[中学歴史]日米修好通商条約とは?[高校日本史]

hogehogeman
日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)を解説します。 高校受験の受験勉強、中間テスト、期末テストの勉強に活用できるといいですね。交渉にあたったのは井伊直弼(井伊直虎が育てた井伊直政の子孫)。

日米修好通商条約とは

日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)は、安政5年6月19日(1858年7月29日)に日本とアメリカ合衆国の間で結ばれた通商条約である。
日米修好通商条約 – Wikipedia

江戸幕府が米国総領事ハリスとの間に調印した14ヵ条の条約。自由貿易,神奈川・長崎・箱(函)館・新潟・兵庫の開港と江戸・大坂の開市,領事裁判権,片務的関税協定,居留地を設けることなどを内容とした不平等条約。
日米修好通商条約 とは – コトバンク

大老の井伊直弼[いいなおすけ]は条約を結ぶ際に朝廷の許しを得なかったので朝廷と幕府の対立を招き、幕府の対応を非難する人々が現れました。
日米修好通商条約とは – 日本史辞典 Weblio辞書

不平等な条約であった

この日米修好通商条約は実はとんでもない内容でした。

まず、函館、新潟、神奈川、兵庫、長崎の5港を開港すること。神奈川が江戸に近いのは問題だけど、まぁ、この辺は仕方ない・・・。

問題なのは、日本はアメリカに、この条約で治外法権(ちがいほうけん)を認めてしまったことです。治外法権とは、アメリカ人が日本で犯罪を犯しても日本では裁くことができないということ。つまり、アメリカ人は日本で犯罪を犯しても、日本で裁かれることはなくアメリカに帰されてから罪を償うのです。これでは、日本で大きな罪を犯しても、アメリカでは小さな刑罰で済んでしまうこともあります。また、被害者も賠償金など十分な補償を受けられず、詳しい思いをした人も多かったでしょう。

また、関税自主権を日本が持たないという、無茶苦茶な約束も結ばされました。
日米修好通商条約について

年代暗記

井伊直弼とは

井伊 直弼(いい なおすけ)は、幕末の譜代大名。近江彦根藩の第15代藩主(16代藩主、13代当主という数え方もある)。幕末期の江戸幕府にて大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国近代化を断行した。また、強権をもって国内の反対勢力を粛清したが(安政の大獄)、それらの反動を受けて暗殺された(桜田門外の変)。
井伊直弼 – Wikipedia

参考リンク

https://matome.naver.jp/odai/2140871337621244401
2017年05月12日