ゾディアック事件
ゾディアック事件とは1968年から1974年にかけて少なくとも5人が殺害された未解決殺人事件です。ゾディアック事件が起きたのはアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコであり、アメリカで起きた未解決殺人事件の中でも特に有名です。
【世界の未解決事件簿】「私はゾディアックだ」アメリカの連続殺人未解決事件・ゾディアック事件とは? | 防犯メディア – Moly.jp(モリージェイピー)
ゾディアック事件の由来
なぜこの猟奇的な事件がゾディアック事件と呼ばれているのか、それは犯人が警察に送り付けた犯行声明文の中で「私はゾディアックだ」と言っていたからです。この犯人は非常に特徴的で、警察やマスコミに対して多数の犯行声明文を送ったり、電話で警察やマスコミを挑発し、嘲笑うかのような内容を喋ったりと、とにかく世間に広まるように自分を売り込んでいました。
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この事件、いまだに捜査が継続されている
最初に事件が起きたのは1968年12月20日、17歳の男性と16歳の女性のカップルがサンフランシスコ近郊で射殺されたことで事件が発覚しました。
続いて1969年7月4日、19歳の男性と22歳の女性が駐車場で銃撃され、男性は瀕死の重傷、女性は病院に搬送されましたが死亡しました。この時はまだゾディアックと名乗る犯人からの犯行声明文はありませんでしたが、同年の7月5日に犯人と思わしき人物から、犯人しか知らないはずの情報を喋る電話が警察にかけられました。
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そして、同時期から翌月にかけてゾディアックと名乗る人物からサンフランシスコの警察、新聞社、著名人に一部が暗号化された手紙が送付されたのです。同年の9月27日には20歳の男性と22歳の女性が覆面の男にナイフで襲われる事件が発生し、男性は助かりましたが女性は死亡しました。
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もしかしたら自分の父がゾディアックかもしれない
実は1981年に連続殺人事件の容疑者が逮捕され、ゾディアック事件の犯人ではないかと疑われましたが、結果的に別人だと判明しました。続いて1990年代にゾディアック事件を模倣した連続殺人事件が発生したものの、犯人の逮捕には至りません。
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そして迷宮入りかと思われた事件が動き出したのは、2014年にゲーリー・L・スチュワートが自分を捨てた父親がゾディアックではないかという本を出版したことです。この本を刊行した背景にあるのは、まずゾディアック事件の犯人のモンタージュ画が実の父親であるアール・ヴァン・ベスト・ジュニアと非常にそっくりであったこと、祖父の影響で暗号作りの遊びを頻繁にしていたこと、被害女性がゲーリー氏の実の母親に似ていたこと、指紋の傷が一緒であるなど、様々な証拠があったからです。
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2017年にDNA鑑定と筆跡鑑定が行われているものの、結果はまだ出ていません。ですが、民間の鑑定人に筆跡鑑定を依頼すると「同一人物である可能性が非常に高い」という結果が出たようです。警察の鑑定結果次第ではありますが、もしかしたらゲーリー氏の父親がゾディアック事件の犯人なのかもしれません。
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事件が元になった本
まとめ
ゾディアック事件はアメリカにおける有名な連続殺人未解決事件であり、今もなお捜査が続けられています。警察の鑑定結果次第ではゾディアック事件の犯人が判明する可能性がありますが、今後の動向が気になるところです。
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ジョンベネちゃん殺害事件
事件が起こったのは1996年12月26日。その前日の夜、友人のクリスマスパーティに出席したジョンベネ一家は、パーティが終わると自宅へ帰宅。そして父親のジョンが、ジョンベネを抱きかかえベッドで寝かしつけました。
アメリカで最も有名な未解決事件「ジョンベネちゃん殺害事件」。2019年に新たな展開を迎える!! – Middle Edge(ミドルエッジ)
事件が発覚したのは翌朝。警察署に、ジョンベネの母親・パトリシア(通称:パッツィー)から「娘のジョンベネが誘拐された」との通報が入ったのです。そして警察が駆け付けると、自宅の階段に犯人からの物と思われる「脅迫状」が。
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脅迫状には「警察には連絡するな。警察に連絡したら娘を殺す。金を用意しろ」などと手書きで書かれており、警察は対応を協議。ジョンに「念のため家の中をチェックして欲しい」と提案しました。 そしてチェックを始めたところ、地下フロアのワイン貯蔵室で白い毛布にくるまれたジョンベネの遺体を発見したのです。
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浮かび上がる様々な犯人像!
誘拐事件から殺人事件へと切り替えられたジョンベネちゃん殺害事件ですが、捜査の当初から奇妙な点がいくつか指摘されていました。犯行に使用されたと思われる様々な物品が、元々自宅にあった物だったのです。
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凶器は自宅にあった物だった!
まずは犯行に使用された凶器。ジョンベネの頭部は激しく殴られており、頭蓋骨が大きく割れている状態だったのですが、それに使用されたと思われたのはキッチンに置いてあった懐中電灯でした。そして首を絞めるのに使ったと思われる木の破片も、お絵描きをする部屋に置いてあった筆と判明したのです。
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2006年には外部の人間が逮捕されるも…
家族に疑いの目を向け「家族犯人説」を重視していた警察ですが、しかしながら家族が犯人だとする決定的な証拠はありませんでした。そんな中、2006年には重要な参考人であった母親のパッツィーが死去、捜査は暗礁に乗り上げました。また2006年にはタイ・バンコクで元教師の米国人男性がジョンベネの殺害を告白、逮捕されたもののDNA鑑定で一致せず、こちらも真犯人逮捕には結びつきませんでした。
アメリカで最も有名な未解決事件「ジョンベネちゃん殺害事件」。2019年に新たな展開を迎える!! (page 2) – Middle Edge(ミドルエッジ)
2008年、事態が急展開を迎える!
迷宮入り不可避と思われたジョンベネちゃん殺害事件ですが、2008年に急展開を迎えます。1996年当時の技術では出来なかった新たなDNA鑑定方法で、ジョンベネの衣服から犯人のものと思われる男のDNAが検出され、それが家族の誰とも一致していなかったのです。その結果「家族犯人説」は白紙となりました。
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2019年、遂に真犯人が犯行を自供?
家族犯人説が白紙となり、捜査が一からやり直しとなったジョンベネちゃん殺害事件ですが、2019年になって新たな動きがありました。児童ポルノ所持でコロラド州の刑務所に収監中のゲイリー・オリバが、ジョンベネ殺害を友人への手紙で自供したのです。
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手紙によればオリバは犯行時、ジョンベネを“誤って”殺害してしまったと自供。「私はジョンベネのように誰かを愛したことはなかった。しかしジョンベネを脱がし、頭を割って、死なせてしまった」と当時の状況を告白しています。果たしてこの告白は真実なのか?今後、事件は新たな展開を見せ解決となるのか?全世界が注目しています!
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ミラー,トーマス・C.
1951年、カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれる。弁護士として刑事事件を専門とし、陪審裁判を最重視した弁護に従事。また、裁判所認定の文書鑑定および筆跡学の専門家として、筆跡鑑定関連の仕事にも随時携わっている














これはゲーリー氏の幼少期から父親がゾディアックではないのか?というこれまでの半生を描いた著書であり、家族や父親がどんな人物だったのかが刻銘に書かれています。