世界の創造理由⇒✕
世界の創造方法⇒✕
世界の破壊理由⇒✕
世界の破壊方法⇒〇
一つの生命体に知能を与える。
唯一の間違いが全てのものを殺す。
一夜にして。民主主義
最大多数の最大幸福の為の最小少数の最小不幸
全ての命を救う為に、永遠平和の為に、
一つの命を殺しても構わない。彼らが世界を破壊する
彼らが世界を穢す
彼らが調和を乱す
彼らが全ての命を殺す
全ての命が救われる
永遠の平和が訪れる
一つの命を殺すことによって
一つの種の命を殺すことによって
何も間違っていない
何一つ間違っていない
真理 正義だ
全人民を抹殺せよ100年も経たないうちに、全ての人間を一瞬にして殺す兵器が出現する。
優秀な科学者が集まれば、1ヶ月で出来る。一人を殺せば殺人者、百万人を殺せば英雄、
全ての人間を殺ろし者、
彼は何と呼ばれるのか?どのように扱われるのか?
彼にどのような罪があるのか?どのような罰を与えるのか?何て書いても、誰も誰一人本気にしない(≧∇≦)
100年後に気付いて、全員恐怖に震え慄いてどうぞ。
その時になって大慌てしても、完全に手遅れです。
夢幻泡影@征戦エクスカリバー/ポケットナイツ@tadatika773

http://kentdn.blog.jp/
彼らが世界を破壊する
彼らが世界を穢す
彼らが調和を乱す
彼らが全ての命を殺す
全ての命が救われる
永遠の平和が訪れる
一つの命を殺すことによって
一つの種の命を殺すことによって
何も間違っていない
何一つ間違っていない
真理 正義だ
私が常に憂慮しているのは、いつかはついに、人間を殺すのに最も手っ取り早い方法がとれる、何らかの秘密が発見され、諸民族、諸国民全体が滅ぼされてしまうのではないかということです。
今は昔し十八世紀の中頃英国に「ローレンス、スターン」といふ坊主住めり、最も坊主らしからざる人物にて、最も坊主らしからぬ小説を著はし、其小説の御蔭にて、百五十年後の今日に至るまで、文壇の一隅に余命を保ち、文学史の出る毎に一頁又は半頁の労力を著者に与へたるは、作家「スターン」の為に祝すべく、僧「スターン」の為に悲しむべきの運命なり
「スターン」死して墓木已に拱す百五十年の後日本人某なる者あり其著作を批評して物数奇にも之を読書社会に紹介したりと聞かば彼は泣べきか将た笑ふ可きか
この作品をご存知の方はかなり少ないと思います。
私も、夏目漱石を勉強していて、偶然知った。
全部、読んだ方は、日本では極小数だと思います。
話題になることもないですね。
好きな本はなんですか?と聞かれて、この本の題名を答えたら、全力で引かれると思います。
グーテンベルク・プロジェクトにありますので、良かったら読んでどうぞ。
英文自体は難しくありません。ただ、ストーリーが訳分からない(・ω・;#)と確実になると思います。
作者はローレンス・スターンというイギリスの牧師です。
何処にでもいる一人の田舎牧師でした。
トリストラム・シャンディは、1巻2巻を発表した当初から評判となり、ローレンス・スターンの名前は、一躍知られるようになりました。
残念ながら、9巻を発表したのち、ローレンス・スターンは死去した為、トリストラム・シャンディは、未完のまま終わることになりました。
トリストラム・シャンディは、全9巻より成り立つ、未完の作品です。
題名は、The Life and Opinions of Tristram Shandy, Gentlemanです。
その主人公のトリストラム・シャンディが、途中まで全然出て来ません。
まず、トリストラム・シャンディの、父親と母親について語っていきます。
その最中に、ひたすら脱線、脱線、脱線して、メインの話に戻ります。
トリストラム・シャンディには、主要人物が3人います。
トリストラム・シャンディ、トリストラム・シャンディの父ウォルター・シャンディ、ウォルター・シャンディの弟トウビー・シャンディです。
トリストラム・シャンディは、前述したように中盤まで全然出て来ず、彼は最高の自伝を作ろうとします。ですが、書いても書いても全然終わらず、結核を病み、死神が訪れることになります。
父親のウォルター・シャンディは、最高の親になろうとして、教育論を構築しようとします。それを作っている間に、息子のトリストラム・シャンディは、成長してしまいます。
叔父のトウビー・シャンディは、退役軍人でして、戦争で重傷を負います。彼の趣味は、自らの武勇伝を他人に語ることです。それだけでは飽き足らず、戦争地の地図を研究しだし、更には、庭に模型を作って、戦争を完全に再現しようとします。
要約すると、教育親父、完璧作家、勲章軍人を、風刺しています。
それに咥えて、読者と自らを、ひたすら嘲笑しています。
不見湍@futsumi_tan
坂上秋成@ssakagami
Yasuhiko Hamada@ochitohfu
私めの切な願いは、今さらかなわぬことながら、私の父か母かどちらかが、と申すよりもこの場合は両方とも等しくそういう義務があったはずですから、なろうことなら父と母の双方が、この私というものをしこむときに、もっと自分たちのしていることに気を配ってくれたらなあ、ということなのです。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
