問題になった。「ポピュラー音楽は地に堕ちた」という評価まで飛び出した。
一方でティーンエージャーたちは熱狂する。
当時売り出し中だったセックスシンボル、ジェイン・マンスフィールドと、同じく売り出し中だったロックンロール音楽を(安易に)抱き合わせて制作された映画。
リトル・リチャードを中心に、ファッツ・ドミノ、ジーン・ヴィンセントも出演したが、デビュー間もないエディーのこのシーンがもっとも注目を集めた。
ジェリー・リー・ルイス、パンクなピアニスト。
その明るさが決して薄っぺらくないのは、メガネのせいだけでもなさそう。
バディ・ホリーはもっと長生きして欲しかったアーティストのひとり。
などの司会者のセリフに、薄くシャイに笑うエヴァリー・ブラザーズがクール。
60年代の英国ギター・ロックに絶大なる影響を与えた彼(と、これまた素晴らしいサニー・ボーイ・ウィリアムスン)の、私的ベスト動画。
印象的なロカビリーと、リーゼント。
♪ 衰退
1950年代末、ロックンロールが衰退を余儀なくされる事件・事故が多発した。
事件のいくつかには黒人系文化の隆盛を抑えたい層の意向が反映されていた、という主張が存在する。
・リトル・リチャード引退、宣教師へ(57年10月)
・エルヴィス・プレスリー、陸軍入隊(58年3月)
・ジェリー・リー・ルイス、13歳の従妹との結婚スキャンダル発覚(58年5月)
・バディ・ホリーやリッチー・ヴァレンスを乗せた飛行機が墜落(59年2月)
・DJアラン・フリード、ラジオ界の汚職スキャンダルに巻き込まれる(59年11月)
・チャック・ベリー、売春を強要した容疑で逮捕(59年12月)
・エディー・コクラン、英国で事故死、同乗のジーン・ヴィンセントも重傷(60年4月)
♪ ポップ化と英国ロックンロールの隆盛
・フィル・スペクターがプロデュースしたガール・グループや、ポール・アンカ、ニール・セダカらの「聴きやすいけど、程よくロックンロール」なポップスが人気を博す。
・また、ツイストをはじめとしたダンスブーム、西海岸ではサーフィン音楽など、娯楽性の高い音楽が勃興。
・一方イギリスではロニー・ドネガンがスキッフルを流行させ、折からのロックンロール・ブームと結びつき、アマチュア・バンドの結成が相次ぐ。
・そんなアマチュア・バンドの一つだったザ・ビートルズが、英国人ならではの音楽素養と独自のビートを獲得。ロックンロールで火がついた(そしてヌルいポップスに飽きていた)若者たちに熱狂的に受け入れられる。
・たくみな広報戦略とともにビートルズが渡米。その新鮮な魅力がアメリカでも受け入れられ、多くのフォロワーを生み、実験的な音楽制作の流れが加速した。
♪ おまけ
迫力のスタジオライブ。
ソニー・テリー&ブラウニー・マッギー、メンフィス・スリム、ウィリー・ディクスン、T-ボーン・ウォーカー、ヘレン・ヒュームスなどのすごいメンバーによる、大団円。




ブルーズの古典を、ベッシー・スミスが。