現在は引退された方で、現役時代のピッチングがすごかったと今でも話題に上る方をまとめました。監督・解説者・タレントや、亡くなられた方もいらっしゃいます。
▼江川卓(えがわ すぐる)
▼江夏豊(えなつ ゆたか)
江夏豊
日本記録であるシーズン401奪三振、最優秀救援投手5回などを記録。オールスター9連続奪三振や江夏の21球を演出し、1960年代後半から1980年代前半にかけて日本プロ野球で活躍した。
1960年代後半から1980年代前半にかけて、先発・リリーフとして最も高い評価を受けた左腕投手である。
ファンの間でも今なお『20世紀最高の投手の一人』との呼び声が高い。
1960年代後半から1980年代前半にかけて、先発・リリーフとして最も高い評価を受けた左腕投手である。
ファンの間でも今なお『20世紀最高の投手の一人』との呼び声が高い。
▼金田正一(かねだ まさいち)
金田正一
日本プロ野球史上唯一の通算400勝を達成、298敗の最多敗戦記録を持つ。引退後はロッテオリオンズの監督や日本プロ野球名球会初代会長を務めた。
20年近くの現役生活で多くの記録を残したが、試合で投げる球種はほぼ速球とカーブのみであった。特に速球の威力は凄まじく、数々の逸話を残している。
20年近くの現役生活で多くの記録を残したが、試合で投げる球種はほぼ速球とカーブのみであった。特に速球の威力は凄まじく、数々の逸話を残している。
▼伊藤 智仁(いとう ともひと)
伊藤 智仁
150km/hを超えるストレートと真横に滑るような高速スライダーを武器に三振の山を築いた。
度重なるケガに悩まされ、通算成績は37勝25セーブに終わったが、投手としての素質、評価は史上最高レベルの一人としてあげられることが多い。
全盛期に伊藤の球を受けていた捕手の古田敦也は「あの高速スライダーは捕手だからなんとか捕球出来ているが、もし自分が打者だったら絶対に打てない」と賞した。
度重なるケガに悩まされ、通算成績は37勝25セーブに終わったが、投手としての素質、評価は史上最高レベルの一人としてあげられることが多い。
全盛期に伊藤の球を受けていた捕手の古田敦也は「あの高速スライダーは捕手だからなんとか捕球出来ているが、もし自分が打者だったら絶対に打てない」と賞した。
▼津田 恒実(つだ つねみ)
津田 恒実
闘志を剥き出し、ピーク時153km/h(6月28日にマーク)の剛速球と縦横の鋭いカーブを武器に相手打者に敢然と立ち向かう姿は、『炎のストッパー』と形容された。
▼斉藤和巳
斉藤和巳
ダイエー時代の2003年にパシフィック・リーグの投手関連のタイトルをほぼ独占するほどの活躍を見せた。
通算23敗(79勝)、通算勝率.775を誇る「負けないピッチャー」、「負けないエース」と称された。
通算23敗(79勝)、通算勝率.775を誇る「負けないピッチャー」、「負けないエース」と称された。
▼佐々木主浩
佐々木主浩
日米で抑え投手として活躍。日本人選手として最多となるMLB通算129セーブ、NPB(日本プロ野球)時代だけで歴代3位となる252セーブを記録するなど日米通算で381セーブを記録し、抑え投手として一時代を築いた。日本では「ハマの大魔神」、アメリカでも”DAIMAJIN”という異名で呼ばれた。
▼村田兆治
村田兆治
現役時代はロッテオリオンズで活躍。そのダイナミックな投球フォームは「マサカリ投法」と呼ばれた。
代名詞であるフォークボールについては、その威力に関するエピソードは数知れない。
代名詞であるフォークボールについては、その威力に関するエピソードは数知れない。
▼外木場 義郎(そとこば よしろう)
外木場 義郎
2リーグ制以降のプロ野球で、3回のノーヒットノーラン(うち完全試合1試合)を達成した唯一の投手である。
外木場の投げるカーブは堀内恒夫などに見られるタイミングを外すカーブとは異なり、メジャーリーグにおいて “power curve” と呼ばれる、曲がりの鋭さで打者を翻弄するものであった。
外木場の投げるカーブは堀内恒夫などに見られるタイミングを外すカーブとは異なり、メジャーリーグにおいて “power curve” と呼ばれる、曲がりの鋭さで打者を翻弄するものであった。
▼斎藤雅樹
斎藤雅樹
サイドスローの投球フォームで1989年から1990年代中盤まで巨人投手陣を支え、2年連続20勝、11連続完投勝利を記録し、沢村賞を3回受賞した「平成の大エース」。
▼今中慎二
今中慎二
1993年から4年連続で開幕投手を務めるなど、1990年代のNPBを代表する左腕として活躍した。
細身の体型から全盛期には150km/近いのキレの良いストレートと100km/h前後のスローカーブにフォークボールや70-80km/hという超スローカーブを混ぜた投球をしていた。さらに1996年頃からはチェンジアップも使っていた。
細身の体型から全盛期には150km/近いのキレの良いストレートと100km/h前後のスローカーブにフォークボールや70-80km/hという超スローカーブを混ぜた投球をしていた。さらに1996年頃からはチェンジアップも使っていた。
▼野茂英雄
野茂英雄
NPBとMLBで活躍した。ニックネームは「ドクターK」,「The Tornado」。
大きく振りかぶってから背中を打者に向ける独特の投法は「トルネード投法」と呼ばれ、平均86 – 90 mph(約138 – 145 km/h)、最速97mph(約156km/h、日本での最速は151km/h)の伸びのあるフォーシームと77 – 82 mph(約124 – 132 km/h)のフォークボールを武器とした。
大きく振りかぶってから背中を打者に向ける独特の投法は「トルネード投法」と呼ばれ、平均86 – 90 mph(約138 – 145 km/h)、最速97mph(約156km/h、日本での最速は151km/h)の伸びのあるフォーシームと77 – 82 mph(約124 – 132 km/h)のフォークボールを武器とした。
▼桑田真澄
桑田真澄
PL学園高校時代は清原和博とのKKコンビで一世を風靡し、プロ入り後は1990年代の読売ジャイアンツを、斎藤雅樹、槙原寛己とともに先発3本柱の一人として支えた。
▼伊良部 秀輝(いらぶ ひでき)
▼星野 伸之
星野 伸之
タイトル獲得は多くないものの、11年連続二桁勝利を記録するなど、パ・リーグを代表する投手として活躍した。
プロ野球選手としては非常に細身な体型で、最速130km/hそこそこの速球に90km/h台のスローカーブ、110km/h前後のフォークボールという先発投手としては非常に少ない球種で勝負する異色の投手だった。
プロ野球選手としては非常に細身な体型で、最速130km/hそこそこの速球に90km/h台のスローカーブ、110km/h前後のフォークボールという先発投手としては非常に少ない球種で勝負する異色の投手だった。
https://matome.naver.jp/odai/2141497581571841301
2015年09月09日
















高校在学中はエースとして、高めのバックスピンが良くかかった速球と良く曲がるカーブを武器にノーヒットノーラン9回・完全試合2回、選抜高等学校野球大会における大会通算最多奪三振記録などの数々の記録を残し、「怪物くん」「怪物江川」と呼ばれ、日本中の注目を浴びた。