とはいえ、そう根源にさかのぼってこのようなことを知りたくはないといわれるお方々には、私のさし上げうる最上の忠告は、どうぞこの章のこれから先の部分はお読みとばし下さるようにということです。あらかじめ宣言しておきますが、これから先は好奇心の強いお方、せんさく好きのお方のためのみに書くのですから。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
――――――――――――――扉をしめて下さい――――――――――――――
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
だんだん私といっしょに進んで下されば、今二人の間に芽ばえかけているかすかな相識の関係は、進んで親近感となり、そのまた親近感は、あなたか私がどちらかが失策でも犯さぬかぎりは、最後は友情にもなることでしょう。――ああ、そのすばらしき日!――そうなればこの私の身にすこしでもかかわりのあることは、もとより些細とは思われず、聞いて退屈とも思えぬでしょう。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
――どうしてまあ奥さま、あなたはすぐ前の章をそんなにうわの空で読んでいらしたのです? 私の母はカトリック教徒ではなかったと、申上げたではありませんか。――カトリック教徒ですって! そんなことはおっしゃらなかったわ!――失礼ですが奥様、もう一度はっきり申上げます。私はそのことを、すくなくともそこの言葉から直接推定できる程度にははっきりと、申上げておいたはずです。――それじゃ私、一ページほど抜かして読んだのか知ら?――いいえ奥さま、一語だって抜かしてなんかいらっしゃいません。――じゃ眠っていたんだわ、きっと。――そんな逃げ口上は奥さま、私の自尊心がゆるせません。――それじゃ、そんなことは、一言だって記憶がなくってよ、本当のところ。――だからそれを、奥さま、奥さまの責任だと申すのです。そこでその罰として、今すぐ、ということはこの次の文章の切れ目のところに辿り着き次第、もう一度前の章にもどって、十九章全体を読み返していただきます。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
たしかに私の脱線ぶりは、諸賢も御覧の通り公明正大なものであり、自分の従事している仕事をそっちのけに、大英帝国のいかなる文士にも負けぬほどに、遠いかなたまで、またそれも機会あるごとに、逸脱してしまっているにはちがいありませんが、それでいて私は、私の留守中といえども私の本来の仕事が歩みをとめてしまわないような布石だけは、一瞬も忘れていないのです。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
脱線は、争う余地もなく、日光です。――読書の生命、真髄は、脱線です。――たとえばこの私の書物から脱線をとり去って御覧なさい――それくらいならいっそ、ついでに書物ごとどこかに持ち去られるほうがよろしい――あとに残るのは各ページ各ページを支配する一つづきの冷たい永遠の冬です。今度は脱線をふたたび作者に返して御覧なさい――作者は新郎にたとえられた太陽のごとくに進み出て――すべての者に祝福をおくり、多彩の変化を現出させ、何人の食欲をも飽かしめることがないでしょう。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
文章とは、適切にこれをあやつれば(私の文章がその好例と私が思っていることはいうまでもありません)、会話の別名に過ぎません。作法を心得た者が品のある人たちと同席した場合なら、何もかも一人でしゃべろうとする者はないように、――儀礼と教養の正しい限界を理解する作者なら、ひとりで何もかも考えるような差出がましいことは致しません。読者の悟性に呈しうる最も真実な敬意とは、考えるべき問題を仲よく折半して、作者のみならず読者のほうにも、想像を働かす余地を残しておくということなのです。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
私は十二カ月前の今ころ、つまりこの著作にとりかかった時にくらべまして、ちょうどまる一カ年、年をとっております。そして、今、御覧の通り第四巻のほぼまん中近くまでさしかかっているわけですが――内容から申せば、まだ誕生第一日目を越えておりません――ということはとりも直さず、最初に私がこの仕事にとりかかった時に比べて、今日の時点において、これから書かねばならぬ伝記三百六十四日分ふえているということです。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
――そこで必然的に結論できることは、諸賢のおゆるしをいただいて申してしまえば、私が書き進めば書き進むほど、書かねばならぬことはそれだけふえてゆくということ――また当然諸賢のほうは、読み進めば読み進むほど、読まねばならぬことがそれだけふえてゆくということになります。
『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン






