原田泳幸さんの経歴がすごい!!
1972年 – 日本NCR(株)入社[1]。
1980年 – 横河ヒューレット・パッカード(株)入社[1]
1983年 – シュルンベルジェ・グループ入社 取締役マーケティング部長、取締役ATE事業部長[1]。
1990年 – アップルコンピュータ・ジャパン(株)(当時)入社 マーケティング部長[1]。
1993年 – 同社 ビジネスマーケット事業部長 兼 マーケティング本部長就任[1]。
1994年 – 同社 取締役マーケティング本部長就任[1]。
1996年 – 米国アップルコンピュータ社 ワールドワイドコンシューマーマーケティング/SOHO担当バイス・プレジデント就任(米国本社勤務)。
1997年 – アップルコンピュータ(株)代表取締役社長兼米国アップルコンピュータ社副社長就任。
2004年 – 日本マクドナルドホールディングス(株)、日本マクドナルド(株)取締役副会長兼社長兼最高経営責任者 (CEO) 就任。
2005年 – 同両社代表取締役会長就任、社長及びCEO兼任。
2013年 – ソニー(株)、(株)ベネッセホールディングス 社外取締役就任。
2013年 – 日本マクドナルド(株)の代表権及び社長兼CEOを退任し、代表権のない取締役会長に就任。
2014年 – 日本マクドナルドホールディングス(株)の代表権及び社長兼CEOを退任し、代表権のない取締役会長に就任。
2014年 – (株)ベネッセホールディングス代表取締役会長兼社長、及び国内教育カンパニー長就任(現職)。
2014年 – (株)ベネッセコーポレーション代表取締役社長就任(現職)。
2015年 – 日本マクドナルドホールディングス(株)、日本マクドナルド(株)取締役会長退任。
原田社長はものすごくストイック☆☆
59歳の時に、あることがきっかけで猛烈に運動を始め、ウオーキングからランニング、自転車、ウエートトレーニングまでやりました。東京マラソン3回走ったら欲が出て、トライアスロン目指そうと思い、去年あたりから猛烈に水泳ばっかりやって、今回、トライアスロンデビューを果たしました」
マラソンのベストタイムは2012年の4時間2分
妻はシンガーソングライターの谷村有美。
逆境でも動じない。
就任して1ヶ月でベネッセ情報漏洩事件が起こる。
絶体絶命の中、訴訟を控えているがクーポン券配布などで乗り切る。
現在のマクドナルドの不祥事と大違い。
原田 泳幸(はらだ えいこう、1948年12月3日[1] – )は、株式会社ベネッセホールディングス代表取締役会長兼社長。株式会社ベネッセコーポレーション代表取締役社長。日本マクドナルドホールディングス株式会社取締役会長兼日本マクドナルド株式会社株式会社取締役会長。ソニー株式会社社外取締役。


