安藤忠雄 3つの建築

ポーンポーン
東京の新しいシンボル、東京スカイツリー。そのデザインを手がけたのはいまや世界中で知られている建築家だった。その名は安藤忠雄。彼はどのようにして世界最高峰の建築家になったのだろうか?彼の年代ごとの作品やインタビューをまとめて見ていく。

30代までの頃の安藤

安藤は、大学への進学は経済的にも学力的にも難しかったこともあって、建築を独学で学びました。その後、設計事務所でアルバイトをしていましたが、「建築をもっと知りたい」「西欧建築の本物に触れたい」という思いが抑えられず、1年ほど海外に旅立ちました。1965年、24歳のときです。「体験」こそが建築の本質。そう考えるようになったそうです。

1976年「住吉の長屋」
彼の作品に彼曰く『悪名高き「住吉の長屋」』という建築があります。当時29歳の安藤が作ったのはコンクリート打ちっぱなしの細長い住宅です。中央に中庭があるのですが、そこに屋根がない。ベッドルームからトイレに行くためには、そこを通らなければならないのですが、雨が降っていたら家の中なのに傘をささなくてはならないのです。世間からは批判も称賛もありましたが、「自然と共に生きる」という、住まいの原点を表したかったと安藤は語ります。もちろん、施主の方の了解を得ながら設計したわけですが、自然の厳しさと優しさを、住むことで感じられるわけです。なんと40年経った今も同じ施主さんが住んでいるそうです。

『建築とは「見る」ものではなく「体験する」ものだと思っている』ことを学んだ
安藤忠雄さんが建築であぶり出す、生きるための着想 | VISUAL SHIFT|ビジュアルシフト

30代以降の安藤忠雄

30代と40代はそれこそ脇目も振らずに、死に物狂いで働いてきました。彼はよく「どういう基準で仕事を選ぶのですか?」と聞かれることがありますが、たいてい難しいものを選んで挑戦してきたように思うと語っています。やりやすいものは誰かがやればいい。特に40代の頃は、「これはちょっとできないのではないか」と思うものばかりやっていました。
その時期の安藤が手掛けた〈光の教会〉は、18×6×6mのコンクリートの直方体を基本とする建物です。正面に十字架が切られ、斜めの壁が立てられているだけの、単純明快な形をしています。十字架を物ではなく光で表すという発明は、教会建築の概念を変えました。厳しい予算の下、安藤が光の十字架の演出にこだわり抜いたのは、この建築の核は光の十字架にあり、十字架は壁の両端部まで切れ込んでいるべきだと考えたからです。

光の協会 1989
安藤建築の中でも最高傑作と呼び声高いこの作品建物は打放しコンクリートを用い、礼拝堂内部には祭壇後部の壁面一杯に十字架状のスリット窓が設置されているのが最大の特徴です。

エネルギーを蓄える時期が40代だと思います。ガソリンがなかったらクルマは走らないのと一緒で、人間も知的体力と肉体的体力がなかったら走れません。気のもちようで人生はいくらでも変わります。青春というのは、10代や20代だけのものではありません。たとえ70代でも80代でも、前向きな気持ちで何かに挑戦していたら、その人は青春を生きているといえます。
男は挑戦せよ! 安藤忠雄氏が大人へ送る“全力疾走”のすすめ | CULTURE | UOMO | WEBUOMO

近年の安藤

建築というものは、便利で合理的で経済的でさえあればいいのでない、ということを表現したいと思っていた1988年頃。ベネッセの方から瀬戸内海の島に「文化の島をつくりたい」と相談を受けました。ゴルフ場の計画が失敗し、(かつて鉱石を溶錬した際に発生した) 亜硫酸ガスが流れたところは地面も禿げていて難しいなと最初は思ったそうですが、それを緑に戻していく運動もしつつ、文化の島もつくることに。以来今日まで30年間余り、建築をつくり、アーティストを巻き込みながら、コツコツと植樹を重ねてきました。今では緑にすっぽりと覆われて、「アートの聖地」と呼ばれるまでに、生命力があって人々の心をひきつける場所になっています。
また、以前から新しさを求めるあまり、古いもの、古い人間をないがしろにしがちだった当時の風潮にひとつの解を示そうとしており、2000年に17世紀に建てられた貴族の建物を保存したまま、地下にまったく新しいコンクリートの新築部分をつけたしたりと「古いものを大切にしながら、新しいもの作り出す社会」を表そうとしています。人生はいつまでも挑戦の連続であることをいまもなお私たちにその身をもって示してくれています。

日本を代表する大企業が経営難に陥るなど、今や何が起きるかわからない時代です。先が見えないなか、企業も人も利益を追求しがちになりますが、私は自分が面白いと思うことをやり続ける姿勢に意味があると信じています。だからこそ、ずっと青いリンゴのままでいなければならない。そう信じて、これからも挑戦を続けていきます
安藤忠雄インタビュー、生涯“青いまま”の挑戦者宣言 | Numero TOKYO

https://matome.naver.jp/odai/2154960442088103501
2019年02月22日