1.アンドレイ・チカチーロ
アンドレイ・ロマノヴィチ・チカチーロ(1936年10月16日 – 1994年2月14日)は、ウクライナ生まれの連続殺人者。ロストフの殺し屋、赤い切り裂き魔などの呼び名で知られる。
1978年から1990年にかけて、おもにロシア・ソビエト連邦社会主義共和国内で52人を殺害したとして殺人罪を言い渡された。一部の犠牲者は、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国とウズベク・ソビエト社会主義共和国で殺されている。
アンドレイ・チカチーロ – Wikipedia
当時のソビエト連邦では、「連続殺人は資本主義の弊害によるものであり、この種の犯罪は存在しない」というのが公式の見解であった。
チカチーロの犯罪については、民警(ロシア語版)(ソ連内務省管轄の文民警察組織)内部では連続殺人という認識がなく、組織立った捜査が行われなかった。チカチーロの犯行範囲は事実上ソ連全土に及んだこと、犠牲者が男女を問わなかったことで、同一犯の犯行とは考えられず、いたずらに犠牲者を増やす結果となった。最終的にはKGBの捜査介入が行なわれ、逮捕されるに至った。
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2.セオドア・カジンスキー
セオドア・ジョン・カジンスキー(Theodore John Kaczynski、1942年5月22日 – )はアメリカのテロリスト。数学者でもあり、アナーキズムに関する著作もある。
数学に関しては神童であったが、1969年に大学のキャリアを捨てて、自給自足に近い原始的な生活をしていた。FBIのコードネームからユナボマーとも呼ばれる。
セオドア・カジンスキー – Wikipedia
1978年5月から1995年にかけて、全米各地で現代科学技術に関わりのある人々をターゲットにした連続爆弾事件を起こして3人を死亡させ、23人に重軽傷を負わせた。
彼は革命を開始するつもりであり、工業化を批判するとともに原始的な生活の復活(アナルコ・プリミティヴィズム(英語版))を称揚して現代社会批判も行っている
セオドア・カジンスキー – Wikipedia
1971年にカジンスキーはモンタナ州リンカーン郡近郊の人里離れた小屋に移り住んだ。
電気水道とは無縁の隠遁生活を始める一方で、サバイバル技術を磨き、自給自足を実現しようとした。しかし小屋の周囲にあった原野が破壊されるのを目の当たりにしたカジンスキーは、自然の中で暮らすだけではだめだという考えにいたり、1978年に爆弾事件を起こし始める。1995年にはニューヨーク・タイムズに手紙を送り、もし同紙かワシントン・ポストが自分の論文『産業社会とその未来』を掲載するのであれば「テロ活動をやめる」ことを約束した。
この論文のなかで、爆弾事件が極端な行動であることは認めつつ、大規模な集団化を前提とする現代科学技術に人間の自由と尊厳が蝕まれていることを知らしめるためには必要だったという主張を行った。
セオドア・カジンスキー – Wikipedia
カジンスキーはFBIの歴史において最も捜査に予算と時間のかかった容疑者でもある。
彼の正体が明らかになるまで、FBIはこの事件を「大学・航空機爆弾犯」の頭字語であるユナボム(UNABOM, University and Airline Bomber)というコードネームで呼んでおり、次第にメディアはカジンスキーのことをユナボマーと呼ぶようになった。
FBIと司法長官のジャネット・レノの後押しで『産業社会とその未来』が活字化されたことをきっかけに、弟のデイヴィッド・カジンスキーがその文体の特徴に気づいて通報を行い、カジンスキーの逮捕にいたった。
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3.ロドニー・アルカラ
ロドニー・ジェームス・アルカラ(Rodney Alcala 1943年8月23日 – )は、アメリカ合衆国の連続強姦殺人犯、シリアルキラーである。
カリフォルニア州で1977年から1979年の間に犯した5件の殺人のために2010年に死刑判決を受けた。2013年にはニューヨーク州で1971年と1977年の別の2件の殺人事件で有罪を認め、25年間の刑が追加された。彼の本当の犠牲者数は不明のままで、はるかに多い可能性が指摘されている
ロドニー・アルカラ – Wikipedia
検察によると、アルカラは犠牲者の首を絞めて意識を失わせ、一旦意識が回復するまで待つという行為を、時には複数回、最終的に殺害するまで繰り返すということを行っていた。ある捜査官はアルカラを「殺害マシーン」と表現し、他にはテッド・バンディと比較するものもいる。
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4.テッド・バンディ
セオドア・ロバート・バンディ(Theodore Robert Bundy、1946年11月24日 – 1989年1月24日)は、アメリカのシリアルキラーであり、誘拐、強姦、強盗犯である。少なくとも1970年代から多数の若い女性を強姦、殺害するとともに死体に対する凌辱も行っていた。
死刑執行の直前に、10年以上も否認してきた殺人事件について自白を始め、1974年から1978年の間に7つの州で30人を殺害していることが明らかになった。
被害者の実数は不明だが、おそらくはこの数字を上回る。
テッド・バンディ – Wikipedia
バンディの手にかかった女性の多くは、彼のことをハンサムな男だと思うだけでなくカリスマ性すら感じていたが、彼のほうでも信頼を得るためにその容姿を利用した。バンディがターゲットの女性に近づくときによく使っていたのは、人目のある開けた場所で怪我人や障害者のふりをしたり、当局の人間であるかのように振舞う手口だった。そして女性を予定の場所へ連れていくと、力で屈服させて強姦した。
テッド・バンディ – Wikipedia
1975年、バンディは誘拐事件と強姦未遂によりユタ州で投獄され、初めて刑務所に入ることになる。彼は同時に複数の州で進行中であった連続殺人事件の容疑者でもあった。殺人罪で起訴されたのはコロラド州だが、彼は2度の劇的な脱獄を果たし、1978年にフロリダ州で逮捕されるまでに3件の殺人を犯し、暴行を繰り返した。フロリダ州の殺人だけで、彼は別個の2回の裁判で3回の死刑を宣告された。
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5.ジョン・ウェイン・ゲイシー
ジョン・ウェイン・ゲイシー (John Wayne Gacy Jr., 1942年3月17日 – 1994年5月10日)は、アメリカ合衆国生まれの連続殺人者。
平時は子供たちを楽しませるため、パーティなどでピエロに扮することが多かったことからキラー・クラウン(殺人道化、殺人ピエロ)の異名を持つ
ジョン・ゲイシー – Wikipedia
少年時代はボーイスカウトに入っていたことがあり、資産家の名士でチャリティー活動にも熱心な模範的市民だと思われていたが、アルバイト料の支払いなどの名目で呼び寄せた少年に性的暴行を加えたうえで殺害し、その遺体を自宅地下および近くの川に遺棄していた。
自身の同性愛を隠すために殺害したとされている。1972年から1978年のあいだ、少年を含む33名を殺害したことが明らかになっている。彼の犯行はアメリカ社会を震撼させた。
ジョン・ゲイシー – Wikipedia
刑務所で彼の描いたピエロの絵画は連続殺人者犯マニアには大変な人気があり、展示会が開かれたり、高値で取引されたりしている。著名人では俳優のジョニー・デップが購入して所有している
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6.メアリー・ベル
メアリー・ベル(Mary Bell)事件は1968年5月から7月にかけてイギリスで発生した殺人事件。11歳(初犯は10歳)の少女が3歳と4歳の男児を殺害した。マリー・ベル事件とも言われる。
メアリー・ベル事件 – Wikipedia
1968年5月25日、4歳の男児を絞殺。子供の力で絞めたため跡が残らず、突然死として処理された。メアリーはこれに反発し、保育所を荒らし警察に対し挑発的なメモを残した。
その後もメアリーは遺族を嘲笑したり、犯行現場を描いてみせるなど露骨な行動を取ったが、虚言癖があるため深刻には捉えられなかった。
7月31日、3歳の男児の絞殺死体が発見され、微弱な絞殺跡から少年犯罪の可能性が浮上。これまでの聞き込みや本人の行動から、メアリーが疑われた。
メアリーの虚言癖はここでも捜査を混乱させたが、ノーマの証言(当初は関与を否定していた)によって犯行の経緯や物的証拠の隠し場所などが判明し、逮捕となった。
メアリー・ベル事件 – Wikipedia
メアリーは取調官に暴力の楽しみを語るなど、サディズムの傾向が強くあった。劣悪な家庭環境などが犯行の遠因とされたが、詳細は不明。
母親のベティは売春婦をしながら未婚のまま17歳でメアリーを産むが、ベティは娘に愛情を抱かなかった。ドラッグの常用者でもあり、メアリーがそのドラッグを誤って服用し、生死をさまよったこともあったという。
継父のビリーはベティに養われ、一家はベティの稼ぎと生活保護で暮らしていた。ベティからは、ビリーを「叔父」というように躾けられていた。父親となると、生活保護が減額させられてしまうからである。
メアリー・ベル事件 – Wikipedia
1968年12月17日、故殺の罪で有罪判決を受け服役(ノーマ・ベルは無罪)。1977年に仲間のアネット・プリーストと共に刑務所から脱走するが、3日後に捕らえられる(この間に身篭った)。1980年5月14日に出所。名前を変えて生活していたが、子供の成人を機に実名に戻り、1998年に自伝『魂の叫び』を出版した。
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7.ジェフェリー・ダーマー
ジェフリー・ライオネル・ダーマー(Jeffrey Lionel Dahmer、1960年5月21日-1994年11月28日、以下ジェフリー)は、アメリカ合衆国の連続殺人犯。ミルウォーキーの食人鬼との異名を取る。
ジェフリー・ダーマー – Wikipedia
1978年から1991年にかけて、主にオハイオ州やウィスコンシン州で17人の青少年を絞殺し、その後に屍姦、死体切断、人肉食を行った。その突出した残虐行為は、1990年代初頭の全米を震撼させた。またこの事件では、ミルウォーキー警察当局の無能と、人種的および性的マイノリティに対する偏見がジェフリーの蛮行を許したとして厳しく非難されることになった。
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